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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第十二章:身体奪還作戦
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道徳と保健の勉強不足


 給食後のお昼休み。

 『風太』の身に起こっていることなど全く知らない『美晴』は、今日も保健室へと向かった。

 三つ並んでいるうちの、一番奥のベッド。そこのカーテンを締めると、「あいつ」と二人きりの時間になれる。


 「風太の黒髪くろかみ、キレイだね」

 「おれの……じゃない……。これは……美晴の……髪……」

 「キミの笑顔も素敵だよ。笑うとかわいいね」

 「おれの……顔……じゃない……。これは……美晴の……顔……。お前が……褒めてるのは……美晴……」

 「もうっ! 甘い言葉をささやいてあげてるのに、全然ムードが出ないじゃないか! ノリが悪いよ、風太!」

 「ノリ……って……なんだよ……! おれは……恋愛小説ごっこ……なんか……やりたくないっ……!」


 ベッドの上に、小学6年生の女子が二人。

 安樹アンジュは、『美晴フウタ』のキレイな後ろ髪をヘアブラシでときながら、プンスカと怒った。


 「いいじゃん別に。ただの遊びなんだからさ」

 「やるにしても……お前が男っぽく……うのが……気に入らない……な……。まるで……おれが……女みたいな……扱い……だし……」

 「女の子じゃん」

 「違うっ……!!」

 「えー。かわいいのに」

 「おい……! 男に対して……かわいいは……侮辱ぶじょくだぞ……! 強くて……かっこいいのが……男の全てなんだ……!」

 「そうかなぁ? 風太の価値観には、いまいち同意できないよ。ちゃんと道徳のお勉強をした方がいいかもね」

 「うるさいな……。道徳教材の……くせに……」

 「あー! それ言っちゃダメなやつ! サイテーだよ、風太。かわいい女の子のくせに」

 「こ、この野郎……! それは……侮辱だって……今……言っただろうが……! 友達じゃなかったら……ブッ飛ばしてるぞ……お前っ……!」

 「フフッ、いいね。友達って。休み時間になったら、こうして遊びに来てくれるし」

 「そりゃあ……まぁ……。お前……と……しゃべってる……と……楽しいから……」

 「いいんだよ。もう一度、ボクに告白しても」

 「するかっ……!」


 絶望しかなかった『美晴』の日々に、ささやかな平和が戻ってきた。

 教室では相変わらず独りぼっちだが、いつかの『刑』のような酷いイジメは、まだ起きていない。休み時間に教室から出て、保健室や図書室に行けば、こうして安樹と楽しく話すことができる。そんな唯一の友達は、自分をとてもしたってくれている。

 学校に行くことがつらくない。今まで焦りと不安しかなかった『美晴』の心には、ほんの少し余裕が生まれていた。


 「その……、いろいろと……ありがとう……な……。安樹……」

 「うん? 急にどうしたの?」

 「いや……。改めて……おれいを……言っておきたかった……だけ……」

 「そっか。ふふっ、こっちを向いてから言ってくれる?」

 「ごめん……。無理だ……」

 

 ほっぺたは真っ赤になっていた。

 背後から、それをつつこうとする安樹の人差し指がやってきたが、『美晴』はペシっとはたいて追い払った。


 「いてて……。しかし、一つだけ謎が残るね。戸木田ときた美晴ミハルの好きな男の子って、結局誰だったんだろう」

 「さあ……? とにかく……もう……そいつを……探し出そうなんて……ことは……しないよ……」

 「えぇー? 風太は気にならないの? 美晴の好きな……『図書室で会える男の子』、だっけ?」

 「ここ数日……、散々……振り回されたし……。『男の子』の正体については……もう……どうでも……いいよ……。そいつを探す……手がかりだって……今は……何もないしな……」

