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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第八章:おだんご頭と新しい刑
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動かない二人の足


 「わたしは、蘇夜花ソヨカとは違うわ。『ハリ裂けミミズ』も、『デメ』も、『彷徨さまよ人魚にんぎょ』も……そして、この『バニーガール』も、なにひとつ面白いとは思わない」

 「くっ……」

 「大事なのは調和ちょうわよ。分かる? 『みんな笑顔の仲良しクラス』をつくることが、わたしの理想」

 「……」

 「だから、蘇夜花とは目的が違う。わたしの目的は、うちのクラスから戸木田美晴を消すことよ」


 五十鈴イスズが話しかけている檻の中の少女は、ちからくぐったりとしていた。

 どろで汚れた洋服を着て。


 * 


 同じ頃。小三元から少し離れた、校舎裏の

 カイ冬哉トウヤが運んできた一丁のエアガンを、蘇夜花ソヨカ奈好菜ナズナが受け取りに来ている。

 

 「ここをガチャっとやって、トリガーを引く。これでBB弾が発射される」

 「わぁ、これいいね! 楽しい『刑』になりそう! ありがとう。界くん、冬哉くん」


 はしゃぐ蘇夜花とは対照的たいしょうてきに、奈好菜は浮かない顔をしている。

 

 「ん……? 奈好菜、どうした? 様子が変だぞ?」

 「えっ!? い、いや、なんでもないよっ」


 そんな四人の会話を、物陰ものかげでこっそり聞いている、一人の少年がいた。

 ガタイも良く活発そうな彼が、本物の戸木田美晴だと知っている人間は、ほぼいない。

 

 (やっぱり、わたしへの『刑』に使う物なんだ……! 風太くんが危ないっ!)

 

 蘇夜花はエアガンを受け取ると、界に教わった手順を踏み、誰もいない方向へ向けて、楽しそうにトリガーを引いた。

 しかし、そこは誰もいない方向ではなく、『美晴』が隠れている場所だった。

 

 バンッ!!


 (きゃあああっ!?)

 

 思わず悲鳴を上げたが、なんとか心の声としてとどめた。蘇夜花たちにバレてはいない。

 弾丸は『風太』のそばを通過して、かべにぶつかった後、跳ね返って、どこかへ飛んでいった。

 

 (びっくりした……!)

 

 初めて見るその玩具おもちゃの威力に、『風太』は驚愕きょうがくした。

 

 (こんなの、人に向けて撃つようなものじゃないっ! や、やめさせなきゃっ!)

 

 エアガンの標的ターゲットになるのは『美晴』。つまり、風太だ。あそこにいる四人の標的は、風太くんなのだ。そのことを知ったからには、見過ごすわけにはいかない。

 意を決して、『風太』は蘇夜花たちの前に飛び出そうとした。が、しかし……。

 

 「あ、あれ? あしが、動かないっ!? なんでっ!?」

 

 見降ろすと、恐怖に震える右脚と、逃げ出したくてたまらない左脚が、そこにあった。

 むちを入れるかのように、太もものあたりをベチンと叩いても、全く動こうとしない。

 

 「風太くんが大変なのにっ! ふ、風太くんを助けなきゃ、ダメなのにっ……!」

 

 『風太』は、今自分が口にしている言葉が、上辺うわべだけの建前だと気付いていた。

 葛藤かっとうで息は荒くなるものの、勢いはどんどん弱くなり、ついには情けなくその場にしゃがみ込んでしまった。そして顔を伏せ、震える声で、心の奥にある弱々しい本音ほんねを、全て漏らした。

 

 「はぁ、はぁ……。わたしが行かなきゃ、ダメなのにっ! 止められるのは、わたしだけなのにっ! それは、分かってるけどっ……!」


 「怖いよぉ……」

 

 「無理だよ……! わたし一人じゃ、どうにもできない……」

 

 「助けられないよ……。行ったところで、界くんや蘇夜花ちゃんに、またひどい目に合わされるだけ……」

 

 「いや……。あの人たちとは、もう関わりたくないっ……! だからこうして、風太くんにわってもらったのに……」

 

