代理告白
「あいつ……! 確か……昨日の……」
『美晴』は、図書室に入っていくキャスケット帽を早足で追った。
*
月野内小学校は、学校の取り組みとして、文献や資料の保存に力を入れている。そして、それらを保管している図書室は増改築を年々し続け、現在は市立図書館にも劣らないぐらいの広さになっている。
図書室内には下フロア/(2階)と上フロア/(3階)があり、階段でつながっているのはもちろんのこと、一部が「吹き抜け」になっているので、2階で読書をしている子を3階から眺めることも可能だ。
6年生は3階に教室があるので、通常は3階から入室する。『美晴』もいつも通り、上フロアの扉をガラッと開け、そっと中へと入った。
(あいつ、歩くのが速いな。いや、今のおれが遅いのか)
残念ながら、見失ってしまった。
しかし『美晴』は諦めず、図書室の上フロアを捜し歩きながら、そいつの言っていた言葉を思い出していた。
(なんか、気になること言ってたよな。『キミはボクと同じ事情を抱えている』、だっけ。まさかとは思うけど、もしかしたら……)
同じ事情。
『美晴』の予想としては、入れ替わりについてだった。他の誰かと、ムリヤリ身体を入れ替えられてたことがある……という事情であれば、確かに同類だ。
(絶対にない、とは言い切れない。あいつもおれと同じで、異性との入れ替わりの経験者かもしれないな……)
と、そこまで考えて、新たに疑問が湧いてきた。
(あれ? そもそも、あいつは男か? いや、女だったかな? ん? どっちだっけ?)
ほわんほわんと、保健室で会った時のことを思い出してみる。
(服装は……男、だったよな? 髪の長さでは判断できないけど……。声は女っぽかったかな? でも、男と言われればそんな気も……。待てよ、しゃべり方は男みたいだったような? 自分のことは確か……『ボク』って呼んでたっけ)
本来ならば、男性が使うことの多い一人称「ボク」。
しかし、一人称が「オレ」の女の子と、過去に一度出会ったことがある。
(『オレ女』の屶音と同じパターンなら、女の可能性もあるか。でも、中身が男で見た目が女ってこともあり得る。んー、そもそも入れ替わり経験者かどうかは、まだ確定してないし……)
謎に謎が重なり、『美晴』の頭は軽く混乱していた。
ハテナマークを浮かべながらふらふらと歩き、下フロア(2階)を見降ろせる場所まで進むと、そいつはそこにいた。
(あっ、いた! 2階の貸し出しカウンターで、本を借りてるところだ! よーし、直接話を聞いてやる!)
『美晴』はくるっと方向を変え、2階へ降りるための階段を目指し、駆け出した。
*
図書室から本を持ち出すには、カウンターで手続きをする必要がある。休み時間に図書室内で本を読むだけならば、どの本でも自由に読んでも構わないのだが、本を外へ持ち出す場合は、「貸し出しカード」に記入しなければならない。
『美晴』は、あいつがカウンターでその手続きをしているところを、ちょうど目撃した。
ダダダダダ……!
「くぉらっ、美晴ちゃん! だだだだ走らないの! 図書室では、お静かにっ!」
「うわっ……!? ぼ、ボランティア……の……お姉さん……!」
図書室でボランティア活動をしているお姉さんに、『美晴』は叱られた。
お姉さんの年齢は20代ぐらいだが、学生なのか、仕事をしているのか、それとも主婦なのかは不明。彼女の主な仕事は、貸し出しカードの管理、本の整理、図書室で騒ぐやんちゃ坊主への注意、など
お姉さんは『美晴ちゃん』のことを知っているらしいが、こちらはお姉さんのことを全く知らない。
「くそっ……! また……見失った……! あいつ……、もう……図書室を……出たのか……!?」
「どうしたのよ、美晴ちゃん。えらく騒々しいわね」
「くっ……! お姉さんが……おれを……呼び止める……から……!」
「お、お姉さん? 私のこと? 美晴ちゃん、ちょっと見ない間に、雰囲気変わったかも……。不良のお友達と遊ぶようになったのかな」
「今日は……もう……諦めるしか……ないのか……。ん……?」
『美晴』はふと、お姉さんの持っている物を見た。
おそらく、今日使われた貸し出しカードの束だ。あいつが本を借りたのならば、あいつの名前が書いてある貸し出しカードは、その束の中にあるだろう。
「ちょっ、ちょっと……お姉さん……! その……カードの束を……見せて……くれ……!」
「え、これ? 貸し出しカードだけど?」
「分かってる……! だから……それ……見せてってば……!」
「はっ! ま、まさか、これが美晴ちゃん流のカツアゲ!? やーん、美晴ちゃんが不良になっちゃったわぁ~」
