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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第八章:おだんご頭と新しい刑
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自分より下の人


 黒い雲が、空をおおくした。

 月野内小学校の生徒たちは、雨が降りだす前に帰宅してしまおうと、せっせと下校の準備を進めている。下駄箱げたばこ付近ふきんはひどく混みあい、きゃあきゃあと子供たちのじゃれ合う声が響いていた。


 (くそっ……!)


 そんななか、少女は人混ひとごみをうように駆け抜け、とてもあわてた様子で、6年2組の下駄箱からスニーカーを取り出した。

 

 (あのクッキーは、奈好菜からもらった大切なものなんだ……! 蘇夜花ソヨカのやつ、何も知らないクセにっ……!)

 

 かかとを引っ張り、すっぽりとくつく。

 これで走れる。すぐに息が上がってしまうポンコツな肉体ではあるが、走ることはできる。

 

 *

 

 一分後。

 

 「はぁっ……はぁっ……」

 

 案の定、運動不足なインドア女子の身体は、すぐにをあげた。

 探すことが出来たのは、グラウンドとその周辺の遊具ゆうぐのみ。学校の裏や非常階段のそばなど、まだまだクッキーを隠せそうな場所はたくさんある。

 『美晴』はきょろきょろと周囲を見回し、自分が次に向かうべき場所ばしょを考えた。

 

 (待てよ……? そもそも本当に、クッキーはそとにあるのか?)

 

 蘇夜花は、平気でウソをつく女だ。もしかしたら、残りのクッキーも、まだあいつが持っているかもしれない。

 うたがいの気持ちが強くなり、『美晴』は一度いちど、下駄箱の付近まで戻ってきた。すると、6年2組の下駄箱の方から、男子たちの何やら言い争う声が聞こえてきた。


 「分かってんな? テメェの任務にんむは、これを持って、あそこまで行くことだ」

 「で、でも途中で美晴に見つかったら……」

 「美晴なんかにビビってんじゃねェ。あいつは女子の中でも、特によえェ女子だぞ。最悪走って逃げれば、追いつかれやしねェよ」

 「で、でもぉ……」

 「なんだ? テメェが代わりに『刑』受けるのか?」

 「ひぃっ! わ、わかったよぉ……!」

 

 声から察すると、話しているのはカイとキモムタだ。どうやら、キモムタが界に「何か」を押し付けられているらしい。

 会話の内容はあまり耳に入らなかったが、『美晴』は界が言った「美晴はよえェ女子だ」という言葉が引っかかり、カチンときた。

 

 (弱い? 今までずっと、ひとりでえてきた美晴が、弱いわけないだろうが!!)

 

 いかりに任せて、衝動的しょうどうてきに、彼らの前に飛び出した。


 「勝手なこと……言うなよっ……!!」


 目が合った。

 

 「あっ!」

 「あっ……!!」

 「あーっ!!」

 

 『美晴』、界、キモムタ。

 三人がそれぞれ、驚きの声をあげた。


 「クッキー……だ……!」

 

 持っている。キモムタが、奈好菜のクッキーを、ちょうど右手に持っているのだ。

 三人のうち、一番最初に界が反応して、キモムタの背中を強く押した。そして、大声で叫んだ。


 「早く行け!! キモムタァ!!」

 「う、うん……!」

 

 キモムタは、どすどすと太い脚を動かして、体育館がある方角ほうがくへと駆け出した。

 

 「この野郎……待てっ……! それを……返せっ……!!」

 

 『美晴』もそいつを逃がさないように、必死に後を追った。

 

 小太りの少年と、陰気な少女。クラス内でも、ワースト1位2位を争う足の遅さを持つ二人の、ちょう低速ていそくチェイスが始まった。

 そして、遠くへと去っていく男女を見送りながら、界は蘇夜花に連絡をとった。

 

 「ああ。キモムタと美晴が、今からそっちに行くぞ。ところで……あのクッキーって、美晴の手作りなのか? えっ? 違う?」


 * 


 「はぁー……はぁー……」

 

 追い詰めた。

 

 「ハァ……ハァ……!」

 

 もう一方は、追い詰められた。

 

 体育館の裏の、そのまた奥。小学校の敷地しきちすみにある、古いウサギ小屋「小三元」の前で、『美晴』とキモムタは対峙たいじしている。

 二人の足の速さは、それほど変わらなかった。しかし、キモムタの身体を操縦そうじゅうしているのは当然キモムタだが、『美晴』の身体を操縦しているのは風太だ。本来の身体ならば、クラス代表リレーに選ばれるほどの走力を持つ、風太なのだ。つまり、キモムタとは違い、「走り方」というものを知っている。

