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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第六章:図書館で過ごす長い一日
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図書室で会える男の子


 *

 

 風太と美晴が入れ替わる前の、とある日。

 

 「このうらないのほん、おもしろいですねっ! みはるねえさんっ!」

 「うん……。性格とか……よく当たってると……思う……」

 

 ワカメみたいなパーマ髪の女の子と、柳の下の幽霊みたいな少女の、会話。

 

 「つぎのうらないっ! つぎのうらないは、なんですか!?」

 「えっと……、次は……『男女だんじょラブラブ相性あいしょう診断しんだん』……。ら、ラブラブっ……!?」

 「なにがわかるんですか? これで」

 「あの……その……お、男の子……と……」

 「おとこのこと?」

 「お、女の子……が……」

 「おんなのこが?」

 「仲良し……っていうか……、えっと……だから……その……」

 「あっ、もしかして、おたがいにすきなこかどうか、わかるってこと?」

 「う、うん……」

 

 美晴がムダに緊張して別のことを考えている間に、藤丸はそのページの占いをざっと読み終わった。

 

 「おとこのこといっしょにやる、うらない……」

 「そう……みたいだね……」

 「じゃあ、このうらないは、せあらちゃんにおしえてあげよーっと」

 「せあらちゃん……?」

 「はいっ! まるのおともだちです! せあらちゃんには、すきなおとこのこがいるんですっ!」

 「そうなんだ……。保育園の中でも……そういう……れ、恋愛みたいなこと……あるんだね……」

 「しょうがっこうは、どうですか?」

 「えっ……!?」

 「まるはよくわかんないけど、みはるねえさんにも、すきなこがいるんですか?」

 「わっ、わたし……!? え、えーっと……その……」

 

 藤丸は、美晴をじーっと見ている。

 期待している。

 

 (うぅ、どうしよう……)

 

 何か適当な冗談でごまかそうかとも考えたが、藤丸もそこまで子どもではない。見えいたウソだと、逆に気を悪くしてしまうだろう。それに、自分の中にあるモヤモヤを、誰かに聞いてもらってスッキリしたいという気持ちが、美晴にはあった。

 少し考えてから、美晴は決心をした。

 

 (藤丸ちゃんになら、言ってもいいよね……?)

 

 *


 「美晴の……好きな人って……、誰だよ……!」

 「ふぇ? じぶんのことなのに、おぼえてないの?」

 「あっ……いや、その……! おれ……じゃなくて、わたし……なんて……言ったっけ?」

 「『としょしつであえるおとこのこ』、ですよっ!」

 「は……はぁ……!!?」

 

 この身体の本当の持ち主である戸木田美晴には、好きな人がいる。名前は藤丸にも明かしていないらしく、「図書室で会える男の子」と呼んでいる人物に、おもいを寄せているようだ。

 

 (そ、そうだよな……。あの美晴にだって、好きな人ぐらいいるよな)


 『美晴フウタ』の心にある柱のような物が、一瞬ぐにゃりと曲がった。そして、算数のテストで難しい計算問題を出された時のように、頭の中での処理が追いつかなくなった。


 (別に、おかしくはないんだけど……。美晴が誰を好きになろうが、おれには関係ないんだけど……! やっぱり、「憧れ」と「好き」は違うものだよなぁ……。なんだよっ、勝手に期待してたのか? あれだけ美晴のこと嫌ってたクセに。情けない、カッコ悪い、気持ち悪い……)


 おろかでみにくい自分を、『美晴』は強く責めた。あいつに何かを期待していた自分に対して、腹が立ってしょうがなかった。

 『美晴』はとても苦しくなって、ブラウスの胸の辺りを左手でぎゅっと握った。

 

 「みはるねえさん?」

 (いつも図書室にいる男子か。美晴と同じで、読書が好きなやつなのかな……? おれは、あまり読書とかしないけど……)

