表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第五章:風太の部屋で二人きり
35/127

おデコをくっつけて


 『美晴』の後ろには涙をぬぐっている男の子が座っていて、『風太』の後ろにはうるんだ瞳の女の子が座っている。


 泣き声はみ、部屋はとても静かになった。

 『美晴』はそばにあったティッシュ箱から、ティッシュペーパーを三枚さんまいつかみ、鼻をかんだ。そしてその箱を持ち、振り返らずに、背後にある『風太』の頭にパコッとぶつけた。


 「いた……」


 いかりやかなしみの感情がこもった声ではなく、ただつぶやいただけのような「いた……」が、聞こえてきた。『美晴』はその声がする方へ振り向くことなく、今度はそいつにティッシュ箱をそっと差し出した。


 「あ、ありがとう……」


 『風太』はそこからティッシュペーパーを二、三枚掴み、鼻をかんだ。それが終わると、『美晴』はティッシュ箱を引っ込め、小さくいきを吸った。


 「美晴……?」

 「風太くん……」

 「その……。怒鳴どなったり……して……わるかった……な……」

 「えっ?」

 「お前の……言う通り……だよ。この……足首の痛みと……、身体の傷は……、全然……違う……」

 「……」

 「この足首は……、ちょっと……その……カッコつけた……だけ……なんだ……。美晴に……心配されるのは……情けないと思って……意地いじに……なってた……」

 「意地……」

 「足……みてくれる……か……? 本当の……こと……言うと……、痛くて……たまらないんだ……」

 「うんっ……!」


 二人は向かい合うようにして座り、まず『美晴』が白い靴下くつしたを脱ぎ、『風太』に右の足首を見せた。

 そして『風太』は、救急箱から湿布しっぷ、テープ、包帯ほうたい、ハサミを取り出し、応急処置の準備をした。

 

 「できるのか……? 美晴は……こういうの……」

 「簡単な手当てあてぐらいなら、少しだけ」

 「身体の……傷は……、今みたいに……手当て……しなかった……のか?」

 「最初のうちは、お母さんにバレないように手当てをしていました。それで消えた傷も、いくつかあります」

 「……」

 「でも、傷が治ってしまった場所には、また傷をつけられるんです。蘇夜花ちゃんたちが傷をつけるのは、だいたい服で隠せるところなので」

 「……」

 「だから、もう治すのはやめました。その身体に残っているのは、わたしが『いつか消えたらいいな』と願いながらほうっておいて、消えなかった傷です」

 「お前……」

 「すいません、風太くんに聞かせるような話じゃないですね。わたしの身体を、受け入れてもらわないとダメなのに」

 「美晴……」

 

 『美晴』は、女の身体を受け入れる気は毛頭もうとうなかったが、「ふざけんな! 絶対に元に戻ってやるからな!」と、今の『風太』に言うことはできなかった。

 『美晴』は、細いあしに丁寧に包帯を巻いてくれる『風太』を、じっと見ていた。


 *


 「はい、終わりました」

 「うん……。ありがとう……な」

 

 満足そうな顔で、『風太』はさっき取り出したものを全て救急箱にしまった。

 

 「あ、そうだ。ついでに足のつめを切っておきましょうか」

 「ああ……。そうするか……」

 

 『風太』は再び救急箱のふたを開け、爪切つめきりを一つ取り出した。

 その流れにしたがうように、『美晴』は手を差し出したが、『風太』はその手の上に爪切りを置かなかった。

 

 「えっ? わたしが切りますよ」

 「は……? それくらい……自分で……やるよ……」

 「ダメですっ! その足首は、まだ安静あんせいにしておかないとっ」

 「そんなに……足首を……動かさなきゃ……いいだけだろ……! 平気だって……」

 「テーピングが取れたり、包帯が外れたりするので、大人しく座っていてくださいっ!」

 「爪切りまで……お前に……たのんだ……つもりは……ないぞ……! 余計なこと……するなっ……!」

 「か、カッコつけてないで、わたしにたよって下さいよっ!」

 「いや……、これは……カッコつけてる……わけじゃない……って!」

 「とにかく、わたしが切るので動かないでっ!」

 「うわっ……やめろっ……! 爪切りを……こせっ……!!」

 

 『風太』が勝手に爪を切ろうとするので、『美晴』は抵抗して足をバタつかせた。

 爪切りには鋭い刃がついているので、手に持ったまま振り回したりすると、非常に危険だ。皮膚ひふを噛めば、当然出血もする。

 しかし今回の事故においては、爪切りの危険性きけんせいは全く関係なかった。


 「ちょっと、風太くんっ! 暴れないでっ!」

 「うるさいなっ……! いいから……おれに……爪切りを……渡せよっ!!」

 「そ、そんな強引に奪うなんて……きゃっ!?」

 「うわっ……!!」

 

 ごつんっ!


