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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第七章:男の子になった女の子
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ずっとこのまま


 サッカーのコートのそばで、鼻血を垂らした少年が一人、正座せいざさせられている。


 「あのね、バカ風太くん」

 「はい……」

 「本当に、何をやってたの?」

 「違うのっ! 誤解ごかいなんだよっ!」

 「どういう誤解?」

 「それは、その……身体を確認していただけ、というか……!」

 「へぇー、確認。それで……確認して、何が分かったの?」

 「おれは二瀬ふたせ風太フウタだった」


 雪乃は『風太』の頭頂部とうちょうぶに、ゲンコツを喰らわせた。


 「痛いっ……!」

 「そんな確認いらないでしょ!! 風太くんは、今も昔も風太くんだし、これからもずっと風太くんだよっ!!!」

 「ゆ、雪乃ちゃん……!」


 怒られている。

 『風太』は怒られているハズなのに、雪乃のその言葉が、なんだかとても心に響いた。


 「そうなのっ! わたし、ずっと風太くん……!」

 「な、なんで喜んでるのっ!? バカっ!!!」


 ゲンコツがもう一発、『風太』を襲った。


 「たた……。ご、ごめんなさい」

 「もう、謝ってばっかり……! でも、今回だけは、その『ごめんなさい』の一言でゆるしてあげる」

 「ほ、本当?」

 「さっきのは忘れてあげる! その代わり、もうわたしの前で、その……ヘンタイみたいなことしないでっ!」

 「分かった! や、約束するっ!」


 その「約束」という言葉に反応して、雪乃の表情はまたけわしくなった。


 「約束? 風太くんとの約束は、あんまり信用できないよ」

 「なっ!? ど、どうして?」

 「だって、さっきの約束も守ってくれなかったじゃん。ちゃんと、カッコよくシュート決めてきてくれるって、言ったのに」

 「シュート? ……あ、そうだ、試合!! サッカーの試合はどうなったの!?」


 『風太ミハル』の記憶は、精神が風太化した時……つまり、フィールドで勘太カンタを抜き去った時から、途絶とだえている。


 「とぼけてもダメ。結局、この試合でシュート1本も決めてないのは知ってるんだからね」

 「そうなんだ……。おれ、雪乃にまたカッコわるいところを見せちゃったのかな……」

 「い、いやっ! べ、別に、かっこわるくはなかったけどっ!!」

 「えっ?」


 思わぬ反応に、『風太』は首をかしげた。てっきり、記憶にない部分は不様ぶざまな姿をさらしていたのだろうと思っていたが、どうやら違うらしい。

 『風太』は興味きょうみ本位ほんいで、雪乃にたずねてみることにした。


 「あんまり覚えてないんだけど……。おれ、試合中はどんな感じだった?」

 「そ、それは……その……」

 「やっぱりカッコわるかった?」

 「ううん、そんなことないっ!! 風太くんはすっごくかっこよかった!! ……あっ!!」


 言ってしまった……というような感じで、雪乃は目を丸くしながら、手で自分の口をふさいだ。

 言わせてしまった『風太』も驚いて、何故なぜか少し緊張した。


 「そ、そっか。カッコよかったのなら、良かった」

 「うぅ……こんなこと言いに来たわけじゃないのにっ!! ああぁもうっ、失敗したーーーっ!!!」

 「あ、ありがとう。雪乃」

 「違うのっ!! かっこわるくはないんだけど、すっごくかっこよかったんだけど、違うのっ!!」

 「あはは、はは……」

 「笑わないでっ! 笑い事じゃないよっ! と、とにかく、風太くんは約束やくそくやぶったんだから、これを飲みなさいっ!」


 雪乃は手に持っていた水筒を、無理やり『風太』に押し付けた。もちろんそれは、あのスムージーが入っている水筒すいとうだ。


 「あ……。スムージー……」

 「ちゃんと全部飲んでよねっ! カッコよくシュートを決められなかったんだから」

 「で、でもっ、カッコよくボールを奪う約束は、守ったはずだよっ!」

 「それはまぁ……そうなんだけど……。それもすっごくかっこよかったんだけど……えっと……その……」

 「……?」


 『風太』がせめてもの抵抗をすると、雪乃は口籠くちごもり、顔を真っ赤にしながらうつむいた。

 両手ににぎこぶしを作り、ワナワナと震えている。

 そして……。


 「う……うわぁああーーーーんっ!!! 実穂ミホちゃぁああーーーーんっ!!」