「違うっ……! おれ……真剣……なんだっ……! この先の……人生が……変わるかも……しれないんだ……!」
「それは大変ね。見せてあげてもいいけど、昔の美晴ちゃんに戻ってくれたらね」
「は、はぁ……?」
「ほらほら、女の子が股を開かないの。ちゃんと、可愛らしくお願いして。不良になんか、なっちゃダメ」
「……!」
『美晴』はイライラを抑えるために、奥歯をギリリと噛んだ。
そして、必要以上に内股になりながら、にへら~っと無理やり笑顔を作った。
「お、お姉さん……!」
「お姉さん? いつもは、名前で呼んでくれるわよね」
「お姉さんの……名前……?」
お姉さんの名札を見る。
「ぼ、牡丹……さん……!」
「あら、なぁに? 美晴ちゃん」
「その……カード……、おれに……じゃなくて、わたしに……見せて……くれなぁい……?」
「う-ん、まだ目つきが怖い。以前はもっと、小動物感があったかな」
「そっ↑、その……カードぉ↑……わたし……にぃ……見せてぇ↑……?」
元々高い声の、さらに裏声を出す。
「うふふっ、可愛い~! はい、どうぞ。あんまり見せびらかすものじゃないけど、あなたにだけ特別だからね?」
不本意ながら、交渉成功。
『美晴』は、「絶対、美晴本人もこんなしゃべり方はしないだろうな……」と内心思いつつ、貸し出しカードの束を受け取った。
「あった……これだ……! これで……あいつの……名前が……分かる……!」
一番上のカード。そこに、あいつの名前が記されていた。
《6年3組 菊水安樹》
(あいつ、3組の奴だったのか。きく……すい……? きくみず、かな? きくみず……やすき……か。ってことはつまり、あいつは男……!)
『美晴』がそのカードをじっと見ていると、後ろからひょっこりと、お姉さん(牡丹さん)が顔を出した。
「その子、すごいわよ。速読が得意でね、今までに読んだ本の数なら、美晴ちゃんにも負けないくらいだと思う。色んなジャンルを読んでるみたいだから、美晴ちゃんとは仲良くなれるかもしれないわね」
「えっ……。そう……なんだ……」
……なんとなく。
ただ、なんとなく、牡丹さんが言ったその言葉によって、『美晴』の頭の中には、「図書室で会える男の子」のことが浮かんでいた。
(あ、あれ? こいつのこと……なのかな? 『図書室で会える男の子』って)
唐突な発想だった。しかしそう考え出すと、そんな気もしてきてしまう。
(図書室で会える……っていうか、図書室で姿を見ることはできるな。ってことは、やっぱり美晴の好きな男子って、こいつなのか……!?)
美晴並みに本を読む男なら、頭は悪くないだろう。顔立ちも良いし、物腰も柔らかで、落ち着いている。やはり、美晴と仲良くなれそうなタイプだ。
別に気にする必要はないのに、風太は自分の男としての性能を「菊水安樹」と比較し、その超えられない壁を見て、落胆した。美晴の好きな男子のことなんかどうでもいいハズなのに、何故か勝手に落胆していた。
(そうか、こいつか……。「図書室で会える男の子」は、「菊水安樹」のことだったんだ……)
謎が一つ解けた。気がした。
「はい……。もう……カードは返すよ……。お姉さん……じゃなくて、牡丹さん……」
「あら、もういいの? 見たかったものは見られた?」
「えっ……? い、いやあ、ここには……なかったかな……、なーんて……」
「なんだか、さっきより元気がないみたいだけど、本当に大丈夫?」
「そ、そんなこと……ないって……! おれは……じゃない、わたしは……元気だ……。じゃあ、もう行く……よ……」
複雑な表情を浮かべ、「キクミズヤスキ……キクミズヤスキ……」とぶつぶつ呟きながら、『美晴』は図書室を出て行った。
『美晴』がそこを離れた後、牡丹さんは手元に返ってきたカードを改めて確認した。
「うーん、期待していたものとは違ったのかな。美晴ちゃん、元気出してくれるといいけど……」
『美晴』のことを心配しながら、牡丹さんは持っていた貸し出しカードを、「6年3組 女子」と書かれている引き出しの中に入れた。
*
それから数日の間、『美晴』は休み時間になると図書室へと足を運び、「菊水安樹」と「100ノート」についての調査を続けていた。
「美晴の……好きな……男のことなんて……どうでもいいよ……。今は……身体を元に戻すことに……集中……しなくちゃ……」
と、口ではそう言いつつも、『美晴』は本棚の陰に隠れながら、静かに本を読む「菊水安樹」を常に監視していた。端から見ていると、まるで憧れの先輩を隠れてこっそり見ている後輩の女の子のようだ。
(こ、こいつが図書室にいると、なんだか集中できないんだよ……! だから、これは仕方ないんだ……!)
