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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 蔵入ミキサ
第十五章:最後の修学旅行 第一夜
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一番得意な武器


 サービスエリアを出て、再び高速道路を走るバスの中で、『美晴』は修学旅行のしおりをバッと広げた。

 

 (1日目は6年2組での集団行動。博物館に行って、神宮やお寺を(めぐ)って、偉そうなおっさんの講演会を聞くだけ。ずっと先生の近くにいれば、蘇夜花たちも手出しはできないハズだ)

 

 行程表をなぞっていく。


 (2日目は班での活動。街を散策する。おれの班のメンバーは、蘇夜花(ソヨカ)五十鈴(イスズ)真実香(マミカ)(カイ)牟田(ムタ)。この日は危険だな。充分に警戒しよう)

 

 赤ペンで印をつける。


 (3日目は自由行動のテーマパークか。パーク内では、1組や3組のやつらとも行動できる。記念写真を撮るなら、ここで美晴や雪乃あたりを捕まえて、一緒に……)


 と、ここまできて、赤ペンの動きが止まった。


 (雪乃……)


 雪乃を想い、窓を見つめる。

 何度見ても、そこに映るのは『美晴』。写真を撮っても、「美晴と雪乃」という二人の少女が並んでいる写真が撮れるだけだろう。

 一生残る修学旅行の記憶(アルバム)に、「風太と雪乃」として映りたい。その気持ちは確かにあったが、現状それを叶えるのは不可能だということも分かっていた。だからせめて、修学旅行の間に、雪乃と二人で想い出を作れる時間がほしいと、『美晴(フウタ)』は願っていた。

 

 (そういえば、最後に雪乃と話したのは、いつだっけ……)


 遠い昔のことのように感じた。


 (会いたいな。おれが風太じゃなくてもいいから。くだらない話をしながら、昔みたいに並んで歩いて、それで……)


 *


 それからしばらくして、バスは山の上にある博物館に到着した。博物館には、主に土器や石器などが展示されており、この近辺にあった遺跡についての解説が添えられていた。


 (よし。なるべく先生の近くに立っていよう)

  

 さりげなく、6年2組担任の陣野(ジンノ)先生のそばに寄る。先生を中心とした半径数メートルにはバリアが張られている、というイメージを『美晴』は脳内で作った。

 どうやらそのバリアは効果があったらしく、博物館内学習→遺跡見学→登山→昼食→下山→山内神社仏閣見学→寺院内での体験に至るまでの、すべてのスケジュールを、『美晴』は問題なく終えることができた。あとは、文化ホールに移動して、偉そうなおっさん(自己啓発セミナーの講師)による1時間ほどの講演を聞けば、一日目は終了となる。

 

 (ずっと独りだったけど……あんまり寂しくはなかったな。誰かのために写真を撮ってると、その人と一緒に観光してるみたいな気分になるんだな)


 一枚写真を撮るたび、美晴のお母さんの姿が頭に浮かんだ。「すてきな写真ね。どうして美晴は、この写真を撮ろうと思ったの?」と、こちらが写真に込めた想いを、一つ一つ丁寧に聞きほぐそうとしてくれている。

 本当の娘ではないものの、風太は美晴のお母さんの微笑(ほほえ)む顔を想像して、嬉しくなっていた。


 (ありがとう、美晴のお母さん。美晴のこと、大切にしてくれて)


 『美晴』は瞳を閉じて、まぎれもない母の愛を感じていた。それはもう、心が震えるほどに。

 そして現在、文化ホールで講演会をしている偉そうなおっさんは、一番前に座っている女の子(戸木田美晴とかいうやつ)が自分のトークを聞いて感動してくれているのだと思い、一層気分よく講演をした。


 *


 そして、月野内小学校6年生様ご一行を乗せたバスは、宿泊先であるグランドホテルに到着した。6年生たちは、割り振られた自分の部屋に荷物を置いた後、ホテル1階から通ずる「オリエンタルホール」という名前の別棟(べっとう)に全員集合した。


 (天井に描かれたでっかい龍、ぐるぐる回る真っ赤なテーブル、飾りつけは金ピカで、壁には笹とパンダの絵……。ちゅ、中華だ……! 今日の夜ごはんは、絶対に中華料理だ!)


