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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第二章:6年2組の女子生徒
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イジメ0プロジェクト・友だちの輪をつなごう月野内人権週間


 自分のことを美晴だと思い込んだまま、帰宅した。

 ドタドタと騒がしく美晴の家に上がり込む。その華奢きゃしゃな脚にとっては、家にドタドタと上がり込むという行為は、初めての経験かもしれない。

 そして勢いよく美晴の部屋に入り、背負っていたランドセルを机の上に置いた。


 (分からないっ、分からないっ!)

 

 暑くなって、シャツの胸のあたりを、右手でぎゅっと握りしめる。しかしそれでも、自分の中のものは何一つ収まらない。とても苦しいが、いじめられた時に感じる嫌な苦しみではない。

 

 (どうして、風太くんが……)

 

 ベッドのふちに腰掛こしかける。

 まだ心臓はドキドキしている。

 風邪を引いた時と同じように、身体はねつびている。

 

 (なんで、わたしのことを……)

 

 そのまま力を抜いて、ベッドの上で仰向あおむけになる。

 長い髪がフワリと横に広がる。前髪も自然に分かれて、おデコの傷痕があらわになる。

 

 「あぁっ……」

 

 おデコに、手の甲を当てる。

 

 (すごく、あつい……!)


 どんどん意識が遠くなって、『美晴』はそのまま眠ってしまった。


 *

 

 その夜、美晴のお母さんは、久しぶりに娘の明るい笑顔を見た。二人の間にあまり会話はなかったが、戸木田家の親子はとても幸せな一夜いちやを過ごした。

 

 *


 次の日の朝。

 

 (どれにしようかな……)

 

 『美晴』は年頃としごろの女の子らしく、姿見すがたみの前で今日学校に来ていく服を選んでいた。

 

 (やっぱり、目立たないように……)

 

 いつも着ているようなグレーの服を手に取り、身体にあてがう。色合いろあいはかなり地味。

 

 (でもっ! でも、もし昨日みたいなことがあったら……)

 

 迷っているもう一方の服を手に取り、また身体にあてがう。女子小学生のファッションとしては普通だが、美晴はあまり着ないような服。


 (これで……いいかな……?)

 

 なやんだすえ、後に選んだ服を着て部屋を出た。


 *

 

 今日の天気は晴れ。

 気温はそれほど高すぎず低すぎず、風も心地良ここちよいくらいにおだやか。

 6年1組では、『風太』が男友達との会話に混ざり、6年2組では、ひとりぼっちの『美晴』が教室のすみっこで本を読んでいる。この光景こうけい自体は、いつもと変わらないものだ。


 午前の課程かていを終えた。

 給食をて昼休みになり、『美晴』は今日もまた図書室へと向かうことにした。


 (今日はどんな本を読もうかな)

 

 ガラガラと扉を開けて中に入り、自分の身長よりはるかに高い本棚の間を散歩する。

 昼休みになると学校全体が騒がしくなるが、ここだけは特別な場所だった。さっきまで校舎内にいた静寂せいじゃくが追い出され、最後にたどり着くのがこの場所……。


 「わっ、わぁあーーーー!!?」


 ドサドサドサッ!!

 静寂は死んだ。


 (なっ、何の音っ!?)

 

 『美晴』は驚いて、その音がした方へ振り向いた。

 

 「ううぅ、痛いぃ~!」

 

 数冊の本が床に散らばり、女の子が倒れている。おそらく、本棚をよじ登っていたら落ちてしまった、というところだろう。

 広々とした図書室の中の、ここは第8文庫エリア。児童からは特に人気がない、難しい本が並んでいる場所だ。周りには『美晴』とその女の子以外、誰もいない。


 「だっ、大丈……夫……?」

 

 見て見ぬふりをするわけにもいかないので、『美晴』は倒れている女の子に声をかけた。

 面識めんしきはないハズだが、不思議と初めて会話をするような気がしない。

 

 「大丈夫ですっ! これぐらい平気……でも、やっぱり痛いぃ~!!」

 

 『美晴』は床に散らばった本を拾い集め、その女の子に渡した。その子は「痛たた……」とおしりをさすりながら立ち上がり、本を受け取ると、『美晴』の顔を見つめた。

 そこで、『美晴』はハッと気付いた。


 (あっ! この子、風太くんとハイタッチしていた子だ……!)


