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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第七章:男の子になった女の子
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もう一つの「同化」


 靴紐くつひもを結び直す。

 長かったハーフタイムは終わり、後半戦の始まりだ。


 (お願い、わたしに力を貸して……!)


 『風太』はひとみを閉じ、胸に両手を当てた。以前の自分とはまるで違う、しっかりした男子の胸板むないたがある。

 ドクンドクンと鳴り響く心臓の鼓動を感じながら、『風太』は自分に願いを込めた。そして心の奥底に「少女の美晴」を封印し、代わりに「少年の風太」を呼び起こした。


 「よし、行くぞ」


 *


 フィールドの真ん中では、まるで交渉をするかのようなおだやかなボールのやり取りが続いている。まだゴールから遠く、各選手エンジンがかかり始めたところなので、激しいぶつかり合いはない。


 「風太、今のうちに上がれよ。健也ケンヤ翔真ショウマだけじゃ、づらそうだ」

 「分かった。行ってくるよ、ソラ

 「お、おう……。なんか、雰囲気ふんいき変わったな」


 ゴールキーパーの宙に見送みおくられ、まずはボールの動きを目で追った。

 現在は、味方の翔真がボールを持っている。彼の左前にある空いているスペースでボールをもらえば、そのままシュートが狙えそうだ。


 (すごい……! いつもこんな風に、サッカーをやってるんだ……! 風太くんには、こんな風に見えてるんだ……!)


 図書室からグラウンドをながめているだけでは分からない、サッカーの世界がそこにあった。視界しかいが風太のものと同じになったので、後は脳内でイメージを明確にできれば、完全なサッカー少年の動きが出来る。

 湧き上がる興奮に、『風太』は笑みを浮かべた。


 「これなら、いけるっ……!」


 しかし突如とつじょ、状況は一変いっぺんした。

 翔真が健也に出したパスを、相手チームの滉一コウイチがカットしたのだ。試合は急に動き出し、穏やかな空気から一気に忙しくなった。


 「うわっ、やべっ!」


 翔真が振り向いたところで、ボールを持った滉一の勢いは止まらない。力強いドリブルで疾走しっそうし、高速で自陣に侵攻しんこうしてきた。

 敵も味方も置き去りにして、単騎たんきでの突撃だ。つまり……。


 「悪い、風太頼む!」


 この一枚が抜かれたら、後はもうゴールキーパーの宙しかいない。河川敷かせんじきは、良い具合の緊張感きんちょうかんに包み込まれた。

 そんな中、『風太』は冷静に後ろに下がりながら、滉一を止めるための地点を計算した。


 (あそこだ……!)


 イメージが固まった。

 雪乃のおかげで、相手からボールを奪うための経験値けいけんちはある。あしは自分の思い通りに動く。もう恐れはない。


 ガッ!!


 「えっ……?」

 

 つかまえた。

 勢いが死んだ滉一は少しよろけ、目を丸くして足元あしもとを見た。しかしそこには、小石や雑草しかない。

 滉一が後ろを振り向くと、肝心かんじんのサッカーボールは『風太』の足元にあった。

 

 「よしっ……!」


 *


 応援席である屋根付きベンチは、歓喜かんきいた。正確に言うと、ベンチに座っている一人の女の子が、歓喜に沸いていた。

 

 「やったぁ! やったよ!」

 「ゆ、雪乃ユキノっ……! 興奮しすぎよ」

 「ねぇ実穂ミホちゃん今の見た!? 緩美ユルミちゃんも今の見たよね!? 見てなかったの!? 見た!? 見ふぁ」

 「もうっ、落ち着きなさいってば」

 

 『風太』をゆびさしながらパシパシと左肩を叩いてくる雪乃のほっぺたを、実穂は左右に引き延ばした。緩美はそんな二人を見て、小さく笑っていた。

 

 「実穂ひゃん、もうパヒパヒしふぁいから、ふぁなひて」

 「ここからよ。風太くんがシュート決めるところ、雪乃も見たいでしょ?」

 「うんっ!」

  

 *


 実穂の言う通り、問題はここからだった。

 『風太』の動きは、ボールを保持ほじしたまま止まってしまっていた。


 (奪いとれた……けど、ここから相手のゴールまでは、遠すぎる……!)


