100ノートの秘密
「私は暗黒の魔女。……というか、『おまじないコレクター』なのよ」
「世界各国から、不思議な力が込められた『おまじないアイテム』を集め、それをこの店で売ってたってワケ。メインの商品は、恋愛成就のお守りやアクセサリーでね、開店当初はこの町の女の子の間で少し話題になったわ」
「ただ、より強い力を持つアイテムを集めていくうちに、どんどんお店の雰囲気が悪魔的な感じになっちゃって……。不気味になるにつれて、客足も遠のき、このザマよ」
「今の私に残ってるのは、段ボール箱いっぱいのおまじないアイテムだけ。あなたたち、もしよかったら少しもらってくれない? 処分するのも大変だし」
「「いりません」」
*
「……で、それが『100ノート』とどういう関係があるんです?」
「100ノートは、コレクターの間では、伝説のおまじないアイテムの一つだと言われているの。どんな願いでも、ノートに書き込めば、100日後に叶えてくれるという……。もちろん、私もコレクターとして、それを探し求めていた。図書室のボランティアも、その一環」
「というと?」
「100ノートっていう名前だけど、見た目は古い洋書……つまり、本なの。手がかりは少ないけど、珍しい本だということは分かってる。だから、とにかく図書室や図書館や本屋などを回って、私は情報を集めていたのよ」
「なるほど」
「そして、私はあなたたち小学生にも情報提供を求めた。『こんな本、見たことないかしら』ってね。ちょっと待って、絵を描くわ」
牡丹さんはスケッチブックを取り出し、ペンでさらさらと絵を描いた。
完成したのは、まるで魔法の呪文でもかかれているかのような、不思議な魔導書。
「これが……100ノートですか?」
「ええ。実物を見たことがあるって人の証言を元に、ね」
「そして、本物の美晴にも、この絵を見せたんですか?」
「そうね。美晴ちゃんにノートの話をしたら、すごく興味を持ってくれたわ。機会があったら探してみます、とも言ってた。まさか、本当に見つけ出すなんて、思わなかったけど」
必死に探した結果か、それとも偶然か。
なんにせよ、それは戸木田美晴の手に渡った。
「じゃあ……美晴は……そのノートに……、『二瀬風太と身体を入れ替えてください』って……書いたのか……? でも、あいつも……おれとの入れ替わりは……予想してなかった……らしいけど……」
「それが本当なら、100日後に叶う願いが、別にあるのかもしれないわね。あなたたちの入れ替わりについては、100ノートが勝手にやったことなのかも」
「ノートが……勝手に……? どういう……ことだよ……」
「そうね……。おそらく美晴ちゃんも、あのノートの正体を知らずに、使ってしまったんだと思うわ」
「ノートの……正体……?」
「100ノートはね、それに宿った悪魔と契約をするためのノートなのよ。だから、別名『デビルズノート』と呼ばれている」
「デ、悪魔っ……!?」
「古来より、悪魔は人間たちを争せ、苦しませ、絶望させて、その姿を見て楽しんでいる。人間と契約するのも、悪魔の力を手にした者の行く末を見て楽しむためでしかない」
「美晴は……悪魔と……契約してしまったのか……!?」
「そういうことになるわね。契約っていうのは、双方にメリットがあるから結ばれるもの。美晴ちゃんの願いを叶える代わりに、100ノートの悪魔は美晴ちゃんの心や身体を玩具にして楽しもうと考えたのでしょう」
「それが……この……入れ替わりってことか……」
「あなたたちの入れ替わり生活に、苦しみや絶望があったなら、悪魔の思惑通りでしょうね。あなたは、美晴ちゃんと入れ替えたら面白くなりそうな人物として、100ノートに選ばれたのよ」
「チッ……。バカに……しやがって……」
「問題は100日後。美晴ちゃんの願いが叶う時、何が起こるのか。ただ……言いにくいけど、悪魔と関わって、幸せな末路を迎えた人はいないと聞くわ。あなたも、美晴ちゃんも、地獄を見ることになるかもしれない……」
「地獄……?」
『美晴』は激昂し、牡丹さんに詰め寄った。
「今以上の……地獄が……あるって言うのかよ……!?」
「え、ええ。悪魔が何を考えているかなんて、私にも分からないけど。元の身体に戻ってハッピーエンド、って感じにはならないはずっ」
「どうして……悪魔のノートだと……美晴に……言わなかったんだ……!? そんな……恐ろしいものだと……知ってたら……、美晴だって……ノートを……使わなかった……はずだろ……!?」
