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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第十一章:ボクの好きな人
81/127

おれの安樹


 *


 ────


 2年前。 


 「それでは、二人組を作って、お互いの似顔絵にがおえを描いてみましょう」

 「「「「はーい!」」」」

 

 ここは、月野内つきのうち小学校から少し離れた場所にある、空野豆そらのまめ小学校。

 仲良しクラス4年1組の今日の授業は、図画ずが工作こうさくだ。生徒たちは画用がようを手に教室内を歩き回り、まずはペアとなる相手を探している。


 「アンちゃん、一緒にやろうねっ!」

 「うん、一緒にやろうね。ソノちゃん」


 菊水きくみず安樹アンジュ、小学4年生。

 当時はまだキャスケット帽も被っていない、普通の格好の女の子。趣味しゅみは読書で、好きなジャンルはゲロあまな恋愛小説。暗くはないが、やけに落ち着いていて、大人しい子だった。


 「うーん、うーん。人の顔を描くのって、難しいね。安ちゃん」

 「よし、こんな感じかな。ボクはそろそろ完成するよ。園ちゃん」

 「あっ、そうだ! 安ちゃん、ちょっといい?」

 「ん? なぁに?」

 「座っててね。そのまま、そのまま、座ってて」

 「……?」


 井原いはらソノ、小学4年生。

 当時はまだパンキッシュな趣味もない、普通の格好の女の子。少し背伸びをしたい年頃で、趣味はファッション雑誌ざっしを読むこと。友達は多く、男子たち(ただし、イケてるグループ限定)と遊ぶことも多い子だった。


 「え、えーっと……! 何をしてるの? 園ちゃんっ」

 「うん! あたし、ここで絵を描くよ! 安ちゃんの顔が近くて、よく見えるし!」

 「だ、だからって、ボクのひざの上に座るなんて……」

 「あれ? ダメだった? あたし、重い?」

 「ううんっ! けっしてそんなことはないけどっ! 園ちゃんが良いなら、ボクは構わないけどっ」

 「うふふ。じゃあ、ここで描くね。安ちゃんはイケメンだから、しっかりカッコよく描きたいの」

 「そ、そうかな……?」

 「そうだよ。男子よりもカッコいいよ、安ちゃんは」

 「……」


 園は、「安ちゃんはカッコいい」「安ちゃんはイケメンだから」と、口癖くちぐせのように言っていた。そう言われても、あまり自覚はしなかった安樹だったが、自分をめてくれる言葉に対しては、純粋に嬉しく思っていた。


 (園ちゃん……)

 

 初めて出会った時から、園は顔立かおだちの良い安樹に積極せっきょくてきに近づき、すぐに二人はいつも一緒にいるような仲になった。他人とコミュニケーションをとることに消極しょうきょくてきな安樹にとって、強引とも呼べる大胆だいたんさで距離を詰める園の存在は大きく、彼女を通してならば、安樹は他の友達とも話すことができた。

 園への感謝の気持ち。園から向けられる好意。そして日常的に続く、園のあやうささえ感じる過剰かじょうなスキンシップは、いつしか安樹に恋心を芽生めばえさせるまでに至っていた。


 (でも、ボク……女の子を好きになってもいいのかな……?)


 *


 ある日の道徳の授業。

 教壇きょうだんに立った先生は、クラスみんなの前で言った。


 「いいですか、みなさん。人の愛には、様々な形があります。男の子と女の子の間だけでなく、男の子と男の子、女の子と女の子の間にも、愛が芽生えることはあるのです。この授業では、それについてしっかりと考えてみましょう」

 

 それはまるで、安樹の悩みを取り扱ったかのような内容だった。


 「……!」


 安樹は、少し複雑ふくざつな気持ちで、その授業を聞いていた。他のみんながどういう反応をするのか、やはり気になってしまう。

 しかし、4年1組の良い子たちは、その内容について真剣に考え、道徳的に素晴らしい考えを次々と発表してくれた。最終的には、「思いやり」「配慮」という美しい言葉が並ぶような、まさに理想的な学習となり、先生はとても満足げな顔をしていた。


 「ふふっ。それでは、これで道徳の授業を終わります」

  

 そして、素晴らしい道徳の授業は、自分の恋愛に悩む安樹の心も軽くした。


 (そっか……。女の子でも、女の子を好きになっていいんだ……。ボクもいつか、自分の気持ちを園ちゃんに伝えたいな)


 *

 

 数日後。

 事態じたい急転きゅうてんした。


 「えっ!? 園ちゃんが、告白した……!?」


 園は、自分の気持ちを伝えた。

 同じクラスの「男子生徒」に。

 

 (な、なんでっ!? どういうこと!?)


