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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第十一章:ボクの好きな人
74/127

サッカーをやりたがる謎の女子


 *


 告白。

 成功すれば、晴れて恋人同士の関係に。しかし失敗すれば、絶望の底。最悪の場合、ショックで命をってしまう人もいる。

 言ってしまえば、拳銃けんじゅう引鉄ひきがねと同じ。一度引けば、結果がどうあれ、その後の人間関係が大きく変わる。確実に当てたければ、より慎重しんちょうにならなくちゃいけないし、結局、引鉄を引く勇気が出ずに、小学、中学と、過ぎ行く時間をれったく思いながら眺めているだけの、思春期の少年少女も少なくない。


 そんな大事な引鉄を、友達ですらない赤の他人が勝手に引くなんて、決してあってはならないことなのである。


 ──菊水安樹の愛読小説『奪っちゃいLOVE! ~どきどき男女共同サンカク社会~ 』より抜粋ばっすい


 *

 

 「……!」

 「……!」


 つい、口に出してしまった。

 言う気は全くなかったのに、強く意識するあまり、混乱と共に口から飛び出してしまった。

 後悔しても、もう遅い。覆水ふくすいぼんに返らない。


 すこしのあいだこおっていた時間は、みるみるうちに溶け出した。


 「あっ……!?」


 『美晴』は、すぐさま両手で自分の口をふさいだ。

 しかし、もう口から出てしまった言葉を頭の中でリピートすると、冷や汗が止まらなくなった。


 「うっ、うん……!」


 突然の爆弾ばくだん発言はつげんに、安樹も赤面せきめんしていた。『美晴』の前で初めて動揺したような素振そぶりを見せ、わざと視線をそらしている。


 「い……言った……!?」

 「な、な、何をっ?」

 「お、おれ……お前に……なんて言った……!?」

 「えっ!? えっと、そのっ、今、キミは」

 「うんっ……!」

 「ボ、ボクのことが好きだって……」

 「あ、ああ……あ、あああ……」


 『美晴』はこれ以上ないくらいに真っ赤になり、沸騰ふっとうしたヤカンのように湯気ゆげすら出し始めた。そして、『美晴』の中のメーターがMAXになると、ボンッと頭が小さな爆発を起こした。

  

 「ち、ちぁっ、違うんだっ……! みみ、美晴が……お前を……しゅき、なんだ……!!」

 「いや、あの、だからっ、み、美晴っていうのは、キミのことだろうっ!? 戸木田美晴って名前だし!!」

 「そっ、そうじゃない……そうじゃないんだって……! だから、その……うぅっ、うわぁああーーっ!!!」

 

 静寂せいじゃくなる図書室に、『美晴』の悲鳴がこだました。そして、『美晴』は叫び声を発したまま向きを変え、ダダダダ……と、どこかへ走り去ってしまった。


 「あっ、待って!」


 手を伸ばしても、もう遅い。『美晴』と同じく真っ赤になっていた安樹は、その場に一人取り残された。


 「こ、告白なんだよね? 今の……」


 安樹は、キャスケット帽をさらに深くかぶり直し、手のひらをパタパタとうちわ代わりにして、自分をあおいだ。


 「すごく、あつい……! 好きだって言われると、あつくなるんだな……」


 *


 その日の夜。

 戸木田美晴の自室。


 「どうしよう……どうしよう……! ヤバいだろ、これ……!」

 

 部屋のぬしはベッドの上でうつ伏せになり、まくらに顔面を埋めている。


 「お、おれが……美晴の代わりに……安樹に……告白……!? これは……マズいって……! 本当に……何をやってるんだ、おれは……!」


 手足をバタバタと動かし、もどかしそうに暴れている。


 「わ、わざとじゃない……んだけどっ……! 美晴のことは……許せない……けど……、これは……やりすぎ……だよな……。好きな人への……秘密の気持ちを……勝手に伝えるなんて……、人間として……最低の行為こういだ……。おれは……最低の……男だ……」


 今度は、ゴロゴロと左右に転がっている。


 「言っちゃったこと……取り消せないかなぁっ……! あいつ……おれの言ったこと……忘れてくれないかなぁっ……! わあぁぁーーーっ……!!」


 *


 次の日、『美晴』は久しぶりに図書室に行かなかった。

 また安樹と会った時に、自分はどんな顔で、何を話せばいいのか、頭の中で整理がつかなかったからだ。それに加えて、安樹から返ってくるであろう言葉を聞くのも怖かった。


 「はぁ……。面倒くさいことに……なっちゃったな……。この問題を……片付けずに……元の身体に戻るわけには……いかないよなぁ……」


 責任を感じていた。美晴側の問題を、余計よけいにややこしくしてしまった、と。


 (やっぱり、他の人に勝手に告白なんてされたら、嫌だよな。そんなの、おれだって嫌だし……)


 自分に置き換えて、考えてみる。


 ────

 

