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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 蔵入ミキサ
第十五章:最後の修学旅行 第一夜
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なわとびの裏技


 *


 「()ってて……! いきなり……かよ……!」


 『美晴』は目を覚まし、ズキズキと痛む頭部をさすろうとした。しかし、それはできなかった。

 身体の後ろで、両手が縛られている。拘束具は、ホテルの部屋に置いてあったタオルだ。

 

 「フンッ……! こんなもの……意味ないぞ……! おれを……ナメるなよ……!」


 オスの本能による、攻撃性や破壊衝動。それは身体が女であっても、精神が男であれば働く。

 あっさりと、『美晴』は力ずくで拘束を解いた。タオルはパサッと畳に落ち、『美晴』の両手は自由になった。


 「お前か……。キモムタ……!」


 犯人は牟田(ムタ)。通称「キモムタ」だった。

 そいつは今、右手に木刀を持ち、『美晴』の目の前に立っている。しかし、普段とは少し様子が違うようで、『美晴』もその異変に気がついた。


 「どうした……? 顔が……赤いぞ……」

 「フーッ……! フーッ……!」


 目をギラギラと光らせ、鼻息はやけに荒い。まるで、赤い布を前にした闘牛のような興奮状態だ。

 そして、『美晴』の言葉も牟田の耳には届いていないようだった。


 「フンガッ!!」


 大きな鼻息と共に、再び牟田が襲いかかってきた。

 動きはかなり単調で、ただ木刀でこちらを叩き潰そうとするだけ。避け続けることも容易(たやす)いが、あまり振り回されると部屋がめちゃくちゃになりそうなので、『美晴』はその木刀を受け止めることにした。


 「お前は……一度……おれに……負けてるだろ……。武器を……持っても……結果は……同じだ……。お前じゃ……おれには……勝てない……!」


 身体能力は、ほぼ同じくらい。精神が風太である分、今は『美晴』の方が強い。それは以前の結果から分かっていた。

 しかし、誤算が生じる。


 「ん……!?」


 自分へと振り下ろされた木刀を、ガッと掴む『美晴』。このまま武器を奪うことができる……と思いきや、何故か木刀の勢いは全く止まらず、『美晴』は強引になぎ倒されてしまった。

 

 ((ちから)()けした……? おれが、こいつにっ!? そんな、まさかっ!)


 風太も男だが、牟田も男。(オス)の本能による攻撃性や破壊衝動をパワーに変換するのは、身体が女である風太よりも、牟田のほうが得意だ。

 つまり、牟田は興奮状態に身を(ゆだ)ねることで、男のパワーを十二分(じゅうにぶん)に引き出している。


 「フーッ……!! フウゥーッ……!!」

 「これは……、ちょっと……マズいな……」


 *


 「『(アマ)(ガワ)』、ねぇ……。この画面に映る、美晴ちゃんとキモムタくんが、織姫と彦星ってこと?」

 「そうそう。一年に一回、修学旅行の夜にだけ愛し合える二人。ロマンチックじゃない?」


 広めの和室。こちらは6年2組男子の部屋である。

 蘇夜花や五十鈴、真実香などのいつものメンバーは、この部屋に集合していた。身を寄せ合いながら、一つのスマホ画面に注目している。

 

 「リモート機能で、女子部屋の様子を生中継してるのね。今回の刑は、録画していないの?」

 「録画はもうやめたんだ。LIVEだから見るなら今のうちだよ、みんな」


 女子たちの後ろで、男子たちはジュースで乾杯しながら、ポップコーンなどのお菓子を食べていた。彼らは、この余興(よきょう)の観客であり、部屋の外の見張り役でもある。


 「先生が来る気配は……ねェな」

 「多分、1階で大浴場の見回りをしてるんだろ。1組と3組のやつらは、みんな風呂に行ってるし」

 「それより、どっちが勝つか()けねェか? 美晴かキモムタか」

 「おれはキモムタに賭ける。さすがに女子には負けないだろ」


 美晴vs牟田。いじめられっ子同士の一戦に、男子たちのお菓子が賭けられた。

 まるで公営ギャンブル。酒を飲みながら観戦するおっさんのような男子たちの態度に、五十鈴は少し呆れていた。


 「男子は好きよね、こういうの。蘇夜花がやりたかったことは、これなの?」

 「そうだね。目的の一部ではあるかも」

 「へぇ……。じゃあ、蘇夜花も賭けてみる? 美晴と牟田くん、どっちが勝利するか」

 「あはは、そんなの決まってるよ」


 そう言うと、蘇夜花は結んだなわとびを持って立ち上がった。そして、五十鈴だけに小さく手招(てまね)きをして、男子部屋の外に出た。


 「美晴ちゃんが勝つ。だから……今から勝利者インタビューしに行こうよ。五十鈴ちゃん」

  

