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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第三章:小箱蘇夜花
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学級裁決


 (蘇夜花……!)


 『美晴』は蘇夜花をにらんだ。

 こいつの凄惨せいさんな過去を知っても、まだ諸々のうらみやにくしみは消えていない。しかし蘇夜花は、『美晴』に少しもひるむことなく言葉を続けた。

 

 「もうっ。そんな怖い顔しないでよ。ちょっと美晴ちゃんとお話がしたい気分なだけだよ」

 「はなし……?」

 「最近の美晴ちゃんは、よくしゃべるみたいだからさ。このさい、本音で話し合ってみてもいいかなって」

 「まず……、この前の……社会のノートの……ことを……」

 「ああ、あれね。実は、あれをやったのは五十鈴ちゃんなんだよ。その前のブラウスは真実香ちゃん。本当にわたしじゃないの」

 「でも……! お前は……近くで……見てた……ハズだろ……!」

 「そうだね。あなたの言う通りだよ。周りでそれを見ていることしかできなくて、ごめんなさい」

 

 蘇夜花は、あっさりと頭を下げた。話の流れの中で、ごく自然に。


 「……!」

 

 不意ふいのことに、『美晴』は少し戸惑とまどった。こうもあっさり頭を下げられると、すぐに返す言葉が出てこない。

 周囲は誰も蘇夜花の謝罪を気にすることなく、それぞれの友達と会話をしながら、廊下ろうかを歩いている。

 

 「美晴ちゃん、少し二人きりで話をしない? 誰にも聞かれたくない真相しんそうを語りたいんだ」

 

 蘇夜花は小さな声でささやいた。

 『美晴』は警戒けいかいし、きょろきょろと辺りを見回したが、近くに五十鈴や真実香の姿はない。遠くにバカが歩いているのは見えたが、こちらに気付くことなく夢中で友達としゃべっている。


 (本当に、二人きりなら……)

 

 『美晴』は小さくうなずいた。


 *


 蘇夜花の提案ていあんで、誰もいない場所……全校集会が終わった体育館の中で、話すことにした。体育館の裏で『風太』と待ち合わせをしているので、蘇夜花との話の後、すぐにそっちに行こうと考えている『美晴』にとっても、それは都合つごうがよかった。

 二人で体育館に向かって歩きながら、蘇夜花は話を始めた。

 

 「さっきの全校集会でのわたしの話、覚えてる?」

 「うん……」

 「ここに転校してくる前の学校でね。……あったんだ。わたしへのイジメが」

 

 二人で階段を降りる。

 体育館は、一階の下駄箱げたばこゾーンを抜けたさらに奥にある。

 

 「前の学校では学級委員をやってたんだよ、わたし。あの時はただ、先生にめられるのが嬉しくて、軽い気持ちで学級委員になったの」

 

 「そのころ、わたしのクラスでは、リーダー的存在のミサを筆頭ひっとうに、女子の大きなグループができつつあったんだ。天下てんか統一とういつ! って感じでさ」

 

 「まぁ、良く言えば『友だちのが大きくなっていった』ってところかな。わたしも、気付けばそのグループの中にいたよ。友達はいっぱいだし、学校生活は充実じゅうじつしてた」

 

 「みんな仲良しで、学級委員としてもやりやすかったよ。最高のクラスだと思ってた。でも、みんなのつながりの根源こんげんは……イジメだった」

 

 「ヨミコちゃんって子がいてね。リーダーのミサを中心に、その子をいじめてた。学級委員のわたしは、それに対して見て見ぬふりをしてたんだ」

 

 「ヨミコちゃんをみんなでいじめると、他のみんなには一体感いったいかんが生まれる。ヨミコちゃんは、このクラスに必要な犠牲ぎせいだと……そう思ってた」


 二人は下駄箱を通り過ぎた。

 蘇夜花はまだ話し続けている。


 「ある日、ミサは言ったんだ。『ヨミコを金魚の水槽でおぼれさせよう』ってね。誰も、それに反対する人はいなかった」

 

 「でもね、わたしはもうガマンできなくなって、言ったよ。『もうやめようよ! そんなことしたらヨミコちゃん死んじゃうよっ! みんな間違ってるよ!』ってさ。それがダメだったみたい」

