予告ゴール
「はぁー、解放感。風太、お前はやらないのか?」
「ごめん。まだちょっと出なくて……」
「謝るなよそれくらいで」
ジョボボボボ……。
健也は目を閉じ、気持ちよさそうに放尿している。使い慣れているソレを器用に操り、決して手に掛かったりズボンを濡らしたりすることはない。
清流は再び黄色く染まり、悪臭を仄かに漂わせた。
元気に放水する健也のアレを、『風太』はじっと見つめていた。興味ではなく、下心でもなく、勉強のためだ。
もう、男の身体から逃げたりはしない。隣に立っている健也から、立ちションをする術を学ぼうと、『風太』は真剣だった。
(あ、あんな風になってるんだ……)
じっと見ている。
真面目に見ている。
穴があくぐらい、真剣に見つめている。
「おい」
「は、はいっ! 何ですかっ!?」
「そんなことしてると、また言われるぞ。『健也くんと風太くんは、実は付き合ってる』って」
「えぇっ!? そうだったんですかっ!!?」
「いや、違うだろっ! 否定しろっ!」
「あっ! そ……そうですよね……!」
「笑美のやつが、そういうウワサを流してるんだよ。一応、あいつにも釘は刺したけど、お前も誤解されるようなことはするなよ」
「は、はいっ」
健也はまたウェットティッシュを取り出して、自分の手を拭き、何枚かを『風太』にも渡した。そして、ズボンの腰の高さを調節した後、靴紐を結び直しながら言った。
「さて、と。お前は結局、立ちションせずにグラウンドに戻るのか? まあ、無理に出せとは言わないけど」
「ううん、やるよ。絶対。きっともうすぐ出るからっ」
「分かった。おれはもうションベン終わっちゃったし、さっきの石のところで、お前を待ってるよ。終わったら来てくれ」
「うんっ。少しだけ待ってて」
靴紐を結び終えると、健也は大きな石がある方へと歩いていった。
*
一人、河原に残された『風太』。
今の『風太』に、逃げの姿勢や臆病な感情はなく、心の中は不思議な自信と覚悟に満ち溢れている。キリリとした表情のまま、『風太』は自分が身につけている下半身の衣服を見た。
黒いジャージの、ハーフパンツ。右膝の辺りには、ブランドのロゴが入っている。激しい運動に適した、動きやすそうな服だ。
そんなハーフパンツに指を掛け、『風太』は少し降ろした。
(お尻が見えないように、少しずらすイメージで……)
前後を逐一確認しながら、健也の立ちションのやり方を思い出しつつ、1枚目を越えた。
次に出て来たのは、風太のお気に入りの恐竜トランクス。
(こ、これを脱いだら、風太くんのアレが……!)
高鳴る鼓動を、ひとまず深呼吸して整える。
パンツを脱ぐくらいは今まで毎日やってきたことだし、これからもずっとやっていく(予定の)ことだ。決して、異常な行動ではない。むしろ、このまま男子として生きていくなら、新しい自分の身体とはしっかり向き合う必要がある。
そして、『風太』は自分がはいているトランクスを、ぐっと引き降ろした。
(風太くん、ごめんなさいっ! でも、わたし、ちゃんと見るからっ……!)
その言葉通り、『風太』は大きく目を見開いて、露出されたアレをしっかりと見た。
「あっ……!」
あった。
元の身体にはなかった、男の象徴とも呼べるような、本物のソレが。
もちろん、風太の身体になってから、風呂や着替えの時にぼんやりと見たことはあったし、保健の教科書などで存在自体は前から知っていたが、上からのアングルでしっかりと目視したのは、初めての経験だった。
(これが、風太くんのっ……! ううん、今はわたしの……かな?)
健也のソレと比べても、大きさはさほど変わらない。形も似ているので、さっき見た通りのことをやれば、きっと上手くいくだろう。
しばらく対面していると、尿意は急にやってきた。
(大丈夫、大丈夫、落ち着いてっ……)
腹に入れていた力を緩め、迫り来る尿意に身を委ねる。
何かが通り抜けるような感覚を味わった後、解放感と共に、一気に身体の中から排出された。
(あぁっ……)
小さく息を吐きながら、スッと静かに目を閉じた。
「わたしが、風太くんの身体で」。その言葉を、頭の中で呪文のように何度も唱えた。
*
そして、『風太』にとって初めての、立ちションが終わった。
「おう、風太。終わったのか」
『風太』はティッシュで手を拭きながら、待たせていた健也と合流した。
「うん、終わったよ。待たせてごめんね」
「いいよ。とにかく早く行こうぜ」
「け、健也っ……!」
「ん? どうかしたか?」
「あ、あのっ、サッカー……頑張ろう、な!」
「おう! 今度はしっかり頼むぜ、風太」
健也は爽やかに笑い、『風太』の意気込みに答えた。
二人で話をしながらグラウンドに戻ると、フィールドにはすでに男子が全員集まっていた。
靴紐を結んだり、サッカーボールでリフティングしたりして、試合開始を待っている。
「よし! おれたちも行くぞ、風太!」
「う……お、おうっ!」
気合いを入れて駆け出そうとしたその時、『風太』は突然、後ろから大声で呼び止められた。
「風太くんっ!!」
「「!?」」
雪乃だ。声から判断すると、おそらくまだスムージーの一件で怒っている。
健也は危険を察知して、『風太』に小さく手を振ると、そそくさとグラウンドの方へ逃げていった。『風太』は立ち止まり、怒れる雪乃と正面から向き合うことを選んだ。
「雪乃……!」
「風太くんっ、遅いよ! みんな待ってるんだからっ!」
「さっきのことは、本当にごめん」
「ごめんじゃないよ! 謝れば済むと思ってるんでしょ! ごめんは禁止!」
「じゃあ……お礼を言わせて。ありがとう」
「なっ!? なんで!?」
「雪乃と健也のおかげで、勇気が湧いてきたよ。もうサッカーボールからも、二瀬風太からも、逃げない」
「何を言ってるの……?」
「この試合、もう雪乃にカッコわるいところは見せない。カッコよくボールを奪って、カッコよくシュートを決めてくる」
「や、約束、してくれるの……?」
「うん。約束する」
「じゃあ、約束守れなかったら、スムージー全部飲んでね」
「うっ……! わ、分かった!」
雪乃はフッと笑って、『風太』の前に拳を突き出した。
「がんばれ、風太くん!」
雪乃が待っているのは、拳をガツンと突き合わせるグータッチだったが、陰キャだった少女にそのノリは伝わらなかった。
「うん、がんばるよ!」
『風太』はノリがよく分からず、雪乃の前でガッツポーズをした。そして、改めて気合いを入れ直し、グラウンドの方を向いた。
フィールド上の男子たちは、雪乃の跳び蹴りが炸裂するのを遠巻きに見ていた。