 人伝ひとづてに聞いた、突然の速報。

 しかし、井原園から「男子よりもカッコいい」と言われ続けた菊水安樹は、そのしらせを信じられなかった。

 

 (ウソだ……! そんなわけないっ!)


 詳しい情報が入るまで待っていられず、安樹はすぐに教室を飛び出した。園が男子に告白する場所として選んだ、空野豆小学校の屋上を目指して。


 *


 夕暮ゆうぐれの屋上には、静かな風が吹いていた。


 「はぁっ……はぁっ……! 園……ちゃん……!」

 「安ちゃん……?」


 たたずんでいたのは、たった一人。

 間違いなく、その人こそが安樹の想い人だ。


 「どうしたの? 安ちゃん。そんなに息を切らして」

 「へ、変なウワサを……聞いたんだ……! 園ちゃんが、ここで、男子に告白したって……!」

 「したよ。それがどうかした?」

 「えっ……」


 あまりにもあっさりとした答えに、安樹は呆然ぼうぜんとした。

 園は「ふぅ……」とため息をつき、さらに言葉を続けた。


 「知りたいの? あたしの告白がどうなったか」

 「い……いや、知りたいっていうか……。だって、園ちゃんは……。園ちゃんの、好きな人、は……」

 「菊水安樹だと、思ってた?」

 「え……」

 「そう言われたよ。本当に好きな男の子から」

 「どういう……こと……?」

  

 物分かりの悪い安樹に向けて、園は声を張り上げた。

 

 「女が好きな女だって、思われてたのっ!! あたしのことっ!! だから、男子こっちに来るとは思わなかったって言われたのっ!!」

 「えっ……!?」

 「男子のことは興味ないやつだって、思われてたってこと……! だから、びっくりしたんだって!! あたしのことを恋愛対象だと思ってないからっ!!」

 「じゃ、じゃあ……告白は……!?」

 「一度、ナシになったよ……。あたしへの見方を変える時間がほしいって……」

 

 結果けっか保留ほりゅう。失敗する可能性はあるが、成功してしまう可能性もある。

 ならば今しかないと、安樹は自分の「引鉄ひきがね」を引いた。


 「で、でも……ボクは……! キミのことが好きなんだ……! 女の子同士だけど、それでもボクはキミを……」

 「じゃあ……あんたのせいってこと?」

 「え……?」

 「あたし、自分が悪いんだと思ってた。もう安樹ちゃんにベタベタするのはやめようって、心に決めたの。……でも、あんたがそういう目で見るなら、あたしがやめても意味ないじゃん。あたしはもう、女の子同士とか、嫌なのに……!」

 「そ、そんな言い方……」

 「やめてよっ……!! あたしの恋愛を邪魔するのっ!!」

 「……っ!」

 

 何かが、バラバラと、崩れる音がする。


 「……教えてあげよっか? 普通の人から、どう見られてるか」

 「普通の……人……?」

 「あんたみたいなやつはね、『配慮が必要な人』なの。病人、老人、妊婦とかと同じ。あたしもさっきまで、そう見られてた」

 「や……やめてよ……」

 「みんな、優しくしないといけないから優しくしてるんだよ。関わる時は、『思いやり』が必要。そんなつかう相手と、まともに恋愛できると思う?」

 「やめて……」

 「道徳どうとく教材きょうざいだよ。あんたとの会話は、常に道徳の授業。みんな真面目にしゃべって、誰もふざけない。本心を話すことができないから、恋愛どころか、友達もできない」

 「やめてってば……!!」

 

 耳をふさぐ安樹を無視して、園はスタスタと出口へ向かった。 


 「よく分かったよ。恋愛対象じゃない人から向けられる好意は気持ち悪い。だから、あたしの告白は上手くいかなかったんだね」

 「ま、待って……」

 「あんたの告白も気持ち悪かったよ。ごめんね、あたしは男の子が好きだから。さようなら、道徳教材」

 「……!」


 トドメを刺された安樹は、園を追うことすらできずに、呆然ぼうぜんとその場に立ち尽くしていた。


 *


 その一件から、安樹が学校に行かなくなるまで、あまり時間はかからなかった。


 (みんな、ウワサしてる……)