 

 「ミサは、今度は標的をわたしに変えてきた。びっくりなのはヨミコちゃんだよ。その子も、わたしをいじめる側に回ったんだ」

 

 「ヨミコちゃんとミサは結局、仲良くなってハッピーエンド。わたしはトイレに呼び出されて、カッターナイフで背中を切られバッドエンド」

 

 「怖かった。誰にも相談できなかった。この学校に来るまで、一人で抱え込んだよ」


 蘇夜花の声はふるえていた。


 *

 

 体育館に到着とうちゃくした。

 蘇夜花と協力して、重くて大きな引き戸をガラガラと開ける。当然、その中には誰もおらず、館内の電気は消えていた。窓をおおうカーテンから漏れる光のみが頼りなので、薄暗うすぐらい。


 「……」

 

 『美晴』は黙ったまま、蘇夜花の話を聞いていた。

 しかし、蘇夜花が今話したことは、全校集会で彼女が読み上げた原稿げんこう再放送さいほうそうにすぎない。

 

 「……と、まぁここまでは、さっき集会で話したことだね。おさらいはもういいかな?」

 「う……ん……」

 「じゃあ、真相を話すね」

 「ああ……」

 

 蘇夜花が誰にも聞かれたくないという、真相を。


 「今の話、ウソだよ」


 『美晴』は聞いた。が、耳をうたがった。


 「えっ……? は……?」

 「では、どこまでがウソなんでしょーか? 全部がウソってわけでもないの。一部だけウソなの」

 「う、ウソっ……て……」

 「答えはね、さっきの話の中の『わたし』と『ミサ』がぎゃくなんだよ。おどろいた?」

 「どっ、どういう……ことだ……?」

 「もうっ、ニブいね美晴ちゃんは。つまり、女子をまとめて大きなグループを作り上げたのが『わたし』。わたしのやることに水を差してきたのが、学級委員の『ミサ』」

 「なっ……!?」

 「ウソの原稿げんこうを書くの、大変だったよ。ミサの視点から状況を説明して、ミサの気持ちになって文章を書かないといけなかったから」

 「前の……学校……は……!? ミサは……どうなったんだ……!?」

 「わたしが転校した、その後の学校のこと? ヨミコちゃんがわたしのグループを引き継いだよ。引き継ぎのあかしとして、わたしがカッターナイフでミサの背中に一本の傷をつけ、ヨミコちゃんがもう一本の傷をつけて、×印を作ったっけ」


 まるで自慢じまんでもするかのように、蘇夜花は詳細しょうさいをペラペラと語った。

 つまり蘇夜花は、月野内小学校の先生や生徒を含めた全員の前で、「わたしは過去にイジメを受けていました」と、ウソをついたのだ。


 「なんで……そんなウソを……ついたんだ……!?」

 「ふふふ。逆に聞くけど、『過去にイジメを受けていた女の子』の話を聞いたら、普通の人はどういう気持ちになると思う?」

 「え……!?」

 「『かわいそう』とか、『優しくしてあげよう』とか、『心に寄り添ってあげよう』とか。あとは、『イジメをするやつは許せない』とかもあるね。少なくとも、『もっと苦しませてやろう』とは誰も思わない」

 「……!」

 

 たしかに『美晴』にも、蘇夜花への同情の気持ちはあった。その気持ちがなければ、ここまで素直について来たりはしなかったかもしれない。


 「特に大人はね。弱者は良い人だと勝手に思い込んでくれるから、誰もわたしを疑わない。こうしてわたしは、『イジメを経験したけど今は元気に生きている女の子』になることで、誰からも攻撃されない絶対的な地位を手に入れた」

 「そんなことの……ため……だけに……?」

 「けっこう大事なことなんだよー? ほら、『普段の行い』って言葉があるじゃん。()()()()()()()に、先生はわたしと陰キャな美晴ちゃんのどっちを信用すると思う?」

 「こ、こいつっ……!!」


 込み上げる怒りに任せて、『美晴』は蘇夜花に掴みかかろうとした。


 「きゃあっ!!」

  

 しかし蘇夜花は、『美晴』の手に胸ぐらを掴まれた瞬間、わざとらしく大きな悲鳴を上げた。


 「痛いっ! 美晴ちゃん、急に何するのっ!?」

 「はあ……!? まだ……何も……」

  

