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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第六章:図書館で過ごす長い一日
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おれいのきもち


 「おらっ! 白パンツ死ねっ!!」

 「だっ……黙れっ……!」


 ライノスくんは、片手でブンッと乱暴らんぼうに木の棒を振り回した。

 『美晴』の頭の中には、それを避けなければならないという意識があったものの、身体の方が言うことを聞かない。内股でモジモジしながら、せまるそれを見ていることしかできなかった。


 ドゴッ!

 

 「うぅっ……!」

 

 直撃ちょくげきした。当たったのは腹だ。

 表情は歪み、全身から嫌な汗がぶわっと吹き出す。痛みによって、さらに身体は動かなくなっていく。

 

 「いっ、痛ってぇ……!」

 「こんなもんじゃねぇぞ! おらっ! おらぁっ!」

 

 ドゴッ! ドスッ! ドカッ!


 ライノスくんはさらに追い打ちをかけ、最後に木の棒のフルスイングで、身動きのとれない『美晴』を叩き潰した。

 『美晴』は回避も反撃もできずに全ての攻撃をモロに喰らい、地面に背中を打ち付けて倒れてしまった。

 

 「ぐっ……!」


 (ダメだ。もう身体がついてこない。痛みとだるさで、力も入らない……)

 

 痛覚つうかくによる涙より先に、連戦れんせんによる疲労がどっと溢れてきた。腕や脚が動こうとしないので、仰向あおむけのまま辛うじて呼吸だけを続けている。

 ライノスくんはそんな『美晴』のそばへと近づき、手に持った木の棒で、様子を確かめるように何度かつついた。

 

 「はぁ、はぁ……。思い知ったか! 鯖野岡ジェノサイドアニマルズの恐ろしさっ!」

 「チッ……」

 「へへっ、もう動けないみたいだな。こりゃチャンスだぜ」

 「な……何を……」

 「パンツなんか気にしてるからこうなるんだよ。バーカ」


 ライノスくんはそう言うと地面にしゃがみ込み、『美晴』がはいているプリーツスカートを思い切りめくり上げた。


 「あっ……!?」


 当然、スカートの奥にあるのはパンツだ。正面に桃色ももいろのリボンがついた白いパンツが、あらわになった。

 『美晴』はすぐに隠そうとしたが、腕も脚も重く、太ももがピクリと反応した程度で、何の抵抗もできていない。男の悔しさと女の恥ずかしさの感情が入り混じって、『美晴』の顔は真っ赤になっている。

 

 「やっ……やめろ……!」

 「このまま放置して帰ってもいいんだけどよ」

 「ふざけんなっ……!」

 「敗者のくせに、まだ調子に乗ってるな。よし、パンツもらっていくか」

 「なっ……!?」


 絶体ぜったい絶命ぜつめいだ。


 (マズいっ! それだけは阻止そししないとっ!)

 

 しかし、身体はまだ動かない。

 ライノスくんは、『美晴』のまたを無理やり広げさせ、視線をパンツにロックオンしている。


 (このっ……動けっ……! 美晴の脚っ!)

 

 少し、足首が動いた。

 ライノスくんはそれに気付いていない。


 (よしっ! いけっ……!)


 少しずつ。

 

 (もう少し頑張れっ! 守るんだっ!)


 少しずつ。

 

 (藤丸のことを思い出せっ……! やられた分やり返すって、言っただろっ!)


 脚が動く。

 

 (このケンカ、『負け』はダメだろうがっ!!)


 ライノスくんが、ゆっくりとパンツのゴムに指をかけた、その瞬間。

 動かないハズの両膝りょうひざが、曲がった。


 「うおおおぉらああああああっ!!!」

 

 メキメキッ!!

