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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第七章:男の子になった女の子
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男子に混じってキックオフ


 翌日の朝。

 

 「いってきまーす!」

 

 二瀬ふたせの玄関では、少年が元気にあいさつをしていた。返事はなかったものの、彼はあまり気にせず、そのまま玄関の扉を開け、外へ飛び出そうとした。が……。


 「ど・こ・い・く・の?」

 「きゃっ!」


 扉を開けると、そこでは少年の母親が腕を組んで仁王におうちしていた。不意のことに、少年は思わず心の方の性別でリアクションをとってしまった。


 「フウくん、宿題は?」

 「お、終わったよ……。全部」

 「ウソはダメ。小6の男子の宿題は、連休れんきゅうの最後の夜まで終わらないものよ。それくらい分かってるんだから」

 「本当にやったよ! わたし……じゃなくて、おれの部屋に、終わらせた宿題が置いてあるから」

 「……本当に?」

 「本当だよ」

 「フウくん……なーんか、最近変わったわねぇ」

 「えっ!?」

 「まぁいいわ。危ないところに行っちゃダメ、あんまり遅くまで遊んでちゃダメよ。この二つは守ること」

 「は、はーい……」


 少年はボディバッグを肩に掛け、立ちふさがる母親の横をすり抜けて、外の道路へと出ていった。

 彼の母親、二瀬ふたせ守利マモリは微妙な違和感に首をかしげつつも、元気よく駆けていく息子、二瀬ふたせ風太フウタを見送った。


 (もっと風太くんらしく、生活しないと……!)


 母親ならば、違和感を覚えるのも無理はない。

 その少年の見た目は二瀬ふたせ風太フウタでも、中身(精神)は他所よその家の娘、戸木田ときた美晴ミハルなのだ。風太と美晴は、数日前から身体が入れ替わり、それぞれ他人の家で生活している。しかし現在、本人たち以外にそのことを知っている人間はいない。


 *


 「風太くんおはよー! どこいくのー?」


 住宅街じゅうたくがいを足取り軽く駆け抜ける『風太』を、呼び止める少女がいた。

 少女の名前は、春日井かすがい雪乃ユキノ。雪乃は、二瀬家の三軒さんげんどなりに住んでいる、明るく活発な女の子だ。

 セミショートの髪を向日葵ひまわりのヘアピンで留めた雪乃は、ぎん桃色ももいろの自転車を漕ぎながら、『風太』の元へ近づいてきた。


 「きゃーーーーっ! 止まれなーーーい!!」

 「きゃあっ! ぶつかるっ!」


 キキーッ!


 「ふっふっふ、実は止まれるよ。すごいでしょドリフト」

 「ふぅ……。びっくりした……」

 「で、今からどこにいくの?」

 「河川かせんじきのグラウンドで、サッカーをやるんだよ。健也ケンヤくん……じゃなくて、健也に誘われてさ」

 「じゃあ、今日はみんなそこに集まってるんだね。ねぇねぇ、わたしも行っていい? 美味おいしいもの作ったから、休憩きゅうけい時間じかんにみんなで食べよ」

 「うん。一緒に行こう」


 歩き出そうとする『風太』を、雪乃は目を細めてじっと見た。


 「雪乃……? どうかした?」

 「風太くん、自転車は?」

 「えっ!? あっ、いや、その……!」

 「自ー転ー車ーはー?」

 「あっ……そうだ、パンク! タイヤがパンクしてるんだ!」


 『風太』はウソをついた。

 自転車はパンクなどしていない。


 「ふーん。パンクならしょうがないね」

 「う、うん! しょうがない」

 「じゃあ、わたしの自転車の後ろに乗りなよ。後ろで、良い感じのBGMでも歌ってもらおうかな」

 「い、いやっ、ダメだよ! 二人乗りなんて! 危ないし、大人の人におこられるよっ!」

 「もうっ。冗談なんだから、そんなに真剣に怒らなくてもいいのに」

 「ほっ、冗談かぁ……。怒ってごめん……」

 「いいよ、早く行こっ。風太くんはウォーミングアップのつもりで、ダッシュね」

 「うんっ!」


 『風太』は、雪乃に自転車で追われながら、河川敷にあるグラウンドを目指して走った。


 *


 ベーコン川。

 漢字で書くと「米昆べいこんがわ」だが、地元の小学生たちはしたしみをこめて「ベーコン川」と呼んでいる。

 ベーコン川の河川敷はとても広く、小学生たちにとっての遊び場になっている。『風太』と雪乃の目的地は、そこにあるサッカーグラウンドだ。


 「よーし、河川敷に到着ー! 風太くん、お疲れさま」

 「はぁっ、はぁっ……す、すごい……! これが、男の子の、体力たいりょくっ……」

 「ん? 何か言った?」

 「なっ、なんでもないよっ!」


 雪乃は自転車を止め、カゴに入れた白黒ぶち模様のリュックサックを背負った。

 そして、『風太』と雪乃は土手どてを下り、まずはサッカーコートの外にある屋根やねきベンチを目指して歩いた。


 「実穂ちゃん、おっはよー!」

 「あら、雪乃に風太くん。おはよう」


 ベンチには、6年1組の女子たち4人が、仲良く並んで座っていた。男子たちがサッカーをしている間、女子たちはこの観客席かんきゃくせきで、おしゃべりをしながらサッカーを見る。