 「ええっ!?」

 「風太くんがっ!! 風太くんがぁぁあーーーーーっ!!!」

 「ちょ、ちょっと待って!」


 雪乃の中で、恥ずかしさの感情が爆発した。

 パニックになり駆け出そうとする雪乃を、『風太』は手を伸ばして制止せいししようとしたが、間に合わない。

 雪乃はそのまま大声でわめきながら、親友の実穂がいるベンチの方へと走って行ってしまった。


 「実穂ちゃあぁぁーーんっ!!! 実穂、ちゃ、うわぁあーーーーんっ!!!」

 「ちょっと雪乃、どうしたの? 風太くんと、何かあったの?」

 「あ、あのね、風太くんがっ……! ふう、たくん、に……うぅわぁぁーーーんっ!!」

 「ほら、みんなびっくりしてるから落ち着いて。よしよし」


 実穂は、胸に顔を埋めにきた雪乃を受け止め、優しく頭を撫でた。

 

 その後、詳しい事情を一切いっさい話さずにわんわんと泣き喚き続ける雪乃をなぐさめながら、実穂を筆頭にした6年1組女子軍団は、極悪ごくあく非道ひどうな「風太くん」に詰め寄った。

 

 * 


 時刻じこくは、昼の12時を回った。

 そろそろおなかいてくる時間だ。


 「「「いただきまーすっ!」」」


 河川敷のベンチに集まった小学生たちは、実穂ミホが持ってきた「手作りプチケーキ」を取り合うように食べ、緩美ユルミが持ってきた「カットフルーツ」を楽しく談笑だんしょうしながら食べ、最後に雪乃ユキノが持ってきたイビツな形の「おはぎ」を食べた。

 何故、雪乃が「おはぎ」に挑戦したのかは分からないが、これ以上彼女を悲しませないように、みんな精一杯せいいっぱいの笑顔で口に運んだ。そして『風太』は、色々と責任をとるという意味もあり、まずいスムージーを飲みながら、イビツな「おはぎ」を誰よりも多く頬張ほおばった。


 「お、おいしいなぁ! 独特どくとくな味で、とってもおいしいよ! このおはぎ!」

 「ほんと……?」

 「うん、ほんとほんと! 何個でも食べられちゃう! あはははは……オエッ」


 『風太』がそう言うと、雪乃に少しだけ笑顔が戻った。


 *


 午後からは、男女だんじょ混合こんごうで鬼ごっこをすることになった。

 ベンチで応援しているだけでは、女子も退屈たいくつしているだろうと考えた健也の提案だ。もちろん誰も異論いろんはなく、全員それに参加した。

 遊び方は、走って逃げるか追いかけるだけ。サッカーのように難しい技術は必要ない。『風太』は男子の肉体のをフルに活かし、元気よく全力で駆け回った。


 (知らなかった……! 鬼ごっこって、こんなに楽しいんだ……!)


 以前は遠くで見ているだけだった遊びも、今は自分がプレーヤーとなり、参加者の中で一番いちばん快活かいかつに楽しんでいる。身体が入れ替わらなければ、おそらく一生できなかったであろう体験だ。『風太』は時間を忘れて存分に遊び、溜め込んでいた陰気いんき解放かいほうするかのようにたくさん笑った。


 *


 時間は流れ、ベーコン川は夕陽によってあざやかなオレンジに色を変えた。

 遊び疲れた小学生たちは、ぞろぞろと河川敷のグラウンドを後にした。


 「よいしょ……っと。風太くんっ、一緒に帰ろ!」

 「うんっ! 行こう雪乃!」


 すっかり機嫌きげんを直した雪乃は、自分の自転車のハンドルを握り、乗らずに押し運んでいる。

 『風太』と雪乃。二人で、一緒に遊んだ友達に別れのあいさつをしながら、自宅を目指して進んでいく。


 「フンフーン♪ フッフフーンフーン♪」

 

 カラカラと自転車を押しながら、雪乃は鼻歌はなうたを歌っている。『風太』はそんな雪乃を見て、「喜怒きど哀楽あいらく」という言葉を思い出し、クスリと小さく笑った。

 

 「……ん? 何笑ってるの?」

 「いや、別になんでもないよ。……ふふっ」

 「また笑ったでしょ!? 何か、面白いことでもあったの? わたしにも教えてよー!」

 「そんなたいしたことじゃないよ。今日はいろいろあったなぁって、思っただけ」


 『風太』のその言葉を聞いて、雪乃は急に真面目まじめな顔になり、少しだまり込んだ。


 「……」

 「雪乃?」

 「風太くん……」

 「?」

 「わたし、最近思うんだ」

 「うん?」

 「ずーーーっと、この楽しい時間が続けばいいのになぁ、って」

 「……!」


 さった。

 『風太』の心の、一番深いところに。


 「風太くんの言うとおり、今日はいろいろあったけど、すっごく楽しかった。小学6年生の、この時間が楽しすぎて……もちろん来年中学生になっても、きっと楽しいことはたくさんあるんだろうけど、みんな今よりも大人になってるから……。少しだけ、さびしいの」

