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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第八章:おだんご頭と新しい刑
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奈好菜からのプレゼント


 元気な女の子ための、紙おむつ。背面はいめんがピンク色で、可愛いウサギのキャラクターがプリントされている。

 

 それが机の中に入っていた。

 もちろん、『美晴』が自分で入れたものではない。誰かの嫌がらせだということは明白めいはくだった。


 (誰がこんなことをっ……!)

 

 紙おむつをグシャッとにぎめ、周囲を見回す。朝の早いこの時間に、教室にいる生徒はそれほど多くない。探せばすぐ見つかるはずだ。

 『美晴』は一番最初に、「小箱こばこ蘇夜花ソヨカ」の席を確認した。

 

 (あいつらは……まだ来てないか。カイたち男子組もまだだな)


 教室全体をざっと見渡すと、『美晴』がいる窓際まどぎわの席のちょうど反対の廊下ろうかがわの席に、3人ほどの女子グループがあった。さっきからこちらの様子をうかがいながら、ヒソヒソ話をしている。あいつらで間違いないだろう。

 『美晴』は紙おむつを持ったまま、彼女たちのそばまで近づいた。


 「おい……!」

 「それでさぁ、そしたら冬哉トウヤがね」

 「無視するな……! 聞こえてるだろっ……!!」


 精一杯せいいっぱい威圧いあつを込めた、ソプラノボイス。


 「「「……!」」」


 その声にびっくりしたのか、連中れんちゅうの会話はピタリと止まり、全員が『美晴』の方へと向いた。

 

 「何? 何か用?」

 「これ……返すぞ……!」

 

 バンッ!

 『美晴』は、女子たちが囲んでいる机の上に、紙おむつを思い切りたたきつけた。

  

 「……」


 返答へんとうはない。そいつらは一言もしゃべらずに、まだ固まっている。

 若干じゃっかん拍子ひょうし抜けした『美晴』は、特に言うこともないので、後ろを向いて立ち去ろうとした。しかし、その時……。


 ぽすっ。

 

 「!?」


 紙おむつを、投げ返された。

 後頭部こうとうぶに当たったものの、やわらかいので全く痛みはないが、カチンとはきた。『美晴』はまた、くるりと連中の方を向いて、投げつけた犯人を確認した。


 (投げたのはあいつか! あの、だんごあたま……!)


 ツインテールをおだんごみたいに丸くたばねたものが、頭に二つ乗っている。

 そいつは、ニヤニヤと笑いながら友達と話していた。

 

 「奈好菜ナズナ、あの紙おむつはどこで手に入れたの?」

 「ああ、あれ? 一番下の妹のやつだよ。美晴にプレゼントしてあげようと思ってさ」

 

 だんご頭の女の名前は「奈好菜ナズナ」というらしい。

 しかし、そんなことは今の『美晴』にとってどうでもいいことだった。とにかく、こんなのような連中にバカにされて、ムカついていた。

 

 「お前……! なんの……つもりだよ……!」

 「うわ、五十鈴イスズの言ってた通りじゃん。美晴、めちゃくちゃ生意気なまいきになってるね。キモいんキャのくせにさ」

 「先に……ケンカ……売ってきたのは……お前……だろ……!」

 「あははっ、ケンカ? ただのプレゼントだよ。ほら、これ見なバーカ」

 

 奈好菜は少しイライラしながら、手に持っている緋色ひいろのスマートフォンの画面を、こちらに向けた。

 ここのところ、他人のスマホの画像や映像で不快ふかいな思いをさせられることが多い『美晴』だったが、今回もやはり例外れいがいではなかった。

 動画だ。奈好菜は音量を上げ、『美晴』に聞かせた。


 「いっぱい出しちゃったね。美晴ちゃん」

 「やめろよ……! み……見るなっ……!」


 これは、おそらく「彷徨さまよ人魚にんぎょ」の時の動画。ちょうど『美晴』が失禁しっきんをした直後くらいの場面だ。

 蘇夜花のスマートフォンで撮影されたはずの動画が、今は奈好菜のスマートフォンから流れている。

 

 「なんで……、お前が……これをっ……!?」

 「蘇夜花ソヨカの動画を、五十鈴イスズ期間きかん限定げんてい公開こうかいしてくれたからね。五十鈴にパスワードを教えてもらえば見られるよ」


 風太も美晴も、携帯けいたい電話でんわおよびスマートフォンを、まだ持ったことがなかった。他人が触っているのを見る程度なので、スマホについてのくわしいことはよく分からない。


 「な、なんだよ……それ……! すぐ……消せよ……! こんなのっ……!」

 「あたしに言ってもムダだよ。公開してる五十鈴に言わないと」

 「とにかく……みんなが……見られないように……しろ……!!」

 「だから、あたしに言われても困るって。ってゆーか、もう遅いよ。スマホ持ってない子でも、持ってる子から動画を見せてもらってるし」

 「もう……このクラス全体に……広まってるって……いうのか……!?」

 「そうだけど。え? 何? やっぱりずかしいの?」


 クラス中に、自分が失禁している動画を見られた。

 異性いせいの身体になっても、まだ少年としてカッコ良くありたいと藻掻もがき続ける『美晴』にとって、それはがたいものだった。いかりと恥ずかしさの感情で、顔は真っ赤になり、肩はワナワナと震えている。

