表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第二章:6年2組の女子生徒
12/127

好きなノート


 「今日もがんばってね」


 そこにいたのは、身長が『美晴』より少し高いくらいの、ポニーテールの女の子だった。

 この子が誰かは知らないが、『美晴』の心臓の鼓動は急激に速くなった。

 

 「……!」

 

 美晴の友達かと思い、あいさつを返そうとしたが、声が出せない。

 

 (なんだ……!? この、寒気さむけは……!)


 身体が拒否している。まるで自分の身体が、そいつの存在ごと否定しているようだった。

 『美晴』は何も言わなかったが、そいつは満足そうにニッコリ微笑ほほえむと、そのまま先に学校へと行ってしまった。


 *


 そして、月野内小学校に到着した。

 『美晴』は校舎内の階段をのぼり、6年2組の教室を目指した。6年2組の教室は、6年1組の教室を通りすぎた先にある。

 

 (下駄箱にくつがなかったし、美晴はまだ登校してないのかな)

 

 『風太』が学校に着いていないことを確認するため、『美晴』はさりげなく6年1組の教室を見渡した。


 「この前さぁ、お父さんと野球を見に行ったんだよ」

 

 滉一コウイチだ。

 

 「なにそれ可愛いっ! どこで買ったの!?」

 

 笑美エミだ。

 

 「ついに買ったぞ、バトルムエタイ2。今日ウチでやろうぜ」

 

 龍斗リュウトだ。


 それぞれがそれぞれのグループで、楽しそうに話をしている。

 みんな、普段は風太ともよく話すクラスメートだ。しかし、今の風太に声をかけてくる友達は、一人もいなかった。

 

 (おれが風太じゃないから、か。今のおれは本当に、風太には見えないんだな)

 

 その教室の風景を見れば見るほど、6年1組から疎外されているような気がして、『美晴フウタ』はだんだん教室を眺めているのが辛くなっていった。


 (行こう……)


 6年2組の教室へと進む。

 美晴の席はもう分かっているので、背負っていた赤いランドセルをそこに降ろした。

 教室の中の雰囲気は、6年1組とあまり変わらず、それぞれが自分の仲良しグループで会話をしている。ここでも、『美晴』に話しかけてくる生徒は一人もいなかったが、『美晴』はあまり気に留めずに教室を出た。


 (今のうちに、美晴に会っておきたいな)

 

 最終目標は、元の自分に戻ること。

 そのためには、入れ替わりの原因を突き止める必要がある。原因について何か知ってそうなのは美晴だが、今の美晴はあまり協力的ではない。美晴が協力的でなければ、「おれが本物の風太だ!」なんて言っても、誰にも信じてもらえない。

 よって、現在のミッションは「美晴を協力させること」。元に戻る気がなさそうな美晴に、やっぱり元の自分に戻りたいと思わせてやればいいのだ。


 (大丈夫。入れ替わったまま生活するなんて、上手くいくワケがないんだ。そのうち、美晴も元に戻りたいと思うさ)


 美晴が『風太』に成り済ましていることに対して、今はそれほど深刻に考えてはいなかった。

 これは、ただの「家出いえで」みたいなもの。美晴の精神が、美晴の身体から「家出」しているだけ。入れ替わり生活が大変になったら、きまぐれに帰ってくるだろう……と、風太は思っていた。


 (よし、ちょっと説得してみよう。おれにはおれの居場所があって、美晴には美晴の居場所があるってことを教えてやれば、気持ちも変わりやすいかもしれない)


 話す時間さえあれば、説得も上手くいくハズだ。

 『風太』が学校に来たことがすぐに分かるように、『美晴』は校門が見える場所を探すことにした。

 

 (この学校で、校門やグラウンドの様子が見やすい場所といえば……やっぱり図書室かな)

 

 *

 

 (美晴、早く来い!)

 

 『美晴』は図書室の窓辺で、『風太』が校門に現れるのを待った。

 しかし15分ほど待っても、『風太』の姿は見えなかった。ゆっくり話ができるような時間はもうなくなっていたが、それでも『美晴』は待ち続けた。

 

 (このままだと、遅刻しちゃうんじゃないか……?)

