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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第十一章:ボクの好きな人
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ボクだけの白百合


 恍惚こうこつの表情を見せる安樹アンジュの足元に、洋服が散らばっている。白いシャツ、ひもタイ、薄手のベストにスキニーパンツ。足りないものは、下着だけ。

 

 「安樹……? 今の音は……」

 「ううん、気にしなくていいよ。目を閉じたまま、何も考えずに、全身の力を抜いてね」 

 「お、おう……」


 安樹は、自身が被っていたキャスケット帽を机の上にけると、気持ちを落ち着けるために一度軽く深呼吸をしてから、『美晴』が寝ているベッドの上に乗った。

 「ギシ……」と、二人の体重により、ベッドがきしむ。


 「まずは、キミの柔らかい太もも。ゆっくり、マッサージしていくよ」  

 「く……くすぐったい……。でも……、気持ち……いい……」

 「そう? それならよかった。存分にやされてね。さぁ、とても静かに、夢の中へ行こう……」

 「ああぁ……たしかに……眠ってしまい……そうだ……。頭が……ぼーっと……してきた……」

 「ふふふ。もみ、もみ……」

 「うぅ~ん……。むにゃむにゃ……」


 本日分の疲労ひろうと、それをほぐしてくれる心地よい安樹の指圧しあつ

 暖かい癒やしに包まれた『美晴』は、考えることを少しずつやめていき、ついには自分の素肌に触れる安樹の手の感覚かんかくすら、フッと消した。

  

 「……」

 「ねぇ、風太? まだ起きてる?」

 「……」

 「あはは、ずいぶん疲れてたんだね、風太。入れ替わりの苦労はボクには分からないけど、今までいっぱい頑張ってきたんだね」

 「……」

 「よし、そろそろいいかな」


 安樹はマッサージする手を止め、気持ちよさそうに眠っている『美晴』の布団をめくった。そして、『美晴』の服装を軽く整えると、自身の身体をその隣に寝かせ、もう一度布団を被り直した。


 「こんなチャンス、この先のボクの人生には、もう二度と来ないと思うんだ。だから……許してね」

 

 *

 

 真っ暗な部屋。二人の少女が、一つのベッドで寝ている。

 髪の長い少女は静かに眠り、髪の短い少女はその子に添い寝をしている。二人の距離は、およそ20cm。

 

 「あのね、風太」

 「……」


 返事はない。

 

 「えへへ。眠っているキミに……言うね?」 

 「……」

 「ボクは、キミが好きだ。友達じゃなくて、それ以上の『好き』で、キミが好き……」


 安樹は、内緒の話をするみたいに、『美晴』の耳元でささやいた。


 「キミは……ボクのこと、好き?」

 「……」

 「いや、分かってるさ。ボクが望めば、きっと好きって言ってくれるだろうね。でも、それは……友達としての、好き」

 「……」

 「美晴とか、雪乃とか……キミの周りには、女の子がいっぱいいるんだね。その人たちも、みんなキミの友達? それとも……フフッ」

 「……」

 「ふぅ……」

 

 奥歯をぎゅっと噛みしめ、安樹は胸の苦しみに耐えた。

  

 「ただ……ボクは普通の女の子とは違う。彼女たちにないものを、ボクは持ってる。それはね、性別に囚われず人を好きになれる能力さ」

 「……」

 「『同化』してもいい。例えキミが、一生元に戻れなくても、ボクからの愛は変わらない。他の女の子にはできないことが、ボクにはできるんだ」

 「……」

 「フフッ……こんなことを言ったら、キミは怒るだろうけど。もしもキミが完全に『同化』したら、ボクはキミを独占できるのかな」

 「……」

 「元に戻ってほしくない。ずっとその姿のままでいてよ、風太」


 安樹は、眠っている『美晴』のあごに優しく手を添え、自分がいる方へとそっと向かせた。『美晴』はそれに逆らうどころか、身体と首が同じ方を向くように、寝返ねがえりを打った。

 

 「ああ、なんてキレイなんだろう。まるで白百合しらゆりみたいだ」

 「……」

 「フフッ……何を言ってるんだろうね、ボクは。寝てるキミにだから、なんでも言えちゃうけど」

 「……」

 「理想りそうは……そうだなぁ、彼氏と彼女みたいな関係になることかな。キミが望むなら、ボクは彼氏にも彼女にもなるよ。恋愛小説よりも甘い恋愛をしよう」

 「……!」

 「あ、少しまぶたが動いた。眠り姫様は、もうお目覚めかな。この時間が終わっちゃうの、だな……」

 「……?」

 「最後に……良い想い出を作らせてくれる? 今日という日のことを、一生忘れないように」

 「ん……?」

 

