退廃浴場
*
それから数分後。
6年2組女子の部屋から脱出を果たした『美晴』は、行く宛もなく、ホテルの廊下をさまよっていた。
「はぁっ……。はぁっ……」
呼吸は未だ荒い。バクンバクンと心臓は痛いくらいに活発に動き、動悸が収まる気配は全くない。それに伴い、興奮も、欲求も。
初めて経験する、「酩酊」。その負担は、『美晴』の身体にはとてつもなく大きかった。まっすぐ歩くことはできないので、壁に手をつきながら、ゆっくり一歩ずつ前に進む。
(五十鈴の方は、上手くやってるかな……)
*
『マカダミアナッツ』。その合言葉を言うと、カチャリ……と静かに、ほんの少しドアが開いた。そして、その隙間から「時間がないわ。早く来なさい」という、五十鈴のヒソヒソ声が聞こえてきた。
五十鈴は、蘇夜花たちが集まる部屋から抜け出し、本当に助けに来てくれたのだ。『美晴』は五十鈴に従い、起き上がってすぐに部屋を出た。最後に牟田が「フンガァッ!! おお、お前は、ぼぼぼくのものだぁっ!!」と叫び、襲いかかろうとしてきたが、五十鈴と共にバタンとドアを閉め、牟田を女子部屋の中に封印した。
「はぁ、はぁ……。大丈夫……なのか……? おれに……手を貸して……」
「あら、屈辱ね。美晴ごときに心配されるなんて」
「今は……お前と口ゲンカを……したい気分じゃない……。心配……させてくれよ……。お前のこと……」
「これでも考えて行動したつもりよ。わたしはいつも、あなたより頭を使って生きてるわ」
①ドアのある位置は中継スマホから死角になっており、さらに室内も薄暗いため、『美晴』がどうやって脱出したのかは非常に分かりづらい。
②「クソ虫たちの交尾がキモすぎるから、トイレで吐いてくるわ」と、蘇夜花に伝えてからここに来たので、自分が手を貸したと疑われる可能性は低い。
という二点を、五十鈴は高らかに『美晴』に語った。
「もうすぐ、ここに先生が来るわ。あなたはどうする? 今起こったことを、全部先生に話す?」
「ううん……。おれは……ぜんっぜん……ノーダメージだから……! 蘇夜花……なんて……たいしたことないし……、今夜のこと……は……全く……気にしてない……!」
ただの強がり。『美晴』がそう言うと、五十鈴は安心したように微笑み、持参したハサミで『美晴』を縛るなわとびを切った。
「ふふっ、そうね。そういう強気な態度の方が、イジメなんかを楽しんでるバカな連中には効くのよ」
「お、お前……。どっちの……味方なんだ……」
「あなたの敵よ。わたしはそれでいい」
「……」
何かを言おうとして、『美晴』は言うのをやめた。
「行きなさい、美晴。とにかくここから離れた場所へ」
*
そして、現在。
「汗が……ヤバい……。全身……びしょ濡れだ……」
病的なまでの発汗。『美晴』の長い黒髪は、おデコやほっぺたに貼り付いている。サウナから出た直後みたいに、ムワッとした湯気が、全身から立ちのぼっている。
「んー……。んんー……」
そして汗をかくたび、意識は揺れた。
胸のふくらみの間。太ももの付け根。腰からお尻にかけて。気持ちの高まりにより、自分の体表を流れる汗を、どうしても感じてしまう。雫が垂れてどこへ行くのか、頭のなかで想像してしまう。
「はぁ、はぁ……。どこに……行けば……」
目的地はない。ただひたすら歩く。3階の階段を降りたので、現在地は2階の廊下。
『美晴』は、なるべく人がいない場所を探していた。その理由として、端から見たら病人のように見えるので、誰かに見つかったら騒ぎになってしまう、というのが一つ。
そして、もう一つの理由は……。
