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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第二章:6年2組の女子生徒
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バッドエンド


 「みんな聞いてっ! 蘇夜花が、『デメ』やってもいいってさ!」 


 真実香は、クラスの全員に聞こえるようにさけんだ。

 

 「「「……!?」」」

 

 その一言で、教室がシーンと静まり返った。

 床で寝かされている『美晴』以外の全員が、真実香を黙って見つめている。

 

 「……本当に蘇夜花が言ったのか。それ」

 

 『美晴』の腹の上に座っている界が、最初に口を開いた。界は大きく目を見開みひらき、少しあせを垂らしている。

 そんな界に対して、真実香は笑顔で答えた。

 

 「うんっ! 時間も5分作るから、美晴に『デメ』やっていいって言ってた! 職員室でちゃんと聞いてきたよっ!」


 やはり『美晴』は、間違いなく「デメ」を受ける。


 (デメ……?)

 

 うつろな目をしたまま、『美晴』は耳に入る謎の単語に疑問を持っていた。

 腹部はつぶされ、両腕は踏みつけられ、右肩はビリビリと痛む。今から自分の身に降りかかる「デメ」が何なのかは分からないが、もうそれを拒否する力は微塵みじんも残っていない。


 「蘇夜花ちゃん、怒ってるよね。きっと」「当然だよ。美晴が悪いんだから」「で、誰がやるの? 蘇夜花も五十鈴もいないけど」「うわっ、おれ初めて見るかも」


 観衆たちがざわつくなか、界は『美晴』の腹から降りると、力の抜けた『美晴』の胸ぐらを引っ張りあげて、無理やり身体を起こさせた。

 

 「おい、手足に力入れろよ。もう1発、られてェのか? あァ?」

 

 界の乱暴な言葉を聞くと、『美晴』の身体は恐怖で震えた。

 

 (いやっ……。やだっ、怖い……)

 

 涙だけはガマンしたが、心は完全に折れている。心が折れたせいで「かよわい美晴」の封印が解け、本来の弱虫よわむしおんなである自分が抑えきれなくなっている。

 『美晴』は手足に力を入れて、ボロボロの身体を支えた。


 「ここに座れ」


 界の言うことを聞くしかなかった。

 『美晴』が少し腰を上げると、あしは一番楽な姿勢を選び、「女の子座り」で教室の床にへたり込んだ。

 界はそれを見届けると、一旦いったん闘技場コロシアムから退場し、掃除用具入れなどがある教室の後ろへと向かった。


 ──月野内小学校の一部のクラスでは、生き物を飼育している。生徒か先生が自分のクラスに持ち込んで、そのままクラス全員のペットとなるのだ。

 2年3組にはカブトムシの幼虫、4年1組にはオカヤドカリ。大抵は大きめの水槽すいそうに入れられ、ランドセルを収納しゅうのうするロッカーの上で飼われている。

 そして、この6年2組にもペットはいた。


 ゴトッ。

 力なく項垂うなだれている『美晴』の前に、大きな水槽が置かれた。


 (なんだ、これ……?)

 

 教室の後ろに行った界は、二人の男子を引き連れて戻ってきた。


 「冬哉トウヤ琥太郎コタロウ。お前らは、美晴の腕を押さえとけよ」

 「えぇー!? 界は!?」

 「おれァ、この水槽を押さえとかなきゃダメだし」

 「自分だけ楽な方じゃんっ!」

 「でもよォ、執行人しっこうにんやるよりかはマシだろ?」

 「それは、まあ……。そうだけど」

 

 男子三人で小競こぜいをした後、その中で一番いちばん図体ずうたいの大きい界が、観衆に向かって大声で叫んだ。

 

 「キモムタァ! お前、ちょっとこっち来いっ!」


 界に「キモムタ」と呼ばれて、前に出てきたのは、小太こぶとりの小さな少年だった。

 

 「へぇっ!? ぼっ、ぼくぅ!?」


 おどおどしていて、気弱きよわそうだ。

 

