表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第七章:男の子になった女の子
50/127

予告ゴール


 「はぁー、解放感かいほうかん。風太、お前はやらないのか?」

 「ごめん。まだちょっと出なくて……」

 「謝るなよそれくらいで」


 ジョボボボボ……。


 健也は目を閉じ、気持ちよさそうに放尿している。使い慣れているソレを器用にあやつり、決して手に掛かったりズボンを濡らしたりすることはない。

 清流は再び黄色く染まり、悪臭あくしゅうほのかに漂わせた。


 元気に放水する健也のアレを、『風太』はじっと見つめていた。興味ではなく、下心でもなく、勉強のためだ。

 もう、男の身体から逃げたりはしない。隣に立っている健也から、立ちションをするすべを学ぼうと、『風太』は真剣だった。


 (あ、あんな風になってるんだ……)


 じっと見ている。

 真面目まじめに見ている。

 穴があくぐらい、真剣に見つめている。

  

 「おい」

 「は、はいっ! 何ですかっ!?」

 「そんなことしてると、また言われるぞ。『健也くんと風太くんは、実は付き合ってる』って」

 「えぇっ!? そうだったんですかっ!!?」

 「いや、違うだろっ! 否定しろっ!」

 「あっ! そ……そうですよね……!」

 「笑美のやつが、そういうウワサを流してるんだよ。一応、あいつにもくぎしたけど、お前も誤解されるようなことはするなよ」

 「は、はいっ」


 健也はまたウェットティッシュを取り出して、自分の手を拭き、何枚かを『風太』にも渡した。そして、ズボンの腰の高さを調節ちょうせつした後、靴紐くつひもを結び直しながら言った。


 「さて、と。お前は結局、立ちションせずにグラウンドに戻るのか? まあ、無理に出せとは言わないけど」

 「ううん、やるよ。絶対。きっともうすぐ出るからっ」

 「分かった。おれはもうションベン終わっちゃったし、さっきの石のところで、お前を待ってるよ。終わったら来てくれ」

 「うんっ。少しだけ待ってて」


 靴紐を結び終えると、健也は大きな石がある方へと歩いていった。


 *


 一人、河原に残された『風太』。

 今の『風太』に、逃げの姿勢や臆病おくびょうな感情はなく、心の中は不思議な自信と覚悟にあふれている。キリリとした表情のまま、『風太』は自分が身につけている下半身の衣服を見た。

 黒いジャージの、ハーフパンツ。右膝みぎひざの辺りには、ブランドのロゴが入っている。激しい運動にてきした、動きやすそうな服だ。

 そんなハーフパンツに指を掛け、『風太』は少し降ろした。


 (お尻が見えないように、少しずらすイメージで……)


 前後を逐一ちくいち確認しながら、健也の立ちションのやり方を思い出しつつ、1枚目を越えた。

 次に出て来たのは、風太のお気に入りの恐竜きょうりゅうトランクス。


 (こ、これを脱いだら、風太くんのアレが……!)


 高鳴たかな鼓動こどうを、ひとまず深呼吸して整える。

 パンツを脱ぐくらいは今まで毎日やってきたことだし、これからもずっとやっていく(予定の)ことだ。決して、異常な行動ではない。むしろ、このまま男子として生きていくなら、新しい自分の身体とはしっかり向き合う必要がある。

 そして、『風太』は自分がはいているトランクスを、ぐっと引き降ろした。


 (風太くん、ごめんなさいっ! でも、わたし、ちゃんと見るからっ……!) 


 その言葉通り、『風太』は大きく目を見開いて、露出ろしゅつされたアレをしっかりと見た。


 「あっ……!」


 あった。

 元の身体にはなかった、男の象徴しょうちょうとも呼べるような、本物のソレが。

 もちろん、風太の身体になってから、風呂や着替えの時にぼんやりと見たことはあったし、保健の教科書などで存在そんざい自体じたいは前から知っていたが、上からのアングルでしっかりと目視もくししたのは、初めての経験だった。


 (これが、風太くんのっ……! ううん、今はわたしの……かな?)


 健也のソレと比べても、大きさはさほど変わらない。形も似ているので、さっき見た通りのことをやれば、きっと上手くいくだろう。

 しばらく対面していると、尿意は急にやってきた。


 (大丈夫、大丈夫、落ち着いてっ……)


 腹に入れていた力をゆるめ、せまり来る尿意に身をゆだねる。

 何かが通り抜けるような感覚を味わった後、解放感と共に、一気に身体の中から排出された。


 (あぁっ……)


 小さく息を吐きながら、スッと静かに目を閉じた。

 「わたしが、風太くんの身体で」。その言葉を、頭の中で呪文のように何度もとなえた。

 

 *


 そして、『風太ミハル』にとって初めての、立ちションが終わった。


 「おう、風太。終わったのか」


 『風太』はティッシュで手を拭きながら、待たせていた健也と合流した。

 

 「うん、終わったよ。待たせてごめんね」

 「いいよ。とにかく早く行こうぜ」

 「け、健也っ……!」

 「ん? どうかしたか?」

 「あ、あのっ、サッカー……頑張がんばろう、な!」

 「おう! 今度はしっかりたのむぜ、風太」

 

 健也はさわやかに笑い、『風太』の意気込みに答えた。

 

 二人で話をしながらグラウンドに戻ると、フィールドにはすでに男子が全員集まっていた。

 靴紐を結んだり、サッカーボールでリフティングしたりして、試合開始を待っている。


 「よし! おれたちも行くぞ、風太!」

 「う……お、おうっ!」


 気合いを入れて駆け出そうとしたその時、『風太』は突然、後ろから大声で呼び止められた。


 「風太くんっ!!」

 「「!?」」


 雪乃だ。声から判断すると、おそらくまだスムージーの一件いっけんで怒っている。

 健也は危険を察知さっちして、『風太』に小さく手を振ると、そそくさとグラウンドの方へ逃げていった。『風太』は立ち止まり、いかれる雪乃と正面から向き合うことを選んだ。


 「雪乃……!」

 「風太くんっ、遅いよ! みんな待ってるんだからっ!」

 「さっきのことは、本当にごめん」

 「ごめんじゃないよ! 謝れば済むと思ってるんでしょ! ごめんは禁止!」

 「じゃあ……おれいを言わせて。ありがとう」

 「なっ!? なんで!?」

 「雪乃と健也のおかげで、勇気ゆうきいてきたよ。もうサッカーボールからも、二瀬ふたせ風太フウタからも、逃げない」

 「何を言ってるの……?」

 「この試合、もう雪乃にカッコわるいところは見せない。カッコよくボールを奪って、カッコよくシュートを決めてくる」

 「や、約束やくそく、してくれるの……?」

 「うん。約束する」

 「じゃあ、約束守れなかったら、スムージー全部飲んでね」

 「うっ……! わ、分かった!」


 雪乃はフッと笑って、『風太』の前にこぶしを突き出した。

 

 「がんばれ、風太くん!」


 雪乃が待っているのは、拳をガツンと突き合わせるグータッチだったが、陰キャだった少女にそのノリは伝わらなかった。


 「うん、がんばるよ!」

 

 『風太』はノリがよく分からず、雪乃の前でガッツポーズをした。そして、改めて気合いを入れ直し、グラウンドの方を向いた。


 フィールド上の男子たちは、雪乃のりが炸裂さくれつするのを遠巻とおまきに見ていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