 「うぅ……ごめんなさいっ、風太くんっ……! 弱いわたしを、許してっ……!」

 

 一歩踏み出す勇気は、どうしても出なかった。 

 少年はうずくまったまま、少しだけ泣いた。


 *


 (熱い……。肌がヒリヒリして、痛い……)

 

 『美晴』は、地べたにペタンと座り込んでいた。ウサギ小屋の地べたはあまり清潔せいけつではないが、すでにどろや絵の具で滅茶めちゃ苦茶くちゃに汚れているので、あまり気にすることではないのかもしれない。

 とにかく今は、熱湯ねっとうひたった衣服いふくをどうにかしたかった。

 

 (でも、服を脱ぐわけにもいかないしな……。熱いけど、どうしようもないか……)

 

 最初のうちは攻撃を避けることができたが、現在は疲労ひろう無気力むきりょくで、立ち上がることすらできない。

 動けないターゲットは、格好のまととなり、全てのウォーターガンから総攻撃を受けた。そんななか、『美晴』を最も苦しめたのは、やはり五十鈴イスズが持つ熱湯ガンだった。

 

 「ふふっ、火傷やけどくらいはしてくれたかしら?」

 「……」

 「さっきまでの元気がなくなって、しゃべらなくなっちゃったわね。じゃあ、少し希望をあげましょうか」

 「希……望……?」

 「ええ。ウォーターガンは全弾ぜんだん弾切たまぎれよ。よく耐えたわね」

 「……!」

 

 それは確かに、希望だった。

 五十鈴以外の連中は、空っぽになったウォーターガンを放り捨て、ただの観衆へと戻っていった。

 うつろな目をしていた『美晴』に、生気せいきが少し戻ってきた。


 「もう……『刑』は……終わったんだろ……!? ここから……出せよっ……!!」

 「そうしてあげたいけど、小三元のカギは蘇夜花が持ってるのよ。残念ね」

 「あいつは……どこに……行ったんだ……!」

 「今ちょうど、帰ってきたみたいね。ほら、あっちを見てみなさい」

 「なっ……!?」


 五十鈴が指さした方から、6年2組の生徒が四人やってきた。界、冬哉、蘇夜花、そして奈好菜だ。

 蘇夜花は嬉しそうにこちらに手を振り、奈好菜は顔を上げずにうつむいたまま歩いている。

 

 「みんな、お待たせっ! そっちの方は終わったみたいだね」

 「遅いわよ、蘇夜花。美晴の脚はもう動かなくなっちゃったわ」

 「うーん、そっかぁ。逃げ回るところとか、見たかったなぁ」

 「で、目的の物は手に入ったの?」

 「それはもうバッチリ! 奈好菜ちゃん、みんなに見せてあげなよ」

 

 蘇夜花にそう言われて、奈好菜は無言で右手に持っている物を観衆にさらした。すると、観衆からは期待を込めた「おおっ?」という驚きの声があがった。

 『美晴』の視線も、奈好菜の手にあるそれを、とらえて放さなかった。


 「まさか……! それ……エアガン……か……!?」

 「その通りだよ、美晴ちゃん! 本日のメインイベント!」

 

 『美晴』の問いには、奈好菜は黙ったまま答えず、代わりに元気よく蘇夜花が答えた。

 自分が今から、それの餌食えじきになると理解した『美晴』は、一瞬で血の気がサッと引いていくのを感じていた。

 

 「さぁ、こっちに来て。みんなが見られるところにね」

 

 蘇夜花は、奈好菜の肩を抱きながら引っ張って歩き、『美晴』の正面に無理やり立たせた。

 まばらな観衆は、エアガンを持った奈好菜と、檻の中で座り込む『美晴』を、囲んでいる。

 

 「美晴……」

 「奈好菜……」

 

 中心の二人は、金網を一枚いちまいへだてて向かい合い、お互いの名前を呼んだ。

 そして次に、『美晴』は奈好菜にたずねた。

 

 「それを……おれに……撃つの……か……?」

 「……!」

 

