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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第四章:風太と美晴と春日井雪乃
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みんな仲良く


 『美晴』は華奢きゃしゃな少女の脚で、必死に歩いていた。

 その後ろを、『風太』が健康的な少年の脚で、心配そうに付いて歩いている。


 「風太くん、やっぱり少し休んだ方が」

 「今は……雪乃だけを……心配……してやってくれ……」

 「はい……」


 エスカレーターで一番下の階へ降りると、真正面ましょうめんにショッピングモールの入り口が現れた。そして、その入り口のわき警備員けいびいんが一人、退屈たいくつそうに立っていた。

 四角いメガネをかけていて、口ひげをたくわえている。年齢は分からないが、オジサンと呼ぶのに相応ふさわしいビジュアルだ。


 (あの人に聞いてみよう……!)

 

 『美晴』は『風太』を突きはなすように先行せんこうして歩き、その警備員のオジサンのそばで立ち止まった。

 オジサンは『美晴』に気付かず、大きなあくびをしている。

 

 「ふわぁ~あ。ヒマだし、川柳せんりゅうでも考えようかな」

 「ぁ……の……」

 「『この店の 警備員だよ 僕は今』。はははっ、われながら傑作けっさくだな」

 「ぁ……っ……、ぁの……」


 口を動かしてはいるが、小さな声しか出ない。


 (身体が、緊張してる……! 相手が知らない男の人だから、話しかけるのを怖がってるのか!?)


 だんだんと、胸の辺りが苦しくなってくる。心臓の鼓動こどうも、トクトクと早くなっていく。両手で胸の真ん中をグッと押さえても、息が詰まるばかりで、状態じょうたいは何も良くならない。

 こういう時のために、筆談用のおはなしボードがあると便利だが……。


 (あんなもん、家に置いてきたよっ! どうせ使わないと思ってたし!)


 ついには、身体がワナワナとふるえだした。さらに気分も悪くなってきて、もう雪乃のことをたずねるどころではない。

 目の前にいる警備員のことを、「初対面しょたいめんの大人の男性」だと意識すればするほど、症状しょうじょうは悪化していった。


 「ぁ……、わ……ぁ……」

 「風太くんっ!」

 

 追いついた『風太』が、後ろから『美晴』の左肩に軽く手を置いた。

 

 「美晴……」

 

 すると、その途端とたんに息の詰まりがなくなって、『美晴』は声が出せるようになった。


 「はぁ、はぁ……。お前が……聞いてくれっ……」

 「けっ、警備員さんに、ですかっ?」

 「ああ……! とにかく……急いで……、頼む……!」

 「分かりました。わたしに代わってくださいっ!」


 『美晴』は『風太』にバトンタッチした。

 

 「あっ、あの……!」

 「んー? はいはい、どうしたんだい君たち」

 

 オジサンはくだらない川柳作りを中断して、自分に声をかけてきた少年の方を向いた。

 その少年の後ろには、真っ赤な顔で息を切らしている少女がいる。

 

 「えーっと……女の子、見てませんか?」

 「女の子? 君の後ろにいる子じゃなくて?」

 「こ、この子じゃなくてっ! 明るいショートの髪で、オレンジ色の服を着てて、デニムのショートパンツをはいている……」

 「パンツ? はっはっは、女の子のパンツのことを考えてるなんて、とんだエロガキだなぁ少年」

 「ち、違いますっ!! そのパンツじゃありませんっ!!」

 「わっ、ごめんごめん。怒らないでくれよ」

 「とにかく、小学生くらいの女の子が一人で歩いているのを見てませんかっ!?」

 「うーん……。そういえば、家電かでん売り場の辺りでさっき見たかも。最近は不審者ふしんしゃも多いから、気を付けてほしいんだけどね」

 「分かりましたっ。ありがとうございますっ!」

 

 『風太』はペコリと頭を下げると、オジサンにくるりと背を向けて走り出した。そして『美晴』も、その後を追った。

 しかし、警備員のオジサンはすぐに二人を呼び止めた。

 

 「あー、ちょっと待てよ。君たち」

 「な、なんですかっ?」

 「君たち、もしかして……月野内小学校の生徒さん?」

 「えっ?」

 「あのねぇ、小学生だけでは、このお店に来ちゃいけないんだよ? 学校の先生に連絡れんらくするから、ちょっと待ちなさい」


 厄介なことになった。

 もちろん、それを待っているヒマなど無い。今すぐにでも、雪乃をさがしに行かなければならない。先生に連絡され、親にバレるのも困る。

 しかし、走って逃げたとしても、今の『美晴』がこのオジサンから逃げ切れるかどうか……。


 「……!」


 その時、『風太』は咄嗟とっさにウソをついた。


 「ぼく、中学生ですっ」

 「えっ……?」

 「この、美晴は小学生だけど、ぼくは中学生なんです。ぼくたち、兄妹なんですっ」

 「そうなの?」

 