 「あのね、風太くんがあなたのこと好きだって言ってたよ」

 「えぇーーっ!? 風太くんがーっ!? きゃあーーっ!!」

 「風太くんね、あなたのことが大好きだから、いつもあなたのこと考えてるってさ。ご飯の時も、お風呂の時も、夢の中でも!」

 「ひゃあーっ! 気持ち悪ーい!!」

 

 ────

 

 ……やはり、卑劣ひれつきわまりない最低な行為だ。しかし、それと同じ事を、『美晴』はやってしまったのである。


 「きっと……美晴が知ったら……、おれが……仕返しかえしで……わざと告白したと……思うだろうな……。そして……それに怒った美晴は……さらなる仕返しで……雪乃に……」


 そんなことを考えながら、『美晴』は憂鬱ゆううつな一日をすごした。全く授業には集中できず、目立たないような小さな失敗もたくさんしてしまったが、なんとか全ての教科を終え、現在は放課後ほうかご

 

 『美晴』は、校庭のすみを一人でトボトボと歩き、帰り道へと続く校門に向かっていた。 すると、そこへ……。


 「ん……? なにか……転がってる……」


 コロコロ……コロ……。

 『美晴』のそばへ、どこからかサッカーボールが転がってきた。そのボールには、所有しょゆうするクラス名が書かれている。


 「6年……1組……!? おれの……クラス……の……サッカーボールだ……!」

 

 『美晴』は足元にボールを寄せ、転がして遊びながら懐かしい気持ちになっていた。


 「そういえば……最近……サッカー……やってないな……。思い切り……体を……動かして……、気分きぶん転換てんかん……したいな……」

 

 ここしばらく、モヤモヤや鬱憤うっぷんが溜まっているのは、外に出て体を動かしていないからかもしれない。軽く運動して脳をリフレッシュすれば、問題解決の糸口いとぐちが、何か見つかるような気がする。

 

 『美晴』が謎のサッカーボールにわずかながらの希望を見出みいだしていると、今度はそのボールの持ち主たちが、『美晴』のそばまでやってきた。


 「おーい! そのボールとってくれーっ!」

 「えっ……!?」


 (け、健也ケンヤっ……!!?)


 そこには、元クラスメートの健也がいた。

 どうやら、6年1組の男子を集めて、校庭でサッカーをしているらしい。ちなみに、健也のすぐ後ろには勘太カンタもいたのだが、『美晴』の視界には入っていなかった。

 

 健也は、風太にとって一番の親友だ。放課後はもちろん、休みの日なんかも、いつも一緒に遊んでいる。文武ぶんぶひいで、男女だんじょともに人気のある健也は、風太にとっての憧れであり、ライバルであり、そして良き理解者りかいしゃでもあった。


 そんな親友の前に、風太は初めて女子になった姿をさらした。


 「け……っ……、健……っ……」

 「ああ、それだよ。そこにあるボール、こっちにってくれ」

 「んぐっ……声が……! こ、このっ……」

 「ん? どうしたんだ?」

 「健也ぁっ……!!」

 「わっ! な、なんだっ!?」


 いきなり大声で名前を呼ばれ、健也はびっくりしていた。

 その後ろの勘太も、驚きで飛び跳ねたのだが、『美晴』の視界には入っていない。


 「初めて話す女子だな。お前、おれの名前を知ってんのか。6年生か? どこのクラスだ?」

 「えっ……!? お、おれは……!」


 そう聞かれて、『美晴』は口籠くちごもってしまった。

 今の自分は、健也から見れば見知らぬ他人だということを、実感したのだ。今、本当のことを言ったところで、どういう反応になるかは、あまり考えたくなかった。

 

 健也は勘太の方を向いて、「お前の知り合いか?」とたずねたが、勘太は首を横に振って否定した。


 「その……、えっと……。わ、分からない……」

 「分からない? 月野内の生徒じゃないのか?」

 「いや……、あの……」

 「……?」


 『美晴』は、たいして考えもせずに返答へんとうした。当然、そんな返答では、健也の中での印象は「初めて出会う女子」のまま。

 それでも健也なら、今の自分の意思を理解してくれると、『美晴』は信じていた。

 

 「サッ……カー……」

 「ん? サッカー?」

 「やりたいっ……! おれも……サッカー……入れてくれっ……!」

 「えっ!?」


 いつもなら、遊びに入れてもらうための軽いお願いも、今の風太にとっては、必死な願いだった。

 

 「う、うーん……。そうだなぁ……」


 素性すじょうも分からぬ謎の女子の懇願こんがんに、健也は少し戸惑とまどった。

 しかし、その女子の真剣な眼差まなざしと、つまらない仲間ハズレはしないという「健也ケンヤりゅうあそ信条しんじょう」により、健也はすぐに優しい笑顔になった。


 「よし。じゃあ、おれたちと一緒にやるか? サッカー」

 

 が……。


 「えーっ!? あいつもサッカーに入れるの? おいおい、女子だぜ?」

 「「……!」」


 勘太が口をはさんだ。

 

