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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第八章:おだんご頭と新しい刑
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公開処刑


 「っ……! てっ、いってぇ……!」

 

 『美晴』は自分の右手首を押さえながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねて悶絶もんぜつした。

 なんだかんだ言っても、やっぱり美晴の()()()弱い。多分、6年生の女子の中でも、格別かくべつに弱い。

 

 (相変わらず弱いな、この身体はっ! ちょっとぐらいきたえておけよ、くそっ!)

 

 幸い、目に見えた外傷にはなっていないが、まだ手首はジンジンと痛む。

 『美晴』は身体から吹き出る汗を感じつつ、テディベアのようなポーズでぐったりしているキモムタに近づいた。

 

 「ハァ……ハァ……」

 

 意識はあるようだが、呆然ぼうぜんとしている。かろうじて、指で鼻血を拭くことぐらいはできるようだ。一応、その手にはまだ、クッキーがしっかりと握られている。

 

 (美晴も弱いけど、このキモムタってやつも弱いな。たかが女子のパンチ一発でノックアウトかよ。屶音ナタネが一番嫌いなタイプの男子だな、こいつは)

 

 『美晴』はあきれながら、そんなキモムタのそばにしゃがみこみ、手中しゅちゅうにあるクッキーを無理やり奪い返そうとした。

 しかし、キモムタは「うぁぁいっ!」と叫びながら、手足をジタバタさせて抵抗し、『美晴』を振り払った。

 

 「ハァ、ハァ……!」

 「お前の……負けだ……。お前は……おれに……じゃなくて、わたしに……負けたんだ……」

 「う、うるじゃいっ! い、いきなり、なぐりゅ、なぐる、なんてっ、卑怯ひきょうだじょおっ!」

 「泣くなよ……。見逃みのがして……やるから……、クッキーを……置いて……さっさと……どこかへ行け……よ……」

 「く、くしょ! くぞっ! くそぉっ!」


 キモムタは、顔面を真っ赤にして怒ってはいるものの、すでに肉体が戦意せんいを失っている様子だった。

 これ以上はケンカにならないと判断し、『美晴』は落ち着いてスカートを軽くはたいた。しかし、その一瞬のスキをついてか、それとも偶然のタイミングか、キモムタは最後の悪あがきに出た。

 

 びりっ、びりびりっ。

 

 「ハムッ……もぐもぐっ、もちゅっ」

 「ん……?」

 「くっちゃ、くっちゃ、むぐぐっ」

 「お、お前っ……! 何やってるんだっ……!?」

 

 食べている。

 小太りの少年は、クッキーをいやしく頬張ほおばっていた。一枚食べ終わると、そいつはカスの付いた指をちゅぱちゅぱとめた。

 もちろん、『美晴』としては、それを黙って見ているわけにはいかない。

 

 「この野郎……いい加減に……しろよっ……!! クッキー……返せっ……!!」

 「む、むほっ……!」

 

 『美晴』はそいつに掴みかかり、腕を押さえつけ、クッキーを奪い返そうとした。キモムタも負けじと、残っている力を振り絞って抵抗し、右に左に身体をひねってゴロゴロと大暴れしている。

 そして、激闘げきとうすえ……。


 ぽすっ。

 

 「あっ……!!」

 「へっ、へへっ」

 

 キモムタは、クッキーを高く放り投げた。

 『美晴』は咄嗟とっさに立ち上がり、それを追おうとしたが、クッキーは高くちゅうを舞った後、「小三元」の穴の空いた屋根から、その中へ落ちた。

 

 「奈好菜の……クッキーが……」

 「や、やったぞ。作戦成功だ。へっへっへ」

 「……!」

 

 勝ち誇ったようにうす気味きみわるみを浮かべ、ぐったりと倒れてるキモムタに、『美晴』はトドメを差すことを決めた。

 

 「お前は……もう……ダメだ……」

 

 間合いをとり、ボクサーのように脚でステップを踏んで、渾身こんしんの「蹴り」を繰り出すリズムを作る。

 ターゲットは動かない。もう身体を動かす力が残っていないのだろう。どうせ狙うなら、股間こかんがいい。男の身体には、アソコが一番効くはずだ。

 

 「お、おい! 何するんだ、おいっ! やめてっ! ま、待って! 待ってくれよぉっ!」

 「つぶれろっ……!」


 ドシュッ。


 * 


 「この建物は……、古い方の……ウサギ小屋か……。そういえば……一度も……来たこと……なかった……な……」

 

 金網かなあみの扉には、南京錠なんきんじょうが付けられておらず、『美晴』は問題なく小三元の中に入ることができた。

 さびた金網に四方を囲まれ、天井は穴の空いたトタン屋根。立地の関係もあり、小三元はなかなか不気味な仕上がりになっている。ウサギを飼育していた形跡けいせきが今も残っているので、ちょっとした廃墟はいきょのようだ。

 

 「あった……! よかった……、れてない……」

 

 屋根の穴のちょうど真下に、探し物はあった。

 『美晴』が食べた一枚と、キモムタが食べた一枚の、合計二枚がなくなってはいるものの、残りのクッキーは割れずにしっかりと、ラッピングに包まれている。『美晴』はひとまず安心し、それをスカートのポケットにしまった。


 (ウサギかぁ……。たしか、緩美ユルミがウサギ好きだったような)

 

 緩美とは、6年1組のクラスメートである。雪乃や実穂たちと仲が良く、性格は臆病おくびょうで恥ずかしがり屋だが、動物の世話や花壇への水やりなど、生き物に愛情を持ってせっすることができる、優しい女の子だ。雪乃の友達なので、風太も彼女と話す機会が多い。


 「……」

 

