表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/127

魔法少女の歌


 『バニーガール』の一件から、24時間が経った。

 現在は土曜日の夕方。

 

 「ジャンジャカジャッスジャッジャーン♪」

 

 二瀬さんの家から少し離れたここは、春日井さんの家。

 二階の部屋では、女の子がベッドの上で、飛び跳ねたりぐるぐる回ったり。ハート型の派手なエレキギターを持って、口でジャカジャカ言いながら騒いでいた。

 

 「あいーっていうのはー♪ ラブってこーとなんだよぉー♪」

 

 今度は、「ふわもこ!ハートフルドリーム」という女児アニメのオープニング曲を歌い始めた。

 「ハトドリ」の主人公は「富和蕗ふわふき愛夢アユメ」という名前の女の子で、ヒツジみたいな妖精「モコメェちゃん」の魔法の力により、魔法少女「ハートフルドリーム」に変身して、悪と戦う。4~5歳の女の子が好んで見るアニメだが、小学6年生の春日井かすがい雪乃ユキノも、ハトドリをひそかに毎週楽しく見ている。

 

 「フンフーンフフーン♪ いぇーい!」

 

 ぴょいんと飛び跳ね、最後は豪快ごうかいにベッドにドスンと着地した。

 

 ばたんっ!!

 

 「雪乃っ! ドタバタしちゃダメって言ったでしょ!!」

 「ま、ママっ!?」

 

 おに形相ぎょうそうをしたママが、勢いよく部屋に入ってきた。

 しかし、すっかり浮かれている雪乃は、元気よくママに声をかけた。

 

 「あのね、ママ、ママ、聞いてっ!」

 「雪乃、まず私の話を聞きなさい」

 「いひゃーい! ほっぺふぁ、ひっふぁらないふぇよー!」

 「もうドタバタしない?」

 「しふぁい、しふぁい、しふぁいよーっ!」

 「もうっ! ベッド壊れちゃうでしょ? 分かった?」

 「はーい……」

 

 雪乃のママは、雪乃のほっぺたから手を放した。

 そして、娘の反省している様子を見たママは、小さくため息をついた後、口元に笑みを浮かべた。

 

 「……で、何かあったの? そんなに浮かれて」

 

 すると、その言葉を待ってましたと言わんばかりに、雪乃の顔にパァッと笑顔が戻った。

 

 「あのね、昨日ね、風太くんにギターのこと話したらね、『いいね』って言ってくれたんだよっ! バンド、一緒にやろうって!」

 

 喜ぶ娘に対して、ママの反応は少し冷めていた。

 

 「あなた、また風太くんにワガママ言ったんでしょ? あの子優しいから、あんまり困らせちゃダメよ」

 「わ、ワガママなんて言ってないよーっ! 『一緒にガールズバンドやろうね』って、ちゃんと言ってくれたもんっ!」

 「ガールズバンド? 風太くん、男の子でしょ??」

 「最近の風太くんは、ちょっとだけ女の子なのっ! 本人は気付いてないみたいだけど、なんだか女の子っぽいの。時々、『わたし』とか言ってるし」

 「えぇ……? 守利マモリちゃん、そのこと知ってるのかしら」

 「守利ちゃんって?」

 「風太くんのママの名前よ。でも、風太くんが女の子っぽくなったのは、何の影響かしらね」

 「うーん。理由は分かんないけど、最近風太くんと仲が良いあの子の影響かも……」

 「あの子って?」

 「うふふっ! ひみつー!」

 「ふーん。秘密でもいいけど、気にかけた方がいいわよ。風太くんの趣味しゅみが、変わったのかもしれないから」

 「しゅ、趣味って……。別に、風太くんは変わらないよ。ずっとずっと、風太くんは風太くんだし」

 「どうかしらね。今年はバレンタインのチョコ、受け取ってもらえないかも」

 「もーっ!!! ママなんて嫌いっ! 出てって!」

 「はいはい。後でお風呂入りなさいよ」

 「分かってるーっ!」

 

 ママを部屋から追い出し、ベッドの上にドスン……とするとまた怒られるかもしれないので、雪乃はポスッとベッドに倒れ込んだ。

 

 (風太くんと、おしゃべりしたいな。明日は日曜日だから、会いに行こうかな。うーん、でも、用事とかあるかもしれないし……)

 

 悩みに悩み、雪乃はベッドの上で、あしをバタバタと動かしてもだえた。

 

 「あぁーっ! ケータイ欲しいーっ! スマホ欲しいーっ!」


 ばたんっ!!

