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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第三章:小箱蘇夜花
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見てください


 「見てください。全部」

 「えっ……?」

 「わたしの身体、見てください」

 「お、お前っ……! それで……いいのか……!?」

 「はい」


 風太が一度も見たことのない、美晴の裸。

 着ている服を脱ぐだけで簡単に見ることができるが、風太は今までそれをしなかった。その理由は、美晴が「見せたくない」と言ったからであり、女子の見られたくないところを勝手に見るような男では、雪乃にも顔向かおむけできないと思ったからだ。美晴と雪乃……二人の女子の気持ちを、尊重そんちょうしようとした結果だ。

 しかしそれも、この瞬間まで。美晴本人の口から、「見てください」という言葉が出た。


 「どうして……?」

 「やっと、決心けっしんがついたので」

 「決心……?」

 「『見せる決心』と、『手放す決心』です」

 「手放す……決心……? それは……どういう意味……だ……」

 「その身体は……もう、わたしのものじゃないってことです」

 「じゃあ……誰のもの……だよ……! お前が……手放したら……この身体は……誰のものに……なるんだ……!」

 「……」


 そこで無言になることが、美晴としての答えだった。

 「手放す決心」とはつまり、もう他人のものだと認めるからこそ、どうなってもかまわないという決心だ。このまま新しい身体でいたいと願う美晴は、古い身体を手放すことに決めたらしい。

 今ここで「裸を見る」と、美晴は完全に元の身体への未練みれんを捨てるだろう。風太は、それに気付いた。


 「見ない……!」

 「えっ?」

 「お前が……この身体を……捨てる気なら……、おれは……見ない……! ずっと、ずっと……目をつぶって……おくからな……!」

 「そんなっ! その身体はもう、風太くんのものなのにっ!」

 「違うっ……! 勝手に……押し付けるな……! 『手放す決心』だけは……今……つけるなよ……! おれは……この身体は……美晴のものだと……思ってるんだ……!」

 「でも、わたしはもう『見せる決心』もついてて……!」

 「そっちだけ……! 本当に……見る……だけ……なら……見る……! おれは……この身体を……美晴のものとして……なら……、見る……!」

 「わ、わたしの身体として? 風太くんのじゃなくて?」

 「そうだ……。もう一度……だけ……聞くぞ……。この身体は……誰のもの……なんだ……?」

 「……」

 

 風太はかたくなに、身体を受け取ろうとしなかった。風太の「元に戻りたい」と思う気持ちは、美晴の「元に戻りたくない」と思う気持ちよりも、今は強い。

 今回は、美晴が折れた。


 「見てください」

 「何を……?」

 「わたしの身体を、です」

 「分かった……」


 *


 『美晴フウタ』はスッと目を閉じた。

 『風太ミハル』はれた手つきで『美晴』のスカートを脱がせ、ブラジャーとパンツだけの姿にした。

 

 「風太くん、後ろに手を回してください」

 「こう……か……?」

 「そうです。あっ、もう少し上です」

 

 『風太』に言われるがまま、『美晴』がひじを曲げていくと、胸の背面辺りで、サポーターやコルセットのような、ゴワゴワしたさわり心地の物が、『美晴』の指に当たった。

 

 「こ、これか……?」

 「その辺りに、ホックがあります。自分ではずしてみてください」

 「う……ん……?」

 

 小学6年生の男子なので当然だが、自分のものどころか、他人のものすら外した経験はない。

 少し時間がかかったが、身体をひねり、指を上手く使って、『美晴』はなんとか外すことができた。

 

 「ふぅ……。やった……! 外せた……!」

 「やりましたね。じゃあ、後は」

 「パンツ……か……」

 「パンツ、ですね……」

 

 『美晴』はパンツのゴムに指をかけ、前屈まえかがみになりながら、するするとあしを抜いていった。そして、脱ぎ終わったパンツはそっと床に置いた。

 

 「さ、最後の……一枚……を……脱いだ……」


 少女は、ほぼ一糸いっしまとわぬ姿で、ダンス用の大きな鏡の前に立っている。


 「美晴っ……! め、目を……開ける……ぞ……!」

 「待って! その前にっ!」

 「うん……?」

 「ここを、いておきます……!」

 

 『風太』は濡れたタオルを手に持ち、『美晴』の股の内側や両足の付け根のあたりを、丁寧ていねいに拭き始めた。

 『美晴』は「そうか、それを忘れてた……!」とは思ったものの、そんなところの世話まで同級生の女の子にやってもらうのは、男としてなんだか恥ずかしくなった。

 

