表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第十一章:ボクの好きな人
77/127

あーんして


 「ん?」

 「美晴と……身体が……入れ替わってるんだ……!」

 「んん??」

 「おれは……元々……男で……! 1組の……二瀬……風太……なんだけど……、今は……身体を入れ替えられた……せいで……2組の……戸木田……美晴の……姿に……なってるんだ……!」

 「んんん???」

 

 安樹アンジュが想像していた「思春期ししゅんきの悩み」とは、かなり毛色けいろが違った。安樹はてっきり、人間関係とかそういう……リアルな感じの悩みかと思っていたのだ。


 「え、えーっと?」

 「だから……おれは……! 元の……身体に……戻りたくてっ……!」

 「あーっ、ま、待って! まだ飲み込めてないよっ!」

 「おれ自身も……こんなの……信じられなかったけど……! 本当なんだっ……!」

 「落ち着いてってば! 一つ一つ、順番に話そうよ!」

 「うん……!」

 「そうだなぁ……。まず、キミは誰? 何者なの?」

 「おれは……6年1組の……二瀬風太……! 男子だ……!」

 「ふむ」


 安樹は口元に手を添え、美術館の彫刻ちょうこくを鑑賞するかのように、『美晴フウタ』をじっくり見た。

 そして、『美晴』の長い黒髪を撫で、ほっぺたをぷにぷにし、スカートをひらひらした後、最後にふよんと『美晴』の胸に手を置き、こう言った。


 「わかった」 

 「なんだよ……。ベタベタ……触りやがって……」

 「キミは女だ」

 「は、はぁ……!? 男……だって……言ってるだろうがっ……!」

 「だって、おっぱいがあるし」

 「身体は、なっ……! この……美晴の身体と……入れ替えられたんだよっ……! 中身は……男で……! 名前は……風太なんだって……!」

 「そのフータとやらは、実在じつざいする人?」

 「当たり前だろっ……! 真面目まじめに……聞けっ……!」

 「うーん。キミは、美晴という女の子になっちゃったフータという男の子だ、って言いたいのかな?」

 「そうだ……! おれは……美晴になって……美晴は……おれになった……!」

 「なるほど。イメージというか、仕組しくみはだいたい分かったよ。美晴……じゃなくて、フータでいいのかな? キミは」

 「そうだ……! 『かぜ』に……『ふとい』で……『風太フウタ』っ……!」

 「風太フウタ、ね。分かった分かった。うーん、そうか……男の子かぁ……」


 安樹の心の中では、「信じる」と「信じない」が30:70だった。

 もしかして、もしかすると、本当のことを言ってるかもしれない、が30。「わたしには男の子の人格があって、その子は風太って名前なの」と、架空かくう設定せっていを作り込むような、思春期ししゅんき特有とくゆうのこじらせ方をした、不思議ふしぎけい女子の美晴ちゃん、が70。


 (たまにいるんだよね……。『わたしは実はねこなの』とか、『外国のお姫様の生まれ変わりなの』とか、ちょっとおかしなことを言い出す女の子は。そういう子への対応としては、その妄想もうそうを強く否定するのではなく……)


 「優しく肯定こうていしてあげるのが、きち

 「あ……!? 一人で……何を……ブツブツ……言ってるんだ……?」

 

 安樹は、さとすような暖かい目になった。


 (分かる。分かるよ、美晴。キミは見た目からして、『活発かっぱつ』とはえんがない、陰キャタイプの女子だもんね。明るく元気な男の子みたいになりたいって思うよね……。そりゃあ、こじらせちゃうよね……)

 