「だ、だって、美晴ちゃんがノートを見つけて、しかも相談もなしに勝手に使ってしまうだなんて、思わないじゃない! 小学生が仮に100ノートを見つけても、素直に私のところに持ってくると思ってたし!」
安樹が仲裁する。
「ほらほら、二人とも落ち着いて。悔やんでも仕方ないよ。その契約を破棄する方法は……あるんだよね?」
「あるわ……! ノートを破壊したり、ページを破り捨ててしまえばいいの。それで、悪魔との契約は強制終了。もちろん、悪魔はそれを嫌がると思うけど」
「なんだ、けっこう単純だね。100日の間に、ノートを見つけて破っちゃえば、万事解決ってことでしょ?」
「そうね……。そのはずだけど、少し気がかりなこともあるわ」
「ん? 気がかりなこと?」
「聞いた話だけどね、入れ替わってる状態の人たちっていうのは、常に心が不安定だから、特有の精神異常状態になりやすいらしいのよ。なかでも、『同化』を起こしすぎると、もう二度と元には戻れなくなるとか」
「えっ!?」
唐突に新たな問題が登場し、『美晴』は慌てた。
「アスッ……、アシュ……、アスミュ……レーション……!? なんだよ……それ……! そんな危険な……状態……なのか……!?」
「つまりは『同化』現象よ。心が身体に染まって、本来の自分ではなくなってしまうことを言うらしいわ。あなたの場合、心まで美晴ちゃんになってしまうの」
「心まで……美晴に……!? あっ……」
なんとなく、思い当たる節が『美晴』にはあった。
安樹は少しだけ目を細めて、『美晴』をじっと見た。
「……風太。心まで美晴に染まったこと、あるの? 美晴という女の子のカラダに心を染めて、一つになったことがあるの?」
「そ、そんな……変な言い方……やめろよ……! あるかもしれないって……思っただけだ……!」
「ふーん、あるんだ。えっちー」
「違うっ……!」
『美晴』は安樹から離れ、牡丹さんの方へと振り向いた。
「そうならない……ためには……どうすればいい……!?」
「うーん。心が染まらないように、身体から異性を感じなければいいんじゃない? 胸を触ったりしないとか」
「よし……! そんなヘンタイなこと……絶対にしないから……大丈夫だな……!」
「『同化』以外にも……あとは、『共鳴』なんかも、危険だとは言われてるわね」
「レ、レゾ……何……!?」
「つまりは『共鳴』現象。入れ替わった相手と、同じ身体の部位をくっつけることだそうよ。得られる快感が強すぎて、やりすぎると依存性になってしまうとか」
「強い……快感……!? あっ……」
なんとなく、思い当たる節が『美晴』にはあった。
安樹はまた少しだけ目を細めて、『美晴』をじっと見た。
「……風太。強い快感を得たこと、あるの? 美晴とくっついて、気持ちよさを味わったこと、あるの?」
「だから……やめろって……! おデコ……で……やったこと……あるけど……」
「ふーん、あるんだ。えっちー」
「違うっ……!」
『美晴』はさらに安樹から離れ、もう一度牡丹さんの方へと振り向いた。
「とにかく……! 『同化』と……『共鳴』を……しないように……気を付けながら……、ノートを……見つけて……破ってしまえば……いいんだな……!? 100日……以内にっ……!」
*
一度実家と電話をするため、牡丹さんは店の奥へと消えた。
『美晴』と安樹は、牡丹さんが戻ってくるのを店内で待っている。
「つまり、自分を見失うような行動や行為、体験や経験をすると、『同化』が進んでしまう、ということかな。あんまりヘンタイなことしちゃダメだよ、風太」
「した……こと……ない……!」
「しかし、100日って……長いのか短いのか分からないね。ノートが今どこにあるかは、誰も知らないんだっけ?」
「ああ……。美晴が……持ってたけど……なくしたらしい……からな……。ちょうど……学校で……おれと……入れ替わった……日に……」
「じゃあ、可能性は……①今も学校のどこかにあるか、②誰かが拾って持っていったか、③本当は美晴がどこかに隠しているか、の三つだね。キミが美晴と仲直りすれば、③は消えるかもしれないが」
「それは……できない……。美晴とは……決別した……って……言っただろ……! おれにも……男の……意地ってもんが……ある……!」
「くすっ、キミは女の子なのに」
ドスッ!