 『風太』がベッドに倒れこんだので、そいつの右手首を掴んでいた『美晴』も一緒に倒れてしまい、おデコ同士をぶつけた。それはまるで、入れ替わり物語で男女が入れ替わる時のようなハプニングだった。

 『美晴』が『風太』におおかぶさった状態で、二人はおデコをぴったりとくっつけたまま、シーンと動かなくなった。


 「……」

 「……」


 そして、ドクンと心臓が鳴る。


 (え……?)


 ドクン、ドクンと、また鳴る。

 

 (心臓の音……?)


 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。どんどん早くなる。


 (な、なんだこれ!? どっちの心臓の音だ!? おれか、美晴か……!?)

 

 身体が密着しているので、どちらの音かは分からない。でも、その鼓動はとにかく大きくて早かった。

 『美晴』はパチリと目を開け、おデコを『風太』からはなして相手の顔を見た。


 「なっ……!? お、おい……美晴っ……!? 大丈夫かっ……!?」

 

 『風太』は目を閉じていて、ほっぺたを真っ赤にして、口からはぁはぁと息を吐いていた。その顔はまるで、高熱にうなされている時のよう。

 パチ……と薄い目を開けた『風太』は、ささやくように『美晴』に言った。


 「はぁっ、はぁっ……。風太くん、こそ……」

 「えっ……!?」


 言われてやっと自覚したが、『美晴』も『風太』と全く同じ状態になっていた。つまり、心臓の音の答えは、どちらかではなく二人の音。

 

 「はぁっ……はぁっ……。な……何が……あった……!? 今……おれたちに……何が起こったんだ……!?」

 「わ、わたしにも、よく分かりませんけどっ……。はぁ、はぁ……もう一度、おデコをくっつけてみてくださいっ」


 原因を究明したくて、『美晴』はスッと瞳を閉じ、もう一度『風太』のおデコに自分のオデコをピトッとくっつけた。


 (あっ! これだ……! なんだこれ……。頭の中が、ヤバいっ……)


 触れた瞬間、背筋せすじがゾクゾクして、全身が過剰かじょうなまでに敏感びんかんになった。それと同時に、自身でも分かるくらいに、自分の脳から何か特殊な物質がドバドバとあふた。

  

 (ヤバいけど、気持ちいい……)


 少しでもおデコを離すと、気持ち良さがフッと消える。逆にこすけるように密着させると、素肌すはだ敏感びんかんになっているため、気持ち良さが何倍にも膨れ上がる。

 条件は「素肌すはだ密着みっちゃく」だ。この不思議な現象について、まずは一つ解明かいめいした。


 (でも、美晴の手がおれの足に触れた時は、こんなことなかったよな? くっつける場所も、何か関係があるのかな)


 目をつぶって考えながら、『美晴』はひたすら快楽かいらくの感じ方を試した。

 爪切りの取り合いでケンカしていたことなんて、もう忘れてしまっている。そしてそれは、『風太』も同じだった。


 「はぁっ、はぁっ……。何……? この、気持ちいい感じ……」


 おデコを中心に、一つの鼓動こどうが二人の身体の中に響いている。だから、『美晴』が離れれば『風太』も少し寂しそうな顔をして、『美晴』がくっつけば『風太』もまた目をつぶって自分の快楽に集中した。


 「な……なんだろうな……これ……」

 「わ、わかんないけど、すごいですねっ……」

 「ああ……。こんなの……初めてだ……」

 「わたしも、初めてっ……」


 求めて、力が入っていく。

 精神が女の『風太ミハル』よりも、精神が男の『美晴フウタ』の方が、こういう時の「押し」は強い。


 「ふ、風太くんっ。ちょっと、強すぎっ……」

 「わっ……! ご……ごめんっ……!」


 しかし、押し返されると弱い。何故なら、女の子に対してまだれていないから。「いいじゃねぇかよ。ちょっとぐらい」というセリフが言えたらカッコよかったのだが、経験けいけん豊富ほうふなモテ男ではないので言えなかった。

 『美晴』は本当に相手が嫌がってると思い、腕立うでたせのような動きで、すぐにおデコを離した。『風太』はクスッと笑いながら、パチリと目を開けた。


 「あれっ?」

  

 そして『風太』は、ぱちぱちとまばたきをした。


 「風太くん、ちょっと前髪を上げてもらえますか?」

 「え……。前髪……?」

  

 言われるがまま、『美晴』は自分の前髪を上げた。

 それを見た『風太』は、大きく目を見開いた。

 

 「ウソ……。今ので、こうなったの……?」

 「な……なんだよ……。何が……あったんだ……」


 前髪を上げている本人は、何を見られているのか分からない。

 『風太』は右手の人差し指で、『美晴』のおデコにある傷痕きずあとにそっと触れた。


 「ちょっとだけ、小さくなってる……。わたしの傷」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