 「あはは、まぁ色々あったよね。風太に探す気がないなら、ボクも諦めようかな。でも、探す手がかりは……なくもないけど」

 「ん……? 何か……方法が……あるのか……?」

 「簡単なことだよ。キミが図書室に行って、男の子をかたっぱしからその目で見ればいい」

 「へ……? つまり……どういうこと……だ……?」

 「女の子はね、好きな男子を見ると胸がキュンってなるんだよ。つまり、風太が見て胸がキュンキュンってなった男子が、『図書室で会える男の子』というわけさ」

 

 まさに、恋愛小説を愛読している安樹らしい作戦だった。

 しかし『美晴』は、手足をワタワタと動かして、その作戦に激しく反発した。


 「い、嫌だっ……!! おれが……男を……見て……胸が……キュン……なんて……、そんなの……絶対に……嫌だーーーっ!!!」

 「わぁっ、暴れないでよ。ブラッシング中なんだからさ。髪が乱れるじゃないか」

 「その作戦……! おれは……絶対に……やらないからな……!! そんな……女みたいなこと……したら……、心まで……完全に……『同化』して……元に戻れなくなるだろ……!?」

 「えー? なっちゃえばいいじゃん、美晴に。っていうか、すでにもうほぼ美晴になってるんじゃない? キミ、かわいいし」

 「フザけるな……! おれの……心は……まだまだ……風太だ……!! 恋愛とか……よく……分からないけど……、男に……ときめいたり……は……絶対に……しない……!」

 「絶対にない……とは言い切れないのが、恋愛というヤツさ。何が起こるか分からないから、人の愛は面白いんだよ。同性どうせいを好きになることもあるし、異性いせいを好きになることもあるし、友達を本気で好きになることだってある」

 「ゴチャゴチャ……うるさいぞ……この恋愛脳野郎……! 男でも女でも……構わず好きになる……変なヤツ……なんて……お前だけだよ……!」

 「ちょっと待って。そもそも性別せいべつに関しては、キミの方が変なヤツじゃないか。女の子と身体を取り替えっこした男の子なんて、ボクみたいなヤツより珍しい」

 「そ、それは……美晴が勝手に……やったんだから……しょうがないだろ……!? とにかく……もう……『図書室で会える男の子』の話は……ナシだ……!! それに……ついては……とりあえず……一旦……忘れる……! いいな……!?」

 「はーいっ。忘れまーす」

 

 安樹はヘアブラシを置くと、柔らかい布団の中にボフンッと潜り、いたずらっ子のようにくるまった。

 はしゃぐ安樹を余所よそに、『美晴』は自分の後ろ髪にそっと触れ、ブラッシングが丁寧ていねいに終わっていることを指の感触で確認した。

 

 「ブラシ……、終わった……のか……」

 「どう? 髪の毛がサラサラになってるでしょ? これからは、鏡を見ながらこんな風にやってみてね」

 「ああ……、助かったよ……。上手く……できなくて……困ってたんだ……。男だった……時は……やらなくても……よかったんだけど……なぁ……」

 「へぇ。その身体、やけに大事にしてるみたいじゃないか。どうせ他人の身体なんだし、好き勝手に使ってやろうとは思わないの?」

 「何度も言うけど……これは……美晴の身体なんだ……。自分の物……だとは……認めないから……こそ……、おれの……好き勝手には……できないんだよ……。美晴の方は……おれの身体のこと……どう思ってるか……知らないけどさ……」

 「なるほど、ものとしてあつかいたいわけだね。それなら、髪の毛以外にも色々と苦労とかしてきたんじゃない? キミが美晴の身体で生活を始めてから、どれくらい経つんだっけ?」

 「入れ替わったのが……4月の……終わり頃……だから……、そろそろ……1ヶ月……かな……? まぁ……この身体での……苦労は……今まで……たくさん……あったけど……」

 「1ヶ月か。じゃあ、『女の子の日』なんかも大変だっただろうね。男子にはないんでしょ? あれ」

 「ん……? 何が……?」

 「え? ほら、あれだよ」

 「は……? あれって……何……?」

 「うん? だから、『女の子の日』だって……」

 

