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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第四章:風太と美晴と春日井雪乃
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迷子にならないようにね


 「み、美晴……?」


 『風太』はイスに座っているので、現在も身体が反応しているかどうかは、目視もくしでは判断しづらい。

 しかし『風太』の挙動きょどうは、まだ明らかにおかしい。

 

 「はぁっ……はぁっ……」

 

 口からは荒い吐息といきが漏れ、顔は真っ赤になっている。そして『風太』の視線は、自身がはいているズボンの股関こかんの辺りに向けられている。

 『美晴』は、着る途中だった花柄のワンピースを姿見すがたみけ、『風太』の方をくるりと向いた。


 「立て……よ……」

 「今は無理ですっ!」

 「もう……分かってる……から……、立てって……」

 「無理ですっ!!」

 「そうか……。分かった……」

 

 説得にはおうじてくれそうにない。

 『美晴』は強制的に確かめることにした。

 

 「嫌ぁっ! やだぁっ! 来ないでっ!」

 「手を……どけろ……」

 「きゃっ、だめぇっ!」

 

 『美晴』にさわられないように、『風太』は自身の股間をバッと隠した。そしてその手に強く力を込めて、恥ずかしいことになっているソレを、ぎゅうぅっ……とつぶそうとした。

 しかし、そんなことをしても興奮がおさまるハズがなく、自分で自分を痛めつける結果になるだけだと、男子だんしれきの長い『美晴』は分かっていた。

 

 「邪魔……するなよ……!」


 『美晴』はその両手を無理やり引きはがそうとしたが、やはり女の力では、男の『風太』に対してどうにもならなかった。


 「やめてぇっ! 見られたくないっ!」


 『風太』の身体は、ぶるぶると小刻こきざみに震えていた。


 (美晴……)

 

 初めて経験する男体特有の現象に、『風太』も気が動転どうてんしているのだろう。強引に解決するのは、説得せっとくする以上に難しそうだ。

 『美晴』は小さく深呼吸をして、今の自分が出せる限りの優しくて甘い声を出した。

 

 「美晴……?」

 「はぁ……はぁ……」

 「ごめん……。もう……勝手なことは……しない……から……、落ち着いて……話を……聞いてくれ……」

 「はいっ」

 「原因は……、この……おれの……身体……か……?」

 「え……?」

 「お前が……興奮こうふん……してる……原因は……、おれが……今……服を脱いだ……せいか……?」

 「じ、自分では、分かりませんっ……。けど、そうなのかもしれません」

 「そっか……。でも……、昨日……おれが……はだかになった時は……こんなこと……なかった……よな……。その場の……空気の……問題……かな」

 「見てただけなのに、な、何もしてないのに、勝手に、こうなったんですっ……! す、すごく、力が入ってるというかっ! こ、こんなにっ、苦しそうになって!」

 「大丈夫……だから……落ち着け……」

 「ど、どうすれば、おさまるんですかっ!?」

 「ほっとけば……勝手に……収まる……よ……。なるべく……ヘンなこと……考えるな……」

 「へ、ヘンなことって……!?」

 「なんていうか……、え、エロいこと……だ……! 女子の……下着したぎとか……」

 

 そう言いかけて、『美晴』はハッとした。

 自分が今、ブラジャーとパンツしか身に着けてない女の子だということを、思い出したのだ。逆効果ぎゃくこうかにも程がある。

 

 「はぁっ、はぁっ……。あぁっ! またっ……!」

 「うわぁっ……! ごめん、美晴……! とりあえず……服を……着ないと……」

 

 『美晴』は急いでワンピースを着て、ひよこ色のカーディガンを羽織はおった。美晴のお出かけコーデが、即行そっこうで完成した。

 

 「ふぅ……。これで……収まった……か……?」

 「い、いえ、まだ興奮してるみたいですっ」

 「い……意識……するな……よ……。おれを……女だと……思うな……! 女として……見るな……!」

 「は、はい……」

 

 『風太』は今だけ、目の前の女の子を「本物の風太くん」として、強く意識することにした。

 それにより、異性に対する興奮よりも、「風太くん」の前でこんな姿をさらして恥ずかしいという感情が、どんどん上回っていく。

 

 「は、恥ずかしい、ですっ!」

 「なんでも……いいから……、そのまま……別のことを……考え続けろ……!」

 「風太くん、わたし、おかしいですかっ!? か、身体が急に、こんなことになる、なんてっ」

 「別に……。男なら……普通の……ことだから……気に……するな……。こうなったのは……初めて……なんだろ……?」

 「はい……!」

 「……」

 

 『風太』を安心させるために、口では「気にするな」と言ったものの、『美晴』も内心ないしんは平気ではなかった。

 確かに「男なら」普通のことだが、美晴は女だ。その美晴が自分の……女体を見て、初めて興奮を覚えたのだ。つまり、女の精神では上手く制御せいぎょできずに、肉体の方がしっかり男として反応してしまった、ということになる。

 そう考えると、全く他人ヒトごととは思えず……。


 (やっぱり、心は身体に逆らえないのか? 身体の意思が強くなると、おれは女になっていって、美晴は男になっていくのかな……)