 

 『美晴』の渾身こんしんの両足蹴りが、ライノスくんの顔面に入った。さらに膝の屈伸くっしんを上手く利用し、ライノスくんをそのまま蹴り飛ばした。


 「おぶへぇっ!?!」


 ライノスくんはちゅうに浮き、後ろへ吹っ飛んだあと尻もちをつき、そのまま背中から砂だらけの地面へ落ちた。

 顔面はキレイに蹴り潰され、少年の視界はしばらくの間回復しなかった。

 

 *


 「痛てててっ……! この白パンツがぁっ!!」

 

 やっとのことで立ち上がると、ライノスくんはヒリヒリする顔を押さえながら、片目で目の前の状況を確認した。

 しかし、さっきの女はそこにいた。

 

 「おう……少年……。まだ……元気……か……?」

 「てめぇ、許さねぇからなっ!」

 「悪いけど……こっちも……武器ぶき……使うぞ……」

 「はぁ? 武器? 武器って、お前それ……」

 

 女は、本が数冊入った布製ぬのせいの手提げ袋を持っていた。重そうに両手でそれを持ちながら、一歩ずつふらふらとこちらへ近づいている。

 

 「はぁ……はぁ……。固くて……重い……本が……五冊も入った……袋だ……」

 「な、何するつもりなんだっ!?」

 「決まってるだろ……。脳天のうてん……直撃ちょくげきだ……!」

 「バカっ! 白パンツっ! やめろっ!」

 「へへっ……。本……借りておいて……よかったぜ……!」


 女はニヤリと笑うと、重たい手提げ袋を大きく振りかぶった。


 「トドメだっ……!! らえっ……!!」


 *


 図書館のそばの噴水ふんすい広場ひろば

 真ん中に噴水があり、その周辺にはベンチが設置せっちされている。


 「ママ……パパ……。むにゃむにゃ……」

 

 南側のベンチでは、幼稚園児ぐらいの女の子が、横になって静かに寝息ねいきを立てていた。

 日は沈み、街灯がいとうの光が彼女をぼんやりと照らしている。子どもはもうお家に帰るべき時間なのだが、その子にはそこにいなければならない理由があった。


 「よいしょっ……と」

 

 誰かがとなりに座った。

 女の子はその音で目を覚まし、隣に座った人物を寝ぼけた顔でそっと見上げた。

 

 「あっ……」

 「藤丸ちゃん……。おはよう……」

 「ママ……?」

 「ま、ママじゃないっ……!!」


 藤丸のママではなかった。

 

 「みはる……ねえさん……?」

 「本当は……それも……違うけど……」

 「みはるねえさんっ!!」

 「おう……。藤丸ちゃん……」

 

 藤丸は飛び起き、あわてて座り直した。

 頭の中のあやふやな記憶が、徐々にハッキリとしていく。藤丸は周囲をキョロキョロと見回した後、「みはるねえさん」の身体を上から下までじっくりと見た。

 

 「だっ、どっ、ねえさん、あの、どっ」

 「落ち着け……」

 「どうなりましたかっ!?」

 「こうなったよ……。あいつら……5人……まとめて……」

 

 『美晴』は自慢じまんげに、へし折れた木の棒を藤丸に見せた。

 ……ここで、藤丸には「やったんですね! さすが、みはるねえさんっ!」と言ってもらうつもりだったが、『美晴』の予想は外れた。


 「なっ、なんですかっ!? どうなりましたかっ!?」

 (伝わってない!? 今ので伝わらなかったのか……!?)


 カッコつけるのをやめて、改めて藤丸には言葉で伝えることにした。

 

 「やっつけたよ……あいつら全員……」

 「ほ、ほんとですかっ!?」

 「おれが……じゃなくて、わたしが……あんなやつらに……負けるわけ……ない……だ……でしょ?」

 「……!」


 藤丸は、一瞬だけ固まった。

 そして彼女は、胸に熱い物がこみ上げてくるのを感じていた。言いたいことはたくさんあったが、全ての感情を一言に込めることにした。

 

 「あ、あのっ! みはるねえさんっ!」

 「ん……?」

 「ぜんぶ、ぜーーーんぶっ、ありがとうございましたっ!!」 

 「へへっ……。気にしなくて……いいって……」

 「まる、みはるねえさんみたいに、つよくてかっこいいおねぇちゃんになりますっ!!」

 「ああ……。応援おうえん……するよ……」

 