 今、雪乃と会話している実穂ミホという女の子は、雪乃の親友だ。実穂はベンチの一番いちばんはしに座っていた。

 

 「実穂ちゃん、隣に座っていい?」

 「じゃあ、荷物にもつをどけて場所を作るわね……。はい、どうぞ」

 「えへへ、失礼しまーすっ」


 雪乃はリュックサックを降ろし、実穂の隣に座った。

 その流れで6年1組女子たちのガールズトークが始まり、『風太』は棒立ぼうだちで彼女たちの会話を聞いていた。


 (女の子たちみんな、楽しそう……。わたしも、この子たちと同じクラスだったら、いじめられなかったのかな)


 『風太』がそんなことを考えながらっていると、実穂はさっきから自分たちを見ている男子に気付きづいた。


 「あら、風太くん?」

 「えっ? は、はいっ!?」

 「男子はあっちよ。サッカーをしに来たんでしょ?」

 「う、うんっ」

 「健也ケンヤくんたち、向こうで人数が集まるのを待ってるわ。男子のバッグはこっちであずかってるから、荷物を置いて早く行ってあげて」

 「分かった。行ってくるよ」


 『風太』は、実穂にうながされるままバッグを肩から下ろし、サッカーコートの中心に集まっている男子集団の方へと、一人で向かった。


 *


 「お、風太が来たぞ。みんな」


 風太の親友、健也が真っ先に到着に気付いた。

 いつもの中心にいる健也は、男子のリーダー的存在だ。健也の言葉に反応して、他の男子たちも『風太』を輪にまねき入れた。

 

 「おい、風太おせーぞ。お前が来るのを待ってたんだ」

 「うん。待たせてごめんね」

 「あれ? お前、自転車は? どこに止めた?」

 「えっ!? いや、走って来たんだっ」

 「へぇ。ウォーミングアップをしてきたのか。気合い入ってるな」

 「う、うん。まぁそんな感じ……」

 「よし、じゃあ始めるか」


 男子集団は、2チームに別れるじゃんけんをして、それぞれのコートに移った。

 もちろん、審判やホイッスルは存在しないので、全員が位置に付くと、勘太カンタという少年の「ピー!」という声で試合が始まった。


 「よし、龍斗リュートに回せ!」

 「翔真ショウマ、こっちパス!」


 元気な少年たちのあしの間で、サッカーボールが激しくしている。


 (わたしのところに、ボールが来たらどうしよう……)

 

 弱気な『風太』は、自陣の深いところにポジションをとり、コートの中央ちゅうおう付近ふきんにあるボールの動きを見守っている。


 「おい、風太上がれよ。チャンスだぞ」

 

 同じチームのゴールキーパーであるソラが、自陣で目的もなくうろうろしている『風太』に声をかけた。

 

 「でも、もし相手チームがめてきたら、どうすれば……?」

 「その時は、全力でこっちに戻ってこいよ。いつもやってるみたいにさ。『速攻そっこうを止めるのがおれの仕事だ』って、前にカッコつけながら言ってたじゃんか」

 「あの、もしもわたしが……じゃなくて、おれが……間違って手を使っちゃったら、どうなるんですか?」

 「そんな間違いあるかよっ! ……え? 本気で言ってるわけじゃないよな?」

 

 少年たちがボールを追って必死にグラウンドを駆け回る中、一人だけゴールキーパーと話している『風太』は、遠目とおめに見てもかなり目立った。


 *


 一方、6年1組の女子たちはおしゃべりをやめ、男子のサッカーの試合に夢中になっている。

 

 「今シュートしたの誰? 健也くん?」

 「滉一コウイチくんのあのズボン、絶対動きづらいよねー」

 「サッカーって、キーパー以外手を使ったらダメなんじゃなかったっけ? あれ、両手で投げてるけど」

 「あれは『スローイン』よ。ルール的にはOKらしいわ」

 「へー。じゃあ、あれでゴール狙えばいいのに」

 

 会話ははずみ、彼女たちの興味は試合の内容からそれぞれの選手へと移った。

 