 

 園と安樹の告白は、すぐに4年1組の全員に知れ渡った。

 コミュニケーション能力の差で、園は友達を減らすことはなかったが、代わりに安樹の周りからは友達がいなくなった。

 ただ、そんななかでも、安樹に声をかける子は少しだけいた。4年1組は良い子のクラスなので、ひとりぼっちでいる子にはなるべく声をかけるようにと、先生から教えられているのだ。


 (みんな、ボクに『思いやり』を向けてる……! やっぱり、みんなにとって、ボクはただの道徳教材なんだ……)

 

 小学4年生の女の子には耐えられない、疎外感そがいかん。安樹は深く傷付き、もう自分の居場所はここにはないのだとさとった。


 「……」


 学校には行かず。自分の部屋のベッドの上で布団を被り、ただ本を読むだけの毎日。読書にきても、他にやることがないので、ひたすら本のページをめくる。

 時々、テレビやネットを見たりもしたが、鬱屈うっくつとした日々をまぎらすには、物足りないものばかりだった。


 そして、一番いちばん厄介やっかいなことは、発作ほっさのように突然起こるフラッシュバックだった。


 「はぁ、はぁ……。ぐっ、うぅ……うぅっ……、うぐぅぅぅ……」


 心臓を、ギュウギュウと締め付けられるような感覚。

 無理やりにでも空気を吸おうとするくちびると、全身をじっとりと湿らせるあせ

 鮮明になっていく、あの日の記憶。


 「はぁっ、はぁっ、告白なんか、しなきゃよかった……!」


 「あんなこと、言わなきゃ、こうはならなかった……!! うぅっ、苦しい……。胸が……痛いよぅ……」


 「誰か助けて……! 苦しみから救って……! どうしてボクは、こんな、気持ち悪くなっちゃったの……? パパ、ママ、どうしてボクは、普通に、まともに、産まれてこなかったの……?」


 「うぅ、うわぁああああんっ……! ごめんなさい、ごめんなさい、好きになって、ごめんなさい……! 普通になれなくて、ごめんなさいぃ……!」


 うすぐらい部屋に、一人。

 その声は誰にも届くことはなく、安樹の藻掻もがき苦しむ物音だけが、むなしく部屋に響いていた。

 

 ────


 *


 「……あれから2年。ボクは、何も変わらないな」

 「その後……は……?」

 「しばらくして、月野内小学校の6年3組に転校したよ。でも、あんまりこっちの学校にも行ってないんだ……」

 「どうして……?」

 「まだ少し、人を信じられなくなる時があるから……。でも、6年3組のみんなは良い人だと思うし、ボクも最低限の授業には出るようにしてるよ。保健室で休むことも多いけど」

 「ん……? 保健室……?」


 『美晴』は、安樹と最初に出会った時のことを思い出した。


 「うん。ボクとキミの出会いもそこだね。……覚えてる? 『キミはボクと同じにおいがする』って言ったこと」

 「ああ……。ずっと……気になってた……」

 「あれはね、『キミもボクと同じで、不登校ふとうこう予備軍よびぐんなんじゃないか』って意味。あの時のキミは、何か深い悩みを、一人で抱え込んでそうな女の子だったから」

 「あはは……。ま、まぁ……少しは……当たってる……な……」

 「フフッ、そうだね」


 その笑い声には、感情がなかった。

 安樹は薄い瞳で遠くを見つめながら、つぶやくように『美晴』に問いかけた。


 「それで、どう思った? ボクのこと……」

 「……!」


 全てを聞いて感じたおもいを、求めている。


 「変、だよね……?」

 「……」

 「おかしい、よね……?」

 「……」

 「ふ、普通じゃない、よね……?」

 「うん……」

 