 奈好菜は、そんな『美晴』をひやかすように、言葉を続けた。

 

 「あれ? もしかして、またらしちゃう気? ここではやめてよね」

 「……!!」

 「そのおむつ、美晴には必要なんじゃない? 一番大きいサイズだから、多分あんたでもはけるよ」

 「お前っ……! ばっ、バカにするなよっ……!!」

 

 そうさけび、奈好菜につかみかかろうとした、その瞬間。


 「ふぁ~あ。ねみィな。さっさと今週終わんねェかな」


 教室の扉をあけ、6年2組の男子集団がぞろぞろと入ってきた。

 その先頭にいるのは、カイだ。数日前に『美晴』をボコボコにした、あの少年だ。界は男子を数人すうにんしたがえながら、眠そうな顔でこちらを見た。


 「なんだよ朝っぱらから。また美晴が、何か調子に乗ったこと言ってんのか? あァ?」


 状況を理解する気もなく、首をコキッと回して戦闘せんとう態勢たいせいに入っている。『美晴』が少しでも奈好菜に何かすれば、筋肉質な太い腕の先にある大きな右拳みぎこぶしを、ぶち当てるつもりだろう。


 「く……くそっ……!」

 

 いささか、わるい。

 『美晴』は一度いちど敗戦はいせんして、界の強さは分かっていた。あの時とは違い、美晴の身体でのケンカにれきてはいるが、おそらく今1たい1で界と戦っても、勝つのはむずかしい。

 

 「……っ!!」

 

 『美晴』は奥歯をめながら、6年2組の教室から逃げ出した。逃げ道に落ちていた紙おむつは踏まれ、クシャッとキレイな音を立てた。

 界や奈好菜たちは、そんな『美晴』の不様ぶざまな姿を見て、笑っていた。

 

 「へへっ、だせェな。あいつ」

 「動画を見たの? 界は」

 「ああ、『彷徨い人魚』ってやつ? なかなか面白そうなことやってるよな、蘇夜花たちは。奈好菜は、あれをなまで見たのか?」

 「ううん、あたしも動画で見ただけ。やっぱり生で見たいよね。一応、五十鈴にリクエストしといたよ」

 「それなら、お前らでやってみりゃあいいんじゃねェか? 美晴をらさせる、オリジナルの『刑』を」

 「うん? どういうこと?」

 「新しい『刑』を作るんだ。『彷徨い人魚』みたいな感じのやつをさ」

 「『刑』を自分たちで作るの? あははっ、なんだか面白そう」


 界と奈好菜の怪しい作戦会議は、朝のホームルームが始まるまで続いた。


 *


 チャイムが鳴り、ホームルームが始まる頃に『美晴』は教室に戻ってきた。

 あのあと、『美晴』は教室を離れ、気持ちを落ち着けるついでに、『風太』が来るのを待っていた。しかし、今日も『風太』は遅刻ちこくギリギリで学校に来たため、会って話すことができず、渋々と教室に戻ってきたのだった。


 (なんだよ、ムカつくなぁ……! 6年2組の連中も、美晴も……!)


 『美晴』はランドセルをロッカーに片付け、自分の席に座った。

 周囲にいる6年2組の生徒たちは、『美晴』をチラチラ見ながらヒソヒソと話をしている。


 (こいつらみんな、あの動画の話をしてるのかな……。あぁもう、うるさいなぁっ! 黙れよっ!)


 なるべく周りの音が聞こえないように、両腕をまくらにして、机に顔を伏せた。それでも周囲のヒソヒソ声は、過敏かびんになっている『美晴』にとっては、うるさいくらいに聞こえてしまっていた。


 *


 一時間目は算数。公式を教わり、練習問題を解くという、いたって普通の授業だった。

 早めに問題を解き終わった生徒たちは、ヒマを持て余すので、教室内は少しザワついている。そんななか、『美晴』から少し離れた場所で、蘇夜花と五十鈴は話をしていた。


 「よーし、できたー。五十鈴ちゃんも終わった?」

 「ええ。終わったわ」

 「五十鈴ちゃんって、算数は得意なの?」

 「さぁね。成績せいせきは悪くないと思うけど」

 「この前のテストは何点?」

 「100」

 「算数以外は?」

 「全部100」

 「……100以外の点数、とったことある?」

 「それくらい、たまにあるわよ。わたしだって完璧かんぺきな人間じゃないし」

 「けちゃうね。優等生さんには」

 「じゃあ、蘇夜花は何点だったのよ」

 「ナイショ」

 「何よそれ」

 「まぁ、それは置いといてさ。明日やる新しい『刑』について、具体的な計画をまとめておいたよ。ほら、この紙に」

 「へぇ。じゃあ、準備をしておくわね……って、これが『刑』?」

 「ん? どうかした?」 

 「そ、蘇夜花の趣味しゅみなの?」

 「何が?」


 五十鈴は蘇夜花から渡された紙を見て、目を丸くした。


 「まさか……美晴にコスプレをさせるつもり?」

 

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