 *


 「フガーッ! フガァッ!」

 「やめろっ……! おれの……荷物に……触るな……!」


 美晴の下着などが入ったバッグに触れようとした牟田を、『美晴(フウタ)』は右足の蹴りで吹き飛ばした。

 きれいにヒットした蹴りではあったが、牟田はあまりダメージを受けたような反応を見せなかった。


 「はぁ、はぁ……。興奮しすぎて……痛みすら感じない……のか……。いったい……何があったら……こんな状態に……なるんだよ……」


 回避、パンチ、キック。すべての動作に体力を消費する。

 美晴の身体で戦える時間は、そう長くない。風太が望んでいるのは、短期(たんき)決戦(けっせん)


 「せめて……こっちにも……武器があれば……」


 牟田が持つ木刀も、厄介さに拍車をかけている。もう一度、あの(かた)い棒で思い切り叩かれたら、立っていられる自信はない。回避は簡単だが、それも長くは続けられない。


 「なんでもいい……。何か……武器……」


 『美晴』は部屋を見回し、牟田の木刀に対抗できそうなものを探した。


 「そうだ……! あれを……使って……」


 目が止まった。テレビのそば、机の上。

 それは、武器とは言いがたいが、上手く使えば武器以上に効果を得られそうなものだった。


 「よ、よーし……!」

 

 『美晴』は狙いを定めた。

 牟田は木刀を大きく振りかぶり、こちらに襲いかかってきた。

 

 「フゴォッ!!」


 回避。攻撃は当たらない。

 そして、次の攻撃が来るまでの間に、『美晴』は机の上にある、電気ポットへと走った。


 「出てこい……! お湯っ……!」


 本来なら、お湯を作るためのもの。一般的なものなので、使い方は『美晴』でも分かる。

 ポットに湯飲みを添え、ポチっと給水ボタンを押す。するとピッと音がして、高温の液体が湯飲みに注がれた。


 「あれ……? こ、これ……お湯か……?」


 ポットから出てきたのは、透明な水……ではなかった。高温の液体ではあるものの、茶色く(にご)っている。ほんのりと、甘い匂いもする。


 「まあ……いいや……。これでも……()らえっ……!」


 しかし、飲むわけではないので、熱湯であればなんでもよかった。

 『美晴』はポットから湯飲みに注いだ液体を、振り向きざまに牟田へとぶっかけた。


 「ぶひゃあっ!? あ、ああ、(あつ)いっ!!」

 

 バシャッ。

 湯飲み一杯分。たいした量の熱湯ではないが、牟田をびっくりさせることには成功した。『美晴』の狙いどおり、牟田の手から木刀が落ちた。


 「借りるぞっ……!」


 『美晴』はすぐに木刀を拾い、低い姿勢を維持(いじ)したまま、牟田の両足のスネを真横から斬った。


 「おぎゃあっ!? 痛゛だぁっ!!」

 

 スパンと一撃。この部位は、誰しもが弱点である。

 牟田はバランスを崩し、(たたみ)に膝をついた。しばらくは立つことができないであろうそいつの目の前には、再び木刀を構えた『美晴』が立っている。


 「お前は……美晴を……ナメすぎ……だ……。もう一度……教えてやる……。美晴は……お前なんかに……負けないっ……!!!」

 「フゴッ!? まま、ま待ってっ!! ぼぼぼぼくは、あのキャンデ」

 

 ドカッ! バキッ! ボコッ!


 *

 

 勝利。


 「これが……今回の……『刑』か……? たいしたこと……ないな……。蘇夜花なんて……、全然……たいしたこと……ないぞ……。美晴……」


 口から出るのは、カッコつけたセリフ。しかし、身体はもうフラフラで、まっすぐ歩くことができない。


 「はぁ……はぁ……。ちょっと……休憩(きゅうけい)……」


 牟田から奪った木刀を(つえ)()わりにして、老人のように腰を丸める。まるでおじいさんみたいだ、と風太は自分のポーズに対して思っているが、見た目は完全におばあさんである。


 「こいつ……どうなるのかな……。この後……」


 『美晴』はチラッと、現在の牟田へ視線を送った。

 気を失って倒れている。客観的事実は、「修学旅行の夜、興奮して女子部屋に入ってきた男子を、女子が撃退した」。この現場を、もし先生が発見したとしても、イジメかどうかの話にはならないかもしれないが、牟田は何かしらの罰を受けるだろう。