 なんだか、話が噛み合わない。

 二人は顔を見合わせ、安樹は右に首をかしげ、『美晴』は左に首をかしげた。


 「『ひな祭り』……?」

 「ううん、全然違う」


 やはり、話が噛み合わない。


 「じゃあ……何の話を……してるんだよ……! 全然、分からないって……!」

 「えぇっ!? いやいや、その発育はついくの良さで、まだ始まってないってことはないだろうし。だとすると……」

 「ハッキリ……言えよな……! 『女の日』って……何なんだよっ……!」

 「えっとね、風太? 美晴になってから、お腹の下あたりがズンズンと痛くなったことはない?」

 「えっ……!? う、ウンコ……漏らさない……ように……ガマンしようと……して……」

 「ウンコじゃない。それとは違う腹痛だ。ほら、もっと血とかがドロッと出る感じの」

 「血ぃっ……!? 殴り合いの……ケンカをした……時に……頭から……血をドロッと……」

 「それも多分違うっ! もういい。耳を貸して。早くっ!」

 「は、はぁ……?」


 『美晴』はワケもわからず、言われるがまま安樹に耳を貸した。

 安樹は左右を見回し、静かに『美晴』に近づくと、耳元でそっとささやいた。


 「もうすぐ、キミに“生理セイリ”が来る……!」

 「セ……セイリ……!? “整理セイリ”……?」

 「その漢字は違う。保健の授業、ちゃんと聞いてなかったの? ほら、初潮しょちょうとか月経げっけいとか」

 「ああ、“生理セイリ”……か……。そういう……言葉は……授業で……習った気がするけど……、それが……何なのか……までは……知らない……」

 「そ、そうか。男子にとっては、その程度の認識なのか。まぁ、男子は一生経験することのない出来事だし、仕方ないのかも」

 「それで……、その……セイリって……いうのが……どうしたんだ……?」

 「そうだなぁ。一言で言うなら、『風太のガールズライフ最大の試練』、って感じかな」

 「あのな……。冗談……抜きで……、真面目に……正確に……話してくれよ……!」

 「いいや、これが全く冗談じゃないんだよ。激痛をともなうし、血だって出る。地獄のような日々が続くものだと、考えてくれていい」

 

 『美晴』を見つめる安樹の目は、真剣そのものだった。


 「そ、それ……本当……なのか……? 血が出る……ほどの……痛み……? ど、どうすれば……治るんだ……!? やっぱり……病院に……行かなきゃ……ダメか……!?」

 「病気やケガじゃないから、病院に行っても治らないよ。痛みをやわらげる薬はあるけどね」

 「ほ、本当に……おれに……セイリが……来るのか……!? なんで……お前は……おれに……セイリが来るって……分かるんだ……!?」

 「何も、キミだけの話じゃない。体の成長と共に、女の子みんなが経験するものなんだ。だから、別名『女の子の日』なんだよ」

 「う、ウソだっ……! ウソついてるだろっ……! 雪乃が……セイリの話を……してるところ……見たことないぞ……! 他の……女子だって……!」

 「おバカ。男子が見ている前で、そんな話をするわけないじゃん」

 「でも……! 雪乃が……はらいたみに……苦しんでる……ところも……見たこと……ないし……!」

 「キミには見えないところで苦しんでるんじゃない? もしくは、体の成長が遅くてまだ生理が始まってないか、だね」

 「成長……。じゃあ……この身体も……成長が遅くて……、セイリが……まだ始まってないって……可能性も……」

 「ないな。ボクよりも発育がいい身体をしているキミに、まだ生理が始まってないとは考えられない。諦めるんだな」

 「そ、そんなぁ……」


 あまりにも衝撃的な宣告せんこく。ショックを受けた『美晴』は、力無くヘナヘナと倒れこみ、柔らかい布団の上に沈んだ。これからキミの身に起こると宣告されたのは、「激痛」と「流血」だ。

 

 「くそぉ……! 美晴の……身体になって……、今まで……だって……散々……苦労してきたんだ……! まだ……これ以上の……地獄があるって……言うのかよ……! 畜生ちくしょう……!!」

