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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第七章:男の子になった女の子
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スワンプからの脱出


 ハーフタイム。

 このサッカーにおいては、「疲れてきたから、みんなでちょっと休憩する時間」だ。審判しんぱんすらいないので、ハーフタイムの時間は決まっていない。


 男子たちはコートから出て、自分の荷物が置いてあるベンチ(現在、女子たちが陣取じんどっているベンチ)の方へと、ぞろぞろと歩いて向かった。


 「健也ケンヤくん! お、おお、お疲れさまっ!」

 「お、荷物とってくれてありがとうな。緩美ユルミ


 健也ケンヤは、緩美ユルミ(先ほど「ゆっち」と呼ばれていた少女)から、自分のバッグと水筒を受け取った。


 「翔真ショウマくん、これでしょ?」

 「うわっ! 投げるなよ、実穂ミホっ!」


 翔真ショウマは、実穂ミホから自分のリュックサックを受け取った。


 「ふーうーたーくん?」

 「あの、バッグ……」

 「だめだめ。ほら、さっさと戻りなさいっ!」

 「えぇっ……?」

 「『えぇっ……?』じゃないっ! 全然動けてなかったよっ! わたしがしっかり見てあげるから、まずはあそこのゴールまでダッシュ!」

 「は、はいっ!」


 雪乃は『風太』にバッグを渡さず、コートの中へと追い返した。


 *


 たくさん汗をかいた男子たちは、ベンチでドリンクを飲んだり、女子たちと談笑だんしょうしたりして、疲れをやしている。

 そんななか、この試合で一番汗をかいていない『風太』は、誰もいないサッカーゴールの前に立っていた。そして少し遅れて、『風太』の臨時りんじコーチ役が、ボールを転がしながらやってきた。


 「ホントに今日はどうしちゃったの? なんだか調子が悪いみたいだけ……どっ!」

 「ひゃ、ひゃあっ!」

 

 雪乃のったボールは、コロコロと地面を転がり、『風太』の足に軽くぶつかった。

 『風太』は驚いて悲鳴をあげ、足をさっと引いてボールをけようとしたが、反応が遅く、すでに身体に当たった後だった。

 それを見た雪乃は、顔をしかめた。


 「こらっ! なんで逃げるのっ!」 

 「だって、そんな……突然だったからっ」

 「むむむ。これはもしかして、ス()ンプってやつかな……? じゃあ、そのボールをこっちに蹴ってみてよ」

 「えっ……」

 

 『風太』は恐れていた。

 先ほどのように、また失敗してしまったらどうなるか。しかも、今度は目の前に雪乃がいる。1度なら、たまたま失敗したと言ってごまかすこともできるが、2度目は……。


 (どうしよう。やっぱり、わたしには無理なのかな……。わたしはあの人じゃない……。風太くんにはなれない……)


 「……」

 

 『風太』がうつむいて黙りこくっていると、雪乃がすたすたと近づいて来て、転がるボールを足でつかまえた。

 

 「もうっ、しょうがないなぁ」

 「……」

 「よっ……と。見てよ、わたしもけっこう上手くなったでしょ? サッカーボールのあつかい方」

 「……」

 「ねぇ、風太くんっ!!!」

 「えっ……。何……?」

 「今の風太くんなんかよりも、わたしの方が上手いかもね。ほーらほーら、女の子に負ける気分はどう?」

 「……!」

 

 雪乃の挑発ちょうはつ

 いつもの風太なら、こんな安っぽいあおりには乗らない。しかしその言葉は、なんとなく『風太』の心に引っかかっていた。


 「~♪」

 

 雪乃はサッカーボールを脚であやつりながら、『風太』の周りをうろちょろしている。確かにボールに慣れてはいるが、健也や翔真などの男子ほど上手ではない。

 少し脚を出して邪魔をしてやれば、ボールをうばうことぐらいはできそうだ。

 

 「上手いか下手かの問題じゃないね。わたしや実穂ちゃんが試合に出た方が、まだ活躍かつやくするかも」

 「……っ!!」


 すかっ。

 我慢できずに、『風太』は脚を出した。うまくかわされ、ボールに触れられはしなかったが、雪乃は少し体勢をくずした。

 

 「わっ……と。危ない危ない」

 「……!」

 「その気なら、試してみる? わたしと勝負」

 「……」

 

 決して届かない壁じゃない。体格たいかくでは『風太ミハル』の勝ちだし、ちゃんと目を開ければ、雪乃のすきが見えるようにもなっていく。

 後は、自分のやりたい動きを、もう少しはっきりとイメージすれば……。


 (いけるっ……!! 雪乃ちゃんから、ボールを奪えるっ!)


 雪乃は真剣な顔になり、行動範囲をひろげて逃げ続けた。そして『風太』も、全力で雪乃を追った。

 必死の攻防こうぼうが続くなか、そこへハーフタイム休憩きゅうけいを終えたクソガキの勘太カンタが通りかかった。


 「へへっ、風太より雪乃の方が上手いんじゃねぇか? 雪乃が代わりに試合に出てさ、風太は女子と一緒に応援でもしてた方が……」

 「「うるさいっ!!!」」

 「ひぃっ!? じょ、冗談じょうだんだよ……」


 真剣な二人は、勘太の言葉を雑音ざつおんとして処理し、脚を止めなかった。

 激しい攻防はしばらく続き、勘太が二人から完全に遠ざかった頃、決着けっちゃくがついた。


 ガッ!


