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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第八章:おだんご頭と新しい刑
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中学生になった自分の姿


 5月の大型おおがた連休れんきゅう最後さいごの日の夜。


 『美晴』は、「みはるのへや」にある学習机がくしゅうづくえして、静かに眠っていた。少女の長い黒髪が、つくえ一帯いったいに広がっている。


 「……ん、うぅん」


 (あれ……? おれ、寝ちゃってたのか……)


 鬱陶うっとうしいぐらいに伸びた前髪を払い、そのついでにまだ眠気ねむけが残る目をこすった。

 すると、目の前の景色けしきはクリアになり、机の上にあるデジタル時計の数字まで、鮮明せんめいに見えるようになった。


 (もう夜の7時か。そろそろ美晴のお母さんが帰ってくる時間だな)


 『美晴』は、デジタル時計の隣にある白い卓上たくじょうかがみに手を伸ばし、見やすい位置に置いた。


 (もしかしたら元の身体に戻ってるかも……なんて。目が覚めるたびに期待きたいするのもおかしいのかな)


 長いまつげと、少し垂れた目尻。

 前髪を上げるとおデコに現れる、凄惨せいさんな傷。

 ほんのりと赤いほっぺたに、うるおいのあるくちびる

 どれも、本来の自分のものではない。鏡に映るのは、いつも見慣みなれない少女の顔だ。


 「あ、あー……。あー……」


 声を出してみる。

 当然それも、本来の風太の明るくはっきりとした声ではなく、ソプラノで少し暗い、美晴のささやくような小さな声だ。

 身体のつくりが変化しているのだから、声帯せいたいだけが元に戻っているということはまずあり得ないのだが、もしかしたらという希望も捨てきれなかった。

 『美晴』は自分が出した声を聞いて、また落胆らくたんした。


 (あいつと入れ替わってから、もう一週間が過ぎたのか。あとどれくらい、この生活が続くんだろう……)


 イスのもたれに身体をあずけ、両腕の力もだらりと抜いて、部屋の白い天井をぼんやりと見上げた。


 (このままぼんやりしてたら、すぐに二週間、一ヶ月、半年、一年……。一年か……。来年の今頃には、おれも中学生になってるんだよな……。なんだか、遠い未来の話だとばかり思ってたけど)


 ひとみをスッと閉じて、中学生になった自分を想像してみることにした。


 *

 

 月野内つきのうち小学校しょうがっこうの大半の生徒は、日野外ひのそと中学校ちゅうがっこうへと進学する。風太の高校生の兄もそこに通っていたので、風太もそこに通うことになるのは間違いない。以前に何度か、日野外中学校の校舎の近くをおとずれたこともあるので、場所もすでに知っている。


 (たしか、桜並木さくらなみきを通り抜けて……)


 日野外中学校へと続く桜並木の道を、男子中学生と女子中学生が、二人でならんで歩いている。


 「見て、風太くんっ! 似合にあってる?」

 「うーん。雪乃は、まだ『制服に着られてる』って感じがするなぁ」


 学ランを着た男子中学生は風太フウタ紺色こんいろのセーラー服を着た女子中学生は雪乃ユキノだ。

 身長が少し伸びたぐらいで、髪型や顔は今とほとんど変わらない。


 「えーっ!? そんなことないもん! もっとちゃんと見てよっ」

 「何回見ても同じだって。でも、中学二年生になるころには、お前もしっかりとした……」

 「わぁー! 桜がすっごくキレイだよ、風太くんっ!」

 「やっぱり、雪乃はいつまでっても雪乃だな」

 「ん? 何か言った?」

 「なんでもないよ」

 「いーや! 風太くんの『なんでもないよ』は、絶対何かある時だよ!」

 「本当になんでもないって」

 「そうなの? じゃあ、なんでもないね!」


 いつもの何気なにげない会話。小学生の時と何も変わらない。

 二瀬ふたせ風太フウタは、きっとこれからも、春日井かすがい雪乃ユキノと同じ道を歩いて行くのだろう。と、そう思った時、雪乃が突然おかしなことを言い出した。


 「ところでさぁ、さっきからわたしたち、誰かに見られてる気がするんだけど」

 「おいおい、怖いこと言うなよ」

 「でも……ほら、あの子」


 雪乃は指をさした。

 雪乃の指先は、はっきりとこちらを向いている。


 (えっ!? 今、雪乃の隣にいるのが、おれじゃないのか……!?)


 嫌な予感がする。


 「あの子、誰? 風太くんの知り合い?」

 「あいつは確か……おれたちと同じ中学一年生の、戸木田ときた美晴ミハルだな。雪乃、覚えてないのか?」

 「美晴? 誰だっけ?」


 (ウソだろ……!? な、なんだよ、これっ……!)

 

 『美晴』は視線しせんを下に降ろして、自分の身体を見た。

 服装ふくそうは、男子中学生が着る学ランではなく、雪乃が着ているものと同じ女子中学生のセーラー服。髪は肩よりもさらに長く伸び、胸にある二つの膨らみが、スカーフを押し上げている。


 「なんだか様子が変だよ。あの子」

 「小学校の時から変なやつだったよ、美晴は。あんな感じだから、いつもいじめられてたしな」


 (違うっ! おれは美晴じゃないっ!)


 「ふーん。あんまりかかわっちゃダメな人なんだね。風太くん」

 「ああ。行こうぜ雪乃」


 (待てよっ! 待ってくれ雪乃! おれが本物の風太なんだよっ!)