「あ……。男子……トイレ……」
(男子……誰かいるかな? 入ってみようかな。誰でもいいから、ちょっとだけ、ハグ、とか……)
「あー、もうっ……! なんで……そんなこと……考えるんだよ……! それは……違うって……!!」
異常に欲しているのは、肌のふれあいと、人のぬくもり。解放的になりすぎて、もはやなんでもよくなってしまっている。
異性を求めて男子トイレに侵入することは、さすがに自制心で止めた。しかし、そこに至る寸前のところまで来てしまっている。
「はぁー……、はぁー……。とにかく……今……誰かに会うのは……マズい……! 特に……男子に会うのは……!」
きっと、甘えてしまう。きっと、誘惑してしまう。きっと、好きになってしまう。
絶対に、男子と出会ってはいけない。
「あれ? 風太くん?」
しかし、出会ってしまった。男子トイレから出てきたばかりの、そいつに。
「えっ……」
名前を呼ばれて、顔を上げる。そして、その相手を見た時、ギチギチに張りつめていた『美晴』の全身の力は、一瞬フッと抜けた。
「み、美晴……? な、なんで……こんな……ところに……」
「風太くんっ! ここで何してるんですか?」
「今……じゃない……。今は……ダメだ……。今だけは……、美晴に会っちゃダメなんだよ……!」
「何を言って……えっ!? すごい汗っ!」
体操服姿の『風太』が、こちらに近寄ってくる。『美晴』が流している汗の量を見て、心配そうな顔をしている。
その『風太』の手の上には、透明な袋。ラッピングされているのは、星型の小さなキャンディ。見ただけで背筋がゾクッとする、すべての元凶。
「星幻糖……!? なんで……お前が……持ってるんだ……!?」
「こ、このキャンディですか? さっき、雪乃ちゃんから分けてもらって」
「捨てろっ……!! こんなものっ……!!」
「きゃっ!」
バシンッ!
『美晴』は最後の力を振り絞り、『風太』の手から星型のキャンディをはたき落とした。しかし、その後は完全に力が抜け、ガクンと膝をついて座ってしまった。
『美晴』の血相、態度、体調。全てが平常には見えず、『風太』は目を丸くしていた。驚きながらも、倒れそうになる『美晴』の体を、自分の体で咄嗟に支えた。
「な、なんですか……!? 何があったんですか!? わ、わたし、何も分からなくてっ!」
「はぁ、はぁ……ダメだ……。もう……」
「何がダメなんですか!? 話せるなら、話してっ!」
「一度だけ……言う……! よく……聞いてくれ……美晴……」
「は、はいっ!」
「おれを……誰もいないところに……連れていってくれ……。そして……、今から……おれが……おかしなことを……したら……、全力で……止めてくれ……! 殴って……でも……!」
*
ここは、6年1組男子の部屋。
本来は風太が泊まるはずだった場所であり、現在は美晴を含めた6年1組の男子たちが泊まっている場所である。
「みんな、1階の大浴場に行ってますから。しばらくは誰も来ないと思います」
そして『風太』は、まっすぐに歩けない『美晴』の体を支えながら、そのまま洗面所へと入った。洗面所の奥にあるのは、各部屋に併設されている、あまり広くない風呂場。
「美晴は……大浴場に……行かないのか……?」
「その……男子のみんなと一緒に男湯に入るのは、まだちょっと抵抗があったので。この部屋に一人で残ることにして、そろそろお風呂に入ろうと思っていた時に、風太くんと出会ったんです」
『美晴』にバンザイをさせ、汗でびっしょり濡れた体操服を、頭からスポンと引き抜く。短パンを降ろし、靴下を脱がせ、下着を手際よく外し、最後にバスタオルで胴体を巻く。完成。
