奈好菜からのプレゼント
元気な女の子ための、紙おむつ。背面がピンク色で、可愛いウサギのキャラクターがプリントされている。
それが机の中に入っていた。
もちろん、『美晴』が自分で入れたものではない。誰かの嫌がらせだということは明白だった。
(誰がこんなことをっ……!)
紙おむつをグシャッと握り締め、周囲を見回す。朝の早いこの時間に、教室にいる生徒はそれほど多くない。探せばすぐ見つかるはずだ。
『美晴』は一番最初に、「小箱蘇夜花」の席を確認した。
(あいつらは……まだ来てないか。界たち男子組もまだだな)
教室全体をざっと見渡すと、『美晴』がいる窓際の席のちょうど反対の廊下側の席に、3人ほどの女子グループがあった。さっきからこちらの様子をうかがいながら、ヒソヒソ話をしている。あいつらで間違いないだろう。
『美晴』は紙おむつを持ったまま、彼女たちのそばまで近づいた。
「おい……!」
「それでさぁ、そしたら冬哉がね」
「無視するな……! 聞こえてるだろっ……!!」
精一杯の威圧を込めた、ソプラノボイス。
「「「……!」」」
その声にびっくりしたのか、連中の会話はピタリと止まり、全員が『美晴』の方へと向いた。
「何? 何か用?」
「これ……返すぞ……!」
バンッ!
『美晴』は、女子たちが囲んでいる机の上に、紙おむつを思い切り叩きつけた。
「……」
返答はない。そいつらは一言もしゃべらずに、まだ固まっている。
若干拍子抜けした『美晴』は、特に言うこともないので、後ろを向いて立ち去ろうとした。しかし、その時……。
ぽすっ。
「!?」
紙おむつを、投げ返された。
後頭部に当たったものの、柔らかいので全く痛みはないが、カチンとはきた。『美晴』はまた、くるりと連中の方を向いて、投げつけた犯人を確認した。
(投げたのはあいつか! あの、だんご頭……!)
ツインテールをおだんごみたいに丸く束ねたものが、頭に二つ乗っている。
そいつは、ニヤニヤと笑いながら友達と話していた。
「奈好菜、あの紙おむつはどこで手に入れたの?」
「ああ、あれ? 一番下の妹のやつだよ。美晴にプレゼントしてあげようと思ってさ」
だんご頭の女の名前は「奈好菜」というらしい。
しかし、そんなことは今の『美晴』にとってどうでもいいことだった。とにかく、こんな木っ端のような連中にバカにされて、ムカついていた。
「お前……! なんの……つもりだよ……!」
「うわ、五十鈴の言ってた通りじゃん。美晴、めちゃくちゃ生意気になってるね。キモ陰キャのくせにさ」
「先に……ケンカ……売ってきたのは……お前……だろ……!」
「あははっ、ケンカ? ただのプレゼントだよ。ほら、これ見なバーカ」
奈好菜は少しイライラしながら、手に持っている緋色のスマートフォンの画面を、こちらに向けた。
ここのところ、他人のスマホの画像や映像で不快な思いをさせられることが多い『美晴』だったが、今回もやはり例外ではなかった。
動画だ。奈好菜は音量を上げ、『美晴』に聞かせた。
「いっぱい出しちゃったね。美晴ちゃん」
「やめろよ……! み……見るなっ……!」
これは、おそらく「彷徨い人魚」の時の動画。ちょうど『美晴』が失禁をした直後くらいの場面だ。
蘇夜花のスマートフォンで撮影されたはずの動画が、今は奈好菜のスマートフォンから流れている。
「なんで……、お前が……これをっ……!?」
「蘇夜花の動画を、五十鈴が期間限定で公開してくれたからね。五十鈴にパスワードを教えてもらえば見られるよ」
風太も美晴も、携帯電話およびスマートフォンを、まだ持ったことがなかった。他人が触っているのを見る程度なので、スマホについての詳しいことはよく分からない。
「な、なんだよ……それ……! すぐ……消せよ……! こんなのっ……!」
「あたしに言ってもムダだよ。公開してる五十鈴に言わないと」
「とにかく……みんなが……見られないように……しろ……!!」
「だから、あたしに言われても困るって。ってゆーか、もう遅いよ。スマホ持ってない子でも、持ってる子から動画を見せてもらってるし」
「もう……このクラス全体に……広まってるって……いうのか……!?」
「そうだけど。え? 何? やっぱり恥ずかしいの?」
クラス中に、自分が失禁している動画を見られた。
