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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第六章:図書館で過ごす長い一日
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消えない絵を描く針


 「蘇夜花ソヨカっ……!」

 「言い直さなくていいの? 『蘇夜花ちゃん』って」


 ポニーテールと、この他人を一段下に見ているようなセリフ。

 間違いなく蘇夜花だ。6年2組での美晴に対するイジメの、主犯格しゅはんかくだ。


 ガタッ!

 

 『美晴』はわずか2秒で、目の前のポニーテールの少女を敵だと判断し、立ち上がって間合まあいを取った。

 『美晴』ににらまれながらも、蘇夜花は落ち着いた様子で、スッと立ち上がった。

 

 「どうしたの? 座っておしゃべりしようよ」

 「黙れっ……! お前……もう……許されたとでも……思ってるのか……!?」

 「許される? わたしが、誰に? 何のことかさっぱりだけど……。そのにぎこぶしは何かな?」

 「お前……今……ひとりだろ……! カイも……五十鈴イスズも……、お前の……仲間は……ここには……誰もいないぞ……!」

 「つまり、ケンカをしたいの? わたしと1対1の?」

 「ああ……。その可能性かのうせいも……ある……!」


 身体はもうグロッキー状態だが、心は連戦れんせん連勝れんしょうでノリに乗っていた。それに加え、いかり、うらみ、にくしみで、勢いはどんどん増していく。

 今にも爆発しそうな気持ちをおさえて、『美晴』は会話を続けた。


 「でも……! できれば……女のお前と……なぐり合いなんて……したくない……」

 「おー、いいね。わたしも殴ったりとかは苦手だし」

 「だから……交渉こうしょう……だ……」

 「交渉? へぇー、美晴ちゃんも立派になったねぇ」

 「言ってろ……! こっちの……提案ていあんは……二つだ」

 「うーん、二つもあるのかぁ」

 「まず一つ……。お前の……スマートフォンに入っている……『彷徨さまよ人魚にんぎょ』の時の……データを……消せ……!」

 「で、二つ目は?」

 「ブラウスを……汚したり……、ノートを……ぐしゃぐしゃにしたり……、集団で……こそこそと……陰湿いんしつな……イジメをするのは……もう……やめろ……! ケンカなら……買ってやるから……、1対1の……直接対決で……勝負しろ……!」

 「……!」


 蘇夜花は少しの間、黙った。

 そして、その後の蘇夜花の反応は、風太の怒りをさらに激化げきかさせるものだった。


 「ふふふっ」

 「なっ……!? なに笑ってるんだ……!?」

 「だって、美晴ちゃんの今言ったことって、ようするに『おらしが恥ずかしいからデータ消してよ!』と『もうみんなでわたしに意地悪いじわるしないで!』を、上から目線でカッコつけて言っただけでしょ?」

 「うっ……!」


 「カッコつけて」という言葉に、『美晴フウタ』はひるんでしまった。

  

 「交渉ねぇ。わたしがそれを断ったら、どうする気?」

 「おい……! いい加減に……しろよっ……!」

 「あ、殴るの? 交渉っていうより、ただの脅迫きょうはくだね。きゃー、わたし美晴ちゃんにおどされてるー」

 「いいから……答えろっ……! おれの提案……二つとも……聞き入れるのか……?」

 「そうだなぁー、どうしよっかなー」

 

 『美晴』が語気ごきを強めても、蘇夜花の飄々とした態度は崩れない。

 ストレスを溜め続ける『美晴』をよそに、蘇夜花はズボンのポケットから赤いスマートフォンを取り出し、何やら画面をいじっている。そしてしばらく弄った後、画面をこちらに向けてきた。


 「これ、消してほしいの?」

 「……!」


 そこに映っていたのは『美晴』。画面の中の『美晴』は、見覚えのある女子トイレの便座べんざに座っていた。

 間違いなく、あの時の映像だ。動画はまだ再生されていないが、拘束こうそくされてから失禁しっきんするまでの一連の流れが、そこに記録されているに違いない。

 

 「それだっ……! 『彷徨さまよ人魚にんぎょ』っ……! 今すぐ消せっ……!」

 「いいよ。これぐらいなら」

 「は……? これ……ぐらい……?」

 「うん。……ってことは、こっちの動画は消さなくてもいいんだよね?」

 

 そう言うと蘇夜花は画面をタップし、別の動画のサムネイルを『美晴』に見せた。

 そこにも美晴が映っていたが、今度は『美晴フウタ』の身に覚えのない場面だった。つまり、これは身体が入れ替わる前に撮られた映像だ。

 動画タイトルは、「ハリけミミズ」。『美晴』は胸にザワつきを感じた。


 「な……なんだ……? それは……」

 「あれ? 美晴ちゃん、覚えてないの? 傷痕きずあとが、まだしっかり残ってるハズでしょ?」

 「まさか……!」

 「はい、動画を再生っと」

 