 『美晴』の予想通り、この「オリエンタルホール」は、団体客向けの中華レストランである。ギョウザやチャーハンはもちろん、春巻、エビチリ、麻婆豆腐や上海ガニなど、子供たちの胃袋が大満足するようなコース料理が楽しめる。


 「「「いただきまーす!」」」

 

 班ごとに、6人で中華テーブルを囲んでの夕食となった。

 蘇夜花(ソヨカ)五十鈴(イスズ)真実香(マミカ)とおしゃべりしながら楽しく、(カイ)は近くのテーブルの男子たちとゲラゲラ笑いながら楽しく、『美晴(フウタ)』と牟田(ムタ)は誰かと話すことなく黙々と、食事を進めている。


 「どんどん運ばれてくるよー! 五十鈴、どの料理から食べる?」

 「そうね。まずはワンタンスープからいただくわ。真実香」


 テーブルの上では、自然に上流と下流ができていた。運ばれてきた料理はまず、蘇夜花、五十鈴、真実香が食べ、三人が食べなかったり小皿に取り終わったりした料理は、回転するテーブルに乗せられ、牟田や『美晴』の元へと届く。


 「蘇夜花、どうしたの? さっきからカニやエビチリが載った皿を見つめて」

 「……わたし、甲殻類(こうかくるい)アレルギーでさ。珍しい料理だから食べてみたいんだけど、やっぱり食べない方がいいよね。ちょっぴり残念」

 「あら、そうなの? じゃあ、わたしたちだけ食べるのも悪いわね」

 

 そんな流れで、下流には上海ガニとエビチリがやってきた。

 麻婆豆腐を食べ終わった『美晴』は、次の料理を求めて、そのカニとエビの皿に視線を送った。

 

 (うわっ、カニだ! どうやって食べればいいんだろう。このカニ)


 食卓に並ぶ上海ガニ。これも旅行の想い出だ。

 本当は写真を撮って美晴のお母さんにも見せたかったが、目立つ行動をして蘇夜花たちに目をつけられると厄介なので、『美晴』はカメラを取り出せずにいた。しかたなく、独りでカニを食べる。


 (ん、うまい。甘酸(あまず)っぱいタレと合うな。食べるのがちょっとめんどくさいけど)


 続いて、エビチリを小皿にとって堪能すると、『美晴』の小さな胃袋はすぐに満杯になってしまった。


 (ふぅ。おなかいっぱいだ。珍しい料理を食べられてよかったな)


 ぽんと、軽くお腹を叩く。

 『美晴』の食べっぷりを見て影響を受けたのか、残ったカニやエビは牟田がガツガツとすべて食べつくした。甘酸っぱいタレや、甘酸っぱいチリソースに、しっかりと浸して。

 

 その二人の様子を、蘇夜花は春巻きを食べながら嬉しそうに見守っていた。


 「その料理にもエビが入ってるわよ、蘇夜花」

 「大丈夫だよ、五十鈴ちゃん。アレルギーはもう治ったみたいだから」

 「まったく、こんな芝居なんてする意味……」


 *


 PM8:00。


 「えーっと……『就寝・消灯は……9時00分……。それまでは……自由時間……ですが……入浴をすませておくこと……』か……」


 オリエンタルホールでの食事を終え、風太は自分の部屋へと戻ってきた。

 もちろん、今の風太は『美晴』なので、「自分の部屋」とは、6年1組男子の部屋ではなく、6年2組女子の部屋のことである。割り振られた部屋は広めの和室で、『美晴』と同じ班である蘇夜花や五十鈴を含めた、7人の女子がこの部屋を使用する。


 「そのハズ……なんだけど……」


 部屋のすみっこの畳の上。『美晴』はそこを自分のエリアに決め、布団を敷いた。そして、部屋着(へやぎ)の代わりに持ってきた体操服に着替え終わった時、あることに気がついた。


 「あれ……? 誰も……部屋に……戻ってこない……な……?」


 今、部屋にいるのは『美晴』だけ。他に誰もいない。

 不自然なくらいの(しず)けさが(ただよ)う。


 「別に……戻ってきて……ほしくは……ないけど……。みんなで……風呂にでも……行ってるのかな…….?」


 物憂(ものう)げな表情で、視線を少し降ろす。

 

 「風呂……」


 このホテルの1階には、大浴場がある。露天風呂はもちろん、サウナ、電気風呂、ジャグジーバス、打たせ湯など、バラエティー豊かな設備があり、子どもでも楽しめるような作りになっている。が……。


 「分かってる……よ……。雪乃……。おれは……女湯には……入らない……」


 去年の修学旅行のとき、風太は雪乃と約束をした。「本当に傷つく子もいるから、風太くんは絶対にあんなこと(女湯に侵入)しないでね」という、熱のこもった約束を。男子に裸体(らたい)を見られることで、心に深い傷を負う女子がいる。

