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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第六章:図書館で過ごす長い一日
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白いパンツ


 三人の少年たちの前に、一人の少女が立っている。


 「かかって来いよ……。相手になってやる……」


 威勢いせいのいいセリフとは裏腹うらはらに、少女は見るからにケンカのできそうなタイプではなかった。

 腕は色白で細く、スカートから伸びる足にも運動するための筋肉がほとんどない。しかし、長い前髪の奥にある彼女の瞳は、華奢きゃしゃな身体とは不釣り合いな猛獣もうじゅうの殺気を見せている。


 「お、おい! どうする!? ライノス!」

 「落ち着けっ! こっちは三人、相手は一人で……しかも女子だ!」

 「でも、学年はおれたちより上みたいだし……」

 「それだけだ! あいつがおれたちに勝ってるのは、学年だけ! 軽くパンチでも当ててビビらせてやれば、すぐにメソメソ泣き出すさ」

 「お、おう……。で、誰がやるの?」

 「お前だ、バッファロー。行けっ!」

 「ええっ、おれ!?」


 バッファローと呼ばれた少年が一歩前に出て、少女の前で恐る恐るこぶしを構えた。

 少女もそれに合わせて、一歩前に出た。


 「お、おりゃっ! 殴るぞっ!」

 「お前ら……、その……動物みたいな名前……は……本名ほんみょうか……?」

 「違う! これはアニマルネームだ! 鯖野岡さばのおかジェノサイドアニマルズのメンバーのあかしっ!」

 「鯖野岡……。そうか……鯖野岡小学校の……やつらか……。よし……覚えたぞ……」

 「や、やめろっ! 覚えるなぁっ!!」


 ドスンッ。

 はらこぶしが入った音。

 

 先手必勝。『美晴』は自分からさらに一歩詰め寄って、しっかり固めた右の拳を、バッファローくんの腹にグッと押し込んだ。

 過去に一度、6年2組のカイという男子にはなって、全く効かなかった腹部へのパンチが、今回はキレイに決まった。あの時のような、右肩のアザのビリビリとした痛みは、今はほとんど感じない。


 「うっ、おぇっ!!」


 バッファローくんは、腹を押さえながらその場に倒れ、動かなくなった。


 「よし……」

 

 『美晴』は感覚を確かめるように右手のひらを開閉かいへいし、問題なく動くことが分かると、再び正面を向いて冷たく言い放った。


 「次だ……。次のやつ……来い……」


 坊主ぼうずあたまのライノスくんはつばをゴクリと飲み、また数歩すうほあとずさりした。

 

 「おい、バイソン!」

 「ひぇっ!? お、おれ、無理だようっ、ライノスっ!」

 「いいから行けっ! 噛みついてでも、髪の毛を引っ張ってでも、なんでもいいっ! とにかくすきを作れば、おれも協力してやるから!」

 「ほ、本当に?」

 「ああ。お前があいつを捕まえたら、おれが必殺の一撃を叩き込んでやる」

 「よ……よし、分かった」


 少女の前に、二人目の少年が現れた。

 アニマルネームはバイソン。バイソンくんは、身長は低いが横幅よこはばが広かった。


 「う、うりゃあああっ!」

 「お前が……来たか……」

 

 先手はとられたが、どうということはない。バイソンくんは恐怖からか、両目をつぶって『美晴』に突っ込んで来ている。腰は引けているし、まともに拳すら作れていない。

 『美晴』は今までの戦闘せんとう経験けいけんを元に、目の前のバイソンくんを「ケンカのやり方を知らないやつ」だと判断した。軽く一歩引けば、こいつのパンチは当たらない……はずだった。


 ベシッ!