 その言葉にビクリと反応して、奈好菜の右手が震えだした。どうやら、『美晴』を撃つという覚悟が、まだ決まっていない様子だ。

 周囲のバカな連中は、奈好菜の異変に気付いていなかったが、蘇夜花と『美晴』だけは、それに気付いていた。

 

 「エアガンを……捨てろよ……! お前は……まだ……引き返せるっ……!」

 「で、でもっ、あたし、どうすれば」

 「先生を……呼びに……行ってくれ……! おれを……助けてくれっ……! 奈好菜っ……!」

 「分からないっ。どうすればいいか、分からないんだよ……」

 「お前のことは……誰にも……いじめさせないっ……! 絶対、おれが……守るからっ……! 頼むっ……! ここから……変わってくれっ……!!」

 

 が、しかし。

 

 「聞いちゃダメだよ。奈好菜ちゃん」

 

 蘇夜花は、奈好菜のほっぺたに手を添え、クイッと自分の方へ首を向けさせた。

 そして、奈好菜の耳元でささやいた。

 

 「『おれが守る』だってさ。自分の身すら守れないのに、美晴ちゃんは何を言ってるんだろうね」

 「蘇夜花……」

 「安心して。わたしとあなたは、友達だよ。そして、クラスのみんなも、あなたを大切な仲間として受け入れてる」

 「あ、あ……ぁ……」

 「これは学級裁決で、悪いのは全て美晴ちゃん。悪人をこらしめるのに、つみの意識を感じる必要はないよ。ほら、少しだけ勇気を出して。すぐ楽になれるから」

 「うん……」


 震えが、止まった。

 奈好菜は前を向き、今度は確実な手つきで、『美晴』に向けてじゅうを構えた。

 

 「おい……やめろよっ……! それを……降ろせっ……!! 蘇夜花の……言うこと……なんて……」

 「美晴……」

 「ダメだっ……! やめろっ……!!」

 「あたしは、キモ陰キャのあんたとは……違うんだ」


 バンッ!!


 弾丸は命中した。

 『美晴』のおデコの、その真ん中に。

 

 「うっ……!」

 

 衝撃しょうげきで、『美晴』は座った体勢から、そのまま後ろへと倒れた。長い髪はフワリと大きく広がり、背中はしっかりと汚い地面に着いた。

 奈好菜の一発で、観衆からは歓声かんせいがあがった。五十鈴は気持ち良さそうに微笑ほほえみ、界は手を叩いて笑った。特に蘇夜花はおおいに喜び、奈好菜にギュッと抱きついた。

 

 「やった-! ありがとう奈好菜ちゃんっ!」

 「う、うんっ……」

 「ほら、これはお礼だよ。わたしはもうらないから、あなたにあげるねっ!」

 「こ、これって、小三元のカギっ……!?」

 「好きに使っていいよ。ここから美晴ちゃんが出られるかどうかは、奈好菜ちゃん次第しだい!」

 「……」

 「代わりに、エアガンを貸してね。まだたまが残ってるでしょ?」

 

 蘇夜花は、奈好菜の手に南京なんきんじょうのカギを握らせ、引き換えにエアガンをなかば強引に奪い取った。

 そして檻に近づき、倒れている『美晴』に向かって、1秒の迷いもなく連射れんしゃした。


 「あはははっ! すっごい威力だね、これっ! 最っ高だよっ!」


 『美晴』は、小三元の天井を見上げて、おデコを手で押さえながら目元を隠し、静かに悔し涙を流した。

 

 (もう少し……だったのに……)

 

 『美晴』のほっぺたを伝う涙を、蘇夜花の弾丸がかすめた。


 *


 今まで意識を失っていたキモムタの、突然の叫び。

 

 「うぉぎょおぉむぅおぉぉぐぉぉ!!!!」


 声をあらげてのたうち回るそいつに、檻の中の瀕死ひんしの少女を含む、全員が注目した。

 奈好菜たちが突然の発狂はっきょうに驚くなかで、たまきたエアガンを界に返却していた蘇夜花は、それを待っていたかのように、口元にニヤリと笑みを浮かべた。

 

 「さあ、公開処刑のフィナーレだよ。最後まで楽しんでね」


 月野内小学校にポツリと、雨が降り始めた。

 

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