 

 * 

  

 どう時刻じこく

 「メゾン枝垂しだざくら」というアパートの一室に、本物の風太はいた。今は、二瀬さんの息子ではなく、戸木田さん家の娘として。


 「うっ、うぅ……ん……」

 

 パチリと目を開け、数回すうかいまばたきをする。部屋の中は、真っ暗だった。

 暖かい布団がかけられていて、頭の下には枕があるのが分かる。そして感覚をたどっていくと、今の自分に長い髪があるということも把握はあくできた。


 「おれ……」

 

 声は、相変わらず高い。

 寝起きのせいか、記憶が混乱してるようで、「おれ……」に続く言葉は出てこなかった。確実なのは、未だに自分の身体が『美晴』だということだけ。


 「今……何時だろう……」

 

 布団の中でゴソゴソと身体を一転させ、仰向けからうつ伏せの状態じょうたいになる。

 そして、首を少し上げると、真っ暗な部屋でも時間が分かる卓上たくじょうデジタル時計が、目に入った。


 「6時、か……。6時……? 朝……? 夜……?」


 寝ぼけまなこのまま、フクロウのように首をかしげる。

 まだよく分からないので、右手を伸ばして時計を鷲掴わしづかみにし、顔につくぐらい近づけて、表示されている時間をまじまじと見た。

 

 「PM……。午後……だっけ……」

 

 午後6時。

 口元に左手を添え、『美晴』は少し考えた。現在の時間と、昨日寝た時間を照らし合わせ、自分が何時間眠っていたかを、割り出そうとしているのだ。

 

 「昨日……。昨日……。昨日は……確か……あれから……」

 

 頭の中のきりが、晴れていく。

 

 はっきりとしなかった「あれから」の「あれ」の部分が、1秒ごと、ワンフレームごとに、鮮明せんめいになっていく。そして、瞳孔どうこうが完全に開ききった時、『美晴』は全てを思い出した。

 

 「そうだ……! おれは……昨日っ……!」

 

 ゴトッ。

 『美晴』の右手から、デジタル時計が落下した。時計は、やわらかい布団の上を一度跳ね、ベッドから飛び降りた。

 

 「おれは……あいつにっ、奈好菜ナズナ、にっ、あ、あぁ……!」

 

 『美晴』は、自分の両手のひらを見ている。  時計がこぼれてからっぽになった、その小さな手のひらは、かすかに震えている。

 

 「うっ、あ、うわぁっ!」

 

 思い出そうとするたびに、錯乱さくらんは激しくなり、ついにはガマンできなくなって、枕に顔を埋めた。 

 腹には、ガーゼや包帯ほうたいの感覚がある。お尻がゴワゴワとしているのは、おそらく紙おむつのせいだろう。そして、自分が今着ている服は、「おれの」パジャマではなく、「美晴の」パジャマでもなく、女子の……「奈好菜の」体操服だ。


 (思い……出した……)


 『バニーガール』によってウサギ小屋に閉じこめられた時のことから、この部屋のベッドまで奈好菜に運んでもらった時のことまで、一連の全てを、『美晴』は思い出した。


 「いてっ、イテテ、いたいっ! 傷が……痛い、痛むっ……!! はぁ、熱い、苦しいっ……!」

 

 真っ先に、身体の痛みがよみがえってきた。応急処置がしてあるとはいえ、眠っただけで全快ぜんかいとはいかない。

 

 「なんでっ……! なんでっ……!? どうして……こうなるんだよぉっ……!!」

 

 枕に顔を埋めたまま、シーツをギュッと掴む。悔しさに任せ、破れそうなほどに、強く。

 

 「はぁ、はぁ……こ、こんなのっ……どうしようもないだろっ……! ふざけんなよっ……!」

 

 風太の心境の吐露とろは、『美晴』の高い声のせいで、女の子特有のヒステリックな叫び声に変わった。

 

 「おれ……、できるだけのことは……やったんだ……! 美晴の……身体だって……傷つけないようにっ……! でも、でも……!」

 

 やり場のない苛立いらだちとぶつけようのないいかりは、やがて『美晴』に無力な現実を実感させ、かなしみを生んだ。

 

 「だって……こんな、身体じゃ……うぅっ……んっ……」


 しかし突然、『美晴』はハッとして、まくらから顔を上げた。

 

 (ダメだ。これ以上、泣くのはダメだっ……! お、落ち着けっ!)

