「共鳴」
「共鳴」。
以前、風太の身に起こった「同化」と同じく、入れ替わり状態の人間のみに起こる現象だ。
赤ん坊のころから、人間は他者とのふれあいを求めている。そして、ふれあう相手との関係性によって、得られる安らぎと幸福感の量が変わる。
入れ替わっている者同士が、右手と右手、左足と左足、頭と頭など、同じ部位の「素肌」を密着させると、身体はかつて一つだった心との再会に喜び、多大な安らぎと幸福感を得る。そして、より強い結び付きを求めようとして、密着している部位の活動を活性化させる。
そうして得られる効果は、体温の上昇、自然治癒力の増加、快楽物質の大量分泌など。
それが互いの身体に同時に起こるので、入れ替わりによる「共鳴」と呼ばれている。
*
「本当に……ケガが……治ってるのか……!?」
『美晴』は驚き、自身でもおデコの傷痕をなぞった。
しかし、指先の感覚だけでは変化がさっぱり分からない。
「ほ、ほんの少しだけ、ですっ。もしかしたら、気のせいかもしれないですけど……でも、わたしには、そう見えるんです」
この傷との付き合いが長くて、ずっと鏡を見て悩んできたやつが、そう言っているのだ。『美晴』は自分の指先よりも、『風太』の言葉を信用した。
「そうか……。治るかも……しれないのか……」
「は、はい……。今の行為を、もっと続ければ、ですけどっ」
「おれと……美晴の……おデコを……もっと……くっつければ……傷が……消える……」
「あの……ふ、風太くんっ。わたし、どうすればいいのかな……?」
どうすればいいか、なんて決まっている。決まっているのに、わざわざ尋ねたということは、断られるかもしれないと思っているということだ。
臆病な少女の顔を見せる『風太』を、『美晴』は男として自分で引っ張っていくことに決めた。
「やるよ……! この身体の……ケガは……おれたち二人の……ケガだ……! 二人で……一緒に……治そう……!」
もう一人で悩むことじゃないと、
「うんっ……!」
伝えるように。
「とりあえず……おれが……試してみるよ……。お前は……何もせずに……じっとしてれば……いいからな……?」
「わ、分かりました。あなたを、待ちますっ」
『風太』は小さく息を吸って、スッと目を閉じた。
待機の状態……だが、両手を胸のあたりで重ねるポーズは、こんな時でも発動している。
(うわ、女っぽい……! おれが女っぽいと、やっぱり気色悪いな)
まるで、毒りんごを食べて倒れた白雪姫。おそらく『風太』は、ナチュラルにこの「お姫様のポーズ」をしてしまうクセがあるのだ。
『美晴』はかつての自分にドン引きしながら、そっと手を取り、お姫様のポーズを解除した。
「ふぅ……。では……気を取り直して……」
『美晴』も同じく目を閉じて、身体を重ね、おデコをぴったりくっつけた。
「「……!」」
そして、「共鳴」が始まる。
「ふぁ……あっ……」
「はぁー……。あぁっ……」
まず、脳が一気に活性化し、口からは溜め込んだ息が漏れた。
混ざり合う、二つ分の吐息。『美晴』と『風太』はあまりにも近すぎる距離にいるため、自然にそれを吸った。
「はぁっ……はぁっ……」
そして、震えるほどの快感が、身体の中で波紋のように広がる。しかもそれは脈打つ鼓動のように、何度も、何度も。
(あぁ、やっぱり気持ちいいな……。でも、それがちょっと強すぎて、怖いくらいだ。なんとか自分の心で、コントロールしないと……)
(止められなくなりそうっ……。気持ちよさを求めて、エスカレートしてしまいそうっ……。理性を、しっかり保たなきゃ……)
治癒と快楽。
メリットばかりが大きい行為であるが故に、止められなくなったり、理性を失ってしまったりするなどの欠点もある。感情に身を任せず、常に心で意思を制御しなければならない。
「け、ケガの……ため……だからな……。分かってる……よな……?」
「そ、そうですね。これは、ケガを治すため」
「そうだ……。忘れないように……しよう……」
「はいっ。ちゃんと、覚えてますっ」
声をかけあって、目的を確認する。自分たちが快楽のためにやっているのではないことを、しっかりと。
その甲斐もあってか、『美晴』は自分なりに区切りをつけて、『風太』からおデコを離すことができた。
「ん……んんっ……。ぷはっ……!」
「はぁっ、はぁっ……」
「あぁー……あっついな……! おい……美晴……大丈夫か……?」
「うん、大丈夫っ。ありがとう、風太くん」
「ほら……おデコ……見てくれよ……。治ってる……かな……?」
「うーん、まだあまり変化はないですね。それより……ふふっ。風太くん、汗でベタベタです」
「髪の毛が……長いから……めちゃくちゃ……はりつくんだよな……」
「わたしも、ベタベタ……。二人で汗まみれになっちゃいましたね」
「じゃあ……、おデコは……これくらいにして……、ちょっと……涼しく……なろうか……」
「えっ?」
『美晴』は、自分が着ているシャツの裾を握った。
「お腹……。くっつけてみたら……どうなるか……気にならないか……?」
「……!」
『美晴』は本来、ここまで積極的な男ではない。そして『風太』も、本来は恥ずかしがりな女なので、あまり積極性を受け入れたりはしない。
本人たちは、まだ気付いていない。傷の治りと同じように、ほんの少しずつ、その快楽の虜になっていることに。
*
「美晴……。少しだけ……捲るぞ……」
まずは『美晴』が『風太』のTシャツを下からススッと捲り上げ、胸板が見えないくらいのところで止めた。
「風太くんは、わたしがやってあげますね……」
そして次は、『風太』が『美晴』のシャツを下から捲り上げ、着けているブラジャーがほんの少し見えるくらいのところで止めた。
「これで……よし……!」
「ふふっ……」
お腹の見せ合いっこ。
わざわざ脱がせ合ったのは、気持ちを高めるためだ。『美晴』と『風太』は、自分たちがしたその行為に違和感を持っていない。
「おヘソ……の……あたりを……こう……ピトッと……くっつける……イメージで……」
「風太くん……。お腹の火傷痕も、これで治るかな……?」
「治るよ……、必ず……。美晴は……キレイになるんだ……」
「うんっ……」
準備はできた。
あとは、『美晴』が『風太』におヘソをくっつけるだけ。
「来て。風太くんっ」
「いくぞ……美晴っ……!」
コンコン、ガチャ。
「いぇーいっ! フウくんも、ミハちゃんも、もう涙は涸れたかしら? 仲直りの記念に、クッキーパーティーを開催するわよぉ!」
突如、風太のお母さんが登場。
風太のお母さんこと守利は、クッキーと麦茶を盆にのせて、ムンムンとした熱気のこもった部屋に乱入してきた。
「「えっ……!?」」
息子はというと、ベッドの上。しかも、女の子と一緒。
まず、体勢がヤバい。女の子が息子に、覆い被さろうとしている。
そして、服装もヤバい。女の子と息子は、上半身の服を半分くらい脱いでいる。
何より、目付きがヤバい。さっきまでケンカをしていたはずの二人なのに、今はウットリと見つめ合っている。
守利はベッドの上の男女を見て、部屋を見て、もう一度破廉恥な様子の男女を見た。
「あっ、ああ、フウくんっ、ミハちゃんっ、きゃああああああああああああああああああああ!!!!!!」
パニックになった守利の悲鳴が、二瀬家で大爆発した。