 「……」

 「ねぇ、風太くんもそう思うことって、ある?」

 「あるよ!! お、おれだってずっと、このままがいいっ!!」


 雪乃が言った「この時間」と、『風太』が言った「このまま」は、少し意味が違うが、気持ちは同じだった。


 「風太くんは、ずっと変わらないでいてくれる?」

 「おれは風太だ。それは、これからもずっとわったりなんか……わったりなんかしない」

 「じゃあ、これも約束してくれる?」

 「うん……!」


 ベーコンがわ沿いの、あまり広くない道の上で、少年と少女はお互いの右手の小指をからませ、()()()()()()()ちかい合った。


 日が暮れた夜の空には、小さな星が輝き始めていた。


 *


 時刻は、ちょうど同じ頃。

 場所は、風太や美晴がまちにある、気品きひん高級感こうきゅうかんあふれた、白い邸宅ていたく

 

 その邸宅のバルコニーでは、一人の少女が夜空の星を見ながら、甘いミルクココアを飲んでいた。

 彼女にとってこの時間は、一日の疲れを癒やしつつ明日からの予定をじっくり考えるための、とても有意義ゆういぎな時間だ。


 「~♪」


 テーブルの上のスマートフォンが鳴った。

 少女はマグカップをそのテーブルに置き、同じ手でスマートフォンを手に取り、画面に表示されている通知つうちを確認した。


 (蘇夜花ソヨカ……!)


 クラスメートの名前。最近は、その子と一緒にいることが多い。

 少女は、「ふぅ……」と息を吐いてから、静かに電話に出た。


 「もしもし?」

 「こんばんは、五十鈴イスズちゃん」

 「あら、こんばんは。蘇夜花ソヨカ

 「昨日はお疲れ様ー。湖岸こがん清掃せいそうのボランティアに付き合ってくれて、ありがと」

 「いいわよ別に。わたしも、学級委員としての顔があるもの」

 「いやあ、月野内小学校に転校てんこうしてきて良かったよ、本当。卒業式は、この学校でむかえようかな」

 「それで? 休みの日に連絡れんらくしてきたってことは、ただの世間せけんばなしをしたいわけじゃないわよね?」

 「もちろん。美晴ちゃんのことで、話があってね」

 「美晴……ねぇ。あなた、美晴のこと好き過ぎない? ずいぶんと気に入ってるのね」

 「うん! やっぱり、声を出せないっていうのが魅力的だね。何をされてもずっと黙っててくれるから」

 「最近の美晴は、ちょっとしゃべるようになったけど」

 「あはは。今だけだよ」


 スマートフォンを左手に持ち替え、空いた右手でノートを開く。


 「……で、今度は何をしたいの? どうせまた何か悪いこと思いついたんでしょ?」

 「さすが五十鈴ちゃん。実は昨日、素敵な出会いがあってさ」

 「出会い?」

 「美晴ちゃんって子にね。ちょっと挑発ちょうはつしたら、いきなりお腹にパンチされちゃった」

 「あら、大丈夫なの?」

 「大丈夫じゃないよ、まったく。散々な目に合わせてあげたのに、まだりてないなんて。わたしは、かなりナメられてるらしいね」

 「……で、『けい』やるの?」

 「やるよ。負けっぱなしじゃ悔しいもん」


 ノートのページを開き、『刑』についてまとめてある項目こうもくを読む。


 「リクエストが来てるわ。もう一度、『彷徨さまよ人魚にんぎょ』をやってほしいって。動画で見た子が、なまで見たがってるみたいよ」

 「うーん、それはまた今度ね。もうちょっと改良しないと」

 「でも、美晴の身体で傷を作れる場所は、もう少ないわよ。『ハリけミミズ』も、まだ残ったままだし」

 「美晴ちゃん、早く傷を治してくれないかなぁ。つまんないよ」

 「もう後は『デメ』くらいしかないわね。また『デメ』、やる?」

 「そうだねぇ。うーん……」

 「どうするの?」

 「よーし、決めた! 新しい『刑』をやるよ!」

 「えっ!? そんなのあるの?」

 「ふふふ。一つ、考えてる『刑』があるんだよ。決行日けっこうびは……しあさっての金曜日がいいかな。詳しくは、また今度話すね」

 「分かったわ。さようなら、蘇夜花」

 「バイバイ。五十鈴ちゃん」


 少女は電話を切り、テーブルの上にそっと置くと、再び夜空の星を見上げた。

 

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