 「みはるねえさんっ!」

 「なっ、何……?」

 「くるしいの? おむね」

 「えっ……!? あ、いや……なんでもない……よ……」

 「……」


 『美晴』はあわてて、握っていた手を放した。

 藤丸は、そんな『美晴』の顔をじっと見つめている。


 「……」

 「本当に……なんでも……ない……からっ」

 「いやなの?」

 「え……?」

 「いつもならもっとうれしそうに、そのこのこと、まるにおはなししてくれるよね」

 「……っ!!」

 

 藤丸の言葉が、胸に突き刺さった。

 ナイフで刺されたような痛みが走った。頭はイライラして、のど胃液いえきを吐き出そうとしてくる。

 これ以上、藤丸の口から話を聞くのが辛くなったので、『美晴』は無理やり話題を変えることにした。

 

 「あ……! そういえば……、そろそろ……お昼……だね……!」

 「ふぇっ? あ、そうですねっ!」

 「図書館の……外へ……、何か……食べに……行こうか……」

 「はいっ! ふたりでいきましょうっ!」

 

 藤丸は読んでいた本をその場に置き、くつを履いた。

 そして、『美晴』と藤丸は手をつないで、こどものひろばから離れ、図書館の出口へと向かった。


 *


 途中、図書館のトイレの前を通りかかった時に、藤丸は『美晴』に一言、声をかけた。

 

 「ねぇ、おそとにいくまえに、といれにいってきてもいい?」

 「うん……。じゃあ……、おれは……ここで……まってる……」

 「えっ? ついてきてくれないの?」

 「あっ……! いや……、ついていく……よ……!」


 進路を変更して、二人は図書館の女子トイレへと足を進めた。

 女子トイレ内は掃除が行き届いており、清潔にたもたれていた。文句を言うなら、設備がそれほど新しくないことぐらい。三つ個室が並んでいて、一番奥に掃除用具ロッカーがある。


 「これ、もっててください」

 

 そう言うと、藤丸は腰にげた新聞紙の剣を『美晴』にあずけ、一番手前の個室の中へと入っていった。

 

 (おれも行っておいた方がいいかな……?)

 

 藤丸が個室に入るのを見届けた後、『美晴』は彼女の隣の個室へと入り、扉のカギを閉めた。


 「……」

 

 便座べんざすわってボーッとしている間、『美晴』は自分のヘソから下の辺りを指で触っていた。

 

 (ここもひどいよな……)

 

 ミミズれ。皮膚ひふいびつ隆起りゅうきし、生き物のようにうねっている。指でなぞると意識がそこへ集中し、消えていた痛みをチクチクと感じるようになった。

 

 (痛かったのかなぁ。あいつも)

 

 『美晴』は傷痕きずあとの存在を確認するたびに、傷つけられた少女のことを想って可哀想かわいそうだという気持ちになるのだが、今は少し違った。


 (別に、おれが心配することじゃないよ……! あいつからしても、おれじゃなくて、好きな男に心配してもらいたいだろうし……!)


 さっきの「図書室で会える男の子」が引っかかり、美晴に同情する気持ちになれなかった。それどころか……。


 (じゃあ、あいつにとっての、おれは何なんだよ……! この身体をおれに押し付けて、どうしたいんだ? 何かうらみでもあるのか?)


 身勝手ないかりさえ湧いてきていた。


 (もう、あいつが……美晴が何を考えてるのか、分からない……!)


 *


 その後しばらくして、『美晴』は個室から出て手を洗い、藤丸が個室から出てくるのを待った。

 

 「藤丸……ちゃん……? 大丈夫……?」

 「うんっ、ちょっとまって!」

 

 そして、藤丸の個室からも水洗トイレの水が流れる音が聞こえてきた。衣服を整えて、間もなく出てくるだろう。


 「……」


 出てこない。


 「ん……? あれ……?」


 やっぱり出てこない。藤丸の個室からは、カギが開く音も衣服がこすれる音も聞こえてこない。

 何か嫌な予感がして、『美晴』はもう一度声をかけた。

 

 「藤丸ちゃん……? 藤丸ちゃん……!」

 「へっ!? あっ、み、みはるねえさんっ!」

 「本当に……大丈夫……?」

 「は、はいっ! すぐにいきますっ!」


 また水洗トイレの流れる音がして、やっと藤丸が個室から出てきた。

 しかし、あまり元気がない様子で、右手の親指だけが何故なぜれていて、口からは少しだけヨダレがれていた。

 