 

 「なっ……!?」


 当たった。当たってしまった。

 バイソンくんのへなへなパンチは、『美晴』の鎖骨さこつのあたりにヒットし、その勢いで『美晴』は少しよろけた。

 

 「や、やった! いける、いけるよライノス!」

 「おおっ! その調子で叩き潰せ、バイソン!」

 

 調子付く少年たちの前で、『美晴』は今起こった出来事できごとを冷静に分析ぶんせきした。鎖骨にダメージを負った原因を。


 (そうか、忘れてた……。ける時も、「美晴の身体」だってことを)


 頭の中では、完全に攻撃をかわし、反撃はんげきの拳を打ち込むところまで計算していた。しかし、今の自分が運動神経うんどうしんけい皆無かいむのインドア派読書ガールだということを、計算に入れていなかったのだ。当然動きはにぶく、脳内のイメージに肉体がついてこない。


 「おりゃああっ、もう一発くらえぇっ!!」

 「……ふぅ」

 

 また来る。

 さっきとほぼ同じ軌道きどう、同じ威力いりょくのパンチが来る。


 (たいした威力じゃない。避ける必要はないっ!)


 頭の中でさっきの失敗を修正し、今度は美晴としての身体能力スペックで、バイソンくんを倒すことに集中した。


 ガシッ。

 

 「うわっ! は、放せよっ!」

 「よし……。捕まえた……!」

 

 今度は回避かいひせずに、バイソンくんの右手首を掴んだ。そして流れるように左手首も捕まえ、両手の攻撃を封じた。

 バイソンくんは、身をよじって必死に抵抗している。

 

 「やめろよっ! このっ、女のくせにっ!」

 「なっ……!? おれだって……女になりたくて……なったわけじゃないっ……!」

 「は、はぁ?」

 「勝手に……女に……なってたんだよ……! 誰が……どうやったかは……知らないけど……!」

 「な、なにいってんだっ!?」

 「お前なら……分かるんだろ……? 『男の痛み』……が……」

 「えっ?」

 「でも、今のおれには……分からないんだよっ……! この痛みがっ……!!」


 ドシュッ。

 

 「はうっ……!」


 『美晴』の細い右足が、バイソンの股間こかんに入った。彼の顔は一瞬にして青くなり、表情は可哀想かわいそうなくらいにゆがんでいる。

 そして、『美晴』の感覚にもある変化が起こっていた。

 

 (おっ? 右足の痛みがなくなってる。動きやすいな)


 ドシュッ! ドシュッ! ドカッ!


 一発。二発。三発。脇腹と太ももにキックをぶち込み、さらに最後の一発で、はらを思い切りり飛ばした。

 

 「ぎゃああぁっ!!!」

 

 悲痛な叫び声と共に、バイソンくんは股間を両手で押さえたまま地面をゴロゴロと転がった。そして、激痛でしばらくのたうち回った後、やすらかな顔で眠りについた。


 (下手なパンチより、キックの方がいいな。この身体だと)

 

 『美晴』は空気に二度三度キックをして、蹴りの感覚を確かめた。そして、左の一本足で器用にバランスを取りながら、右足で残り一人の少年を指さした。

 

 「ほら、あとは……お前だけだ……。早く……来い……」


 しかし、その行為は大悪手だいあくしゅだった。

 ライノスくんは、足元にあった木の棒を拾って武器にすると、『美晴』と戦う覚悟を決めた。

 

 「ちょ、調子に乗んなよ。おれが泣かすことのできなかった女子は、一人もいねぇんだ」

 「しゃべりはいいから……かかってこい……。蹴っ飛ばしてやる……」

 「カッコつけやがって。……見えてるぞ、お前」

 「は……? 何が……?」

 「だから、見えてるぞ。『白パンツ』」

 「ぱ、ぱぱ、ぱんっ!? パン……ツ……!?」

 「ああ。小さなリボンがついてる白パンツが、ハッキリと」


 そのパンツの特徴は、今日『美晴』がはいているもので間違いない。

 思い切りあしを上げているので、スカートの中が丸見えになってしまっているのだ。


 「だ、だから、なんだよっ……! おら……! 来いよ……!」

 「へへっ。男みたいな性格だけど、やっぱりお前は女子だな。顔が赤いぞ」

 「なっ……!? そんな……わけ……ない……だろ……」

 