 

 ふと、思い出した。

 「ほらフウくん、泣かないの。男の子でしょ? 強くてカッコいいフウくんじゃないと、ユキちゃんのこと、守れないわよ」

 昔、ミツバチに刺された時に、守利が風太に言った言葉だ。母の教えの通り、息子は強く生きようとした。


 (そうだ、忘れてた。おれは男だから、泣かないんだ……! こういう時こそ、強くないと、ダメ……)

 

 ここまでは、耐えた。

 なんとか頑張がんばって、風太は耐えた。


 (母さん……)

 

 しかし、守利という母親の存在は、まだ小学生の風太にとって、それ以上の孤独こどく絶望ぜつぼうを与えた。

 

 「違う……。い、今の……おれは……母さんの……子どもじゃない……」

 

 もう二度と、守利は自分のことを「フウくん」とは呼ばない。息子どころか、男子とすらあつかってもらえない。これからは、実の母親から「ミハちゃん」という他人の娘の名前で呼ばれるのだ。

 そんな忘れかけていた現実が目の前に現れ、風太の中にある最後のストッパーを、破壊はかいした。


 「ううっ、ひっ、う、うわあぁああああんっ!」


 真っ暗な部屋の中に、少女の泣き声が響いた。


 「はぁ、はぁ、ひぐっ……、身体が、痛い、痛いっ……! おれ、もう、あいつの身体なんて、嫌だよ……! 美晴として、生きるの、なんて、嫌だよっ……!! うぅ……わあぁあああああんっ!」


 *


 翌日。穏やかな日曜日。

 清々しい朝が来た。先日の嵐による暗いムードを消し去るかのように、スズメたちは元気にチュンチュンと鳴いている。

 

 戸木田家のテーブルには、牛乳と食パンという簡単な朝食の用意がされ、女性が一人で食事をしている。

 するとそこへ、ピンク色のパジャマを着た女の子がやってきた。

 

 「あら、おはよう美晴。起きたのね」

 「うん……」

 

 約二日ぶりに、戸木田家の母と娘が、顔を合わせた。

 ここのところ、戸木田家の母……つまり美晴のお母さんは、特にいそがしいらしく、娘が寝ている早い時間から家を出て、娘が寝ている遅い時間に帰宅するという生活が続いている。さらに、世間的せけんてきには休日である今日も、美晴のお母さんにとっては出勤日しゅっきんびだった。

 

 「いただきます……」

 「ええ。どうぞ」

 

 寝顔ねがおじゃない娘の顔を見ることができたので、美晴のお母さんは少し嬉しそうな顔をしていた。

 しかし、その娘の方はというと……。

 

 「げほっ、げほっ……!」

 「あら? もしかして、風邪かぜをひいたの?」

 「ううん……。牛乳で……むせた……だけ……」

 「本当に大丈夫? 顔色が悪いみたいだけど」

 「だ、大丈夫っ……! おれ……じゃなくて、わたしは……いつも通り……だよ……」

 「もし体調が悪いなら、私に言ってくれれば、仕事をお休みして病院に連れて行くから……」

 「本当に……大丈夫だよっ……! きょ、今日は……天気もいいし……図書館で……本でも……読んでこようかなっ……!」

 「そう……。それなら、いいんだけど……」

 

 美晴のお母さんがさっした通り、『美晴』は風邪をひいていた。しかし、病院に行くわけにはいかない。

 美晴のお母さんは、何か言いたげな顔をしていたが、それ以上何も言わなかった。そして、自身の支度したくを終え、カバンを右手に持つと、「いってきます」と一言だけむすめあてに添えて、玄関へと向かっていった。

 

 「いってらっしゃい……」

 

 つぶやきのような小さな声で、『美晴』は職場へとおもむく美晴のお母さんを見送った。


 *


 「はぁ……はぁ、はぁ……」

 

 幸い、インフルエンザなどではなく、普通の風邪のようだ。原因は、一昨日おとといの雨に濡れたせいだろう。

 

 「げほっ、げほげほっ、ごほっ……!」

 

 しかし、たかが風邪、されど風邪だった。

 

 「くそっ……! なんで……こんなこと……ばっかり……」

 

 図書館に行くというのは当然ウソで、食事を終えた『美晴』は、ベッドへと戻った。

 そして、ひんやり冷たいこおりまくらを頭にいて横になり、時々ティッシュで鼻をかんだ。

 

 (ちょっとだけ、ねつがあるな……。しかも、なんだか……気持ち悪い……)

 

 おデコに手を当て、適当な自己じこ診断しんだんをしながら、『美晴』は「薬と、水と、ゲロ袋と……」と、これから必要になりそうな物を、ぼんやり考えていた。

 悲観ひかんてきになると、また涙が出そうになるので、なるべく考えないように、意識しないようにしながら……。

 

 ピンポーン。

 玄関のチャイムが鳴る。


 「誰か……来た……?」

 

 関節かんせつつうに耐えながら立ち上がり、真っ赤な顔でフラフラと歩いて、玄関まで歩いて行く。

 

 「あ……、居留守いるす……使えば……よかったな……」

 

 扉を開ける直前でそう思ったが、もうすでに玄関まで来てしまったので、『美晴』はとりあえず来客らいきゃく対応たいおうをすることにした。

 

 ガチャリ。


 「げほっ、ごほっ。どちら様……?」

 「お、おはようございますっ!」


 今は一番会いたくない、かつて一番会いたかったアイツが、そこにいた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