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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第七章:男の子になった女の子
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お前は本当に風太か?


 「たっ、立ちション!?」


 『風太』は思わず、健也に聞き返した。


 「ああ。おれたち三人は、そのつもりでここに来たんだけど……。風太には言ってなかったっけ?」

 「立ちションって、あの立ちションですか!?」

 「ん? 立ってションベンすること以外に、何かあるのか?」

 「しょ、しょんべんって……。つまり、あの、お、おしっこ……」

 「何をうろたえてるんだよ。みんな普通にやってることだろ」

 「いや、でも、どうしてこんなところでっ!?」

 「どうしてって……。川にむかってやれば、勝手に流されていくからな。ここは特に流れが速いし」

 「あ、あのっ! トイレ、とかは……?」

 「この辺にトイレないだろ。本当に変なこと言うなぁ、お前」

 「……」

 

 言われてみれば、確かにこの周辺に公衆こうしゅう便所べんじょうはない。自転車で町の方まで行くと、まともにようせるところはあるのだろうが、おそらく男子勢にそんな面倒くさいことをするやつはいない。

 そうこうしているうちにも、事態は進行していた。


 「ん? どうした? 風太はしないのか?」


 立ちションもせずに話し込んでいる健也と『風太』に、翔真が声をかけてきた。


 「うん……! お、おれ、出ないからっ!」

 「ふぅーん。そっか」


 返事をした翔真の姿を見て、『風太』は絶句ぜっくした。


 「……っ!!?」


 翔真はズボンのチャックを降ろし、パンツも少し降ろしている。つまり、発射はっしゃ準備じゅんびOKの状態だ。


 (きゃあっ!? しょ、翔真くんの……が、まる出しにっ!!?)


 『風太ミハル』とて、一度もそれを見たことがないわけではない。

 風太と入れ替わってから、むしろ見る機会きかいは何度もあった。現在の自分の身体にも、ソレがくっついている感覚は、確かにある。

 しかし、抵抗はあった。着替える時、トイレに行く時、風呂に入る時も、なるべく直視ちょくしはしないように努力をしてきた。


 戸木田美晴は、男の身体としっかり向き合うということを、これまで一切いっさいしてこなかったのだ。


 (きゃーーーっ!!)


 『風太』は心の中で、悲鳴をあげた。

 決して声には出さず、身体を後ろに向け、見てしまった翔真のアレの映像を、頭からかき消そうとしている。しかし、『風太』が振り向いた先には、もう一人の少年、勘太カンタがいた。


 「うわっ、急にこっち見るなよ! 風太っ!」

 

 ジョボボボボ……。


 「あっ、なあっ!? はわあっ、わわ、ひゃあぁぁぁーっ!!」


 思わぬ連続れんぞく攻撃こうげきに、『風太』はついに声に出して悲鳴をあげた。そして、咄嗟とっさに両手で顔をおおい、その場にしゃがみ込み、完全な防御の体勢をとった。

 普段の風太なら絶対にするはずのない不思議な行動に、健也たちは互いに顔を見合わせて驚き、一連の行動を反芻はんすうした。


 「なんだよ、今の女子みたいな反応は。説明しろよ。勘太」

 「知らねーよ。風太は勝手におれのアソコを見て、勝手にダメージ受けやがったんだ」

 「もしかして、勘太のアソコがあまりにもショボかったから、ショックを受けたんじゃ……」

 「あぁ!? 翔真、お前のよりマシだからな? ちゃんと毎日使い込んであるんだぞ。ほら見ろ」

 

 勘太は排尿はいにょうを終え、こしに手を当てながら、健也と翔真に自分のアレをしっかりと見せつけた。

 

 「あーあ。これは風太がショックを受けるのも分かるな」

 「なんだとぉっ!? おい、風太見ろ!」

 