 そんなわけあった。

 『美晴』は自分でも気付かないうちに、ほっぺたを赤く染め、脚を下ろして内股うちまたになり、スカートの中を見られないように必死に手で隠していた。

 身体が持つ美晴としての意識が復活してしまったせいで、なよなよとした情けない姿を、敵の前にさらしている。


 (うぅっ、どうしてこんなに恥ずかしいんだ……。パンツを見られただけなのに……)


 ライノスくんも『美晴』の弱体化じゃくたいかに気付き、ニヤニヤと笑いながらゆっくりと近づいてきた。

 

 「へっへっへ、急に弱々しくなったな。散々ビビらせてくれやがってよぉ!」

 「くっ……! なんで……こんな……パ、パンツ……ぐらいでっ……!」

 「やーい白パンツ」

 「うるさいっ……! この……美晴の……身体が……嫌がってるから……やめろっ……!」


 『美晴』の心の中にある火は、徐々に小さくなっていった。

 さっきまで猛獣のような気を放っていた少女は、パンツを見られて恥ずかしがる乙女へと、変貌へんぼうをとげてしまった。両手でスカートを押さえるのに忙しくて、とてもケンカのできる状態じゃない。


 (くそっ、こんなことでピンチになるなんてっ……!)


 * 


 おなころ

 戦闘不能になった藤丸は、広場のベンチに座って身体を休めていた。

 ケンカでのダメージが大きく、何か行動を起こすための気力と体力が、今はない。

 

 (みはるねえさん、だいじょうぶかな……)

  

 一瞬、不安な顔をしたが、すぐに首を振ってそれをかき消した。

 

 (ううん。みはるねえさんは、まるよりつよいもんっ! きっとだいじょうぶっ!)


 そんな藤丸の前を、偶然ぐうぜんにも一人の少女が通りかかった。

 年齢は、「みはるねえさん」と同じくらいの子だ。その少女は、ベンチに座るくたびれた藤丸を見つけると、興味きょうみを示してふらりと立ち寄った。

 

 「あれ? あなた、どうしたの?」

 「……」

 「もしもーし」

 「……えっ? まる、ですか?」

 「まる? まるって何? あなたの名前?」

 「はい……。ふじまる、です……」

 「へぇー、変わった名前だね。ところで藤丸ちゃんとやらは、なんでそんなにボロボロなの?」

 「こ、これは……。あっ!!」


 藤丸の幼い頭の中に、名案めいあんが浮かんだ。


 「お、おねがいしますっ! みはるねえさんのようすを、みてきてくださいっ!」

 「『みはるねえさん』? 何それ?」

 「えーっと、みはるねえさんっていうのは、まるのとしょかんのおねえさんで……。むこうのみちで、わるいこたちと、ねえさんがたたかってて……」

 「戦い!? なんだか面白そうだねっ!」

 「と、とにかく、むこうにいってきてくださいっ! おとこのこたちが、わるものですっ!」

 「ふーん……。男子と女子の戦い、かぁ」

 「おねがいしますっ! ようすをみるだけでいいんですっ!」


 藤丸の必死な懇願こんがんに、その少女は特に迷うことなく応じた。


 「OK、見てきてあげる。あなたはここで、休んでていいよ」

 「は、はいっ! ありがとうございますっ!」

 「それで、一つ聞きたいんだけど……。その『みはるねえさん』ってもしかして、『戸木田ときた美晴ミハル』のこと?」

 「えっ……!? なっ、なんでしってるんですかっ!? みはるねえさんのなまえっ!」

 「あははっ、やっぱりそうなんだ。じゃあ行ってくるね」

 「???」


 少女は怪しく笑うと、ケンカの現場げんばへと向かって歩き出した。

 藤丸は不思議そうな顔をしながら、その少女のれるポニーテールを見送った。

  

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