 雪乃と風太を追う。しかし、あしを前に動かしても、上手く進むことができない。

 いつも以上に視界はぼやけ、だんだん見えなくなっていく。遠くの方では、雪乃と風太が楽しそうに話をしながら笑っていた。


 (嫌だっ! 美晴なんかに……女子中学生なんかに、なりたくないっ! 誰か……助けてくれ……)


 頭をかかえて首を左右に振っても、長い黒髪が乱れるだけで、何も変わらない。

 錯乱さくらん状態じょうたいとらわれるなか、誰かが様子をうかがうかのように、『美晴』の肩を優しくポンと叩いた。


 「おはよう、美晴ちゃん。今日もがんばってね」


 そこにいたのは、蘇夜花ソヨカだった。


 *


 「うわあーーーーっ!!!!!!」


 恐ろしい想像は消え、『美晴フウタ』は現実世界に戻ってきた。

 熱帯夜ねったいやのように全身にすさまじい量の汗をかき、身体がビクッと震えた拍子ひょうしに、ひざを思い切り机の下にぶつけてしまった。


 「はあっっ……! はあっ……! 痛いっ……! はぁ……はぁ……」


 吐息といき相変あいかわらず美晴だったが、今いる場所は桜並木ではなく学習机だ。一応、さっきの悪夢あくむからは、のがれることができたのだ。

 『美晴』は、口から溢れ出そうになる唾液だえきをゴクリと飲み込み、また大きく息を吸った。


 「はぁ、はぁっ……! くそっ……!」


 イスから立ち上がり、クローゼットの中から無地むじの白いタオルを取り出すと、それを持って再び同じイスに着席した。

 そのタオルで、汗の量がひどいおデコや首元のあたりをゴシゴシと力強くぬぐいながら、落ち着きを取り戻す。おデコの傷にはあせみたが、今はそんなこと気にならない。


 「ならないぞ……! 女子中学生に……なんて……! 雪乃や健也たちと……一緒に……、おれは男子中学生として……中学校に通うんだ……!」


 使い終わったタオルを、ぐしゃぐしゃと丸めて部屋のすみに放り投げ、お尻を持ち上げてイスにしっかりと座り直した。


 (大丈夫だ、手掛てがかりはある。『ノート』について調べれば、きっと何か分かるはずだ)


 だんだんと、『美晴』の表情に余裕よゆうが戻ってきた。


 (それに、美晴の方だって、おれの……二瀬ふたせ風太フウタとしての生活が、そう簡単に続けられるわけがない。おれにはおれの苦労だってあるんだ。あいつの方こそ、今頃いまごろは元に戻りたくて家でメソメソ泣いてるかもしれないぞ)


 やはり、希望の言葉を自分に言い聞かせると、心が落ち着く。


 「ふぅ……」


 感情のたかぶりはすっかりおさまり、汗は完全に止まった。

 『美晴』は、連休中の宿題である漢字ドリルを、いきおいでさらさらと終わらせ、明日学校で提出する全ての宿題を、赤いランドセルの中にしまった。


 (よし、終わった……! 美晴の方も、おれの宿題を終わらせてくれてるのかな)


 気がかりなのは、元の自分がちゃんと維持いじされているかどうか。


 (ちゃんとやってるのかなぁ、あいつ。あと、『ノート』についても知ってるのかなぁ、あいつ。あー、あいつに聞きたいことが多すぎる……)


 そして、藤丸フジマルが言っていた「図書室で会える男の子」のことも、少しだけ気になっていた。

 少し気になっていた。

 ほんの少し。

 少し。


 (美晴の好きな男子……。どんなやつなんだろう)

 

 (別に、どんなやつでもいいけどさ。どこの誰でも、おれには関係ないし)

 

 (美晴も、本当はそいつと入れ替わりたかったのかな。心の中では、おれとそいつを比較して、ガッカリとかしてるのかな……)

 

 (あぁもうっ! なんで身体を奪われたうえに、ガッカリされなきゃいけないんだよ! ムカつくなぁ!!)

 

 (『図書室で会える男の子』なんだから、やっぱり学校の図書室にいるんだろうな……。見に行くだけなら、いいよな? 別に……)


 『美晴』は、明日からの目的を「ノート」と「図書室で会える男の子」の二つにしぼり、モヤモヤとした気持ちをぶつけるように、ベッドにドスンと横になった。


 (明日から学校かぁ。まぁ、二日行ったらまた休みだし、気持ちは楽だな。美晴とも、この二日間のどこかで話せる機会きかいがあるだろうし……)


 少女は、前向きな気持ちを持って、大型連休最後の一日を終えた。


 *


 翌日。天気はどんよりとくもり。

 やすけといえど、小学生たちはまだまだ元気いっぱい。通学路では、連休中の楽しかった思い出を友達と交換し、会話に花を咲かせている。

 そんな中、『美晴』は今日もまたひとりで登校し、誰からも声をかけられることなく、6年2組の美晴の席までたどりついた。


 (ふぅ……。今日は荷物にもつが多いから、ランドセルが特に重いな。男のパワーがあったころは、これくらいなんてことなかったけど)


 小さくため息をつき、持ってきた荷物を整理するために、机の引き出しの中を右手で軽くさぐった。


 (あれ? 机の中に、何か入ってるぞ……?)


 教科書やノートを、学校に置いて帰った記憶は無い。

 不思議に思いながら、ゴワゴワする()()を右手で掴み、机の中から引き抜いた。


 「えっ……? これって……」


 それは、まだ使用される前のかみおむつだった。

 

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