尾行術が完璧なおかげか、保健室で初めて会った時以来、まだ鉢合わせたことはない。こそこそなんかせずに、安樹に声をかけようとも考えたが、美晴の好きな男だということを意識すると、足がそちらへ進まなかった。
(安樹について、分かったことが二つある。一つは、毎日この図書室に現れるわけじゃないってこと。そしてもう一つは、あいつは図書室にいる間、ほとんど誰とも話さないということだ。牡丹さんと軽い会話をするぐらいかな)
誰に報告するわけでもない調査結果を、脳内で発表し、『美晴』はまた少しもどかしい気持ちになった。
(くそっ。本当に変だな、今のおれはっ! こんな尾行なんかして、何の意味があるんだ……!? 今はこんなことしてる場合じゃないって、分かってるのに……!!)
それでも、美晴の好きな男である「菊水安樹」のことが、気になって仕方がなかった。
*
今日もまた、安樹は図書室に現れた。
いつも通り、机に向かって静かに本を読んでいる。
そして今日もまた、少し離れた本棚の陰で、『美晴』が安樹を監視している。
しかしいつもとは違い、この何の意味も無い監視に、疲れきっている様子だった。
「はぁ……。もう……いい……。こんなの……時間の……ムダだ……」
監視を辞め、安樹の近くから去り、『美晴』はイスに座った。残念ながら、「菊水安樹」に対する調査は、ここで打ち切りだ。
「や~~~めたっ……! キリがないし……面白くもない……! そもそも……美晴の恋が……どうなろうが……おれには……関係ないじゃんか……! 美晴は……自分勝手でワガママなやつだし……もし安樹に告白しても……どうせ上手くいかないよ……!」
男としてはかなりダサいセリフを吐きながら、『美晴』はイスの背もたれに、ぐでーっと身体を預けた。天井を見ながら、だらーんとして、両腕の力を抜いて、ぷらーんとしている。
無気力。
「無気力かい?」
「ああ……無気力……だ……」
誰かに聞かれて、『美晴』は今の自分の状態を答えた。
「そうか。もう、ボクには興味がなくなっちゃったのかな?」
「ん……? ボクって……誰だ……?」
「ちょっぴり怖かったけど、ボクに興味を持ってくれたみたいで、嬉しかったよ。尾行されたのなんて、初めてだから」
「えっ……!? ちょっ、待っ……! おまっ、何でっ、ええーーーっ!!?」
「あっ、危ないよっ!」
「うわっ、わああぁーっ……!」
ガシッ。
間一髪。びっくりしてイスから転げ落ちた『美晴』は、床に叩きつけられる寸前のところで、安樹に上手く抱きかかえられた。
「ふぅ。危なかったね」
「はぁ……はぁ……! おっ、お前っ……!?」
「やあ。また会えて嬉しいよ。戸木田美晴さん」
「違っ、お前っ……この、あの……その、えーっと……!」
「とにかく落ち着きなよ。大丈夫かい?」
「い、いやっ……お前、放せっ……! おれから……離れろっ……!」
「ああ、ごめんごめん」
せっかく助けてもらったのに、『美晴』は乱暴に安樹の手を振り払い、ドタバタと慌ただしく立ち上がった。
何もかもが突然すぎて、『美晴』は今、激しくパニックになっている。
「いや……謝るなっ……! 今のは、ありが、とうと、思う……! 助けてくれて……感謝してるっ……!」
「あはは。キミは面白いね」
「え、えっと、何……? あれだ、お前っ、お前に、えーっと、なんだっけ……!? どうしよう……い、いや、だから、そのっ」
「いいよ。ゆっくり落ち着いてから、話してくれれば……」
「みっ、美晴が……お前のこと、す、好きなんだって……!!!」