「ふぅ。まずは、その汗をシャワーで流しましょう」
「……」
『風太』は『美晴』を風呂場へ見送ろうとした。
しかし、『美晴』は先へと進まず、その場で立ったまま動かない。何かを考えているのか、目を少し細めて、『風太』をじっと見ている。
「どうかしましたか?」
「えっと……」
「うん?」
「一緒に……入ろう……」
「えぇっ!?」
突然のお誘い。
「お前も……風呂に入るつもり……だったんだろ……? 二人で……一緒に……入れば……、いろいろ……早く終わるしっ……!」
「そ、それは……」
普通の生活のなかでは、まず起こらないこと。
この風呂は混浴ではない。風太と美晴は家族ではないし、もう分別のつく年齢でもある。何か、何か特殊な事情や関係性がないと、男女でそういう流れにはならない……ハズ。
ただ、あまりにも風太が自然を装って誘ってくるので、美晴は「おかしいのはわたしの方なのかも」と、自分の感性を疑った。
「ほら、早く……入ろう……。美晴も……早く……脱いで……」
「う、うん? これが普通、ですか?」
「普通……だよ……。交代で……シャワーを……普通に……浴びる……だけだし……」
「えっと……。いいの、かな?」
「あんまり……考えなくて……いいって……。誰も……見てないんだから……」
「は、はいっ」
『美晴』に強引に引き込まれ、『風太』は頭にハテナマークを浮かべたまま、自分も胸(男子なので平らな胸)を隠すようにバスタオルを巻き、風呂に入る準備をした。
人を狂わす星幻糖が、再び効力を発揮している。『美晴』の目はもう、いつもと同じ色をしていない。
*
「……」
「……」
何も起きなかった。
『風太』がシャワーを浴びて、次に『美晴』がシャワーを浴びる。それが終わった。その間、特に「おかしなこと」は、何も起きていない。
今、二人は浴槽の中にいる。風呂を沸かしたわけではなく、お湯を出しっぱなしにしたシャワーヘッドを浴槽に沈め、温水を溜めている。その浅くてぬるい風呂に浸かりながら、『美晴』と『風太』は向かい合わせで座っている。
「そ、そろそろ出ましょうか」
「いや……。もう少し……ここに……いよう……」
何か起こる前に、『風太』は風呂を出たかったが、『美晴』がそれを拒否していた。
二人きりで無言のまま、ぬるま湯に浸されている時間が続く。
(まるで、コップのなかの氷みたい……。わたしも風太くんも、どんどん溶けて小さくなって、最後はなくなっちゃうのかな)
と、『風太』がそんなことを考えだしたとき、『美晴』が静かに口を開いた。
「氷……みたいだよな……。おれたち……」
「えっ!?」
びっくりして、『風太』は思わず自分の口を塞いだ。
(わたし、今、言った!? 口から出てた!? そ、そんなはずないっ。口に出してないっ!)
『美晴』はさらに続けた。
「コップのなかに……氷が二つ……。溶けてなくなる前に……氷がどうなるか……。美晴は……知ってる……?」
『風太』は激しく動揺している。
(わたしの考えが、分かるの!? 風太くんは、わたしの脳内を読んでるってこと!? ……ううん、違うっ! そうじゃないっ! これは、まさか……!)
そして、真相にたどりつく。
『風太』が答えを導き出せた理由は、『美晴』がすぐ近くまで来ていたからだ。目が合う距離……と言うには近すぎるくらいの、目を合わせることしかできない距離。
(やっぱり、わたしになってる……。考えてることが同じになるくらい、風太くんは美晴に染まろうとしてるんだ。この状況で……!)