 「こればっかりはね。ボクにもどうしようもない」

 「なぁ、安樹……! 痛み……って……どれくらい……なんだ……? ケンカで……殴られるよりも……痛いのか……? 血って……どこから……出るんだ……? もっと……詳しく……セイリのこと……教えて……くれ……!」

 「こらこら、声が大きい。デリケートな話題なんだから、あんまり説明させないでよ。詳しく知りたいなら、保健体育の教科書でも読めばいいんじゃない?」

 「お前が……ビビらせる……ようなこと……言うから……、おれは……不安なんだ……よ……!! 大丈夫……なんだよな……? ガマンできる……程度の……痛み……か……?」

 「死にはしないよ、多分。ボクもできる限りサポートしてあげるから、生理になったら教えてね」

 「うぅ……、やっぱり……最悪だ……。美晴との……入れ替わり……なんて……」

 「泣き言はカッコ悪いよ。他の女の子だってみんな乗り越えてるんだから、男のキミなら大丈夫だって」

 「男の……おれなら……? 男……? 男……。そうか……男だ……!」

 

 頭の上で、豆電球がピカっと光った。

 何かを思いついた『美晴』は、ガバッと起き上がり、未だに布団にくるまっている安樹に詰め寄った。


 「そうだ……! 男に戻れば……いいんだ……! おれは……男に戻るんだよ……!」

 「きゅ、急にどうしたの?」

 「すっかり……忘れてた……! ペンダント……!」

 「ペンダント?」

 「この前……牡丹ボタンさんから……もらった……『入れ替わりペンダント』……だよ……! お前……持ってるんだろ……?」


 数日前、牡丹さんというおまじないコレクターからもらった、入れ替わりペンダント。使うと身体が入れ替わる……つまり、元の身体に戻れるかもしれない。

 『美晴』は、安樹がそれを持っていることを思い出したのだ。

 

 「ああ、あれね。家に置いてきちゃった」

 「今、すぐ、取りに帰れっ……!! そうだった……! ベッドで……のんびり……してる……場合じゃなかった……! ペンダント……使って……早く……元に……戻らないと……!」

 「ふわぁ~あ。ひとねむりしてから行くね~」

 「バカっ……! アホっ……! 早く行けっ……!」

 「わぁっ!? や、やめてよっ! 掛け布団を返してっ!」

 「うるさいっ……! あの……ペンダント……早く……もって来い……! おれに……セイリが……来る前に……早くっ……!!」

 「全くもう……。人づかいが荒いんだから」

 

 キンコーン。

 今日もまた、昼休み終了のチャイムが鳴った。


 「今日の放課後……! もう一度……この……保健室の……ベッドに……集合だ……! お前は……あの……ペンダント……を……持って来て……、使い方を……調べておいてくれよ……な……!」

 「えー? 今日はもういいんじゃない? また明日集合で」

 「ダメ……だ……! おれには……もう……時間がない……! 安樹に……しか……頼ること……が……できないんだよ……!」

 「あっ、求められてる♡ ……って、その言葉はずるいよっ! ボクはそこまで都合のいい女じゃないぞ」

 「でも……、一刻も……早く……元に……戻らないと……!」

 「ひざまくら」

 「え……?」

 「キミのひざまくら、一時間。それが対価。いいね?」

 「えぇっ……!? また……恋愛小説ごっこ……かよ……!? それは……ちょ、ちょっと待てっ……!」

 「完璧な仕事を約束するよ! マイ・ベスト・フレンド! それじゃあ、行ってきますっ!」

 「あ、あぁーっ……! ちょっと……待てっ……て……! 考える……時間を……!」


 『美晴』の制止もむなしく、安樹は保健室を飛び出してしまった。

 先行き不安しかないが、一応これで、身体しんたい奪還だっかんに向けての作戦会議を始められそうだ。『美晴』はもう一度気合を入れ直し、自分の目標を明確にした。

  

 「よ、よーし……! とにかく……絶対に……元に……戻ってやる……! おれに……セイリが……来る前にっ……!」

 

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