 足元に落ちていたエサの皿をぼんやり眺めていると、ふと、5年生の時の出来事を思い出した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 「風太くん風太くんっ! 緩美ちゃんへの誕生日プレゼント、これにしようよっ! 絶対これがいいよっ!」

 「ウサギのぬいぐるみか。でも、高そうだな。雪乃のおこづかいで買えるのか?」

 「えーっと、値段は……ぎゃーーー!! うぇーん、高すぎて買えないよぉ」

 「あきらめるしかないな。他のものにしよう」

 「……」

 「なんだよ、その目は」

 「半額はんがくぅ……出してくれたら……」

 「はぁ……。じゃあ、おれとお前の、二人分のプレゼントってことにするぞ。いいな?」

 「やったぁ! 風太くんカッコいいよ! ひゅーひゅー!」

 「うるさいなっ!」


 ──


 「買えてよかったぁ。このウサギちゃんも、『風太くん、お買い上げありがとウサ!』って言ってるよっ」

 「言うなよそんなこと」

 「風太くん、ウサギ好き? 動物、好きだっけ?」

 「まぁ、チーターとか黒ヒョウとか、好きだけど」

 「うーん。男の子って感じだね……」

 「な、なんだよっ!? ダメなのか!?」

 「ううん。じゃあいつか、動物園行きたいね。あ、でも水族館もいいかな。やっぱり、遊園地がいいかも!」

 「おいおい、動物園でも水族館でも遊園地でも、入るにはお金が必要なんだぞ。今のおれたちには、お金がないだろ」

 「そうだった! うーん、無理かなぁ」

 「今すぐには、な。でも、いつか必ず行こう」

 「うんっ! 動物園と水族館と遊園地と映画館と博物館と高級イタリアンレストランとカラオケとボウリングと海と山とゲームセンターとお祭りとライブと高級フレンチレストラン、絶対行こうねっ! 約束だよっ!」

 「お、多いな……」


 ◇ ◇ ◇


 (あの約束、あれからいくつ果たせたかな……)

 

 なつかしい思い出に笑みを浮かべ、指折ゆびおり数えながら、自分の手に視線を移す。

 

 「……!」

 

 ゆっくりと、折った指を元に戻していく。

 色白で細い、少女の手。握力あくりょくは、元の風太の手には遥かにおとるだろう。こんな手では、きっとまともにボールを投げることすらできない。

 ……こんな身体では、どこへ行っても、雪乃を守ることはできない。

 

 (ごめんな、雪乃。もう少し時間がかかるみたいだ)

 

 暗くなる気持ちを抑え込み、『美晴』はしっかりとその顔をあげた。すると、その時……。


 ガシャンッ!!

 

 「!?」

 

 『美晴』の背後はいごにある小三元の扉が、勢いよく閉まった。

 風の影響で勝手に閉まったわけではない。外にいる誰かが、中に『美晴』がいるのを見計みはからって、閉じ込めたのだ。しかし、キモムタはすでにノックアウトされ、小三元の外であわを吹いて倒れているはずだ。

 

 「なっ……!? だ、誰だ……!? まだ……閉めるな……!」

 

 『美晴』はあせり、その扉へと走った。

 ガシャンガシャンと金網を揺らし、無理やりにでも開けようとしたが、どうやら新品の南京錠が外側から付けられているらしく、びくともしない。

 

 扉を閉めた犯人は、そこにいた。


 「残念ね、美晴」

 「五十鈴イスズっ……!」

 

 6年2組の学級委員長である五十鈴が、扉の外からこちらを見ていた。いつも通り落ち着きを払い、一仕事ひとしごとえたような様子だ。

 こいつのそばには、いつも()()()がいる。今回も、おそらく例外ではないのだろう。嫌な予感しかしなかった。

 

 「うわっ、まぶしい……!」

 

 五十鈴の後方で光る懐中かいちゅう電灯でんとうが、『美晴』の顔を照らし出す。曇天どんてんの空の下でも、よく見えるように。

 

 「やったあ! バニーちゃん、ゲットだね!」

 

 まん丸な瞳に、このふざけたしゃべり方。

 ポニーテールのそいつが、いつもの邪悪じゃあくな笑顔で、『美晴』の前に姿を現した。


 「蘇夜花……!!」

 「また会えたね美晴ちゃん。さっきとは違う、最っ高のシチュエーションだよ」

 「何を……する……つもりだ……!」

 「決まってるじゃん。『刑』だよ、『刑』。よくもわたしのお腹に、パンチしてくれたよねー」

 「黙れっ……! お前は……絶対に……!」

 「はいはい、舌戦ぜっせんはもういいよ。そろそろ雨が降っちゃうから、早く始めたいんだ。みんな、待ちくたびれてるしさ」

 「みんな……!?」


 蘇夜花の後ろには、6年2組の生徒たちが、男女合わせて10人ほどいた。隣のやつと何か話したり、カメラ担当が持つ蘇夜花のスマホにむらがったりと、行動はバラバラだ。

 蘇夜花は、そんなろくでもない連中の先頭せんとうに立ちながら、『美晴』に向けての会話を続けた。

 

 「分かる? 美晴ちゃん。これは『公開こうかい処刑しょけい』だよ」

 「マヌケな……顔した……やつらばっかり……、よく……こんなに……集めたな……」

 「うーん、可愛くないね。その汚い言葉ことばづかいも、洗い流してあげなきゃ。その役目やくめは、スペシャルゲストさんにやってもらおうかな」

 「スペシャル……ゲスト……?」

 

 次の瞬間、蘇夜花が呼んだ「スペシャルゲストさん」を見て、『美晴』はこおりついたように固まった。

 

 「『バニーガール』、楽しんでね。執行しっこうにん奈好菜ナズナちゃん」

 

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