 「へへっ……。楽しいな……修学旅行は……。カメラで……記念撮影でも……したい……気分だぜ……」


 するり。


 「ん……?」


 する、する、するり。


 「え……? なんだ……これ……」


 木を登るヘビのように。一本の「なわとび」が、『美晴』の杖である木刀に、するりするりと巻き付いてきた。


 「な、なわとびっ……!? わぁっ……!?」


 そして、なわとびは『美晴』の木刀を奪い取った。

 いきなり自重(じじゅう)の支えを失い、『美晴』はドテッと手前に転んだ。


 「『(うら)(せん)()縄跳(なわとび)技法(ぎほう)(しち)()()”』」


 畳の上に倒れこんで、顔を上げた『美晴』の目の前に、そいつがいた。


 「蘇夜花……!」

 「……」


 なわとびを(あやつ)って『美晴』を転ばせたのは、紛れもなく蘇夜花だ。『美晴』から奪った木刀を、蘇夜花は自分の手で触りもせずに、後ろにいる五十鈴へと渡した。

 

 「どうするの? この木刀」

 「どこかに捨ててきて。キモムタくんの汗とかついてそうだし」


 五十鈴は木刀を受け取り、何も言わずに部屋を出た。

 部屋に残ったのは、蘇夜花と『美晴』の二人だけ。


 「ってことは……チャンスだろ……、この状況……。誰にも……邪魔されずに……、もう一度……お前を……」


 蘇夜花が五十鈴とやり取りをしている間に、『美晴』は立ち上がっていた。そして、すでにパンチを打ち込める体勢を作っていた。


 「ブッ飛ばせるんだからな……!!」


 その一撃に、ためらいはない。


 「ああ……そうだった。この動き、この(こぶし)。わたしを殴り飛ばしたのは、これだね」


 すかっ。

 勢いのある『美晴』のパンチは、残念ながら蘇夜花の腹には当たらなかった。完全に見切られ、最小の動きで回避されてしまっている。

 さらに『美晴』の右手には、するするとなわとびが巻き付いてきた。


 「『(うら)(せん)()縄跳(なわとび)技法(ぎほう)』……」

 「うわっ……! また……何か来るっ……!!」


 着物の(おび)のように巻き付き、胴と一緒に右手と左手を縛り付ける技。


 「『“蛇帯(じゃたい)”』」


 ギュッと結べば、もう両手は使えない。タオルのときのように、力ずくで解けるような甘い拘束ではない。

 勢い余って、『美晴』はお(なか)からベシャッと着地した。


 「ぐえぇっ……!」


 そして、倒れた『美晴』の背中の上に、蘇夜花のお尻が置かれた。

 どちらの方が立場が上か決定したところで、『美晴』の背中に乗った蘇夜花は、静かに口を開いた。


 「復讐をしに来たよ。美晴ちゃん」


 *


 美晴の身体では、女子一人の体重を支えることすら辛い。

 肺が圧迫され、どんどん呼吸しにくくなる。


 「はぁ、はぁ……。ケホッ! ケホッ!」

 「苦しそうだね、美晴ちゃん」

 「ゲホゲホ……。教えろ……よ……」

 「え?」

 「さっきの……、なわとびを……ヘビみたいに……動かすやつ……、おれにも……教えろよ……。『二重跳び』や……『はやぶさ』みたいに……練習して……できるようになってやる……」

 

 風太もなわとびは好きで、得意だった。体育の授業で配られる「なわとび練習表」は、レベル5の技までクリアした。

 

 「ああ、『なわとびの裏技』ね。二重跳びとかはやぶさとか、誰でも知ってるようなのが表の技。それに対して、誰も知らない秘密の技が、なわとびの裏技だよ。わたしは友達から教わったんだ。今度、紹介してあげよっか」

 「お前の……友達か……。あんまり……会いたいとは……思わないな……」

 「あなたと同じくらい、あの子もフシギちゃんでね。……まあ、その話はいいや。美晴ちゃんと話したいのは、そんなことじゃない」

 

 『美晴』と蘇夜花。

 話題はもちろん、あの時のこと。


 「いろんな計画が……本当にいろんな計画がね、あったの。いろんな『刑』をデザインして、しっかり準備もしてた。実を言うと、月野内小学校を去るタイミングまで考えてた。……でも、あなたに殴られた後、全て(つぶ)した。だって、何をやっても、失敗する気しかしなかったから」

 「……」

 「全部、狂ったんだよ……。『(アマ)(ガワ)』なんてやる気はなかったし、なわとびの裏技も使いたくなかったし。これからわたしは、大幅に変更したルートへと進む」

 「ざまーみろ……」

 「ざまー見たよ。本当にね。ああ、もう……やるしかないのかな。やるしかないんだろうね。『刑』、もっとやりたかったのにな。あはは、はは……」

 「何を……一人で……笑ってるんだ……。お前……」

 「美晴ちゃん、一つ聞いていいかな? 一つだけ、質問させて」

 「な、なんだよ……! ()てっ……!」

  

 『美晴』の後ろ髪をグイッと引っ張り、耳を自分の近くに寄せてから、蘇夜花はとても小さな声で言った。


 「あなた、美晴ちゃんじゃないよね?」

 

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