 昨日、『風太』と一緒にドッジボールをしていたあの元気いっぱいな女の子と、同一どういつ人物じんぶつ

 『美晴』がその子を見つめ返していると、女の子はすぐにお礼を言った。

 

 「拾ってくれてありがとうっ!」

 「ぃ……え……」

 「あれ? もしかして、美晴ちゃん!?」

 「えっ……?」

 

 突如とつじょ、名前を呼ばれた。

 どうやら向こう側は、美晴のことを知っているようだ。

 

 「やっぱり美晴ちゃんだっ! 美晴ちゃんは、よくここに来るの?」

 (あれ……? わたしとこの子は、話したことがないハズ……)

 

 こちら側は、知っているような知らないような、曖昧あいまいな感覚。

 

 「わたしはね、本を返しに来たの! 風太くんとじゃんけんしたんだけど、今日は負けちゃって。でも、まさか落ちちゃうなんて……運動うんどう不足ぶそくかなぁ」

 

 女の子は勝手にしゃべった。

 その言葉の一つ一つが、『美晴』の脳の深いところに置かれていく。


 (風太くん……。じゃんけん……。本の返却……)

 

 すると、『美晴』の頭の中では、眠っていた記憶が呼び起こされた。

 

 (わたしは、この子の名前を知ってる……!)

 

 目の前の少女は、不思議そうにこちらを見ている。

 

 (この子は……いや、こいつはっ! わたし……違う、お、おれのっ!)


 一日かかったが、やっと戻ってきた。


 「ゆき……の……?」

 「え?」

 「雪乃っ……!」

 「う、うんっ!? わたし、雪乃だよっ!?」

 「雪乃っ……! 雪乃っ……!」

 「ちょっ、ちょっと、どうしたのーっ!?」

 

 『美晴』は自分でも気づかないうちに、雪乃の両肩を掴んでガクンガクンとさぶっていた。

 

 「うわ~あっ! ストップストップぅ~! 頭がユラユラする~!!」

 「あっ……! ごめん……雪乃……」

 

 『美晴』は手を放した。

 放したその手は、色白でとても細い。

 

 「なっ、なんだよ……。この手は……」

 

 手のひらをじっくり見る。

 続いて、自分の身体を見降ろす。


 「わ……わっ!!?」


 ピンク色のシャツに、白いフリルスカート。好きな男の子に「かわいいね」と言ってもらうための、あいらしい女の子の服。

 『美晴フウタ』は自分が着ている服にびっくりして、またをバッと開き、スカートのすそを引っ張り上げた。

 

 「うわぁっ……なんだこれっ……!? 恥ずかしい……服っ……!」

 「だ、ダメだよ美晴ちゃんっ!! 見えちゃうっ!!」

 

 危ない格好をしている『美晴』の手を、雪乃がとっさに掴んで止めた。

 そして『美晴』はゆっくりと顔を上げ、雪乃と目を合わせて、確認するように言った。

 

 「おれは……誰に……見える……?」

 「へっ? 美晴ちゃん、だけど……?」

 「雪乃……よく……聞いてくれ……。信じられない……かも……しれないけど……」

 「うん??」


 雪乃には、これまで何度も助けられてきた。だからこそ、雪乃にだけは真実を話してみたいと思っていた。

 しかし、緊張でドキドキしてしまい、首の絞まりはどんどん強くなっていった。

 

 「お……ぉれ……は……!」

 「えっ?」

 「ほ……んっ……。ん……とぅ……は……」

 「美晴ちゃん……?」

 「……、………。…………」 

 

 キンコーン。

 絶妙ぜつみょうなタイミングで、昼休み終了のチャイムが鳴った。

 

 「あっ! ごめん、わたしそろそろ行くねっ! お話の続きは、また今度っ!」

 

 チャイムの音に気付き、雪乃は図書室から出て行こうとした。

 『美晴』は手を伸ばして叫ぼうとしたが、首の絞まりの悪化により、のどから音を出すことができなくなっていた。

 

 (ま、待てよっ! まだ行かないでくれっ!)