 「分かった。よーく分かったよ」

 「本当か……? 本当に……分かってくれた……か……?」

 「風太、だよね? キミは本来は男の子だけど、美晴の姿に変えられてしまった」

 「うんっ……! そうだ……その通りだ……! やっと……分かって……くれたか……!」

 「ああ。よく見ると、キミは節々に男らしさが溢れてるよ」

 「そ、そうか……!? おれ……ちゃんと……男に……見えてるのか……!?」

 「もちろん。いよっ、日本にっぽん男児だんじ!」

 「うわ、うわぁっ……! や、やったーーっ……!」


 安樹は、心にもないセリフで適当てきとうに褒めたが、単純な『美晴』は素直に受け止め、おおいに喜んだ。

 『美晴』の笑顔を見て、安樹は「うーん、やっぱり女の子にしか見えないな……」と思った。

 

 「ありがとう……安樹……! 今まで……誰にも……言えなかったんだ……! ずっと……ひとりで……悩んでた……!」

 「大変だったみたいだね。キミの力になれて、ボクも嬉しいよ」

 「お前……本当は……いいやつ……なんだなぁ……! さっきは……ごめん……な……。これからは……仲良く……しようぜ……!」

 「フフッ、れるな。こちらこそ改めてよろしくね、風太。ボク、この学校に来て良かったよ」

 「えっ……? 今……何て……」


 キーンコーン。

 完全下校のチャイムが、二人の会話をさえぎるように鳴り響いた。

 太陽は沈み、あたりはだんだん暗くなってきている。


 「おや、もうこんな時間だね」

 「あっ……。帰る……のか……? 安樹は……」

 「うん。そろそろ夜になっちゃうしね。話の続きは、また今度にしよう」

 「で、でもっ……! お前……とは……次に……いつ……会えるか……分からない……」

 「うーん。来週の月曜日には、また学校で会えると思うけどね。多分」

 「でも……その……えっと……」


 来週の月曜日。土日どにちを挟むので、少し日が空いてしまう。

 やっと現れた唯一の理解者を、簡単に手放したくなかった。女々しいと知りつつも、もっと安樹と話していたい、これまでの苦労話なんかをずっと聞いていてもらいたい、と、『美晴』は強く願っていた。

 

 あからさまに別れをしむ『美晴』を見かねた安樹は、悩んだすえに、ある提案をした。


 「じゃあ、明日は?」

 「えっ……?」

 「明日、土曜日だよね? もしキミの都合が良かったら、どこかに遊びにいこうか。二人で」

 「う……うんっ……! 行く……! 行こう……! どこがいいっ……!?」

 「フフッ、笑顔が戻った。キミは良い顔をするね」

 「う、うるさいなっ……! 場所は……『メガロパ』で……いいか……? あそこには……色々な店が……あるし……」

 「ああ、あのショッピングモールね。OK。じゃあ、10時30分ごろに集合しようか。それでいいね?」

 「おう……。遅れずに……来いよ……?」

 「そっちもね。じゃあ、また明日」


 二人で校門を出た後、互いに手を振り別れのあいさつをした。

 真逆の方向の帰り道をそれぞれ歩きながら、互いの背中が見えなくなったところで、『美晴』は満足げな表情で一言、安樹は小さな笑みを浮かべて一言、つぶやいた。


 「よし……! まだ……変われる……! おれは……まだ……風太で……いられるんだ……! 絶対に……手放すなよ……! 安樹は……おれにとっての……最後の……希望だ……!」


 「入れ替わり、か。男でもあり、女でもある存在ってところかな? そんな理想りそうてきな存在が、もし本当にいるとしたら、ボクにとっての最後の希望になるんだろうか……」


 *


 そして、約束の土曜日。

 大型ショッピングモール「メガロパ」の、エントランス付近ふきんに、『美晴』はいた。

 休日ということもあり、み具合はなかなかのもので、もし小さな子(雪乃など)を連れている親がいるなら、迷子になってしまわないように、気を付ける必要がある。

 

 現在の時刻は、10時45分。


 「遅い……! だから……遅れずに……来いって……言ったのに……!」


 美晴の「お出かけスタイル」に身を包んだ『美晴フウタ』は、少しイライラしながら安樹を待っていた。そのイライラは、もちろん遅刻に対する苛立いらだちなのだが、若干じゃっかん寝不足ねぶそくのせいでもあった。なんだかドキドキしてしまって、昨日はあまり眠れなかったのだ。


 「あ、あくびが……。ふわぁ……」


 ドンッ!


