三人目のヒロイン
「そこに座りなさい」
二瀬家1階のリビングに呼ばれて、まずは正座。
正座している『美晴』と『風太』の前には、きちんと正座している守利がいる。
「最近の小学生は進んでるって言うし」
「……」
「仲直りの方法として、それを選んだって感じかしら? いや、でも早すぎるわよ。いくら思春期だからって、こんなの」
「……」
「で、本当にやったの?」
「何を……?」
「それは、その……あれよ。裸で抱き合ったり、イチャイチャする感じの」
「「やってないっ!」」
裸にはなっていない。イチャイチャと呼ばれるような行為、行動もしていないつもりだ。
何を「やった」のか、質問の意味はよく分からないが、変な濡れ衣を着せられているいうことは『美晴』と『風太』にも分かった。
「ま、まぁ、そう答えるわよね」
「本当にやってないよっ! そんなことっ!」
「これからやろうとしてた?」
「しない……ですっ……!」
「じゃあ、二人で何をやっていたの?」
「「そ、それは……」」
言葉に詰まって、『風太』は『美晴』の方をチラリと見たが、そちらも良い考えがない様子だった。
そこで、少し頭を捻り、『風太』は事実を織り交ぜたウソを言うことにした。
「け、ケガがないかを見てあげてたんだ」
「ケガ? ミハちゃん、どこかケガしてるの?」
『美晴』が話を合わせる。
「そ……そうですっ……!」
「どこのケガ?」
「足首……」
「足首ぃ? なんで服を脱ぐ必要があるのよ」
「じゃなくてっ……! 胸と……太ももと……肩っ……!」
「はぁ? どういうケガなのよそれ」
「えーっと、えっと……ベッドから落ちてっ……アザになってないかを……こいつ……じゃなくて風太くんに……見てもらってたんですっ……!」
「そうなの? フウくん」
『風太』もそれに合わせる。
「そ、そうなんだよ。幸い、たいしたケガにはなってなかったけどね」
「ふーん……」
偶然にも、二人のそばに救急箱があったおかげで、ウソに信憑性が増していた。それにより、守利は一応騙されてはくれたが、まだ納得がいっていない様子だった。
「はぁー……。信じていいのね? フウくんとミハちゃんのこと」
「「うんっ」」
「じゃあ、とりあえず私の勘違いってことにしておくわ」
「「ほっ……」」
そして守利は、親として子どもたちを叱った。
「まず、フウくん」
「は、はいっ!」
「周りで誰かがケガをしたときは、すぐに近くにいる大人を呼ぶこと。子どもだけで解決しようとしちゃダメ」
「分かりましたっ」
「次に、ミハちゃん」
「はい……?」
「仕方なかったとはいえ、男の子の前であんまり服を脱いじゃダメよ。フウくんみたいなスケベな少年は、何考えてるか分からないからね」
「お、おれはっ……スケベな少年……じゃないっ……!」
「えっ?」
「あっ……、いや……なんでもない……です……」
「あとね、さっきチラッと見えたんだけど、あなた……お腹が赤くなってない? 大丈夫?」
「さ……さっき……ベッドから……落ちたときに……、打ったから……ですよ……! もう……なんとも……ない……です」
「そう? ならいいんだけど」
*
お説教が終わると、守利はバリボリとクッキーを貪り、残った数枚を子どもたちにも分け与えた。
そして現在、守利は息子の女友達を自宅まで送っていくために、車を出す準備をしている。
『美晴』と『風太』は、再び風太の部屋に戻っていた。
部屋には、気まずさが漂っている。二人の心に引っかかっているのは、守利が言った「裸で抱き合ったり、イチャイチャしたり」という言葉だ。
「あ、あのさ……!」
「は、はいっ」
「別に……おれたち……、変なこと……やってないよな……!?」
「や、やってないと思いますっ!」
「なんか……いろいろ……あったけど……! 全部……入れ替わりの……せいだよな……!? 入れ替わってるから……しょうがないんだよ……な……!?」
「しょ、しょうがないと思いますっ!」
「おれたちは……何も……おかしく……ない……!」
「わたしたちは、何もおかしくありませんっ!」
二人の声は、不自然に大きかった。
会話もうまく続かず、『美晴』は汗まみれの両手をぎゅっと握りしめ、『風太』はポッと赤くなったほっぺたを押さえていた。
「お、おれ……! か……帰るから……な……!」
「は、はいっ! さよならっ! お元気でっ!」
「う……うん……。また今度……!」
「また今度……!」
『美晴』は部屋を飛び出し、ドタバタと階段を降り、外で待機している車の後部座席に乗り込んだ。
運転席の守利は、スマホの地図アプリを見て、なにやら首を傾げている。
「よし、出発するわよー! えーっと、この地図で言うと、ミハちゃんの家ってどの辺りかしら?」
「……」
「ミハちゃん?」
「……」
「おーい、ミハちゃん」
「……」
「仲が良いのね、フウくんとミハちゃんは」
「うぇっ!? あっ……いや……違うっ……! そんなんじゃないっ……!」
「やっと意識が戻って来たわ。あなたのお家はどこか、教えてほしいんだけど」
「こ、ここ……です……!」
「はいOK。それではレッツゴー!」
「……」
「おー! って言わないと」
「おー! おーですっ……! おー! おー!」
「ふっふっふ。あなたは分かりやすいわね。ユキちゃんとタネちゃんに、ミハちゃんまで加わって……フウくんも忙しくなりそうね」
怪しい笑みを浮かべた守利の運転で、車は出発した。
*
(風太くん……)
静かになった二瀬家の2階の部屋では、少年がベッドのふちに腰掛けながら、枕をぎゅっと抱いていた。
ほっぺたを赤く染め、愛おしそうに、さっきまで少女がいた場所を見つめて。
*
その日の夜、『美晴』は布団に入っても、なかなか寝付けなかった。
(それはないっ! ありえないっ! 絶対にないっ!)