 二人の脚がからみ合い、その勢いでボールがはじき出された。

 『風太』はそれを走って追いかけ、右足でしっかりと捕まえた。警戒けいかいはしたものの、雪乃が奪い返しにくる気配はない。

 

 「はぁ……はぁ……。やった……!」

 「ふぅ。疲れたぁー」

 「と、とったよ……。雪乃からっ……!」

 「もうっ! それくらいで喜んでないで、ボールを奪ったらゴールにシュートでしょっ!」

 「うんっ!」

 

 『風太』はドリブル……というより足でボールを押しながら、ゴールの真ん前まで移動し、一度深呼吸をして気持ちを整えてから、思い切りボールを蹴った。……蹴ろうとはした。


 ズガッ。


 意気込いきごんではみたものの、結果は失敗した時とほぼ同じ。土を巻き上げながら、かろうじてかすったボールがコロコロと前方ぜんぽうに転がっていく。

 唯一ゆいいつ違うのは、今回は目の前に無人のゴールがあるということだ。


 「あぁっ、また失敗……」

 「今回は失敗じゃないよ。ナイスシュート」

 「えっ?」

 「ナイスシュートだよ。だから、もっと喜んでいいの」

 「そう……なのかな……?」

 「ほら、さっきよりもちょっとだけ良くなったでしょ? そろそろ、わたしたちも休憩しよっか」

 「うん……!」


 *


 サッカーボールはゴールポストの内側に軽く当たり、ネットにおさまっている。

 『風太』と雪乃はフィールドを後にし、他のみんなと同じベンチへ……ではなく、川のそばにある大きな石の上に座って、休憩をとることにした。


 「はい、風太くんのバッグ」

 「ありがとう、雪乃」

 

 雪乃は『風太』にバッグを手渡てわたし、自分はリュックの中から水色と白のしましまホルダーに身を包んだペットボトルを取り出した。

 

 「はぁー、暑い暑い。お茶、持ってきといて良かったぁ」

 「……」

 「ごくごく……ぷはぁー! うぅーんっ、生き返るぅー!」

 「……」

 「ん? そんなにじっと見てても、あげないよ。自分のお茶があるでしょ?」

 「う、うんっ! あ、ああ、あるよっ」

 

 『風太』は無意識むいしきのうちに、雪乃をじっと見ていた。まるで、何かとても魅力的なものを観察するかのように、見つめていた。

 それが少年の身体の本能だということに、『風太』はまだ気付いていない。


 (お、お茶を飲まなきゃ……!)


 『風太』は慌てて雪乃から視線をそらし、バッグの中にある赤い水筒を取り出した。すると、それと同時に、一枚の紙がひらりと飛び出してきた。

 

 「ん? なんだろう、これ。『フウくん、スポーツドリンクばっかり飲んでると、虫歯になりやすいのよ。だから代わりに、私のとっておきのをあげるわ』」

 「これって、風太くんママの字だよね。とっておきって、何のこと?」


 『風太』は水筒のフタを開け、恐る恐る中の液体をコップにそそいでみた。

 

 「わっ!?」

 「わあぁ……! 緑色でドロッとしてるね。シェイクかな?」

 「多分、違うと思う。これは……『二瀬ふたせ守利マモリ特製とくせいスムージー・マモリブレンド』」

 「スムージー?」


 風太のお母さんこと守利マモリは最近、オリジナルスムージー作りにっている。研究に研究を重ね、そんな中で導き出した彼女の一つの結論が、この「マモリブレンド」だ。料理が下手なわけではないので、一応飲めるように作られているハズだが、何が入っているかは分からない。

 

 「風太くんは、これいつも飲んでるの?」

 「ううん、一度も飲んだことない」

 「飲んでみてよ」

 「うん……」

 

 軽い気持ちだった。なんとなく、「汗をかいたので水分すいぶんが欲しいな」ぐらいの気持ちだ。それに、飲んでみれば案外あんがい美味しいかもしれない。

 『風太』はコップにくちびるをつけ、緑色の液体を口の中へ流し込んだ。


 「おぶぇっ!! ぺっ、ぺぺっ!!」


 非常にマズい。

 子どもなら誰でも嫌うような食材がたくさん入っている上に、市販しはんのスムージーではないので子どもへの配慮はいりょは全くない。

 『風太』は草むらの方を向いて、口の中の異物いぶつを思い切り吐き出した。

 

 「うぇっ……!」

 「あわわっ、大丈夫っ!?」

 「だめっ、口の中に、まだ残ってる……! み、水っ!」

 

 『風太』は、口を押さえながらきょろきょろと周囲を見回して、浄化じょうかするための水を探した。しかし、水道や自販機じはんきなどはなく、今すぐ手に入りそうな水は、自分の背後に流れているそれしかなかった。