 「いい……よ……。自分で……やる……から……」

 「いえ、今はわたしがやりますっ。わたしの拭き方をお手本にして、次から自分でやってみてください」

 「わ、わかった……」

   

 断られたが、『美晴』は納得していた。

 拭き方が、確かに男子とは違う。男子より柔らかくてスベスベしている女子の肌は、それほど繊細せんさいなものなのだろう。

 

 「終わりました。これで全身、キレイになりましたね」

 「うん……!」

 「じゃあ、目を開けてくださいっ。お、お願いしますっ」

 

 準備は全てととのったらしい。

 『美晴』は静かに深呼吸しんこきゅうをして、ゆっくりとまぶたを開けた。


 「……!?」


 目の前の鏡には、髪の長い少女の裸が映っていた。

 色白でせている。上半身の胸には脂肪がついて膨んでいるし、下半身には本来の男子の身体にあったものがさっぱりなくなっている。

 その少年にとっては、初めて見る同級生の少女の裸体らたいだったが、驚いた理由はそこではなかった。

 

 「なんだ……これ……!?」


 まず、肌の色がおかしい。膨らんだ胸の下からヘソの辺りにかけて、皮膚ひふがグシャっと握られたようなシワだらけになってゆがみ、さらに一部は赤黒あかぐろく変色している。

 そして、太もも付け根のあたりには、強くいた時にできるような隆起りゅうきした傷痕きずあとが、何本もある。血こそ出ていないものの、痛々しくれてうねっているそれはまるで、のたうちまわるミミズのようだった。

 

 目の前の悲惨ひさんな現状に、思わず目をおおってしまいそうになる。

 しかし、この身体の持ち主だった『風太ミハル』は、静かな声で言った。


 「しっかり見てください。これが、わたしの身体です」

 「まさか……、お前が……裸を……見せたくなかった……理由は……」

 「もちろん、恥ずかしいという気持ちもありましたけど、風太くんにこれを見せる勇気がなかったというのが、大きな理由です」

 「それで……これは……なんだ……? この……赤い……肌は……」

 「火傷やけどの痕です。暑い日のマンホールで、何が焼けるかの実験をしたかったそうです」

 「この……傷は……?」

 「刑の名前は、『ハリけミミズ』。それを受けた時の傷痕です」

 「これも……刑か……」

 「肩にある青アザも、おデコの傷も。あのクラスの誰かにつけられたものばかりですね」

 「治る……のか……?」

 「分かりません。保健室や病院には行ってないので。一生いっしょうのこってしまうかもしれません」

 「なんだよ……それ……」

 「でも、前髪を伸ばせばおデコは隠せますし、服を着ればその身体の傷もちゃんと隠せます」

 「そういう……ことじゃない……だろ……」

 「みにくいですよね。こんなものを見せて、ごめんなさい」

 「……」

 「もう服を着てもいいですよ。風太くんに見てもらえてよかったです」


 『風太』がそう言った後も、『美晴』はしばらく鏡の前に立っていた。


 *


 数分後。

 さすがに寒くなってきたので、『美晴』はうす水色みずいろのパンツをはき、『風太』に教わりながら初めてのブラジャーを着けた。

 

 「これで……いいのか……?」

 「はい。胸、苦しくないですか?」

 「まぁ……大丈夫……そう……だ……」

 「じゃあ、ブラウスとスカートはここに置きますね。わたしは、風太くんが脱いだ服を片付けておきます」

 「ああ……。頼む……」

 

 『美晴』はブラウスのボタンを留め、紺色こんいろのプリーツスカートをはいた。目を閉じなくてもよくなったので、以前とは違いスムーズに着ることができた。

 ふと、『風太』の方を見ると、畳んだ服を袋に入れて、赤いランドセルへと運んでいるのが見えた。

 

 「美晴……」

 「あっ、終わりましたか?」

 「お前の……お母さん……は、どこまで……知ってる……?」

 「何も。何も知りません」

 「だ、だったら……! まず……あのクラスで……起こってることを……お母さんに……相談しよう……! もし……お前の口から……言いづらいなら……、おれが……代わりに……話してやるからっ……! だから……身体を元に……」

 「やめてっ!!」

 「えっ……!?」


 『風太』の声が、この第一だいいち用具庫ようぐこに響く。

   

 「お母さんには、絶対に言わないでっ!!」

 

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