 「キモムタ。お前が執行人をやれ」

 「なっ、なんでぼくなんだよぉ。か、界くぅん」

 「いいからやれ。それとも、テメェが美晴の代わりに『デメ』を受けるか?」

 「ひえぇっ! わ、分かったよぉ! し、執行人やるよぉっ!」

 

 界にびくびくとおびえながら、キモムタは『美晴』の首根くびねっこをつかんだ。

 『美晴』はキモムタを軽蔑けいべつするような目で見ていたが、キモムタのほっぺたは何故なぜか赤く染まった。


 「執行人はキモムタな。よし、始めるか」

 

 そう言うと、界は水槽のフタを静かに開けた。

 その中にいたのは……金魚きんぎょだった。黒いデメキンが一匹、飼育用しいくよう水槽すいそうの中を悠々と泳いでいる。


 (えっ……?)

 

 『美晴』はワケが分からず、界の顔を見た。

 

 「『デメ』のルールは簡単だ。お前がデメキンを口でつかまえるか、3分経ったら終わり。まァ、口を使って金魚すくいをやれってことだよ」


 説明されてもなお、界の言っていることはさっぱり理解できない。

 

 (何を……言ってるんだ……?)

 

 しかし聞き返そうにも、口から言葉が出ない。

 そうしている間に、無情むじょうにも『デメ』は始まってしまった。

 

 キンコーン。

 3時間目開始のチャイムが鳴ると同時に、『美晴』の顔は、金魚がいるくさい水槽へと無理やり押し込まれた。


 チャプッ。


 着水ちゃくすいする。

 『美晴』は身体を動かそうとしたが、ただでさえ抵抗する体力がないのに加え、腕も首も強く押さえつけられていて、身動きがとれない。唯一ゆいいつ、自由になっているあしをバタつかせても、この状況を解決するような力にはならなかった。


 (うっ、くさいっ……! いきが……苦しいっ……!)


 『美晴』の息の限界は、すぐに来てしまった。入水する前に、しっかりと空気をたくわえることができなかったからだ。

 金魚を捕まえるどころか、水の中で目を開けることすらできない。水はひどくにごっていて、金魚のエサやフンが大量に含まれている。


 (助けてっ! 誰か、助けてっ!)


 極限きょくげん状態じょうたいの中では、少年と少女の影が何度も重なり、『美晴フウタ』は無意識むいしきに少女のような口調くちょうで声にならない言葉を叫んでいた。

 6年2組の中心で、まるで拷問ごうもんのようなが行われている。しかしそれでも、観衆の中から戸木田美晴を助けようとする人間は現れなかった。


 「ぶはぁっ……!!」


 ザバッ。

 『美晴』の首が、水槽から引き上げられた。長い髪を伝って、毛先からは汚水おすいがジョボジョボと垂れ落ちている。

 

 「はあぁっ……、はあっ……、はあぁっ……!」

 

 瞳を大きく見開き、『美晴』は何度も大きく呼吸をした。

 やっと苦しみから解放された……と思いきや、汗でにゅるにゅるしたキモムタの手は、まだ『美晴』の首根っこを掴んでいる。

 

 「おいキモムタァ、ちゃんと操作そうさしろよ。金魚すくえてねェじゃねェか」

 「うっ、うん……」

 

 苛立いらだつ界ににらまれ、キモムタはもう一度、『美晴』を入水させようとした。

 

 「やっ、やめ……て……!」


 口調くちょうは少女のものだが、ようやく『美晴』の口から、まともな言葉が出た。

 しかしキモムタは、一瞬ひるむも、『美晴』の後頭部こうとうぶを押さえつけている手をめなかった。

 

 「息がっ、できな……むぐっ」


 『美晴』は、また水槽へ押し込まれた。

 今度は鼻や口の中に、汚水が流れ込んできた。肺に蓄えておいた空気はすぐに消費しょうひしてしまい、もう水を飲み込むしかなかった。

 

 (このままだと、本当に……死……)

 

 地獄じごくのような時間が続いた。


 *


 そして5分後。

 6年2組では、何事もなかったかのように、算数の時間が始まった。しかしその教室には、『美晴』の姿だけがなかった。

 

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