 ボールを奪いはしたものの、相手チームの勢いはまだ死んでいない。当然、今度はボールを奪い返しにやってくるはずだ。

 そしてやってきたのは……。


 「はっはっは、お前の弱点は知ってるぞ! くらえ風太!」


 勘太カンタだ。

 何を考えているのか、勘太は走りながらズボンを降ろし、パンツを晒していた。しかも現在、そのパンツすらも降ろそうとしている。審判がいないこのサッカーにおいても、それはさすがに反則はんそくだ。

 

 「「「うわっ、そうとしてるっ!!」」」 

 

 「「「キャーーーッ!!」」」


 男子からはあきれと笑いが、女子からは悲鳴が上がった。

 しかし、勘太にとっては日常のようなものなので、特に気にすることもなく、サッカーボールと『風太』だけを狙っている。確かに、先ほどのようにひるんで顔を伏せた『風太』から、ボールを奪うのは容易たやすいことだろう。


 しかし、そうはならなかった。


 「……!」

 

 スルッ。


 『風太』は、一瞬たりともひるまなかった。

 ドリブルしながら流れるように一回転し、暴走する勘太を華麗かれいにかわしたのだ。その動きの中に、美晴らしさは欠片かけらもなく、いつもの風太そのものだった。

 抜き去られた勘太は、しばらくその場で固まった後フッと笑い、「おかえり、風太」とつぶやいてその場に倒れた。


 「……!」


 男子も女子も、その一瞬のプレーに盛り上がった。しかしそんな中で、『風太』の精神はふわりと浮いた後、不気味ぶきみなところに着地ちゃくちしようとしていた。


 (えっ……。今の、何……? わたし、今……何をやったの……?)

 

 (あれ、『わたし』? 『わたし』って、なんだ? なんでそんな、女子みたいな……)

 

 (い、いや、違う。わたしは美晴? ミハルって誰だ? 女子? お、おれは……男だ……!)


 (そうだ。おれは風太なんだ……!)


 『同化アシミレーション』。かつて風太も経験した、入れ替わった者だけに起こる現象だ。

 風太の場合は精神が美晴化し、美晴の場合は精神が風太化する。そうして今回は、「99%くらいの風太」が誕生した。


 (なんだよ美晴って。おれは風太だ)

 

 (余計よけいなことを考えずに、サッカーに集中しないとな。さて、パスかドリブルか、それともシュートか……)

 

 (おっ、翔真があそこにいるな。よし……!)


 『風太』はドリブルしながら考え、方針ほうしんが決まると一気に速度を上げた。


 *


 そこからの試合の流れはもう、全て『風太』のものになった。

 攻めの時は攻撃の起点きてんとなり、守りの時は守備のかなめになる。正式な11対11でやるサッカーではなく、フィールド上の人数はその半分ほどしかいないので、『風太』の出番は何度も回ってきた。しかし、その度に身軽みがるな動きで華麗なプレーを見せ、前半戦の「地面のつちき上げキック」のような失敗は、一度もなかった。


 「よし! じゃあ次、どっちかのチームが1本決めたら終わりにしよう!」


 ボールを持っている健也が人差し指を立て、全員に向けて叫んだ。両チームとも体力の底が見え始め、そろそろまともにゲームが続けられる状態ではなくなってきたので、妥当だとうな判断だ。