 「あーや(アヤ)は、だれ応援おうえんしてる?」

 「うーん、今日は龍斗リュートくんかな。えみぽん(エミ)は?」

 「たまにはソラを応援してあげるよ。ゆっち(ユルミ)は、誰応援?」

 「えっ!? わた、わたしは、その……健也ケンヤくん……」

 「ゆっち(ユルミ)そこ行くの!? ねぇ、みほさん(ミホ)はどう思う?」

 「別にいいんじゃない? 健也くんは女子の人気すごいから、ライバルが多そうだけど」

 「ええっ!? もしかして、実穂ちゃんも……!?」

 「ち、違うわよっ! わたしはっ」

 「みほさん(ミホ)は翔真ショウマくんでしょ? もう分かってるからいいよ」

 「ちょっと! なっ、なんで、翔真くんなんかっ!」


 順番に注目選手が発表され、最後に一番端に座っている雪乃の番になった。


 「で、最後はゆきっぺ(ユキノ)だけど」

 「うん? わたし? わたしはねぇ」

 「「「「はぁー……」」」」

 「え……? なんでみんな、ため息ついてるの?」

 「どうせあれでしょ? 『風太お兄ちゃん』でしょ? いつも通り」

 「お、お兄ちゃんっ!? わたし、そんな呼び方したことないっ!」

 「じゃあ、風太くんじゃないの?」

 「いや、そのっ、そういうわけじゃなくてっ……」

 「ほーら、やっぱり」

 「ち、違うのっ! わたしは……えーっと、頑張がんばるみんなの応援をしてるんだよっ!」

 「えー? それはそれで、色々と問題あるでしょー?」


 ……と、その時だった。

 サッカーコートの方で、ゴールキーパーのソラの叫ぶ声が、こちらの女子ベンチにも届いてきた。


 「風太! ボール来たぞ! フリーの健也に回せっ!」


 タイムリーな状況に、雪乃を始めとする6年1組の女子たちは、一斉に『風太』の方を見た。

 フィールド上の男子たちも、ボールの行方ゆくえと共に、サッカーではいつも守備のかなめとして活躍している少年の様子を見ている。

 そしてとうの本人は、小走りでボールのそばへと駆けよりながら、キョロキョロと不安そうに周囲を見回していた。


 とにかく『風太』にとっては、活躍のチャンスだ。

 雪乃は思わずベンチから立ち上がって叫んだ。


 「いけーーっ! 風太くん、がんばれぇーーーっ!!」


 雪乃の後ろでは、実穂ミホ笑美エミが、微笑ほほえましいものを暖かく見守りながらクスクスと笑っている。

 叫び終わった雪乃は、何かにハッと気が付いて、ベンチの方を振り返った。

 

 「あ、あのっ! これは普通の応援だからねっ!?」

 「そうなのね」

 「特別なそういうのじゃないからねっ!?」

 「分かったわよ雪乃。とりあえず座りなさい。……ふふっ」

 「もうっ! 本当だってばー!」


 雪乃が弁解べんかいをしている間にも、試合は動いていた。


 *


 『美晴フウタ』の場合。


 運動神経0読書大好きインドア少女の身体になった少年風太は、頭で考えた正確なパンチやキックを繰り出そうとしても、軟弱なんじゃくすぎる肉体が、そのイメージした動きについてこないという事態じたいおちいった。

 つまり、「風太の頭」と「美晴の身体」、この二つが上手く噛み合わなければ、難しい動きができないのだ。

 

 今回は、その逆のケース。

 

 運動神経100体育大好きアウトドア少年の身体になった少女美晴が、「美晴の頭」と「風太の身体」で、目の前のボールを蹴ろうとした場合。


 答えはすぐに出た。


 (わたしも風太くんになったんだし、カッコよく決めないと……!)

 

 『風太』は両目をぎゅっとつぶって、右足を後ろに引いた。

 もちろん、今までまともにボールを蹴った経験はない。

 

 「えいっ!!」


 ズガッ。


 土に刺さった音。

 足を振り抜くと同時に、グラウンドの土や砂が舞い上がった。バランスを崩しそうになったものの、そこは少年の肉体のおかげか、軸足じくあしがしっかりと身体を支えている。

 しかし、サッカーボールは……。


 コロ……コロ……。


 かろうじてあしかすり、前方に数十センチ転がっただけだった。

 あまりの不様ぶざますぎる結果に、フィールド上でもベンチでも、しばらく時間が止まっていた。


 「あ、あれ?」

 

 『風太』は体勢たいせいを立て直すと、自分が蹴ったハズのボールを探した。しかし、誰の元にもボールは届いていない。

 

 「何やってんだよ、風太っ! どけっ!」

 

 再び時間を取り戻したソラが、後ろからさっと現れ、ボールを足で捕まえると、軽くドリブルをしてから遠くにいる健也に素早くパスを出した。

 すると、フィールドは何事もなかったかのようにまた活気かっきを取り戻し、『風太』だけが止まった時間に取り残された。

 

 「……」

 「風太? おーい、風太?」

 「あっ、えっ、何っ!?」

 「調子が悪いのか? ちょっとビックリしたぞ」

 「うん……。ごめんなさい……」

 「別に謝るほどのことじゃないけどさ。遊びだし。ほら、気合い入れろ」

 「……!」

 

 宙に軽く背中を叩かれると、『風太』もやっと上手く状況を飲み込むことができた。


 (わたし、失敗しちゃったんだ……! どうしよう、どうしよう……)


 それからハーフタイムまで、『風太』はモジモジしながら、ボールがなるべく転がってこない場所を目指してなさけなく逃げまわった。

 

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