 「あいたっ……!?」

 「チッ、いってぇな! マジ邪魔!」

 「す……すみません……」


 ふわぁとあくびをした瞬間、通行人に肩がぶつかってしまった。

 さいわい、ケンカにはならずに相手は通り過ぎて行ったが、やはり、周りに注意する必要がある。


 「なんだよ……あいつ……。いかにも……ワルって感じの……女だな……」


 『美晴』がぶつかったのは、パンキッシュな格好をしたギャル3人の集団だった。

 ヤンキーとまではいかないが、素行そこうは悪そうな感じの女の子3人。派手なメイクのせいで大人びて見えるが、年齢は風太や美晴と変わらないぐらいだろう。

 

 「ああいう……タイプは……苦手だな……。女子には……もっと……落ち着きがあって……ほしいよ……」

 「ほうほう。おしとやかに、ってこと?」

 「そうだ……。まず……言葉ことばづかい……から……優しく……しないと……。『~だよ』とか……、『~ですよ』……、みたいにさ……」

 「驚いたなぁ。ボクの胸ぐらを掴んだキミが、そんなこと言うなんて」

 「ん……? お前っ……! あ、安樹っ……!?」


 しれっと、安樹がいた。

 服装はいつも通り、落ち着いたボーイッシュ系。そして頭には、トレードマークのキャスケットぼう


 「やあ。遅れてごめんね。待たせちゃった?」

 「待ったぞ……! 30分もな……!」

 「30分? 約束の15分も前から来てたの? 律儀りちぎだね」

 「別に……そういうわけじゃ……ないけど……。なんていうか……もしかしたら……お前はもう……来てるかな……って」

 「フフッ。ボクに会えるのを、楽しみにしてくれてたんだね。嬉しいな」

 「な、なんだとっ……!? テメェ……遅れて来た……くせに……調子に……乗るなよ……!」

 「わわっ、殴らないでっ! 乱暴らんぼうな女の子はダメだって、キミ言ったばかりじゃないか!」

 「うるさいっ……! おれは……男だ……!」


 キャスケット帽を奪い取り、ポコッと頭にゲンコツを喰らわせ、帽子を返してやった。

  

 「あはは、きびしいな……。遅刻は厳禁だと、きもめいじておくよ」

 「お前さぁ……。前から思ってたけど……しゃべり方が……なんか……変だよな……。むずかしいって……いうか……」

 「うん? そうかな? まぁ、本を読むのが好きだからかもね」

 「へぇ……。本が……好きなのか……。美晴と……同じだな……」

 「えーっと、美晴っていうのは、その『身体の』ってこと?」

 「そうだ……。こいつは……本を食べて……生きてるみたいな……女なんだ……」

 「ふむ、話が合いそうだね。月に何冊ぐらい読むの?」

 「それは……知らない……。おれに……聞かれても……困る……」

 「ああ、そういう設定だったね。キミは、男の子の風太、だっけ」

 「ん……? 設定……?」

 「いや、気にしなくていい。なんでもないよ。それじゃあ、まずは本屋さんから行こうか」

 「お、おう……」


 *


 書店コーナーで、二人は漫画や小説を見て回った。

 安樹アンジュも美晴のように幅広はばひろいジャンルを読むらしく、難しそうな小説から風太が好むような少年マンガまで、満遍まんべんなく手に取っては、パラパラと流し読みしていた。読書にはあまり興味がない『美晴フウタ』も、マンガは読むので、最近読んだマンガについての話になると、二人の会話は明るくはずんだ。