 残りの力を振り絞り、フィールドの少年たちは最後の気合いを入れた。


 「風太、最後はお前が決めろ」

 「おれが?」

 「ああ。お前以外、みんな1本ずつシュートを決めてるんだよ」

 「そうだったのか。夢中だったから、そんなの意識してなかったな」

 「だから、最後はお前が決めてこい……よっ!」

 「OK。任せとけ」


 健也は『風太』にボールを渡すと、右前の空いているスペースに走り込み、てきを引きつけた。

 これで、準備じゅんびととのった。


 「さあ、行こうか」


 *


 「ゲームセット!」


 まぶしいくらいに太陽の光が照りつける、ベーコン川の河川敷グラウンド。

 少年たちはサッカーの試合を終え、疲れた体を癒やすべく、てき味方みかた関係なくワイワイとベンチへ向かった。


 「結局、点数てんすうはいくつだったんだ?」

 「知らねーよ。誰か、かぞえてたか?」

 「とりあえず、翔真のシュートはノーカンな。あれは手に当たってたから」

 「はぁ? どう見てもヘッドだろ。勘太、まだ立ちションの時のことに持ってるのか」


 そのにぎやかな男子の集団の中心に、本日のMVPである健也がいた。


 「あっははは、どうだ風太。おれだけ2本決めたぞ」

 「最後はおれに決めさせてくれるんじゃなかったのかよ。健也」

 「1本目のシュートを外したお前が悪い。おれはゴールポストからのこぼれ球を、ひろっただけだ」

 「あーあ、おれだけ得点ゼロか……」

 「そんなに落ち込むなよ。そういえば、宙もお前と同じで、得点ゼロらしいぞ」

 「あいつはゴールキーパーだろっ!」

 「怒るなって。……ほら、前を見ろ。雪乃が水筒すいとう持って、こっちに走ってくるぞ」

 「あ、本当だ」

 「一言目ひとことめは絶対こうだ。『風太くん、お疲れさまぁっ! このお水飲んでーっ!』」

 「雪乃になぐられるぞ」

 「今のは内緒ないしょな。……おい、風太以外のみんな! ベンチまで競争きょうそうしようぜ!!」

 「お、おいっ! そんなことしなくてもいいって……!」


 健也は男子集団を引き連れ、その場に『風太』だけを置いて走り去った。

 前方の雪乃は何事かと少しだけおどろいたが、男子集団が完全にベンチに辿たどりつくのを見届けると、気を取り直してこちらへ近づいてきた。


 「ふーうーたーくん!」


 健也が予想していた第一声とは、少し違った。


 「雪乃……!」

 「風太くん、約束は?」

 「約束? なんのこと?」

 「ふーん、とぼける気? 後半が始まる前に、わたしに約束したよね?」


 決して、とぼけているわけではない。

 精神がまだ美晴だった時の約束なので、記憶が混乱しているのだ。


 「あ……あれ……? いや、あれ? なんだ……これ?」

 「もうっ、覚えてないわけないでしょっ!? カッコ良くシュート決めてくるって約束だよっ!」

 「……!」


 その一言で、『風太』の中の何かが、フッと途切とぎれた。


 (や、約束……。そうだ、あの時の……)

 

 (あの時……? あの時のおれは……おれ? ……お、おれじゃない! じゃあ、何?)

 

 (わたし……? そ、そうだ、『わたし』は……わたしはミハ……ル……)

 

 (風太くんと、身体が入れ替わったんだっけ……? じゃあ、今わたしは……風太くん? 風太くんに、なったの? なれているの?)


 日焼ひやけした太い腕。筋肉が隆起りゅうきした脚。ふくらんでいない胸に、不思議な感覚がある股関こかん

 身につけている衣服も全て、美晴の部屋のクローゼットにあるものではない。


 (本当に……、あの人に……なったの……?)


 前髪が視界をさえぎることはなく、今ははっきりと、目の前の世界を見ている。見ることができている。


 (わ、わたし……風太くんになったんだ……!)


 雪乃にを向けて、両手でペタペタと胸を触って確認をする。

 女だった頃の身体についていた、勝手に目立つ存在になっていくやわらかい双丘そうきゅうは、今はない。その代わりに、堅くて頑丈がんじょうな胸板が、しっかりと両手を押し返してきている。


 「胸が、かたい……! ふくらんでないっ……!」


 そうつぶやくと、今度は口を両手で押さえた。そして少しの間、その状態で固まった後、喜びを噛みしめながらゆっくりと両手を離した。


 「あ、あー……あ、あ、あー……」


 (風太くんの声だぁ……! わたし、風太くんの声でしゃべってるっ!)


 そして、最後に確認するのは股関こかんだ。

 ハーフパンツしに、『風太』は自分の股間にあるはずのソレを、指で優しくでた。


 「あっ、ある……! アレが、わたしのここにある……!」


 さっきから後ろを向いてゴソゴソやっている『風太』の様子が気になって、雪乃はひょっこり顔をのぞかせた。


 「よかったぁ……! もう元に戻りたくないっ! この身体は、絶対に返さない!」

 「ねぇ、風太くんっ! さっきから一体どうしたの?」


 雪乃は、『風太』の前へと回り込んだ。

 するとそこには、自分の股間を手で優しくさすりながら、喜びで顔を紅潮こうちょうさせて身悶みもだえている『風太』の姿があった。


 「って、風太くん何やってるの!!!?」


 雪乃はこぶしを前に突き出した。

 さっきとは違い、今度はしっかり「ガツン」とやることが出来た。


 「ぶふっ……!」


 はなぱしらに「ガツン」とやられた『風太』は、鼻血はなぢを出しながら後ろに倒れた。

 

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