 二瀬風太は、間違いなく男子だ(と、風太自身は思っている)。たとえ身体が変わっても、その約束は変わらない。


 「おれは……男……だからな……。女湯に……用はない……! それに……、これも……あんまり……他人に……見せたくないし……」

 

 左手のひらを、自身の腹部に添える。

 火傷の痕。変色した皮膚。かつて美晴が負った、消えることのない傷。


 「この身体に……もう傷は残さない……。心も……身体も……きれいな美晴で……いさせてやる……」


 雪乃、美晴、そして安樹。

 風太が大切にしたいと思う女の子は、今は三人いる。


 「うわ……。女子のこと……ばっかり考えるのって……なんか……ダサいな……! やめた……やめた……! 別のこと……考えよう……! もっと……かっこいいことを……考えよう……!」


 急に恥ずかしくなって、考えることをやめた。


 「あ、そうだ……。風呂なら……たしか……この部屋にも……ついてる……な。広くは……ないけど……」


 『美晴』は大浴場に行かず、女子部屋の浴室にあるシャワーで汗を流すことを選んだ。

 大浴場での入浴は強制ではないので、問題はない。


 「よし……。さっさと……シャワーを……浴びて……、寝る前に……おみやげでも……見に行くか……!」


 ホテル1階には、みやげ物屋がある。シャワーを済ませたら、そこに行って美晴のお母さんや安樹へのおみやげを買いにいく。『美晴』はそんな予定を立てていた。

 しかし……。


 「ん……?」


 突然、ガチャリと音を立て、部屋の扉が開いた。そして、誰かが部屋に入ってきた。


 「お、男っ……!?」


 入ってきたのは、一人の少年。あきらかに、この6年2組女子の部屋の宿泊者ではない、男子生徒である。右手には、なにやら木の棒のような物を持っている。


 「……!?」


 ガンッ!!


 少年は木の棒を振り上げ、豪快に振り下ろした。

 直撃を受けたのは、『美晴』の頭。訳も分からないまま殴られ、いきなりのことで声を上げることもできずに、『美晴』は畳の上にドサッと倒れこんだ。


 *


 一方、『美晴』が行く予定だったみやげ物屋には、すでに蘇夜花と五十鈴が来ていた。


 「お母様(かあさま)へのおみやげは、温泉まんじゅうにしようっと。日本の(くり)まんじゅうとか好きそうだし。あの人」

 「お母様? それって、蘇夜花のお母さんのこと?」

 「え? ……まあ、それに近い感じかな。五十鈴ちゃんは何にするの?」

 「そうね。わたしはこの、クリスタルのオブジェにしようかしら」


 店内を歩き、おみやげを物色(ぶっしょく)する。

 クリスタルのオブジェ、おまんじゅう詰め合わせ、龍のキーホルダー、ホテルの名前が入ったタオル、限定品のインスタントラーメン……。そして、一つの商品が五十鈴の目に止まった。


 「木刀(ぼくとう)?」

 「ああ、それね! キモムタくんがさっき買ってたよ。武器にするって」

 「武器……。これで美晴を叩こうってわけ? 物騒な話ね」

 「だよねー。わたしも『木刀はやめといた方がいいよ』って忠告したのに、キモムタくんは持っていっちゃった」

 「あら、意外ね。蘇夜花が止めるなんて」

 「使い慣れていない物を、近接武器にするのは、それなりにリスクがあるから。わたしのオススメアイテムは……こっち」


 蘇夜花は右手に持った商品カゴのなかをゴソゴソと(あさ)り、温泉まんじゅうの下に置いてある商品を一つ、取り出した。


 「……!」


 なわとび。

 どこにでも売っている、ごく一般的なプラスチック製のもの。値段は200円くらい。


 「五十鈴ちゃんは、なわとび得意?」

 「まあまあね。体育の授業でやる分には、問題ない程度」

 「そっか。わたしはね、なわとび得意なんだ」

 「それは……『二重(にじゅう)()び』や、『はやぶさ』、『つばめ』などの技が得意って意味?」

 「それも得意だけど、()()()()()()()も、だよ。わたし、蹴ったり殴ったりは苦手だけど、吊ったり縛ったりは得意!」

 「あら……。じゃあ、いじめられっ子は、あなたに吊られたり縛られたりするのかしら?」

 

 五十鈴の問いかけに対し、蘇夜花はまん丸な瞳を少しだけ細めて、静かに答えた。


 「美晴ちゃんに殴り飛ばされてから、深く反省したんだよ。わたしは何をやってたんだろうって。ここから先は……わたしも本気でやる」

 

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