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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第五章:風太の部屋で二人きり
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やっぱり家のベッドが一番


 「春日井かすがい」の家から三つ隣の家の前で、一行いっこうを乗せた車は停まった。

 「二瀬ふたせ」の家。つまり、ここは風太の家だ。


 「ただいま……! じゃなくて……お邪魔じゃま……します……」

 

 久々の帰宅だが、残念ながら今の風太にとっては自宅ではないので、きちんとあいさつをする。

 

 「ミハちゃん、おものぶくろは預かっておいてあげるわ。フウくんと二階で遊んできなさい」

 

 守利マモリはそう言うと、『美晴』が持っているエコバッグを受け取り、自分を見上みあげる少女に向かってウインクをした。

 

 「お、おれの部屋に行こうよ。美晴っ」

 「ん……? うん……」

 

 『風太』が、本来なら「おれの部屋」ではない場所を「おれの部屋」と呼ぶことに少し引っかかりながら、『美晴』は階段をのぼった。


 *


 (帰ってきた……! おれ、帰ってきたんだっ!)

 

 数日ぶりに自分の部屋に戻った『美晴』は、まず一番にベッドに向かって身を投げた。ドスンと勢いよく飛び乗ったので身体が少しバウンドし、長い髪がふわりと広がった。

 

 「んーっ……!」

 

 目を閉じて、大きくびをする。

 まだ入れ替わってから一週間もっていないのに、何年ぶりかに帰って来た場所のような、なつかしい気持ちになっていた。美晴の部屋のベッドと、本来の自分の部屋のベッドでは、やはり安心感あんしんかんが違う。

 

 「ふぅ……。いろいろ……あって……つかれたなぁ……」

 

 うつ伏せに寝返ねがえりを打って、青いまくらに顔を埋める。そしてさらに、すぅはぁと一呼吸ひとこきゅう

 すると、っていた気が抜け、心に暖かい風が吹き、安らぎと解放感かいほうかんが全身を包んだ。胸をめ付けているブラジャーさえも外してしまいたくなるような、そんな気分になった。もうこのまま、ぐっすりと眠っても……。


 「あ、あのっ! 風太くんっ」

 

 それを見ていた『風太』が、申し訳なさそうに言った。

 

 「あの、気持ちは分かりますけどっ、そこはわたしも寝る場所なので、その……」


 その言葉で、フワフワしていた『美晴』の心は地面に落ち、現実に引き戻された。


 「あっ!? ち、違うっ……!! 違うんだっ……!!」

 

 枕から顔をガバッと外して、急いで身体を起こし、『美晴』はベッドに座った。『風太』も寝る場所だということを意識すればするほど、顔は赤くなり、心臓しんぞうがドキドキしてしまう。

 そんな『美晴』の隣に、同じような状態になった『風太』が、そっと座った。

 

 「こ、これは……おれの……ベッド……! だから……な……!」

 「そ、そうです。その通り、です、けどっ」

 「分かってるっ……! お前の……言いたい……ことも………分かってる……よ……! ごめんな……! はしゃいだり……して……!」

 「い、いえっ! 怒ってはいない、です、けどっ」


 たがいになんだか気まずくなって、ソワソワしたままの時間が生まれた。


 *

 

 沈黙ちんもくの間、『美晴』は改めて自分の部屋を見渡みわたした。

 

 「……」

 

 青いカーペット、棚の上の金色ドラゴン、壁にるされたサッカーボールとバスケットボールのふさ。部屋の中は全てそのままで、『風太』がどこかを勝手にいじった形跡けいせきはほとんどない。

 

 「お前……」

 「は、はいっ」

 「おれの……部屋で……、何やって……ごしてるんだ……?」

 「えっと、その、マンガや児童書を読んだりしてますっ」

 

 そう言うと、『風太』は本棚ほんだなを指さした。

 確かに、その辺りだけは誰かが本を取り出した形跡がある。

 

 「本……なんて……面白いの……か……?」

 「はいっ。書籍しょせきは何でも好きなので、風太くんの部屋にある本も楽しく読んでますっ」

 「ふーん……。どの本が……面白かった……?」

 「そうですね……。『ラクーン三郎さぶろうの冒険』とか、『ビスケット一代記いちだいき』とか、面白かったですよ。さらにくわしく言うと……」


 『風太』がげた二つの本は、マンガではなく児童書だ。しかも、守利が勝手に買ってきて、それが本棚に置いてあるだけなので、『美晴』はどちらも表紙を開いたことすらない。

 しかし、『風太』はそれらの本の読みどころを、楽しそうに語っている。


 「それで、最後のバキュームカー伯爵はくしゃくがビスケットをおそうシーンなんですけど、途中で出てきたタバスコが伏線になってて……」

 「……」

 

