↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第二章:6年2組の女子生徒
15/127

バッドエンド


 「みんな聞いてっ! 蘇夜花が、『デメ』やってもいいってさ!」 


 真実香は、クラスの全員に聞こえるように叫《さけ》んだ。

 

 「「「……!?」」」

 

 その一言で、教室がシーンと静まり返った。

 床で寝かされている『美晴』以外の全員が、真実香を黙って見つめている。

 

 「……本当に蘇夜花が言ったのか。それ」

 

 『美晴』の腹の上に座っている界が、最初に口を開いた。界は大きく目を見開《みひら》き、少し冷《ひ》や汗《あせ》を垂らしている。

 そんな界に対して、真実香は笑顔で答えた。

 

 「うんっ! 時間も5分作るから、美晴に『デメ』やっていいって言ってた! 職員室でちゃんと聞いてきたよっ!」


 やはり『美晴』は、間違いなく「デメ」を受ける。


 (デメ……?)

 

 虚《うつ》ろな目をしたまま、『美晴』は耳に入る謎の単語に疑問を持っていた。

 腹部は潰《つぶ》され、両腕は踏みつけられ、右肩はビリビリと痛む。今から自分の身に降りかかる「デメ」が何なのかは分からないが、もうそれを拒否する力は微塵《みじん》も残っていない。


 「蘇夜花ちゃん、怒ってるよね。きっと」「当然だよ。美晴が悪いんだから」「で、誰がやるの? 蘇夜花も五十鈴もいないけど」「うわっ、おれ初めて見るかも」


 観衆たちがざわつくなか、界は『美晴』の腹から降りると、力の抜けた『美晴』の胸ぐらを引っ張りあげて、無理やり身体を起こさせた。

 

 「おい、手足に力入れろよ。もう1発、蹴《け》られてェのか? あァ?」

 

 界の乱暴な言葉を聞くと、『美晴』の身体は恐怖で震えた。

 

 (嫌《いや》っ……。やだっ、怖い……)

 

 涙だけはガマンしたが、心は完全に折れている。心が折れたせいで「かよわい美晴」の封印が解け、本来の弱虫《よわむし》女《おんな》である自分が抑えきれなくなっている。

 『美晴』は手足に力を入れて、ボロボロの身体を支えた。


 「ここに座れ」


 界の言うことを聞くしかなかった。

 『美晴』が少し腰を上げると、脚《あし》は一番楽な姿勢を選び、「女の子座り」で教室の床にへたり込んだ。

 界はそれを見届けると、一旦《いったん》闘技場《コロシアム》から退場し、掃除用具入れなどがある教室の後ろへと向かった。


 ──月野内小学校の一部のクラスでは、生き物を飼育している。生徒か先生が自分のクラスに持ち込んで、そのままクラス全員のペットとなるのだ。

 2年3組にはカブトムシの幼虫、4年1組にはオカヤドカリ。大抵は大きめの水槽《すいそう》に入れられ、ランドセルを収納《しゅうのう》するロッカーの上で飼われている。

 そして、この6年2組にもペットはいた。


 ゴトッ。

 力なく項垂《うなだ》れている『美晴』の前に、大きな水槽が置かれた。


 (なんだ、これ……?)

 

 教室の後ろに行った界は、二人の男子を引き連れて戻ってきた。


 「冬哉《トウヤ》、琥太郎《コタロウ》。お前らは、美晴の腕を押さえとけよ」

 「えぇー!? 界は!?」

 「おれァ、この水槽を押さえとかなきゃダメだし」

 「自分だけ楽な方じゃんっ!」

 「でもよォ、執行人《しっこうにん》やるよりかはマシだろ?」

 「それは、まあ……。そうだけど」

 

 男子三人で小競《こぜ》り合《あ》いをした後、その中で一番《いちばん》図体《ずうたい》の大きい界が、観衆に向かって大声で叫んだ。

 

 「キモムタァ! お前、ちょっとこっち来いっ!」


 界に「キモムタ」と呼ばれて、前に出てきたのは、小太《こぶと》りの小さな少年だった。

 

 「へぇっ!? ぼっ、ぼくぅ!?」


 おどおどしていて、気弱《きよわ》そうだ。

 

