みんな仲良く
『美晴』は華奢な少女の脚で、必死に歩いていた。
その後ろを、『風太』が健康的な少年の脚で、心配そうに付いて歩いている。
「風太くん、やっぱり少し休んだ方が」
「今は……雪乃だけを……心配……してやってくれ……」
「はい……」
エスカレーターで一番下の階へ降りると、真正面にショッピングモールの入り口が現れた。そして、その入り口の脇に警備員が一人、退屈そうに立っていた。
四角いメガネをかけていて、口ひげを蓄えている。年齢は分からないが、オジサンと呼ぶのに相応しいビジュアルだ。
(あの人に聞いてみよう……!)
『美晴』は『風太』を突き放すように先行して歩き、その警備員のオジサンのそばで立ち止まった。
オジサンは『美晴』に気付かず、大きなあくびをしている。
「ふわぁ~あ。ヒマだし、川柳でも考えようかな」
「ぁ……の……」
「『この店の 警備員だよ 僕は今』。はははっ、我ながら傑作だな」
「ぁ……っ……、ぁの……」
口を動かしてはいるが、小さな声しか出ない。
(身体が、緊張してる……! 相手が知らない男の人だから、話しかけるのを怖がってるのか!?)
だんだんと、胸の辺りが苦しくなってくる。心臓の鼓動も、トクトクと早くなっていく。両手で胸の真ん中をグッと押さえても、息が詰まるばかりで、状態は何も良くならない。
こういう時のために、筆談用のおはなしボードがあると便利だが……。
(あんなもん、家に置いてきたよっ! どうせ使わないと思ってたし!)
ついには、身体がワナワナと震えだした。さらに気分も悪くなってきて、もう雪乃のことを尋ねるどころではない。
目の前にいる警備員のことを、「初対面の大人の男性」だと意識すればするほど、症状は悪化していった。
「ぁ……、わ……ぁ……」
「風太くんっ!」
追いついた『風太』が、後ろから『美晴』の左肩に軽く手を置いた。
「美晴……」
すると、その途端に息の詰まりがなくなって、『美晴』は声が出せるようになった。
「はぁ、はぁ……。お前が……聞いてくれっ……」
「けっ、警備員さんに、ですかっ?」
「ああ……! とにかく……急いで……、頼む……!」
「分かりました。わたしに代わってくださいっ!」
『美晴』は『風太』にバトンタッチした。
「あっ、あの……!」
「んー? はいはい、どうしたんだい君たち」
オジサンはくだらない川柳作りを中断して、自分に声をかけてきた少年の方を向いた。
その少年の後ろには、真っ赤な顔で息を切らしている少女がいる。
「えーっと……女の子、見てませんか?」
「女の子? 君の後ろにいる子じゃなくて?」
「こ、この子じゃなくてっ! 明るいショートの髪で、オレンジ色の服を着てて、デニムのショートパンツをはいている……」
「パンツ? はっはっは、女の子のパンツのことを考えてるなんて、とんだエロガキだなぁ少年」
「ち、違いますっ!! そのパンツじゃありませんっ!!」
「わっ、ごめんごめん。怒らないでくれよ」
「とにかく、小学生くらいの女の子が一人で歩いているのを見てませんかっ!?」
「うーん……。そういえば、家電売り場の辺りでさっき見たかも。最近は不審者も多いから、気を付けてほしいんだけどね」
「分かりましたっ。ありがとうございますっ!」
『風太』はペコリと頭を下げると、オジサンにくるりと背を向けて走り出した。そして『美晴』も、その後を追った。
しかし、警備員のオジサンはすぐに二人を呼び止めた。
「あー、ちょっと待てよ。君たち」
「な、なんですかっ?」
「君たち、もしかして……月野内小学校の生徒さん?」
「えっ?」
「あのねぇ、小学生だけでは、このお店に来ちゃいけないんだよ? 学校の先生に連絡するから、ちょっと待ちなさい」
厄介なことになった。
もちろん、それを待っているヒマなど無い。今すぐにでも、雪乃を捜しに行かなければならない。先生に連絡され、親にバレるのも困る。
しかし、走って逃げたとしても、今の『美晴』がこのオジサンから逃げ切れるかどうか……。
「……!」
その時、『風太』は咄嗟にウソをついた。