 『美晴』の目の前にいるのは『風太』であり、一人の少年だ。しかしその少年からは、自分の大好きな物を一生懸命いっしょうけんめいかたる少女の面影おもかげが、うっすらと見えた。

 

 (本当に楽しそうだな、こいつ。読書どくしょ感想文かんそうぶんとか得意なんだろうな……)


 「それで、エピローグでは……あっ! もしまだ読んでいないのなら、ここはヒミツにしておきますね。きっと、びっくりするはずですからっ!」

 

 (まぁ、いいか。楽しそうだし)

 

 思うところはあったが、『美晴』は言おうとした言葉を引っ込め、『風太』の話に耳をかたむけることにした。


 *


 「でも、やっぱり2巻のこのページがですねっ」

 「え……。まだ……続くのか……」


 『風太』は、まだ語っている。これで三冊目さんさつめ。しかしまだまだ語っている。

 最初のうちは微笑ほほえましく聞いていた『美晴』だったが、そろそろいい加減にうんざりしていた。

 しかし、『風太』は止まらない。本棚の前に立ち、紹介している本を右手に持って、まだまだプレゼンテーションするつもりらしい。


 「この表紙ひょうしから想像すると……あっ!」


 突然、『風太』は手をすべらせ、『美晴』の足元に「サボテンちょう百科事典ひゃっかじてん」という本を落とした。

 

 「す、すみませんっ!」

 「いいよ……。おれが……ひろうから……」

 

 「こんな本、うちにあったかな……」と思いつつ、『美晴』が「サボテン超百科事典」を拾おうとした、その時だった。


 「痛っ……!!」


 右足首に、激痛が走った。『美晴』は、思わずその部分を手で押さえ、ひざをついて座ってしまった。

 その明らかな異変いへんは、『風太』にも伝わったようだ。

 

 「ふ、風太くんっ!?」

 「なんでも……ない……」

 「やっぱり、昨日のケガが……!? 右足が痛むんですね!?」

 「それは……いいから……、お前が……読んだ……本の話の……続きを……」

 「ダメですっ! ちょっと待っててくださいっ!」


 『風太』は部屋を出て、階段をりると、ものの一分もしないうちにまた部屋へと戻ってきた。手には、半透明はんとうめい救急箱きゅうきゅうばこを持っている。

 

 「わたしが応急おうきゅう処置しょちをしますから、風太くんはここに足を出してっ!」

 「嫌だっ……! しなくていい……!」

 

 ベッドに腰掛こしかけている『美晴』の隣に、『風太』はサッと座ったが、それを拒否きょひするかのように、『美晴』はおしり一つ分、横へ逃げた。

 

 「なっ、なんで言うことを聞いてくれないんですか!?」

 「うるさいな……! こんなの……ほっとけば……なおるって……!」

 「今より、もっとひどくなってしまいますっ! 早く処置をしないとっ!」

 「は……? なにってるんだ……! お前だって……自分の……身体のこと……大事に……してない……くせに……! 今さら……ケガが一つ……増えたくらいで……いちいち騒ぐなよ……!!」


 『美晴』は前髪まえがみを上げて、おデコにある傷痕きずあとをしっかりと『風太』に見せつけた。


 「そのきずと……わたしが受けたきずと、その足首とじゃ、話が違いますっ!」

 「どう違うんだ……! 治るかもしれない……傷を……ほっといた……から……こうなってるんだろ……!」

 「そ、それは、お母さんに心配をかけないためにっ」

 「本当に……お母さんのことを……おもうなら……、ちゃんと……キレイな身体でいろよ……バカっ! 一生……消えなかったら……どうするんだよ……!! なんでこんなことに……! なんでこんな風になっちゃったんだよ……お前っ……!」

 「……!」


 『美晴』が最後に怒鳴どなり声をあげると、それ以降いこう二人は言葉をわさなかった。

 二人とも、身体をそれぞれ反対側にむけ、顔を見られないようにした。『美晴』は『風太』に見せられない顔をしていたし、『風太』も『美晴』に見せられない顔をしていた。


 「ううっ、うっ……うわああああああん!」


 ほぼ同時どうじくらいに、どちらも泣き出した。

 『風太ミハル』は、取り返しの付かないことをしてしまったという喪失感そうしつかん。『美晴フウタ』は、どうして戸木田美晴がこんな目に会わなくちゃいけないのかというくやしさ。それぞれの理由で、二人は涙を流していた。

 少年は少女のように何度も目をこすり、少女は少年のように必死に歯を食いしばりながら、ひたすら泣いた。


 「……!」


 泣き声は、下の階にいる守利にまで届いていた。

 しかし、その泣き声がどちらか一人のものではなく、二人のものだと分かると、手を止めて耳をませていた守利は、何事なにごともなかったかのように夕飯の支度したくを再開した。

 

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