呪文を唱えるように、頭の中で何かを否定し続けている。
(周りから見れば、そう見えるのか……。おれと美晴がまるで、仲が良いみたいに……)
首を横に振る。
(でも、しょうがないだろっ! 身体が入れ替わってるんだしっ! そうだ、入れ替わりのせいだっ!!)
首を縦に振る。
(あ、あいつのことは、大嫌いだっ! 大嫌いなハズだっ……! おれの身体を奪った犯人だぞ……!)
天井を見つめる。
(「風太くんはわたしの憧れ」かぁ……。あいつが言ってた「憧れ」って、なんなんだ? どういう意味なんだろう? 憧れられるようなことをした覚えはないけど……)
くちびるを少し噛む。
(美晴なんて、よわよわヘッポコ自分勝手幽霊女だぞ……! いや、今はおれがその女なんだけど)
最後に、眉間にシワを寄せた。
(くそっ、母さんめ! おばさんのくせに、余計なこと言いやがって……!)
しばらくして『美晴』は眠ったが、夢の中にも守利は出てきた。そして、実の母親をおばさん扱いした息子に怒り、鬼の形相でどこまでも追いかけてきた。
*
次の日。
月曜日だが、連休なので今日も休みだ。
空は晴れ渡り、長い髪がなびく程度の風が吹いている。今日のような天気を、「五月晴れ」と言うのかもしれない。
「もぐ……もぐ……」
『美晴』は昨日いろいろ考えすぎてボンヤリした頭で、美晴のお母さんと一緒に朝食をとっている。
「今日は、図書館に行く日よね。美晴」
「えっ、図書館……?」
「この前、本を借りたから返しに行くんでしょ? 忘れちゃったの?」
「ん、うん……。分かってる……」
「私はお仕事だからついて行けないけど、一人で大丈夫?」
「大丈夫……。すぐ返して……お昼までには……帰ってくる……よ……」
「えっ? 美晴、今日は具合でも悪いの?」
「ふぇっ……? な……なんで……?」
「あなた、いつも図書館に行った時は、一日中あっちで本を読んでるじゃない」
「そ……そうなのっ……! おれ……じゃなくて、わたしは……今日も……一日中……本……読んでる……」
「じゃあ、これ。お昼ご飯のお金を渡しておくわね」
「う……うんっ……! ありがとう……。いってらっしゃい……」
朝ご飯を食べ終えた美晴のお母さんは、いつものように忙しそうに家を出て行った。
「ふぅ……」
『美晴』が部屋に戻ると、美晴のお母さんが図書館に出掛ける娘のために用意してくれた洋服が置いてあった。
(うっ……! この服って、あの時の……)
白いブラウスと紺色のプリーツスカート。入れ替わり初日にチョークの粉塗れになって、『風太』が親にバレないように洗濯してくれた、あれだ。いわゆる、「女子トイレの怪談コーデ」だ。
「うぅ……、また……これか……」
やはり特別に抵抗がある。美晴と初めて出会った時に、彼女が着ていた服なのだ。
しかし抵抗はあるが、拒否する理由も特にない。少し躊躇したものの、『美晴』はブラウスに袖を通してスカートをはき、図書館に返す本を手提げ袋に入れ、玄関の扉を開けた。
*
今日は、右足首にそれほど痛みはなく、普通に歩くことができた。
昨日、『風太』が施してくれた応急処置のおかげかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
「ほっといても……治った……かな……?」
そんなことを考えながら、図書館の前まで辿りつくと、その入り口付近には、幼稚園児ぐらいの女の子が一人、立っていた。
「……」
髪はワカメのようにパーマがかかっていて、服装はオレンジ色のシャツの上から赤いパーカーを羽織り、デニムのホットパンツをはいている。そして何故か、腰には新聞紙を丸めて作った剣を帯刀している。
(なんだこいつ。変な子だな)
そう思って、その女の子からなるべく離れた場所を通りながら図書館に入ろうとすると、その子は『美晴』を見て、突然声をあげた。
「あっ! みはるねえさんだっ! おはよぉございまぁすっ!」