 警備員は、『風太』の後ろにいる『美晴』にたずねた。

 『美晴』も一瞬いっしゅん動揺どうようしたが、小さく首をたてに振って、『風太』の話に合わせることにした。

 

 「でもね、子どもだけでここに来るのは……」

 「いえ、お母さんと一緒です! お母さんも……今、雪乃を捜していますっ」

 「は? え? つまり、どういうこと?」

 「えーっと……お母さんと、ぼくと、妹の美晴と、そのまた妹の雪乃と、4人でこのお店に来たんですっ!」

 「じゃあ、迷子になっている雪乃ちゃんが、一番下の妹ってこと?」

 「そうですっ! だよね、美晴?」

 

 兄は、妹に話を振った。


 「そ、そう……だよ……。お兄ちゃんっ……!」

 

 二人は顔を見合わせた後、オジサンの方を向いて「えへへ」とぎこちなく笑った。

 

 「ふーん、そっか。じゃあいいや」

 「し、失礼しますっ!」

 

 今度は二人でペコリと頭を下げ、オジサンに見送みおくられながら、家電売り場へと向かった。


 *


 「美晴……?」

 「ふふっ」

 「おいっ……!」

 「あっ、えっ、なんですか?」

 「今、何……考えてた……? お前……」

 「あの、その……。もし、わたしに妹がいたら、こんな感じなのかなって」

 「やっぱり……おれ……、お前のこと……嫌い……だ……!」


 *


 そして、雪乃を見つけた。

 雪乃は黒いマッサージチェアに座って、気持ちよさそうにグーグー眠っていた。


 「あそこにいる……! おい……雪乃っ……!」

 「ふぇ? あ、美晴ちゃん……?」


 『美晴』と『風太』。


 「大丈夫ですか? じゃなくて、大丈夫か雪乃」

 「あれ? 風太くん……? なんで、わたし……こんなところで……?」

 

 雪乃は、寝起きのぼんやりした顔で、周囲をキョロキョロと見回みまわした。

 友達の二人は立っているが、牟田くんのお兄さんはもういない。


 「あー……。あ、あ! ああ!! ああーっ!!」


 次第しだいに、ねむる前のことを思い出していく。


 「わわっ! ごめんなさい、風太くん美晴ちゃんっ! わたしっ、わたし、勝手にっ……!」

 

 雪乃は、それぞれに一回ずつ頭を下げた。自分がやってしまったことの重大じゅうだいさを理解した様子で、今にも泣き出しそうな顔をしている。

 一方で、『美晴』と『風太』の二人には、雪乃に対する怒りの感情はなく、むしろ安心していた。二人は少し微笑ほほえみ、互いに視線で合図あいずを送ると、まずは『美晴』から口を開いた。

 

 「雪乃……。じゃなくて……雪乃ちゃん……。本当に……、反省はんせい……してますか……?」

 「本当に、ごめんっ!! 美晴ちゃんっ!!」

 「じゃあ……その……ばつとして……」


 言葉を続けるように、『風太』が口を開く。

 

 「わたしたち……じゃなくて、おれたち二人に、アイスおごってくれよ。雪乃」

 「えっ!? 風太くん……?」

 「あー、そういえば、おれも雪乃に何か奢る約束をしてたっけ」

 「え? えっ?」


 そして、『美晴』。 

 

 「アイスで……いい……? 雪乃……ちゃん……。みんなで……アイス……食べようよ……」

 「う、うんっ! アイスがいいっ! アイス食べたいっ! みんなで一緒にっ!!」


 三人は、一本ずつストロベリーアイスを頬張ほおばりながら、ここへ来た時よりも楽しくにぎやかに、家へと帰っていった。


 *

 

 小学生たちが帰った後。

 大型ショッピングモール「メガロパ」では、警備員のオジサンが一人の青年と口論こうろんになっていた。


 「とうとう捕まえたぞ! 小学生の女の子ばかりを狙う盗撮とうさつはんめ!」

 「な、なんの話ですか? 僕は研究データを集めてるだけの、ただの大学生ですよ?」

 「むっ! このあやしいキャンディはなんだね?」

 「こ、これは女子小学生に配ってる……ただのキャンディです。ちょっとだけ開放的な気持ちになる成分が含まれてるだけの……」

 「なにっ!? なんかヤバそうな物じゃないか! おのれ、ゆるせんっ! ちょっとこっちへ来い!!」

 「ひえぇっ!? は、放してくださいぃー!」


 警備員のオジサンは、牟田くんのお兄さんを不審者ふしんしゃだと判断し、どこかへ連れていった。

  

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