 車は互いにオンボロだが、ドライバーのテクニックの差で、なんとか追いつくことが出来た。


 「それ……、返……せっ……、よ……! はぁ……、はぁ……」

 「ゼェ、ゼェ……ハァ、ハァ……」

 

 『美晴』は呼吸を整えながら、右手みぎてひらを出した。

 しかし、キモムタはそれに応じず、太い指でがっしりと、クッキーのラッピングを握っていた。

 

 「お前……それが……どういう……ものか……分かってる……のか……?」

 「あ、ああ! わ、分かってる、さ」

 「え……?」

 

 質問には応じた。しかも、「どういうものか分かっている」と、キモムタは言った。

 奈好菜ナズナからもらったものだとバレているのかと、『美晴』は少しだけ動揺したが、キモムタは全く見当けんとうちがいなことを言い出した。


 「だ、誰に渡すんだ? このク、クッキー!」

 「は……?」

 

 『美晴』は口をポカンと開き、少しのあいだかたまった。

 そいつの言っている意味が、さっぱり分からない。

 

 「ぼくにお、教えろよっ!」

 「何を……言ってるんだ……??」

 「お、教えないと、か、返さないぞっ!」

 「教えるって……何を……だよ……」

 「このて、手作りクッキー、誰にプレゼントするつ、つもりなのか、教えろって!」

 「はあ……? いや……それは……別に……プレゼントとかじゃ……なくて……」

 「す、好きな男子がいるんだろっ! ぼくに言、言えよっ!」

 「はあぁ……!?」

 

 『美晴』は、頭の中の混乱を整理するため、長考ちょうこうした。

 おそらくキモムタは、クッキーが美晴の手作りだと勘違いしているのだ。女子の手作りだから、当然好きな男子に渡す物だろうと、思い込んでいる。しかし、かりにそうだとして、何故キモムタはその相手が誰かを知りたがっているのだろうか。

 

 「言えば……、それを……返して……くれるのか……?」

 「ま、まぁ、返してやってもいいよ。界くんにはな、内緒ないしょだけどな」

 

 界くんには内緒。つまり、この取引とりひきはキモムタの独断どくだんなのだろう。しかし何故、そんな取引を持ち出したのかが、分からない。

 美晴の好きな男は「図書室で会える男の子」。それを教えれば、クッキーが無事に返ってくるかもしれない。『美晴フウタ』にとって、そのクッキーは本当に大切なものだ。

 

 「好きなやつを……言えば……いいんだな……?」

 「うんっ。そ、そうだ、言えよ」

 「じゃあ……言うから……、それを……こっちに……渡して……」


 ……と、『美晴』は言おうとして、やめた。

 もし現在の『美晴』の状況に、本来の身体の持ち主である美晴がなった場合を考えた。美晴が、頑張がんばって手作りしたクッキーを、キモムタに取り上げられた場合。

 そう考えると、こいつが何をしたいのかが、『美晴』にもだんだん分かってきた。


 「ほらさ、さっさと、言えっ! 返してやらないぞっ!」

 「そういう……ことか……!」

 

 へらへらと笑うキモムタの、明らかに調子に乗った態度たいどで、『美晴』は確信した。


 (分かったぞ。こいつは、美晴に嫌がらせをしたいんだ。界たちの前では、いじめられる側だけど、美晴が相手なら、自分がいじめる側に立てると思って……!)


 いかりが、こみ上げてくる。

 

 (いじめられっ子同士なら、自分の方が上だと思ってるんだな。この立場がどんなにつらいか分かってるハズなのに、まだ自分より下の人間を探してる、こいつはただのクズだ……!!)


 クッキーをお手玉のようにほうっているキモムタの前で、『美晴』はこぶしを握り締め、ワナワナと震えた。

 周りには誰もいない。『美晴』の暴力を止められる人間は、誰もいないのだ。


 「か、返してほしいか? ほら、ほら、界くんには黙っててやるから、言ってみろっ!」

 「クズ……!」

 「へ?」

 「おれを……美晴を……ナメやがって……!! この……クズ野郎がっ……!!!」


 ガシャンッ!!

 

 少女のみぎストレートが、小太りの少年の顔面に炸裂さくれつした。

 小太りの少年は、「小三元」の金網かなあみに背中を強く打ちつけ、鼻血の海に沈んだ。

 

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