 あま吐息といきが顔にかかり、『美晴』はぱちりと目を覚ました。

 しかし、瞳の奥に「♡」を宿やどした安樹は、もう止まらない。


 「そのまま、じっとしててね……」

 「え……?」


 目覚めの『美晴』に、あかくちびる


 「んっ……」

 「うわあぁっ!!? なんだっ!?」


 突然の迫りくる愛に対し、『美晴』は咄嗟に顔を横に向けた。

 安樹の唇が触れたのは、残念ながら『美晴』の右のほっぺたになった。


 「あ……。失敗しちゃった」

 「はぁっ……はぁっ……! なんだよ……いきなりっ……! なんで……ほっぺたに……キスした……!?」

 「え? うーん……。ほっぺだから、感謝のキスかな。ボクなりの、お礼の気持ちってことで」

 「お礼の……気持ち……? あっ……!」


 『美晴』は即座そくざに思いだした。

 5歳児の藤丸にも同じようにキスされたことを。


 「言葉で……伝えろよ……そういうのは……! おれが……起きてる時に……な……! 何を考えてるんだ……お前は……!」

 「キミのことだけを考えてる。だから、キミもボクのことだけを考えてほしい」

 「ちょっと……待てっ……! なんで……服を……脱いでるんだ……お前……!?」

 「あつかったからね。すごく、あつかったよ。さっきまでは。……あれ? たたかないの?」

 「叩く……? おれが……お前を……?」

 「いつもなら、ボクがふざけたことをしたら、叩いたり蹴ったりしてるでしょ? でも今はそうしなかった。なんで?」

 「そりゃあ……だって……。お前……今……泣いてるから……」


 自分でも気付かないうちに。

 

 「え……。あっ……」

 

 瞳の下が、少しだけ濡れていた。


 「あはっ、あはははっ! なんで泣いてるの? ボク」

 「知るかよ……。女は……すぐ泣くなぁ……本当……」

 「ねぇ、風太。今ので、ボクのこと嫌いになった? もう友達やめる?」

 「バカ……。つまらないこと……聞くな……。安樹は……もう何も……怖がらなくていいんだ……」

 「そんなこと言うと、ボクはキミから離れられなくなっちゃうよ。あぁ、このままチョコレートみたいにドロドロに溶けて、二人仲良く混ざり合えたらいいのにね……」

 「いちいち……表現が……難しいんだよ……。恋愛小説の……読みすぎだ……お前は……」

 「……」


 少しそっけない『美晴』の言葉に、安樹は目を細めた。


 (そういえば……美晴とはくっついたりしてるんだよね、風太は。『おれは女子なんかに興味ない』って態度たいどを取ってるクセにさ)

 

 硬派こうは気取きどるそいつに、安樹はちょっとだけムカついた。

 

 (『共鳴レゾナンス』って言ってたっけ。たしか、おデコを……)


 もちろん、『美晴』と安樹がくっついても、その現象は起きない。

 それは分かっていたが、安樹は自分も他の子と同じことをしたいと思い、『美晴』のおデコにそっと触れた。

 

 「安樹っ……!? お、おい……そこは……ダメだっ……!」

 「なんで……? ここは、美晴専用?」

 「違うっ……! おデコに……触ったら……」

 「うん……?」


 『美晴』は安樹の手を止めようとしたが、反応が少し遅かった。

 安樹は「ハサ……」と静かに前髪をかき分け、『美晴』のおデコを露出ろしゅつさせてしまった。


 「え……。何これ……」

 

 そこには、深い傷痕きずあとがある。

 風太と美晴しか知らない、邪悪じゃあくな傷痕が。

 

 「あぁ……見たのか……」

 「ひどきず……。痛そうだね」

 「痛かった……だろうな……」

 「風太も知らないってことは、美晴の傷?」

 「そうだ……」

 「前髪で隠してあるということは、見られたくないものなの? これがどういう傷か、キミは知ってるの?」

 「うん……」

 「今、その傷についての話を、聞いてもいい……?」

 「……」


 『美晴』は唇を少し噛み、じっと安樹を見つめて考え込んだ。

 安樹は見つめ返しながら、『美晴』の次の言葉を待っている。 


 「この傷は……」

 「うん」

 「今は……聞かないでくれるか……? 機会きかいが来たら……必ず……話す……。お前は……おれを……助けようとしてくれる……友達だから……」

 「そっか……。分かった。キミには、まだたくさんのヒミツがあるんだね。引鉄ひきがねを引くには、もっとキミを知らないといけないな」


 その後、どちらとも言葉を話そうとしない、とても静かな時間が、しばらく続いた。


 *


 「ありがとう。風太」

 「ん……? 何が……?」

 「今日のこと。園ちゃんのこと」 

 「ああ……。別に……お礼なんて……いらないよ……。っていうか……さっきもらったし……」

 「ボクね、2年前のボクに会ったら、今日あったことを教えてあげようと思うんだ」

 「2年前の……ボク……?」

 「うん。夢の中でいつも会える、2年前のボク。右手にカッターナイフを持って、独りでずっと泣いてるの。どうしよう、どうしようって、不安で、ずっと。体にす勇気もなくて」

 「安樹……」

 「『あと2年、生きてみて』って。『そしたら、キミにとっての希望に出会えるから』って、あの子に言ってあげるよ。……えっと、風太のこと、あの子に『親友しんゆう』って紹介するのは、ダメかな?」

 「ううん……。おれからも……その子に……『2年後で待ってる』って……伝言を……伝えてくれ……」

 「フフッ、また伝言かぁ」

 「はは……。任せた……ぞ……」


 「……」


 「ボク、風太が好きだ。大好きな……親友だ」

 「おれも……安樹が好きだ……。大好きな……親友だ……」


 *


 そして、安樹が帰った後。

 夜の遅い時間。


 「ただいま。美晴」

 「おかえり……。お母さん……」 

 

 戸木田ときたのお母さんが、玄関げんかんに着いた。

 奥の部屋から、パジャマ姿の娘が現れ、それを出迎でむかえている。


 「あら、美晴……。今日は何か良いことでもあったの?」

 「えっ……? どうして……?」


 お母さんは、娘のささいな変化を見逃さなかった。


 「ふふっ、私も嬉しくなっちゃうわ。あなたのその笑顔が、久しぶりに見られて」

 

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