男子がやってるカードゲーム
「おれ……風太なんだ……!」
『美晴』は雪乃に、はっきりと本当のことを伝えた。
「おれも風太だぜ」
「えぇっ……!?」
予想していなかった答えが返ってきた。
「おう、おれも風太だぜ。……だめ、わたし似てないね。あははっ」
「いや……、冗談じゃ……なくてっ……!」
「あ、あー、コホン。おれは6年1組の二瀬風太だぜ。趣味は、なんかドラゴンが出てくるカードゲームだぜ。キリッ」
「なんだよ……その……悪意ある……モノマネは……! たしかに……『バトルドラゴンウォーズ』の……カード……集めてる……けど……! いや……そうじゃなくて……!」
「男子は何故かみんな持ってるよね、あのカードゲーム。風太くんはルールとか説明してくれたけど、よく分かんなかったし、興味ないよ。わたし」
「そんなこと……より……、おれが……風太……なんだよっ……!」
「そうなの? じゃあ、風太くんが二人になっちゃうんじゃない?」
「へっ……?」
「わたしの目の前にいる美晴ちゃんの姿をした風太くんと、キッチンでホットケーキを焼いてる風太くん」
「いや……、あっちが……本当は……美晴で……おれが……風太……」
「あ! もしかして、男の子みたいなしゃべり方してるのは、風太くんのモノマネだったのかな? 風太くんが来たら、ちゃんと女の子のしゃべり方に戻さなきゃだめだよ?」
「だから……、おれが……本当の……風太……だって……!」
話が進まない問答を繰り返しているうちに、キッチンでホットケーキが焼き上がってしまった。
「できたよ。三人分」
『風太』がダイニングへやって来た。
お盆に載せて運んできたのは、真ん中にバターが乗っていて、全体にとろ~りしたメイプルシロップがかかっている、スタンダードなホットケーキだ。
「わぁー! ホットケーキだー!!」
雪乃は見たままの感想を言った。
今の興味は完全にホットケーキに向いているらしく、『美晴』の話についてはもうすっかり忘れている。
「はぁ……」
「風太く……美晴、どうかした? さっき雪乃ちゃんと何を話してたの?」
「いや……なんでも……ない……。です……」
「?」
『風太』に言ったところで、おそらく味方はしてくれない。
不満げな表情を浮かべながら、『美晴』は甘くて美味しいホットケーキを頬張った。
*
「「「ごちそうさまでした」」」
雪乃が食器を運び、『美晴』がそれを洗う。料理をしていた『風太』には、その間に休んでもらうことにした。
「美晴ちゃん、もう食器はこれで全部だよ」
「ああ……。こっちも……もうすぐ……終わ……終わりますよ……」
「この後、三人でメガロパに行こうと思うんだけど、美晴ちゃんもそれでいい?」
「うん……」
この家の近所には、メガロパという名前の大型ショッピングモールがある。
「じゃあ、わたしたちは先に玄関の外で待ってるから、美晴ちゃんも準備ができたら、外に出てきてね」
「分かり……ました……」
『美晴』は皿洗いを終えると、手を拭いて美晴の部屋へと向かった。
しかし、部屋に向かう途中、外に出ているはずの『風太』とばったり出会った。『風太』は男らしい健康的な両腕で、キレイに畳まれ積み上げられた女物の洋服を抱えている。
「おい……、ここで……何やってるんだ……。お前……」
「わたしの服を、クローゼットにしまっておこうと思って……」
「だから……、そういう……のは……おれが……やるって……言ってるだろうが……!」
「で、でもっ! 風太くん、お皿洗いで忙しそうだったからっ!」
「あのな……、一応……今……お前は……風太……なんだぞ……! こんなところ……もし雪乃に……見られたら……、どう説明する……つもり……なんだよ……!」
「ゆ、雪乃ちゃんなら、先に玄関の外へ行きましたよ……?」
「そういう……問題じゃ……」
と、『美晴』は途中まで言いかけて、やめた。
これ以上声が大きくなれば、外にいる雪乃の耳にも届いてしまうかもしれない。そしてまた、あいつはケンカの仲裁をしにやってくる……。