「くっつくんだよ……。二つの……氷は……」
ちゃぷっ。
小さな水音と共に、二人の身体は密着した。『美晴』が『風太』に、上から覆い被さろうとするようなかたちで。
*
「んふふー……」
その妖艶な笑い方は、まるで大人の女性。少なくとも、男子小学生ができるような表情ではない。
「風太くん、ダメっ」
『風太』は腕の筋力で、『美晴』を支えていた。
これ以上、自分の方へ倒れこんでこないように。二人の身体がくっついて、「共鳴」を起こしたりしないように。
「美晴は……好きな人……いる……?」
「えぇっ!? な、なんですか急にっ!」
「いるか……いないかで……言うと……?」
「え、えーっと!」
いる。が、今それを言える状態じゃない。
そして、おそらく『美晴』は、それを聞くために質問していない。一瞬悩んだが、『風太』は柔軟に回答した。
「いない、です……!」
「そっか……。よかった……」
「よかった……?」
「お、おれも……いないから……。好きな人……」
「えっ」
いる。が、いないと思いこもうとしている。
恥ずかしがって「好きな人なんていない!」と言ってるわけじゃなく、本当に好きな人はいないんだと、自分に言い聞かせている。次の結論に至るために。
「だったら……大丈夫……。好きな人が……いたら……ヤバいけど……、お互いに……いないなら……、こんなことやっても……問題ないと……思う……」
欲しがっていたのは、免罪符。
愛に飢えた『美晴』は、『風太』とのより強い結び付きを求めている。その勢いに押されてか、『風太』の腕の力は若干緩くなった。
「あっ……!」
ぬるま湯に、小さな波が立つ。
腕で支えきれなくなり、落ちてしまった。『風太』の堅い胸板に、『美晴』のやわらかいほっぺたが、ぷにっと着地した。
「あ、あははっ……!」
『美晴』は笑った。
もう『風太』は『わたし』を止められないのだと、確信して。
「んー……? ふふ……」
ほっぺたをすりすり。自分を受け止めてくれた胸に甘える。
ほっぺたの次は耳たぶ、そして頭をすりすり。動物のオスとメスが、お互いの匂いをマーキングするみたいに、頭をゆっくりじっくりと、体をゆっくりじっくりと、『風太』に擦りつけていく。
「にゃ……あん……」
子猫のような、小さな声を漏らす。ペットみたいに、可愛がってもらうために。
そして、『美晴』は寝返りをうつように体勢を変え、座っている『風太』の膝の上に座った。
「身体とか……触る……? いい……けど……」
「触ってほしい」と言わないのは、思考まで美晴になっているからだ。すでにこれだけ甘えているクセに、あくまで自分は触られている側、というスタンスを崩さない。『わたし』から積極的にやるより、『風太くん』の方から来てほしいという乙女願望が、根底にある。
「ほら……早く……。やっても……大丈夫……だから……」
しかし、まだ『風太』は動かない。
やけに焦らされている。
「興奮……してるんだろ……? それは……お互い様……だから……。何も……気にしなくて……いいんだ……」
「……」
「恥ずかしいのも……お互い様……だし……。でも……これぐらいなら……別に普通だと……思う……。少しだけ……だ、抱きしめて……くれれば……」
「風太くん」
だらだらと言い訳を並べる『美晴』に、一言。
『風太』はポツリと言った。
「わたし、興奮してません。今のあなたには」
「えっ……!?」
それは、『風太』ではなく、美晴としての一言。
「あなたが一人で勝手に興奮してるだけ。わたしは普通の状態です」
「う、ウソだっ……!! そんなわけ……ない……!!」
パシャッと水音を立てながら、『美晴』は急いで下半身に触れた。自分の下半身ではなく、自分のお尻の下にある、少年の下半身に。
(そんな……わけが……)
男子が興奮したらどうなるかは、風太も美晴も知っている。しかし、今はそれが起こってない。
「なんで……? どうして……何も……感じてない……の……?」
「風太くん、『美晴デビル』って知ってますか?」
「美晴デビル……? うん……。会ったこと……あるけど……」
「美晴デビル」とは、呪いのノートの化身の名前だ。そのビジュアルは、まさに悪魔のような格好をした美晴。
夢の中で、美晴はそいつに襲われたが、風太が退治した。
「わたし、美晴デビルにいろいろ……ヘンなことをされました。ちょうど、今のあなたと同じように」