 蘇夜花はスマートフォンの真ん中を押した。

 画面には、どこかの部屋の床に座り込んでいる美晴の姿があった。


 *


 画面外にいる撮影者の蘇夜花と、画面内で「おはなしボード」を大事そうに抱えている美晴の、会話。


 「最近、女子トイレの個室の壁に、落書らくがきをしてる人がいるんだってね。『品里しなさとくんが太ってて気持ち悪い』とか、『山手ヤマテ先生せんせいは女子の胸ばっかり見てる』とか。品里しなさとくんはそれを聞いて、ショックでしばらく学校を休んでる」

 「……」

 「そして山手ヤマテ先生せんせいは、言葉を話せない美晴ちゃんのことを、理解りかいしてくれる良い先生だったね。でも、最近は美晴ちゃんに近寄らなくなっちゃった」

 《わたしじゃない》

 「犯人は未だに不明。落書きはキレイに消され、犯人特定の手がかりはない。ただ、誰もが……薄々感じてる」

 《本当に わたしじゃ》

 

 おはなしボードに急いで文字を書く美晴の手を、蘇夜花はガッと掴んで止めた。


 「このマーカーで、書いたんじゃないかって」

 

 蘇夜花は美晴にせまり、壁際かべぎわまで追い詰めた。

 美晴は蘇夜花におびえながら、フルフルと首を横に振った。

 

 「見たって人がいるんだよ。このホワイトボードマーカーが、現場の近くに落ちているのを。先生たちも、それは把握はあくしてる」

 「……」

 「まあ、150円のマーカーだから、誰でも簡単に手に入るんだけどね。でも、わざわざそれを買って、美晴ちゃんにつみなすける人なんて、いるわけないしー♪」

 「……!」

 「さて、そろそろ五十鈴ちゃんたちが来るころかな」


 遠くの方でドアが開く音がして、何人かの足音が美晴と蘇夜花に近づいてきた。

 

 「来たね、五十鈴ちゃん。"学級裁決"はどうしよっか?」

 「証拠があるから決定的ね。美晴が悪いという方向で、話はまとまったわ」

 「そっかー。落書きの罪には、落書きの罰を与えなきゃだね。じゃあ、『ハリ裂けミミズ』を執行するよ」

 「え、あなたがやるの? 直接?」

 「うん! 今回はね」


 そう言うと、蘇夜花は美晴の手から、おはなしボードとホワイトボードマーカーを奪い取った。

 そして、そのマーカーを五十鈴以外の女子たちに見せびらかしながら、うた。

 

 「誰か、落書きしたい人いる? 美晴ちゃんの身体にっ!」

 「美晴の身体にっ!? なにそれ、面白そうっ! わたしやるっ!」

 「はい、一番乗りは真実香マミカちゃん。キャンバスは、美晴ちゃんの下半身かはんしんね」

 「おっけーおっけー。ショーツ脱がしちゃうから」

 

 マーカーを受け取った真実香を筆頭に、女子たちは美晴へと群がり、衣服をり始めた。


 「……!?」


 抵抗ていこうむなしく、美晴は一枚ずつどんどん脱がされ……ているのだろうが、蘇夜花のカメラはもう、美晴の方へと向いていなかった。

 

 「なんで撮らないのよ、蘇夜花。一番盛り上がるとこでしょ?」

 「違うよ、五十鈴ちゃん。服を脱がせて身体に落書きするだけ、なんてただのイジメみたいで撮ってもつまんないよ」

 「どういう意味よ」

 「わたしが撮りたいのは、これ」


 カメラは、のクローバーが描かれた可愛い裁縫さいほうセットを映し出した。

 

 「『6年2組、戸木田美晴』っと。これは、美晴ちゃんの裁縫セットでーす。今日はこれを、おりしたいと思いまーす」


 6年生は、家庭科かていかの授業で使うための裁縫セットを、学校で購入こうにゅうさせられる。裁縫セットのデザインは注文の際に選ぶことができ、美晴は「パステルクローバー」、風太は「ダークネスドラゴン」など、生徒によって違う。

 

 蘇夜花は、美晴の裁縫セットのフタを開けた。 中はキレイに整頓せいとんされており、家庭科が苦手な風太の裁縫セットと比べると、はるかに丁寧な扱いを受けてきたであろう道具達が、収納しゅうのうされている。


 「どのはりがいいかなぁ。うーん、まち針でいっか」

 

 蘇夜花は少し迷った後、針山はりやまからまち針を数本引き抜いた。

 そして、自分がカメラとして使っていたスマホを、近くにいた五十鈴に手渡した。


 「わたしを撮ってね。ここからが本番だから」

 「何をする気よ。その、美晴の針で」

 「ふふん♪ みんなが描いた絵を、消えない絵にするの」

 「まさか……!」


 針を手にした蘇夜花は、落書きに夢中になっている真実香たちの方へと戻った。 


 「どう? 描けた?」

 「あはっ、見てよこれ! タトゥーっぽくない?」

 「ちょうちょの絵? セクシーだね。じゃあ、まずはこの絵にしよっかな」

 「あれ? 蘇夜花、なんで針なんか持ってるの?」

 「タトゥーっぽい絵を、本物のタトゥーにしてあげようと思って」

 「えっ……?」


 ブスリ、と。

 少しも躊躇ためらわず、容赦ようしゃなく刺した。

 