 しかし、藤丸の感情はありがとうの一言におさまりきらなかった。

 溢れ出た感謝の気持ちが、藤丸をさらに突き動かす。


 「そして、これは……まるの『おれいのきもち』ですっ!」

 「えっ……? 何だ……?」

 「う、うけとってくださいっ!」

 「は……? はぁ……!?」


 藤丸はスッと目を閉じて、顔を近づけてきた。

 ……完全にねらわれている。藤丸が今から何をしようとしているかは、『美晴』にも分かった。

 

 「まさか……くちびるっ……!? うわっ……! ま、待てっ……!」

 「んー……」

 「止まれっ……! おい藤丸っ……!!」

 「んー……。んー……」

 

 この幼子おさなごくちびるを、「おれいのきもち」として奪う勇気は、『美晴フウタ』にはなかった。覚悟もしてないし、責任も取れない。

 しかし、ぷるぷるした藤丸のくちびるは、もうその気になっている。必死に身体を押さえつけても、藤丸の勢いは止まらない。

 そして、ついに……。


 「ちゅっ♡」


 その行為こういは、『美晴』が想像していたものとは、少し違った。

 ほっぺたから唇が離れると、藤丸はゆっくりと目を開けた。


 「えへへ。みはるねえさんに、ちゅーしちゃった」

 「えっ、あっ……? ほ、ほっぺた……? 口じゃなくて……?」

 「みはるねえさんの、ほっぺ♡」

 「い、いやっ……! ほっぺたでも……ダメだろっ……! どこで……こんなの……覚えたんだっ……!」

 「えっ? ちゅーなんて、ママとパパがいつもしてるし……。ほいくえんのみんなも、ふつうにやってますよ?」

 「保育園……!? そ……それは……男と女で……か……?」

 「まるは、おんなのこにしかやったことないですけど、『すきなこどうし』のひとは、おとこのことおんなのこで、ちゅーしてます」

 「だ……だから……、そういうこと……だよっ……!」

 「えっ? どういうこと?」


 『美晴』があわてている理由は、藤丸には伝わらなかった。


 「と、とにかく……! キス……つまり……ちゅーは……そんな簡単に……しちゃ……ダメっ!」

 「ママとパパにちゅーするのもだめ?」

 「それだけは……OK……。親には……たくさん……甘えればいい……」

 「じゃあ、『おれいのきもち』は?」

 「言葉で……伝えろ………! あと……、おれ……わたし……には……もう……いらない……からなっ!」

 「はーいっ。わかりましたっ!」

 「分かったなら……もう……そろそろ……お家に帰れ……! 真っ暗に……なる前に……」

 「うんっ! バイバイ、みはるねえさんっ!」

 「お……おう……。バイバイ……」

 「じゃあ、さよならのちゅーを」

 「だから、そういうのを……やめろってば……!!」

 「えへへっ」


 藤丸は、にっこり笑顔で自分の家の方へとけていった。


 *


 「ふぅ……」

 

 藤丸を明るく見送る。

 しかしもう、全身はボロボロだった。筋肉がギシギシときしむような痛みと疲労をこらえながら、『美晴』はそっとベンチに腰を降ろした。もちろん、もうスカートにシワを付けるようなヘマはしない。


 (かなり遅い時間だ……。美晴のお母さん、もう家に帰ってきてるよな)

 

 帰りたくても帰れない。

 重たい手提げ袋を持って家まで歩くには、もう少し体力が必要だ。

 

 (少し休もう……)

 

 『美晴』は全身の力を抜いて休憩しながら、ぼんやりと暗い空を見上げた。

 

 ──月が出ている。


 「月、見える?」

 「ああ……。うん……」

 

 聞かれた質問に対して、答えを言った。

 

 「隣、座っていい?」

 「いいよ……」

 

 また答えを言った。

 

 「わたしが誰だか分かる?」

 「さぁ……」

 

 今度は答えられなかった。

 答えを知りたくて、『美晴』は自分の隣に座ってる人物の方へと、顔を向けた。


 「こんばんは、美晴ちゃん」

 「なっ……!?」

 「もう一度聞こうかな。わたしが誰だか分かる?」

 「そ……蘇夜花ソヨカっ……!?」

 

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