「えっ……。おれが……あいつと……同じ……?」
「でも、耐えられました。興奮を抑えることができたんです。どうやったか分かりますか?」
「ど、どうやって……?」
「自分のことを、美晴だと強く思うんです。美晴は、『美晴』に、興奮しない……!」
「……!」
つまり、自分の裸に性的な魅力を感じないのと同じ理屈。風太と美晴、もしくは『美晴』と『風太』ならば、そこに興奮はあったのかもしれないが、今は違う。「美晴デビル」に襲われた経験から、美晴は『美晴』に対して、気持ちを制御できるようになったのだ。
「正直、引いてます。わたしは女子なので、男子に好かれようと色目を使ってる『美晴』は、気持ち悪く見えます」
「じゃ、じゃあ、男に……なれよ……。おれは……美晴に……なりきるから……、お前は……風太に……なれよ……! おれが……許可する……から……!」
「なりません。今は、なりたいとは思わない」
「だったら……。お、おれが……男に……なる……。ちゃんと……男っぽく……するから……、お前が……女になって……!」
「無理だと思います。あなたの甘え方は、もう女の子だから」
「そ、それなら……どうすれば……いいんだよ……。おれは……何も……満たされてない……。興奮だけは……あるのにっ……。はぁ、はぁ……くそっ……!」
パシャッ。悔しそうに、右足で水面を叩く。
『風太』に突き放されたことによって、『美晴』の「酔い」が、急激に覚めてきている。星幻糖の悪夢が、終わりに近づいている。
このままでは、不満しか残らない。自分の身体を無理やり興奮させるために、わざと呼吸を荒くして、『美晴』は最後の手段に出た。
「はぁ……はぁ……もういい……。じゃあ……、最後に……これだけ……」
「なんですか?」
ぐっと、顔を近づける。そして、目を閉じる。
「ん……」
流れもムードもない。勢いに任せた、とても雑なキスのせがみ方。
しかも、待ちの姿勢。自分から行こうとしない。それは今の風太が、キスにすら臆病な『美晴』だから。
「……そろそろ出ましょうか。お風呂」
*
何も起きなかった。
一緒に風呂に入っただけ。何ごともなく、『美晴』と『風太』は風呂から上がった。
今はお互いに背を向けて、バスタオルでごしごしと頭や体を拭いている。
「いろいろと……ごめん……。美晴……」
「ふふっ。いつもの風太くんですね。よかった」
やっと、「酔い」が覚めた。
「星幻糖の……せいなんだ……。蘇夜花に……食べさせられて……」
「分かってます。さっきのキャンディですよね? 本当に危険なものなんですね」
「おれを……拒否……してくれて……ありがとう……。今は……もう……大丈夫……だ……」
「自覚はあるんですか? さっきまで、自分が何をやっていたか」
「うん……」
記憶はハッキリしている。「酔っていたから何も覚えていない」、とはならない。
反省と恥ずかしさから、『美晴』は顔を上げることができなかった。落ち込む『美晴』を、『風太』は励まそうとした。
「き、気にしないでっ。わたしの身体のせいでもありますし」
「……」
タッタッタッタッタッ。
遠くから聞こえてくる、誰かの足音。
「ん?」
「ん……?」
走っている。ろうかを走って、こちらに近づいてくる。
「だ、誰か来るっ!?」
「まさか……帰ってきた……のか……!? このタイミング……で……!?」
「どうしようっ! まだ着替えてもないのにっ!」
「み、美晴っ……! とりあえず……服を持って……こっちに……来い……!」
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タッタッタッタッタッ……バタンッ!!
「イェーイ!! ただいま、風太っ!! みんなでトランプやろうぜ!! トランプーっ!!」
ここは6年1組男子の部屋。最初に戻ってきたのは、坊主頭のイタズラ好きな少年、勘太だった。右手にトランプを持ち、ニッコリと満面の笑みを浮かべている。
「お、おかえりっ……!」
勘太がドアを開けたとき、『風太』はすでに布団に入っていた。ちょうど今起きた、とでも言うかのように、上半身だけを布団から出している。
「……!」
『風太』の下半身は、掛け布団の中。やけにモコモコと膨らんだ、布団の中。
まだ誰も気づいていない。この中に、女子がいるなんて。