 その時突然、体育館の扉が開いた。


 「まさか、ここまで蘇夜花の言った通りになるとはね。蘇夜花の先読みがすごいのか、それとも美晴が単純バカすぎるのか」


 そこに立っていたのは、五十鈴だった。

 五十鈴はスマートフォンのカメラをこちらに向けて、一回だけカシャリと写真を撮った。


 「それは悪手あくしゅよ、美晴。弱者に暴力を振るってるようにしか見えないわ」

 「な……!?」

 「まだやるの? これ以上やるなら、先生にこの写真を見せにいくけど」

 「や、やめろっ……!!」


 全校集会が終わったばかりなので、今は特にマズい。誰もが蘇夜花の味方をしてしまう。

 『美晴』は蘇夜花からパッと手を放し、悔しさに満ちた声で叫んだ。


 「どうして……こんな……くだらないことを……するんだ……!? そんなに……美晴への……イジメが……楽しいのか……!?」


 『美晴』の問いに対して、蘇夜花はニッコリと笑って答えた。


 「わたしたちは、イジメなんかしないよ。イジメっていうのは、心の弱い人がする恥ずかしいことだから」

 

 予想していなかった答えに、『美晴』は目を丸くした。


 「は……?」

 「勘違かんちがいしないでね。わたしが過去に受けたのはイジメだけど、あなたが今受けているのはイジメじゃない」

 「何を……言ってるんだ……?」

 「イジメじゃなくて、"学級がっきゅう裁決さいけつ"なの。だから、これからはそう呼んでね」

 「学級……裁決……?」

 「そう。クラスみんなで誰が悪いかを決めてから、刑を執行してるだけなの。美晴ちゃんは独りぼっちだから、ちょっと不利ふりだけど、みんなの意志が正義だから仕方ないよね」

 「ふざけるなよ……! やってることは……ただのイジメだろうがっ……!!」

 「ふふふ。でも、これで言い切れるんだよ。6年2組にイジメはないって」

 

 「学級裁決」という言葉が、6年2組の意識を変えた。自分たちは正義だと思っているからこそ、連中は非道ひどうな行いも平気で楽しむことができるのだ。

 

 (くそっ! クソッ、くそっ!!)


 風太の心と美晴の身体は、全く同じ感情を持っていた。しかし、二人分の悔しさがあってもなお、それをぶつける場所は見つからなかった。


 「ふーっ……! ふーっ……!」


 奥歯をグッと噛みしめ、肩を震わせながら、『美晴』は体育館を出ていこうとした。


 「あら、どこへ行くつもりかしら?」

 「……!?」

 

 目の前には、五十鈴が立っている。

 そいつを押し退けてでも出ていくつもりだったが、『美晴』はそれをしなかった。五十鈴の手に握られているものを見て、立ち止まってしまったからだ。

 

 「お前……! それはっ……!」

 「ブラとショーツよ。誰かさんの」


 それは、『美晴』が『風太』に着せてもらうために学校に持ってきた、水色のブラジャーとパンツだった。袋に包んで、ランドセルの奥にしまっておいたハズのものだ。


 「可愛いデザインね。誰かに見せるための下着かしら」

 「やめろっ……! 返せっ……!!」

 

 五十鈴の手から必死に取り返そうとしたが、美晴の身体では力も身長も全然足りない。五十鈴にブラジャーを持った手を高くあげられると、小さな『美晴』は完全に無力むりょくだった。

 

 「誰の物かは分からないし、教室の黒板に貼り出そうかしら」

 「この野郎っ……! おれを……バカに……」

 

 そう言いかけた時、『美晴』は背後はいごから右肩をポンッと叩かれた。

 普通の人なら反応して振り向く程度だが、今の『美晴』の右肩には、グロテスクな青アザがある。


 「うぅあっ……!! 痛いっ……!!」


 ビリリと激痛が走る。それと同時に、全身から汗が一気にき出す。

 『美晴』の肩を叩いた蘇夜花は、悪びれもせずに自分の言いたいことだけを言った。


 「さて、そろそろ"学級裁決"を始めるよ。わたしたちと一緒に来てくれるよね? 美晴ちゃん」

 

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