 「────!?」


 カメラは、美晴の表情を捉えていた。

 目を細めた今にも泣き出しそうな顔から、目を大きく開いた驚愕きょうがくの顔に変わった、その瞬間を。

 

 「……!! ……!? ……!?!?」

 

 美晴はその顔で、蘇夜花を見ていた。

 今、蘇夜花がどうやって「激痛げきつう」を生み出したのか、まだ理解できていない。

 

 「動かないでね。美晴ちゃん」


 そしてもう一度、蘇夜花は手を動かした。

  

 「っ……!?」


 今度はもう、驚きより痛みのほうが強い。

 美晴は、表皮ひょうひつらぬく針の痛みに顔をゆがませ、あふれ出る涙をボロボロとこぼした。


 「ゃめ……て……」

 「わったらやめるよ。それまでガマンしてね」

 「ぉ……ねが、い……。お願……ぃ……しま……す……」

 「もうっ、うるさいよ。うるさい子には……こうだっ!」

 「あぁっ……!」


 カメラマンの五十鈴でも、さすがにその凄惨せいさんな光景を見ていられなかったのか、カメラはずっと天井を向いていた。しかし、蘇夜花や真実香などの実行犯じっこうはんの声は、どうしても聞こえてくる。


 「やばっ! 血ぃ出てるよっ! 蘇夜花っ!」

 「あら、ほんとだ。うーん、ここまでグロいきずになるなんて、想定してなかった」

 「さすがにマズいんじゃない? 血は」

 「確かにいちゃうね……あ、そうだっ!」

 

 蘇夜花は何やらゴソゴソと、思い付きを実行した。


 「これでよし。どう? 真実香ちゃん」

 「え、何これっ」

 「『トイレのナプ子さん』と名付けようかな。うちの学校の怪談」

 「ぷふっ。あははっ、蘇夜花やめてっ」

 「カメラマンの五十鈴ちゃーん。もううつしても大丈夫だよー」


 音声だけの時間が、終わる。

 五十鈴のカメラは、美晴がいる場所へと向けられた。

 

 「……!」

  

 泣きながら立っている美晴。

 下半身はパンツまで脱がされている……はずだが、ちょうど手に持たされたホワイトボードで、ヘソより下が隠れている。そのおかげで、グロいと言われたきずも見えない。

 

 《ナプキンをよこせー!》


 美晴が持つおはなしボードには、そう書かれていた。


 「何よこれ。蘇夜花」

 「よく見ててね、五十鈴ちゃん。ほら」


 太ももの内側から、一筋ひとすじ

 真っ赤な水滴が、ツーっとれていく。そして、あたりには鉄のようなにおいが、プゥーンとただよう。


 「だらだらと血を流した幽霊ゆうれい、なんてのはたくさんいるけど、こんなところから血を流してる幽霊は、この子が初めてかもね」

 

 蘇夜花の冗談を聞いて、他の女子たちは下品に笑った。

 ただ一人、「トイレのナプ子さん」だけは、その場に立たされ続けた。悲痛ひつうな泣き顔のまま、誰かに助けを求めることもできずに。

  

 *


 「もういい……! やめろっ……!」

 「ふふっ。この日から、学校に持ってこなくなったよね? ホワイトボード」


 蘇夜花はムービーを止め、スマートフォンの画面を暗くした。


 「はぁ……はぁ……。胸糞むなくそわるいもの……見せやがって……」

 「くちわるいね。わたし、美晴ちゃんのそういう言葉、あんまり好きじゃないよ」


 『美晴』は、下腹部かふくぶにある傷が熱くなるのを感じていた。ズキズキとした痛みは徐々に激しくなり、強く握り締めたこぶしが震えた。


 「それで……? その……動画……も……消して……くれるんだよ……な……?」

 「えー? この動画は、さっきの交渉にふくまれてないからダメだよー」

 「そうか……分かった……。もういい……」

 「えっ? 何?」


 限界げんかいだった。


 「わっ、ちょっ、美晴ちゃん、待って! 落ち着いてよっ! 来ないでっ!」

 「おれたちの……前から……消えろっ……!」

 

 蘇夜花が何かほざいているが、戯言ざれごとは耳に入らない。

 『美晴』はくだけそうなほどに歯を食いしばり、残りの体力全てを込めた一撃を、蘇夜花の腹部にぶち込んだ。


 ドゴォッ!!


 「うっ……!」

 

 声にならない悲鳴を上げ、蘇夜花ははらを押さえながら地面にくずちた。

 

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