「と……、とにかく……来い……!」
『美晴』はそのまま『風太』を連れて、美晴の部屋へと向かった。
*
二人で手分けをしながら、全ての洋服をクローゼットに片付け終えると、『美晴』は『風太』を勉強机のイスに座らせ、ハッキリと言った。
「これぐらい……のことは……、おれが……やる……! お前は……今……おれなんだ……から……、こういうことは……しなくていい……! あと……、近くに……雪乃が……いるってことを……考えて……行動しろ……よ……! 風太が……美晴の服を……勝手に畳んだり……クローゼットにしまったりするなんて……おかしいだろうが……!」
「は、はい……」
『美晴』は一方的に、『風太』を責めた。
責められた『風太』も、黙ってうつむいたまま、自分がやってしまったことを反省していた。
「……」
「……」
怒られてしょんぼりする『風太』を見ているうちに、『美晴』はなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
今回の『風太』の行動は、皿洗いで忙しい自分のためを想ってのことだ。悪気があったわけではない。
さらに、さっきからケンカばかりして雪乃を困らせているので、「雪乃のことを考えていない」のは、どちらかと言うと自分の方かもしれない。
(うーん、ちょっと言い過ぎたかな。おれも美晴を責められるほど周りが見えてるわけじゃないし……)
少し考えてから、『美晴』は言った。
「あ……、あの……さ……!」
「はい……?」
「もういい……から……、おれの……服……選んで……くれよ……」
「えっ? 服を……?」
「これから……三人で……出かけるん……だろ……? お前の……遊びに出かける……時の……服装とか……、おれ……知らないし……」
「わ、分かりました。わたしが選びますねっ」
『美晴』は一度、『風太』の善意の行動に任せてみることにした。
*
「お、おいっ……! これを……おれが……着るのか……!?」
『風太』が選んだコーディネートは、花柄のワンピースと、ひよこ色のカーディガンだった。
「ど、どうですか……?」
「お前なぁ……」
「お母さんとお出かけする時に着る、とっておきの服なんですけど……。や、やっぱりイヤですかっ?」
『風太』は『美晴』の反応を見て、出した服を片付けようとした。
「いいよ……片付けなくて……! 貸せよ、それ……! 女が……着れば……その服……か、かわいいと……思う……よ……」
「かっ、かわいい!? 風太くん、い、今、かわいいって言いました!?」
「なっ、なんだよ……!」
「こ、この服っ、お母さんがかわいいって褒めてくれてっ! 風太くんから見ても、か、かわいい、ですかっ!?」
「女が着れば、な……!」
「でも、風太くんは今女の子だから……」
「うるさいなっ……! 言われなくても……分かってるよっ……!!」
半ばやけくそになりながら、『風太』からお出かけ用のワンピースをぶんどり、『美晴』は今着ている服を思い切り脱いだ。脱ぎ捨てた。
鏡の前で、ブラジャーとパンツだけの姿になり、自分の身体にワンピースをあてがう。サイズも丁度良く、着られないということはなさそうだ。
「なぁ……美晴……。やっぱり……これ……って……」
「振り向いちゃだめっ!!!」
突然、『風太』が大声で叫んだ。
ワケも分からず、『美晴』は鏡の方を向いたまま、『風太』に尋ねた。
「えっ……!? なんだ……!?」
「そのまま、前を向いていてっ!」
「うん……? わ、分かった……!」
と言っても、『美晴』の正面にあるのは鏡。前を向いたまま背後の様子も分かるのが、鏡の利点なのだ。
『美晴』は鏡越しに、『風太』の様子を確認した。
(あっ……!)
『風太』は後退りして、ゆっくりとイスに腰を降ろした。
その動作の時に少しだけ見えたソレに、『美晴』の目は釘付けになっていた。
「美晴……」
「……」
「ウソだろ……お前……」
「い、言わないでっ」
「まさか……お前……今……、興奮……してるのか……?」