 

 「か、川の水っ……!」

 「ダメだよ待って! 飲んじゃダメっ! 汚いよっ!」

 「口をっ……口をゆすがせてっ! けほっ、けほっ」

 「ほら、これ飲んでっ!」

 

 雪乃は、手に持っているペットボトルを『風太』に渡した。

 行動を無理やり変更され、パニック状態におちいっていた『風太』は、急いでキャップを外し、中に入っているお茶を求めた。

 

 「あ、ありがとっ」

 「えっ、ちょ、そ、そのままっ!?」

 

 雪乃が何か言っている。

 しかしその言葉は、とにかく水が最優先の『風太』の耳には入らない。『風太』はペットボトルに唇をつけて、美味しいお茶を口に含むと、軽くゆすいで草むらの方へと吐き出した。

 

 「はぁ、はぁ……。助かった……」

 「ふ、ふふ、風太くんっ!」

 「本当にありがとう、雪乃ちゃ……雪乃。口の中、すっかりキレイになったよ」

 「う、うわぁーーーっ!!! 風太くんのバカぁーーーー!!!」

 「ええっ!?」

 

 雪乃はしっかりと握ったこぶしを振り上げ、『風太』の顔に正面からぶつけた。

 わけも分からないまま、その勢いで『風太』は座っていた石から落とされ、地面を転がった。

 

 「いたた……。な、何するのっ!?」

 「『これ飲んで』とは言ったけど、『関節きんせつキスして』なんて一言も言ってないっ!!!!」

 「か、関節……キス……? わたしと、雪乃ちゃんが……!?」

 「ペットボトルに口つけたでしょっ!!? 水筒のコップを使うと思って渡したのにっ!!!」

 「あ……! あぁ、あああっ……!!」

 

 『風太』も、やっと状況を理解した。

 驚きの表情を浮かべて倒れている『風太』に対して、雪乃は顔を真っ赤にしながら、本気の連続キックで追い打ちをかけた。

 

 「ばかっ! あほっ! ぼけっ!!」

 「ご、ごめんなさ……きゃあっ!」

 「変態へんたいっ! 猥褻わいせつっ! 痴漢ちかんっ!!!」

 「痛いっ……! やめて、雪乃ちゃんっ」

 「うるさーいっ!! そんなスムージー付きのペットボトルなんていらないっ!! 持って帰れーー!!」

 「わ、分かったからっ! 分かったからやめてっ!」

 「も、もう……知らないっ!」


 靴跡くつあとまみれになった『風太』をほったらかしにして、雪乃は自分のリュックを持って、女子が集まっているベンチの方へと走って行ってしまった。

 『風太』は身体中を蹴られ、呆然ぼうぜんとしながらその場に倒れていた。


 (わたしが雪乃ちゃんと関節キスしちゃったけど、でも身体は風太くんだから、実際は風太くんと雪乃ちゃんの関節キスで……でも、風太くんは今のわたしだから……。えっと、つまり……???)


 考えれば考えるほど感情は複雑に絡み合い、最終的に頭の中は真っ白になっていった。


 *


 「おい、風太。大丈夫か?」

 「え?」

 

 石の上に座ってぼーっとしている『風太』を、健也と翔真、そして勘太の三人が発見した。

 

 「はははっ、ひどくやられたな。めちゃくちゃ怒ってたぜアイツ。何があったかは、話してくれなかったけどさ」

 「あっ! そうだ、とにかく雪乃ちゃ……雪乃に謝らないとっ!」

 「いや、今はそっとしておいた方がいいと思うぞ。あの荒れ方は、ただのブチ切れじゃない。話を聞いてくれる状態でもなさそうだし」

 「そ、そうなの? じゃあ、後でちゃんと謝らなきゃ」

 「それがいいよ。もうすぐ試合も再開するから、終わってから謝りに行け」

 「うん……。雪乃、許してくれるかな?」

 「さぁな。さっきみたいな不甲斐ふがいないプレー見せたりしたら、今度こそ本当に蹴り殺されるかもな。まぁ、とにかく立てよ」


 『風太』は立ち上がり、衣服に付着ふちゃくしたつちどろを払い落とした。

 さすがは頑丈がんじょうな風太の身体。雪乃に蹴られた痛みは、もうほとんど残っていない。

 

 「とりあえず無事ぶじか。じゃあ、風太も一緒に来いよ」

 「う、うん……」


 *


 新たなメンバーを加えた男子だんし小隊しょうたいは、ずんずんと草むらの奥へと進み、ベーコン川の河原かわらに到着した。

 川の水面はキラキラと輝き、緩やかな流れが心地良ここちよいせせらぎをかなでている。自然が作り出した美しい世界に、『風太ミハル』は感動した。

 

 「わぁ、素敵すてきっ……! 昔絵本で見た、妖精ようせいの国の清流せいりゅうみたい……! ベーコン川に、こんな一面いちめんがあったなんて」

 「何ウットリしてるんだよ風太。お前もここでやるんだろ?」

 「え? やるって……何を?」

 「決まってるだろ。立ちションだよ、立ちション」

 

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