 「いいだろ、別に。やりたがってるんだから」

 「知らない女子と一緒に遊んで、ケガさせたらどうすんだよ。最近、うちのサッカーは特にケガ人が増えてるんだぞ? 昨日、風太がケガをしたこと、忘れたのかよ。健也」

 「風太のケガは、たいしたことねぇよ。あいつも明日には、サッカーやりに来るさ」

 「それによぉ……女子なんか、ちょっとぶつかっただけで、ピーピー泣いちゃうぜ。それで怒られるのは、いつもおれたち男子だろうが。雪乃ユキノ実穂ミホならともかく、あいつはどう見ても運動とかできなさそうだし」

 「それは分かんねぇだろ。ああ見えて、めちゃくちゃサッカー上手いかもしれない」

 「それから、あいつスカートはいてるじゃんか。もし、『試合中の事故』でめくれて、パンツ見られても、文句は言えねぇぞ」

 「お前、スカートめくる気だろ……。やめろよ、そんなこと」

 

 健也と勘太の言い争いを、『美晴』は胸がめ付けられるような想いで見ていた。

 健也はなんとか擁護ようごしてくれているが、勘太の言い分ももっともだと、『美晴』本人も感じていたからだ。


 (勘太の言うことも、間違ってないけど……。でも、それでも、おれは……!)


 『美晴フウタ』は立派な男子である、と。同じ性別である男子たちに、みとめてもらいたかったのかもしれない。

 その気持ちが届いたのか、ブツクサ文句を言う勘太を、健也は少し強引に説得せっとくし、こちらを向いて大きく手を振った。


 「おーい! 一緒にサッカーやろうぜ。謎の女子!」

 「えっ……!? う、うんっ……!」

 「じゃあ、そのボールをこっちに蹴ってくれよ!」

 「分かった……!!」


 くもりかけていた『美晴』の表情が、一転パァッと明るくなった。

 さっきまでめていた健也と勘太も、その明るく咲いた花を見て、照れくさそうに笑った。


 「よ、よーし……! いくぞ……!」


 『美晴』はボールを前に転がし、助走じょそうをつけた。

 久しぶりだが、なんてことはないインサイドキック。『美晴』の脳内には、足の内側で完璧にボールをとらえてキレイに蹴る、「男の」自分の姿があった。このイメージ通りに、1、2、3歩のリズムに合わせて、キックをすれば……。


 ……すかっ。


 「えっ……?」

 「えっ……!?」

 「えぇっ……!?」


 どすんっ……!!


 失敗した。

 華奢きゃしゃな脚がボールに触れることはなく、『美晴』は勢い余って豪快ごうかいに尻もちをついた。まるでド素人しろうとのような、不様ぶざまかつ滑稽こっけいで、笑いを誘うちんプレー。


 「ぷっ」


 えられず、勘太はき出した。


 「おい、勘太っ!」

 「ぷぷっ。ご、ごめん、健也。だって、あれ、くくっ」

 「黙れって……!」

 「いひひっ、いや、だって、できると思うじゃんっ。もしかしたら上手いのかなって、思うじゃんっ。ぶふっ、あははっ」

 

 腹をかかえて大笑いする勘太に対して、転んだ『美晴』は、自分の肉体に戦慄せんりつしていた。


 「……!」


 恐ろしい物でも見たかのような顔で、自分の脚をじっと見ている。スカートのすそ、太もも、ひざ、すね、靴下くつしたくつ。ボールすら満足に蹴らせてくれない()()()への、絶望は大きかった。


 「はぁっ……はぁっ……!」


 動悸どうきがする。急激に気分が悪くなり、吐き気もしてくる。

 『美晴』は苦しみを抑えながら、ぷるぷると震える脚でなんとか立ち上がり、スカートに付着した土をはらけた。しかし、その手にはだんだん力が入り、ついには、悔し涙をこらえるためにギュッとスカートをにぎりしめ……。


 「ぐっ……! ううっ……!」


 この身体では、友達とサッカーすらできない。

 改めて直面した現実から逃げ出すかのように、『美晴』はこの場から立ち去った。

 

 「あっ、待てっ!」


 健也の叫び声も無視して、謎の女子は走り去ってしまった。彼女がかう方向ほうこうは、おそらく誰もいない体育館たいいくかんうら

 健也はまず、いまだに笑い続ける勘太にキレた。


 「勘太っ……!」

 「ぷぷっ、くくくっ。な、なんだよ、健也? ぶふっ」

 「あいつに」

 「痛っ!?」

 「ちゃんと」

 「痛いって!」

 「謝れよなっ!」

 「や、やめろっ、分かったからっ! もう笑わないって!」

 「……おれ、ちょっとあいつと話してくる。お前は、みんなとサッカーやっといてくれ」

 「お、おう……。いってらっしゃい。ぶふっ!」

 「この野郎っ!」


 勘太の坊主ぼうずあたまをグーで三回殴り、さらにもう一回殴ってから、健也は『美晴』が向かった場所へと走り出した。

 

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