 それからしばらく興奮状態は続いたが、『風太』がおだやかな心を意識して深呼吸を繰り返すと、興奮も少しずつ落ち着いていった。


 *


 「二人とも、おっそーい! 早く行かないと、夜になっちゃうよー!」

 

 『美晴』と『風太』は、玄関の外で雪乃と合流した。

 流石に待たせすぎたせいか、「プンプン」という擬音ぎおんが聞こえてくるくらいに、雪乃は怒っていた。


 「ごめん……なさい……。雪乃……ちゃん……」

 

 何も考えられない『風太』の代わりに、『美晴』が謝った。

 『美晴』の隣にいる『風太』は、まだ顔を赤くしながらうつむいていた。

 

 「……」

 「ばつとして、風太くんは向こうでわたしに何かおごること! いい?」

 「……」

 「風太くん?」

 「……」

 「ふ・う・た・くんっ!!」

 「……はっ! は、はいっ!? わ、わたしですかっ!?」


 思わず口から飛び出した、少女のようなセリフ。

 雪乃は少しだけ顔をしかめ、『美晴』は隣にいる『風太』をひじ小突こづいた。

 

 「もー、なんか変だよ風太くん。何かあったの? 美晴ちゃん」

 「さ、さあ……!? な……なんでも……ないと……思います……よ……!」

 「ふーん。ま、いっか。出発しよっ!」

 

 気を取り直して、三人は大型ショッピングモール「メガロパ」へと向かって歩きだした。


 *


 月野内小学校の規則きそくでは、子どもだけでメガロパへ行くことを禁止している。しかし、先生にバレることはほとんどないので、その規則を律儀りちぎに守っている生徒はほぼいない。

 

 休日のショッピングモール。

 天気も良く、時間帯は昼下がりなので、人であふれかえるには充分な条件をたしている。


 「風太くんも美晴ちゃんも、迷子まいごにならないようにね?」

 

 三人の中で一番迷子になりそうなヤツが、そう言った。そいつを真ん中にして、『美晴』と『風太』で両脇りょうわきを歩いている。

 雪乃を少し前で歩かせ、ヒソヒソ声で『美晴』は『風太』に伝えた。

 

 「お前……、もう……大丈夫……なの……か……?」

 「は、はいっ。心配してくれて、ありがとうございます」

 「いや……。どちらかと言うと……今……心配しんぱい……してるのは……、お前よりも……こいつ……だよ」

 「雪乃ちゃんですか? 何か心配ごとでも……」

 

 『風太』が言い終わらないうちに、雪乃はさけんだ。


 「わぁーっ! ストロベリーアイスだー!!」


 どうやら、アイスを売っている店を見つけたらしい。雪乃の目にはもうストロベリーアイスしかなく、ダッシュでその店のある方へ行ってしまった。

 

 「ほら……な……?」

 「なるほど」


 *


 「あっ! 風太くんの好きなカードゲームのお店があるよっ!」


 「きゃーっ! あの服かわいいー! ちょっと見てくるねっ!」


 「本屋さんあったよ! 本屋さん! 美晴ちゃん好きだよね、本っ!」


 「お菓子かしつかりだって! やろうやろう! 二人も早くおいでよーっ!」

 

 *

 

 そして、次に辿たどり着いたのは、スマートフォン売り場だった。

 雪乃は未だに全力で、売り場にあるオレンジ色のスマートフォンをドンドンとタップしている。そんなに強く触ったらこわれるんじゃないかという勢いで、画面をっついている。


 「「はぁ、はぁ……」」


 その売り場から少し離れた休憩きゅうけいスペースで、『美晴』と『風太』は座っていた。

 この二人も、雪乃と同様どうようにスマートフォンを持っていないので、売り場の商品に興味はあったが、残念ながら今は体力の回復かいふく優先ゆうせんしなければならない。

 

 「おれが……言いたかったのは……こういう……こと……だよ……」

 「い、いつも、こんなに元気なんですか? 雪乃ちゃんは」

 「今日は……特に……元気みたい……だ……」

 「ここへはよく来るんですか? 二人きりで」

 「二人きりの……時は……あんまりない……かな。男子か……女子か……大抵たいてい……他に……誰か……いるな……」

 「そ、そうなんですか」


 二人でそんな話をしていると、しばらくしてスマートフォン売り場から雪乃が出てきた。

 しかしこちらへは近づいて来ずに、「わたし、ちょっとトイレ行ってくるねーっ!」と叫ぶと、また走って遠くへ行ってしまった。


 *

 

 15分が経過けいかした。


 「雪乃ちゃん、遅いですね」

 「どこかの……店に……ってるんじゃ……ないか……?」


 *


 30分が経過した。


 「時間、かかってますね……」

 「そうだな……。遅いな……」

 

 *


 45分が経過した。


 「と、トイレがんでるのかな?」

 「うーん……」


 *

 

 1時間が経過した。


 「風太くん」

 「美晴……」

 「迷子ですよね?」

 「迷子……だな」

 

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