 

 走るのを一旦やめて、雪乃がくるりと後ろを向いた。

 

 「言い忘れてたけど、風太くんも美晴ちゃんのこと、心配してたよっ! それじゃっ!」

 

 それだけ言うと、雪乃はまたくるりと前を向いて行ってしまった。

 

 (待ってくれ雪乃っ! 違うんだっ! そいつが美晴で、風太はおれなんだっ!)

 

 雪乃への必死なうったえも、声にはならず。『美晴』の開いた口からは、苦しそうな吐息といきが漏れるだけだった。


 *


 5、6時間目。

 本日は特別カリキュラムとして、体育館での全校集会となった。月野内小学校の全ての生徒が、クラスごとに一列に並んでいる。

 ざわつく体育館の中で、『美晴』は6年2組の列に並んだ。出席しゅっせき番号ばんごうじゅんなので、「戸木田ときた」は列の真ん中あたりだ。


 (くそっ。もう少しだったのに……)

 

 『美晴』は体育座りをしながら、6年1組の列にいる雪乃を見ていた。

 雪乃は自分の前で座っている実穂ミホと、楽しそうにおしゃべりをしていた。


 「……」


 10分ほどかかって体育館は静かになり、全ての生徒が自分の場所に座った。それを確認すると、校長の石楠花シャクナゲ先生(初老の女性)は、体育館のステージの上にあるマイクを使って話を始めた。

 

 「みなさん。こんにちは」

 「「「……んにちはぁ~」」」

 「えー、みなさん。今週は、ごぞんじの通り『イジメ0プロジェクト・友だちの輪をつなごう月野内人権週間』です。今週、みなさんには、道徳の時間にですねぇ、えー……グループワークをしたり、イジメに関するビデオを見たりして、人権についての学習をしていただいたと思います」

 

 校長はやたら長々としゃべったが、まともにその話を聞いている生徒はごくわずかだった。友達にイタズラする男子生徒、隣の子とヒソヒソ話をしている女子生徒、大あくびをしながら見回りをしている先生……。みんなそれぞれの方法で、この退屈たいくつな時間をつぶしている。

 『美晴』も雪乃のことばかり気になってしまい、校長の話にはほとんど耳をかたむけていなかった。

 

 「えー、これでですねぇ、私の話は以上です。それでは続いて……」

 

 しばらくして、校長の話は終わった。……が、全校集会はまだ続くらしい。


 (((はぁ~……)))

 

 一部の生徒たちは、心の中でため息をついた。もう終わってくれという無言むごんなげきが、体育館内に響いた。

 そして、『美晴』の意識は眠気ねむけへと移り、あからさまにウトウトとしてきた頃、その発表はステージの上で始まった。


 「今回、このプロジェクトの総括そうかつとして、えー……ある生徒にですねぇ、過去に自分の身に起こった辛いイジメの経験を、お話ししていただけるということになりました」


 (いじめられた経験……?)

 

 突然聞こえてきた、何やら興味きょうみぶかい話。

 校長の話を聞くために、『美晴』は少しだけ自分を起こした。


 「えー、この学校に転入する前の学校で、つらい、つらいイジメにあっていたと、勇気を出して担任の先生に打ち明けてくれたそうです。本人も『思い出すのも辛い経験ですが、わたしの経験を語ることで、イジメへの理解を深められれば』とおっしゃり、この全校集会で、皆さんにお話しすることを引き受けていただきました」


 「では、えー……今から、お話ししていただきます。皆さん、しずっかに! 聞きましょう」


 「6年2組、小箱こばこ蘇夜花ソヨカさん。よろしくお願いします」

 

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