「ぼく、中学生ですっ」
「えっ……?」
「この、美晴は小学生だけど、ぼくは中学生なんです。ぼくたち、兄妹なんですっ」
「そうなの?」
警備員は、『風太』の後ろにいる『美晴』に尋ねた。
『美晴』も一瞬動揺したが、小さく首を縦に振って、『風太』の話に合わせることにした。
「でもね、子どもだけでここに来るのは……」
「いえ、お母さんと一緒です! お母さんも……今、雪乃を捜していますっ」
「は? え? つまり、どういうこと?」
「えーっと……お母さんと、ぼくと、妹の美晴と、そのまた妹の雪乃と、4人でこのお店に来たんですっ!」
「じゃあ、迷子になっている雪乃ちゃんが、一番下の妹ってこと?」
「そうですっ! だよね、美晴?」
兄は、妹に話を振った。
「そ、そう……だよ……。お兄ちゃんっ……!」
二人は顔を見合わせた後、オジサンの方を向いて「えへへ」とぎこちなく笑った。
「ふーん、そっか。じゃあいいや」
「し、失礼しますっ!」
今度は二人でペコリと頭を下げ、オジサンに見送られながら、家電売り場へと向かった。
*
「美晴……?」
「ふふっ」
「おいっ……!」
「あっ、えっ、なんですか?」
「今、何……考えてた……? お前……」
「あの、その……。もし、わたしに妹がいたら、こんな感じなのかなって」
「やっぱり……おれ……、お前のこと……嫌い……だ……!」
*
そして、雪乃を見つけた。
雪乃は黒いマッサージチェアに座って、気持ちよさそうにグーグー眠っていた。
「あそこにいる……! おい……雪乃っ……!」
「ふぇ? あ、美晴ちゃん……?」
『美晴』と『風太』。
「大丈夫ですか? じゃなくて、大丈夫か雪乃」
「あれ? 風太くん……? なんで、わたし……こんなところで……?」
雪乃は、寝起きのぼんやりした顔で、周囲をキョロキョロと見回した。
友達の二人は立っているが、牟田くんのお兄さんはもういない。
「あー……。あ、あ! ああ!! ああーっ!!」
次第に、眠る前のことを思い出していく。
「わわっ! ごめんなさい、風太くん美晴ちゃんっ! わたしっ、わたし、勝手にっ……!」
雪乃は、それぞれに一回ずつ頭を下げた。自分がやってしまったことの重大さを理解した様子で、今にも泣き出しそうな顔をしている。
一方で、『美晴』と『風太』の二人には、雪乃に対する怒りの感情はなく、むしろ安心していた。二人は少し微笑み、互いに視線で合図を送ると、まずは『美晴』から口を開いた。
「雪乃……。じゃなくて……雪乃ちゃん……。本当に……、反省……してますか……?」
「本当に、ごめんっ!! 美晴ちゃんっ!!」
「じゃあ……その……罰として……」
言葉を続けるように、『風太』が口を開く。
「わたしたち……じゃなくて、おれたち二人に、アイス奢ってくれよ。雪乃」
「えっ!? 風太くん……?」
「あー、そういえば、おれも雪乃に何か奢る約束をしてたっけ」
「え? えっ?」
そして、『美晴』。
「アイスで……いい……? 雪乃……ちゃん……。みんなで……アイス……食べようよ……」
「う、うんっ! アイスがいいっ! アイス食べたいっ! みんなで一緒にっ!!」
三人は、一本ずつストロベリーアイスを頬張りながら、ここへ来た時よりも楽しく賑やかに、家へと帰っていった。
*
小学生たちが帰った後。
大型ショッピングモール「メガロパ」では、警備員のオジサンが一人の青年と口論になっていた。
「とうとう捕まえたぞ! 小学生の女の子ばかりを狙う盗撮犯め!」
「な、なんの話ですか? 僕は研究データを集めてるだけの、ただの大学生ですよ?」
「むっ! このあやしいキャンディはなんだね?」
「こ、これは女子小学生に配ってる……ただのキャンディです。ちょっとだけ開放的な気持ちになる成分が含まれてるだけの……」
「なにっ!? なんかヤバそうな物じゃないか! おのれ、許せんっ! ちょっとこっちへ来い!!」
「ひえぇっ!? は、放してくださいぃー!」
警備員のオジサンは、牟田くんのお兄さんを不審者だと判断し、どこかへ連れていった。