 「キモムタ。お前が執行人をやれ」

 「なっ、なんでぼくなんだよぉ。か、界くぅん」

 「いいからやれ。それとも、テメェが美晴の代わりに『デメ』を受けるか?」

 「ひえぇっ! わ、分かったよぉ! し、執行人やるよぉっ!」

 

 界にびくびくと怯《おび》えながら、キモムタは『美晴』の首根《くびね》っこを掴《つか》んだ。

 『美晴』はキモムタを軽蔑《けいべつ》するような目で見ていたが、キモムタのほっぺたは何故《なぜ》か赤く染まった。


 「執行人はキモムタな。よし、始めるか」

 

 そう言うと、界は水槽のフタを静かに開けた。

 その中にいたのは……金魚《きんぎょ》だった。黒いデメキンが一匹、飼育用《しいくよう》水槽《すいそう》の中を悠々と泳いでいる。


 (えっ……?)

 

 『美晴』はワケが分からず、界の顔を見た。

 

 「『デメ』のルールは簡単だ。お前がデメキンを口で捕《つか》まえるか、3分経ったら終わり。まァ、口を使って金魚すくいをやれってことだよ」


 説明されてもなお、界の言っていることはさっぱり理解できない。

 

 (何を……言ってるんだ……?)

 

 しかし聞き返そうにも、口から言葉が出ない。

 そうしている間に、無情《むじょう》にも『デメ』は始まってしまった。

 

 キンコーン。

 3時間目開始のチャイムが鳴ると同時に、『美晴』の顔は、金魚がいる臭《くさ》い水槽へと無理やり押し込まれた。


 チャプッ。


 着水《ちゃくすい》する。

 『美晴』は身体を動かそうとしたが、ただでさえ抵抗する体力がないのに加え、腕も首も強く押さえつけられていて、身動きがとれない。唯一《ゆいいつ》、自由になっている脚《あし》をバタつかせても、この状況を解決するような力にはならなかった。


 (うっ、臭《くさ》いっ……! 息《いき》が……苦しいっ……!)


 『美晴』の息の限界は、すぐに来てしまった。入水する前に、しっかりと空気を蓄《たくわ》えることができなかったからだ。

 金魚を捕まえるどころか、水の中で目を開けることすらできない。水はひどく濁《にご》っていて、金魚のエサや糞《フン》が大量に含まれている。


 (助けてっ! 誰か、助けてっ!)


 極限《きょくげん》状態《じょうたい》の中では、少年と少女の影が何度も重なり、『美晴《フウタ》』は無意識《むいしき》に少女のような口調《くちょう》で声にならない言葉を叫んでいた。

 6年2組の中心で、まるで拷問《ごうもん》のような責《せ》め苦《く》が行われている。しかしそれでも、観衆の中から戸木田美晴を助けようとする人間は現れなかった。


 「ぶはぁっ……!!」


 ザバッ。

 『美晴』の首が、水槽から引き上げられた。長い髪を伝って、毛先からは汚水《おすい》がジョボジョボと垂れ落ちている。

 

 「はあぁっ……、はあっ……、はあぁっ……!」

 

 瞳を大きく見開き、『美晴』は何度も大きく呼吸をした。

 やっと苦しみから解放された……と思いきや、汗でにゅるにゅるしたキモムタの手は、まだ『美晴』の首根っこを掴んでいる。

 

 「おいキモムタァ、ちゃんと操作《そうさ》しろよ。金魚すくえてねェじゃねェか」

 「うっ、うん……」

 

 苛立《いらだ》つ界に睨《にら》まれ、キモムタはもう一度、『美晴』を入水させようとした。

 

 「やっ、やめ……て……!」


 口調《くちょう》は少女のものだが、ようやく『美晴』の口から、まともな言葉が出た。

 しかしキモムタは、一瞬ひるむも、『美晴』の後頭部《こうとうぶ》を押さえつけている手を止《と》めなかった。

 

 「息がっ、できな……むぐっ」


 『美晴』は、また水槽へ押し込まれた。

 今度は鼻や口の中に、汚水が流れ込んできた。肺に蓄えておいた空気はすぐに消費《しょうひ》してしまい、もう水を飲み込むしかなかった。

 

 (このままだと、本当に……死……)

 

 地獄《じごく》のような時間が続いた。


 *


 そして5分後。

 6年2組では、何事もなかったかのように、算数の時間が始まった。しかしその教室には、『美晴』の姿だけがなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。