 勘太はアレを露出したまま歩き、『風太』の肩にポンと手を置いた。しかし、勘太のその手をバチンと振り払うと、『風太』は大声で叫んだ。


 「いやぁっ!! 汚い手で触らないでっ!!」

 「分かったよ。触らない。触らないから見ろよ」

 「み、見たくないっ! しまって……!!」

 「いや、見ろ! そして立派だと言え! お前のせいでこうなっちゃったんだからな!」


 健也と翔真は、そんな二人のやり取りを見て、クスクスと笑っている。


 「もうっ! やめてっ!」

 「『こーら、風太くぅん! わたしのアレを、ちゃんと見てよぉ!』」

 「ゆ、雪乃ユキノちゃんの声真似こえまねするのもやめてっ! あの子はそんなこと言わないっ!」

 「おおっ、よく分かったな。似てた? 似てただろ?」


 健也と翔真は、改めて勘太のことを最低な人間だと思いつつ、二人の動向どうこうを見守っている。


 「よし、分かった。しまうよ。ちゃんとしまう」

 「うん……」

 「がさごそごそ……。ほーら、しまった。もう大丈夫だー。こっちを見ろー」

 「絶対ウソ! ウソついてるっ!」

 「ちっ、バレたか」


 そろそろ頃合ころあいだと感じた健也は、ポケットからウェットティッシュを取り出して何枚か翔真に渡し、彼に勘太を連れて先にグラウンドに戻るように頼んだ。


 「ほら、勘太いくぞ」

 「うわあっ、つかむなよ翔真っ! まだ、傷付いたおれの名誉めいよが……!」

 「そんなもんどうでもいいよ。健也と風太は、まだ立ちションしてないんだ。邪魔じゃましてやるな」

 「『こら、翔真っ! 勘太くんを放してあげなさいよっ!』」

 「実穂ミホの声真似してもダメだ。そんなことばっかりやってるから、女子から嫌われるんだぞ。お前」

 「ちぇっ。覚えてろよ、風太!」

 「じゃあな、健也と風太。先に行ってるぞ」


 翔真と勘太の二人は、手をきながら、一足ひとあしさきにグラウンドへと戻っていった。


 *


 翔真と勘太が去った後の、ベーコン川。

 絵本の中の妖精たちが住んでいるような清流せいりゅうは、黄色い液体が混入こんにゅうし、ほんのりとしたアンモニア臭をかもし出した。

 今になって思えば、スムージーを飲んだ時、川の水で口直くちなおしをしなくて正解だったかもしれない。


 「……」

 「……」


 河原かわらに残された健也と『風太フウタ』は、立ちションをしやすいようにまたを少し広げ、二人とも川の方を向いて立っている。

 

 「さて、おれたちもさっさと済ませて、試合再開するか」

 「……」

 「風太?」

 「えっ? う、うん……」

 「お前さ、やっぱりいつもと違うよな。何か隠してるだろ」

 「うぇっ!? い、いや、なんでもないよっ」

 「それは無理があるぜ。おれとお前が、何年の付き合いだと思ってるんだ。そりゃあ、雪乃よりかは短いけどさ」

 「健也くん……」

 「全部話せとは言わないよ。誰だって、他人に話せないヒミツくらいある。でも、二つだけ正直に質問に答えてくれ」

 「二つの質問?」

 「さっきのサッカーの前半戦、なんであんな感じだった?」

 「それは……ぼ、ボールにさわるのが、怖くなったから。絶対に失敗できないと思ったから、だよ」

 「緊張きんちょうしてたのか? 風太でもそういうことあるんだな」

 「う、うん。成功させなきゃって思って。でも、今はもう怖くないよ。雪乃ちゃ……雪乃のおかげで」

 「そっか、もう解決かいけつしたのか。やっぱりおれは、雪乃にはかなわないな」

 「ううん。心配してくれて、ありがとう」


 川のせせらぎを聞きながら、健也は二つ目の質問に移った。


 「もう一つ。これは確認かくにんなんだけどさ」

 「うん、何?」

 「お前、本当に風太なのか?」

 「えっ……」

 

 美晴は言葉に詰まった。

 

 (まさか、見抜みぬいているの!? わたしが、本当の風太くんじゃないってこと……!)


 『風太』が次の言葉を探している間に、健也はカチャカチャとベルトを外し、自分のズボンを降ろそうとした。


 「ま、待って!」

 「どうした? 止めるなよ。ションベンするだけだ。お前と一緒にな」

 「うん、うん。分かってる」

 「正直に言うと、最近のお前は変だ。なんていうか、二重にじゅう人格じんかくにでもなったみたいな。おれに霊感れいかんはないけど、まるで幽霊にかれてるみたいに見える」

 「幽霊……」

 「考えすぎかもな。おかしいのは、おれの方かもしれない。でも、風太が自分の意志いしで動いてるのかどうかが、分からないんだ」

 「……」

 「答えてくれ。お前は本当に、おれがよく知る二瀬ふたせ風太フウタか?」


 核心かくしんを突いてきた。

 健也は、『風太』の正直な答えを待っている。


 (どうしよう……。この人は、本当のことを知りたがってる……! でも、わたしは絶対に、この幸運を手放したくないっ……)


 『風太』はゴクリと生唾なまつばを飲み込み、こちらを見つめている健也に視線を合わせて、はっきりとした口調でいった。


 「何を言ってるんだよ。おれは……風太だ」

 「そうか……!」

 

 『風太』がついたウソを聞き、健也はにっこりと笑った。そして、安堵あんどの表情を浮かべ、再びカチャカチャとズボンを降ろし始めた。

 

 「ははっ、そうだよな。お前は風太だよな。いやあ、昨日見た心霊の番組でさ、幽霊について特集とくしゅうしてたから、影響えいきょうされちゃったんだよ」

 「あ……はは……。変なのは健也の方だったね」

 「なんか恥ずかしいから、忘れてくれよ。早くションベン済ませて、グラウンドに行こうぜ」

 「う、うんっ」


 健也はズボンを開け、トランクスを少し降ろして、アレを露出ろしゅつさせた。

 

 (やる……! 立っておしっこぐらいできるようにならないと、わたしはいつまでも美晴のままだから……!)


 『風太』は一呼吸ひとこきゅう置いてから、今の自分の性別と向き合う覚悟を決めた。

 

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