 そして、時間は正午しょうごを過ぎた。ほどよいランチタイムだ。

 書店コーナーを後にして、現在二人は「メガロパ」の一階にあるフードコートにいた。こんな時間帯なので、さっきより一層混み合っている。


 「結局……何の本を……買ったんだ……? 安樹……」

 「ああ、『うばLOVE』の新刊だよ。キミ、知ってるかな?」

 「知らない……。それ……マンガ……か……?」

 「いや、恋愛小説だよ。こういうのは読まない?」

 「読んだこと……ないな……。面白い……のか……? それ……」

 

 テーブルをはさんで、二人は向かい合わせに座っている。

 安樹の前には、バジルソースの本格イタリアンパスタ。

 『美晴』の前には、トンカツカレー(極小ごくしょう)。


 「キミさ、意外とそういうの似合にあうんだね」

 「んぐっ? もぐもぐ……。なんだよ……いきなり……」

 「服装だよ。それ、ワンピースだよね?」

 「ん……。うん……そうだけど……」

 「そのカーディガンと合ってると思うよ。学校には、そういう派手はでめな服を着てこないの?」

 「いや……、これは……美晴が……どこかへ……出掛でかける時の……服だから……」

 「ふーん、けっこう可愛かわいいのに。デート用かぁ」

 「ぶふっ……!? で、デートぉ……!?」

 「えっ? 違うの?」


 『美晴』は思わず、こめき出してしまった。汚い。

 安樹に言われて初めて気が付いたが、確かにそう見える気がする。『美晴』は自分の格好を改めて確認し、急にとても恥ずかしくなった。


 「なぁ……安樹……?」

 「ん? どうしたの、真っ赤になって」

 「そう……見えるのかな……。周りから……見たら……」

 「うーん、そうだね。ボクが男の子みたいな服着てるから、ますますデートみたいに見えるかもね」

 「お、おれ……恥ずかしい……」

 「大丈夫だよ。むしろ、そんなにナヨナヨしてる方が女の子っぽいよ」

 「脱ぐ……」

 「痴女ちじょか」

 「もしくは……お前が……脱げ……」

 「はいはい。午後は洋服でも見に行こうね」

 「あ、あのさ……。あんまり……そういう……意識するようなこと……言わないで……くれるか……?」

 「分かったよ。ほら、カレー食べさせてあげるから、『あーん』して」

 「いや……だから……それは……カップルがやるやつだろ……! やめろってば……!」

 「あはは、面白いなキミは」


 『美晴』はこいつをぶん殴ってやろうと思ったが、途端とたんに周囲の目が気になり、あまり目立った行動には出られなかった。

 だから、テーブルの下で、安樹の脚をガツンと思い切り蹴った。


 「いたっ!?」

 「ふん……。ばつだ……」

 「いてて……。別に『あーん』ぐらい、恥ずかしがらなくてもいいのに」

 「そんなこと……したら……注目が集まる……だろ……!? 写真とか……撮られる……かも……」

 「おお袈裟げさだよ。ほら、向こうにいるカップルも、なんじらいもなくやってるし」

 「はぁ……?」


 安樹が指さす方向に、『美晴』はくるりと振り返った。

 こんな昼間ぴるまから、どこのバカップルがそんな軟派なんぱなことをやっているのかと、一目見てやろうと……。


 「なっ……!?」


 それを見た瞬間、驚きのあまり、『美晴』の口の中の米粒こめつぶ気管支きかんしに飛び込み、『美晴』を盛大にむせさせた。


 「うぇっほ……!!? えほっ、ゲホッ、ゴホッ……!?」

 「わわっ、大丈夫かい!? ほら、お水飲んで」

 「な、なんで……ゲホッ!? なに、けほっ、やってんだ……!? うぇっほ……!」

 「ん? 何を言ってるの?」

 「ゲホゲホッ……! あれは……ゴボッ、雪゛乃……と……美晴゛……だ……!」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