『美晴』のひじが安樹の脇腹に深く刺さった時、ちょうど牡丹さんが店の奥から戻ってきた。右手には、ホコリを被った小さな木箱を持っている。
「やーやー、お待たせ。お二人さん。良いものを持ってきてあげたわ」
「いたた……。な、なんですか? その箱は」
「ふっふっふ、まぁ見てなさい! では、ふたをオープン!」
牡丹さんがふたを開けると、木箱の中には二つのペンダントと、紙切れが一枚入っていた。片方は青い宝石のペンダント、もう片方は桃色の宝石のペンダントだ。
「私自身、すっかり忘れていたわ。こんなおまじないアイテムがあったことを」
「これもおまじないアイテムですか? 何に使う物なんです?」
「聞いて驚くことなかれ。これ、実は……精神を交換することができる(らしい)のよ!!」
「「なんだって……!!?」」
たちまち、そのペンダントは二人の心をガッチリと掴んだ。牡丹さんはそれを木箱から取り出すと、『美晴』の手の平の上にそっと置いた。
「す、すげー……!! 精神の交換って……ようするに……入れ替わり……だろ……!? これを……使って……もう一度……美晴と入れ替われば……、100ノートなんて……いらない……じゃん……!」
「そうなるといいけどね。私も使ったことないから、本当にそんな力があるかは分からないし、その力で悪魔のノートに対抗できるかも分からない。ただ、試してみる価値はあると思うのよ。とりあえず、これが取り扱い説明書ね」
牡丹さんは紙切れを箱から抜き取り、安樹に手渡した。
「ハウ・トゥ・ユーズ。確かに、使い方について書いてあるみたいですね。でも、これ全文英語……」
「とあるバーで、酔っ払ってたアメリカ人黒魔術師から盗んだ物よ。その魔術師が『ココロ、コウカンスル、ペンダントヤデ』って言ってたのを覚えてるわ」
「うーん、ちょっぴりウソ臭くなりましたね。本当に効果あるのかな? この説明書には、なんて書いてあるんですか?」
「さぁね。私、難しい英語はよく分かんないから。読むのがめんどくさくて、今まで放置してたの」
「むむ……。ボク、家で解読してみます。ついでに、ペンダントについても少し研究を。これ、持って帰ってもいいですか?」
「もちろん。二人にあげるわ。上手く使いなさい」
『美晴』は二つのペンダントを安樹に渡し、安樹は全て自分のポケットに仕舞い込んだ。
「ありがとう……牡丹さん……! まずは……このペンダントが……使えるかどうか……試してみるよ……!」
「ふふ。私も、田舎から成功を祈ってるわ。……あ、誰か連絡先を交換しない?」
それには安樹が応じた。
「風太はスマホ持ってないので、ボクと交換しましょう。何か進展があったら、報告しますね」
「えっ? 寂しい時は、いつでも連絡していいのよ? 私とおしゃべりしましょう」
「いいえ。連絡は、必要最低限にしますね。牡丹さん、さっさと田舎におかえり」
「あっ! そうだワ! みんなで写真を撮りましょう! 記念撮影っ! あと、三人でお別れのハグをして、ねっ? ねっ?」
「逃げよう、風太」
「あぁっ、こら! 待ちなさーいっ!」
連絡先の交換を終え、安樹と『美晴』は逃げるように『ウィッチズ・マジカルショップ』を飛び出した。
後ろの方で、暗黒の魔女が何やら叫んでいるが、聞きに戻ることはなく、二人は離れた場所から大きく手を振って、別れのあいさつとした。