 「はい……。剣……返すよ……」

 「う、うん。もっててくれて、ありがとう」

 「藤丸……ちゃん……?」

 「うぇっ!? な、なぁに?」

 「様子が……変だよ……? 何か……あった……?」

 「えっ!? な、なな、なんにもないですよっ!!」

 

 明らかに動揺している。

 確実に何かを隠している。

 

 (ん? 何を隠してるんだ……?)

 

 しかし、今はそれ以上聞かないことにして、『美晴』は藤丸を連れて女子トイレを後にした。


 *


 「藤丸ちゃん……。何か……食べたいもの……ある?」

 「うーん、きょうはどうしよっかなぁ……あっ!」


 図書館を出て少し歩くと、噴水ふんすい広場ひろばがある。大きな噴水ふんすいと、数個のベンチがあるだけの、何の変哲へんてつもない普通の広場だ。休日の昼間なので、ぽつぽつと人がいる。


 「みはるねえさんっ! くれーぷやさんがあるっ!」

 

 藤丸は、噴水から少し離れた場所にクレープのキッチンカーを見つけ、『美晴』と繋いでいないほうの手で指さした。

 

 「あれに……する……?」

 「はいっ!」


 美晴の身体の特殊能力、「初対面の大人(特に男性)と上手く会話ができなくなる」というデメリットスキルが発動する中、藤丸の助けも借りて、『美晴』はなんとかクレープを一つずつ買った。

 『美晴』はバナナクレープ、藤丸はいちごクレープ。それを食べながら、二人はそばにあったベンチに腰を降ろした。

 

 「んーっ! おいしいっ!」

 「うん……。おいしいね……」

 「ばななくれーぷも、おいしいですかっ!? ひとくちくださいっ!」

 「えっ……?」

 

 『美晴』がどうしようか迷ってる間に、藤丸は『美晴』が持っているクレープを勝手に一口かじった。

 

 「うんっ! こっちもおいひいですねっ!」

 「そ……そう……?」

 「まるのも、ひとくちあげますっ!」

 「い、いや……いいよ……」

 「そうですか? ならあげませんっ!」

 「……」


 藤丸よりも先に『美晴』が食べ終わり、クレープのゴミをくずかごに捨てた。そして『美晴』は、いちごクレープをもぐもぐと一生懸命食べている藤丸を眺めながら、話を切り出すタイミングをうかがった。

 

 「……」

 「ん? なんですか? やっぱり、まるのくれーぷたべたい?」

 「その……、聞きたいことが……あるんだ……けど……」

 「ききたいこと? まるに?」

 「うん……」

 「ちょっとまってっ」

 

 ぱく、ぱく、もぐ、と三口で残りのクレープを食べ、藤丸もくずかごにゴミを捨てた。

 

 「えへへ、ごひそうさまでひた」

 「あっ……。ごちそうさまでした」

 「まるにききたいことって、なんですか?」

 「その……さ……」

 「?」

 「さっき、トイレで……何やってたのかな……って」

 「!?」

 「なんか……様子が……おかしかったし……。急に……元気が……なくなった……みたいでさ……」

 「へん、ですか……」

 

 『美晴』は思い切って、先ほどの疑問をぶつけた。

 藤丸はしばらく黙って考え込んだ後、少し恥ずかしそうな顔をして口を開いた。

 

 「まる、ずっとなやんでて……。もう5さいなのに、もうすぐおねえちゃんなのに、って」

 「え……?」

 「でも、どうしてもやめられなくてっ! ぼーっとしてたら、いつのまにか、かってに!」

 「な、なんの……話……?」

 「おしゃぶり……!」

 「おしゃぶり……?」

 「なおらないのっ! ゆびをおしゃぶりにするくせ……!」


 藤丸は、右手の親指を『美晴』に見せつけた。

 そこには、ぽこっとれた「指だこ」ができていた。

 

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