異性の身体になっても、まだ少年としてカッコ良くありたいと藻掻き続ける『美晴』にとって、それは耐え難いものだった。怒りと恥ずかしさの感情で、顔は真っ赤になり、肩はワナワナと震えている。
奈好菜は、そんな『美晴』をひやかすように、言葉を続けた。
「あれ? もしかして、また漏らしちゃう気? ここではやめてよね」
「……!!」
「そのおむつ、美晴には必要なんじゃない? 一番大きいサイズだから、多分あんたでもはけるよ」
「お前っ……! ばっ、バカにするなよっ……!!」
そう叫び、奈好菜に掴みかかろうとした、その瞬間。
「ふぁ~あ。眠ィな。さっさと今週終わんねェかな」
教室の扉をあけ、6年2組の男子集団がぞろぞろと入ってきた。
その先頭にいるのは、界だ。数日前に『美晴』をボコボコにした、あの少年だ。界は男子を数人従えながら、眠そうな顔でこちらを見た。
「なんだよ朝っぱらから。また美晴が、何か調子に乗ったこと言ってんのか? あァ?」
状況を理解する気もなく、首をコキッと回して戦闘態勢に入っている。『美晴』が少しでも奈好菜に何かすれば、筋肉質な太い腕の先にある大きな右拳を、ぶち当てるつもりだろう。
「く……くそっ……!」
いささか、分が悪い。
『美晴』は一度敗戦して、界の強さは分かっていた。あの時とは違い、美晴の身体でのケンカに馴れきてはいるが、おそらく今1対1で界と戦っても、勝つのは難しい。
「……っ!!」
『美晴』は奥歯を噛み締めながら、6年2組の教室から逃げ出した。逃げ道に落ちていた紙おむつは踏まれ、クシャッとキレイな音を立てた。
界や奈好菜たちは、そんな『美晴』の不様な姿を見て、笑っていた。
「へへっ、だせェな。あいつ」
「動画を見たの? 界は」
「ああ、『彷徨い人魚』ってやつ? なかなか面白そうなことやってるよな、蘇夜花たちは。奈好菜は、あれを生で見たのか?」
「ううん、あたしも動画で見ただけ。やっぱり生で見たいよね。一応、五十鈴にリクエストしといたよ」
「それなら、お前らでやってみりゃあいいんじゃねェか? 美晴を漏らさせる、オリジナルの『刑』を」
「うん? どういうこと?」
「新しい『刑』を作るんだ。『彷徨い人魚』みたいな感じのやつをさ」
「『刑』を自分たちで作るの? あははっ、なんだか面白そう」
界と奈好菜の怪しい作戦会議は、朝のホームルームが始まるまで続いた。
*
チャイムが鳴り、ホームルームが始まる頃に『美晴』は教室に戻ってきた。
あの後、『美晴』は教室を離れ、気持ちを落ち着けるついでに、『風太』が来るのを待っていた。しかし、今日も『風太』は遅刻ギリギリで学校に来たため、会って話すことができず、渋々と教室に戻ってきたのだった。
(なんだよ、ムカつくなぁ……! 6年2組の連中も、美晴も……!)
『美晴』はランドセルをロッカーに片付け、自分の席に座った。
周囲にいる6年2組の生徒たちは、『美晴』をチラチラ見ながらヒソヒソと話をしている。
(こいつらみんな、あの動画の話をしてるのかな……。あぁもう、うるさいなぁっ! 黙れよっ!)
なるべく周りの音が聞こえないように、両腕を枕にして、机に顔を伏せた。それでも周囲のヒソヒソ声は、過敏になっている『美晴』にとっては、うるさいくらいに聞こえてしまっていた。
*
一時間目は算数。公式を教わり、練習問題を解くという、至って普通の授業だった。
早めに問題を解き終わった生徒たちは、ヒマを持て余すので、教室内は少しザワついている。そんななか、『美晴』から少し離れた場所で、蘇夜花と五十鈴は話をしていた。
「よーし、できたー。五十鈴ちゃんも終わった?」
「ええ。終わったわ」
「五十鈴ちゃんって、算数は得意なの?」
「さぁね。成績は悪くないと思うけど」
「この前のテストは何点?」
「100」
「算数以外は?」
「全部100」
「……100以外の点数、とったことある?」
「それくらい、たまにあるわよ。わたしだって完璧な人間じゃないし」
「妬けちゃうね。優等生さんには」
「じゃあ、蘇夜花は何点だったのよ」
「ナイショ」
「何よそれ」
「まぁ、それは置いといてさ。明日やる新しい『刑』について、具体的な計画をまとめておいたよ。ほら、この紙に」
「へぇ。じゃあ、準備をしておくわね……って、これが『刑』?」
「ん? どうかした?」
「そ、蘇夜花の趣味なの?」
「何が?」
五十鈴は蘇夜花から渡された紙を見て、目を丸くした。
「まさか……美晴にコスプレをさせるつもり?」