 『美晴』が初めてうなずいた。

 安樹は苦しくて泣きそうになりながらも、頑張って笑顔を作ろうとした。


 「あははっ……『思いやり』のない返答だね。それが、『配慮』なしの本音ってこと? ここからは、風太の本当の気持ち?」

 「おれは……道徳の授業の時……いつも……寝てる……。ちゃんと……勉強してない……から……お前には……本心しか……言えない……」

 「そっ、そうなんだ……! じゃあ、普通の子じゃなくて、ごめんね? ボクのことは、もう、今日で忘れてくれていいからっ……! 先に、帰ってて……」

 「嫌だ……」

 「えっ?」

 「道徳は……よく分からないけど……、自分が何を信じればいいかは……分かるぞ……。お前は……おれの……大切な……友達だ……! おれは……友達を……絶対に……見捨てない……!」


 そいつが、やたら「友達」という言葉にこだわるやつだということは、安樹も知っていた。


 「そんな、でもっ! ボク、変なしゃべり方だし、帽子だし、自分のこと『ボク』なんて呼んでる、痛い奴だしっ! それに……性別とか関係なく、人を好きになるし……」

 「それはもう……知ってる……」

 「ぼ、ボクのこと、おかしいやつだって、思ってるでしょ!? 気持ち悪いやつだって、思ってるんでしょ!?

 「普通とは違う……おかしなやつだとは……思ってたよ……。出会った時から……ずっとな……」

 「そう言われたら、きずつくよ……」

 「やられたら……やり返せばいい……。傷ついたなら……おれのことも……傷つけるんだよ……。上等だ……」

 「え……?」

 「怖がるなよ……! 傷つけられた分だけ……傷つけてみろ……! お互い……キズだらけになっても……一緒にいたいから……友達なんだろうが……!!」

 「……!」


 安樹の瞳から、さっきとは別の涙がこぼれそうになる。

 しかし、目の前に『美晴』がいるので、安樹もここでは泣かないことに決めた。差し伸べられた手はとても小さかったが、安樹はその手を握りしめ、ベンチから立ち上がった。


 「あ、ありがとう、風太。ボクのことを受け止めてくれて」

 「まだ……だぞ……」

 「えっ?」

 「まだ……おれは……、お前の……ために……何も……やってない……」

 「そんなことないっ! もう充分っ」

 「だから……ちょっと……行ってくる……!」

 「い、行くって、どこへ!?」


 『美晴』は握っていた手を放し、今度はその手で、ラジコンヘリが入っている箱を拾い上げた。


 「ソノちゃん……って……、さっきの奴だろ……? 多分……まだ……ゲームセンターに……いるよな……」

 「なっ!? だ、ダメだよ、風太っ! ケンカなんてっ!」

 「お前が……止めるなら……ケンカは……しない……。でも……ケリは……つけさせて……もらう……」

 「とにかくダメだって! ボクは園ちゃんを恨んだりはしてないし……! あれはただ、ボクが、告白を失敗した……だけで……」

 「はぁ……。おれは……そういう……弱気よわきになってる……お前を……見たくないんだよ……!」

 「そんなこと言われても……。過去の傷は、簡単には消えないよ……」

 「前にも……言っただろ……? 友達を傷つけられたら……おれは……もう……冷静じゃないって……!! 今から……お前の……過去に……会ってくる……!!」

 「ええっ!? ま、待ってよ! 風太っ!!」


 健也ケンヤがバカにされた時と同じ表情を、『美晴フウタ』は安樹アンジュに見せた。

 『美晴』の背中を追いながら、口では「待ってよ!」と必死そうに言った安樹だったが、心の中では正反対の言葉をさけんでいた。


 * 


 ピコピコ、ドンドコ、チュチューンな音が騒がしい、ゲームセンター再び。

 『美晴』は一人で先行して、ソノの前に到着した。

 

 「でさー、あいつも屋上にやってきて、なんかいきなりマジ告白されたわけ! フツーにキモくない? ありえなくない?」

 「キモーい」「ありえなーい」

 「でしょー? そいつのせいで、あーしまでおかしいみたいな……ん?」


 三人のパンキッシュガールの前に、再び立ちはだかっている。


 「うわ、さっきのウザキモブサイクじゃん!」

 「なに? なに?」「なんかよう?」

 

 ウザキモ……『美晴』は殺気さっきはなち、指をパキポキと鳴らそうとしているが、残念ながら音は鳴ってない。


 「誰だ……! おれの……安樹ともだちを……泣かせたのは……!」

 

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