 

 少し不安に思いつつも、根気こんきづよくじっと校門を見張っていると、そこへやっと待ち人が現れた。


 「え……」


 その姿を見て、『美晴』は言葉を失った。

 6年1組のクラスメートである翔真ショウマソラ実穂ミホ、そして雪乃ユキノと一緒に、『風太』は校門に入ってきた。5人グループのはしっこにいるものの、しっかり会話に参加している。

 

 「なんで……、あんなに……みんなと……仲良さそうに……」


 今、ひとりぼっちなのが『美晴』で、友達と一緒にいるのが『風太』だという現実を、しっかりと突きつけられた。

 美晴の目を通して見る自分は、とてもキラキラしていて、楽しそうだった。かつての自分よりも、『風太』は6年1組のみんなと仲良くしているようにさえ見えた。


 「おれの……居場所……」


 すっかり『風太』と話をする気分ではなくなり、『美晴』はまた6年2組の教室へと戻っていった。

 

 *


 キンコーン。

 起立きりつれい着席ちゃくせきを済ませると、1時間目の授業が始まった。6年2組の担任である陣野ジンノ先生(中年男性)は、教室の電気を消してスクリーンを降ろした。

 

 「はい。じゃあ、道徳どうとくの授業を始めまーす」


 道徳の授業とは、小学生にとってのボーナスタイムだ。

 DVDを見るだけで、一時間の授業がほぼ終わる。しかも、DVD視聴中は教室の電気が消されて暗くなるので、よほど見張りの厳しい先生ではない限り、生徒たちはガッツリ居眠いねむりをすることができる。

 そして今の『美晴』にとっても、道徳は都合がよかった。


 (ふぅ。とりあえず、一時間目は乗り切れそうだな。美晴らしくする必要はなさそうだ)


 軽快な安っぽい音楽と共に、スクリーンに動画タイトルが映し出される。


 チャラッチャララー♪ ババーン!

 「いじめを考えよう」。


 全く興味がないタイトルだ。

 『美晴』は大きなあくびをし、机の上に腕枕うでまくらを作った。

 

 (道徳の時間って、こういうのばっかだよな。学習用の安っぽいドラマを見せて感想文を書かせる、いつものパターン)

 

 所詮しょせんは、どこかの会社が作った道徳教材。『美晴』は、その安っぽいドラマをフィクションだと割り切って、ぼんやりとながめていた。

 

 「あいつ、気持ち悪いよなー」「ほんとだよなー」「気持ち悪いから、仲間はずれにしようぜー」「そうしようぜー」

 

 教室のスクリーンでは、気弱きよわそうな男の子へのイジメが始まっていた。しかしそれでも、『美晴』の退屈そうな目は変わらなかった。

 まるで興味が湧かない理由は、イジメを現実で見たことがないからだ。このドラマみたいなことを、した覚えはないし、された覚えもない。

 

 (いじめてくる相手なんて、パンチでブッ飛ばしてやればいいのに。なんで反撃しないんだよ。男なら戦えよ。情けないな……)

 

 そして『美晴』は、机にして眠りにちた。

 朝からあまり気分の良くない出来事が続いていたが、ここで30分ほどの休息がとれたので、『美晴』は心をリフレッシュすることができた。

 

 *


 1時間目の道徳が終わり、2時間目が始まる前に、『美晴』は6年1組の教室を見に行った。

 しかし残念ながら、『風太』どころか教室内には誰もいなかった。6年1組は理科の授業でフィールドワークをすることになったので、全員外に出てしまっているらしい。


 (昼休みか放課後にならないと、じっくり話せるチャンスもなさそうだな。まぁ、仕方しかたないか……)


 あきらめて、6年2組の教室へ。

 教室に戻った時、5人くらいの女子が美晴の机を取り囲んでいるのが見えた。その中には、今朝けさ出会ったポニーテールの女子もいた。


 (ん? あいつら、おれの席で何やってるんだ?)

 

 『美晴』が不思議に思って近付こうとすると、そのタイミングでキンコーンとチャイムが鳴り、女子たちは机から離れていった。

 

 (あいつらは、美晴の友達なのかな?)

 

 さっきの女子たちのことを気にしつつ、『美晴』は着席し、授業の準備を始めた。

 2時間目は社会科。机の中から社会のノートを取り出し、軽快けいかいにペラッとページをめくっていく。それはまるで、お気に入りの絵本の好きなページを探す、幼い少年のように。

 

 (ちがうぞ。おれは、美晴のキレイなノートが好きなだけだ。美晴本人のことは、むしろ嫌いだぞ。あいつが努力しているところは、ちゃんと評価するってだけだよ)

 

 見えない誰かにわけをして、『美晴』はワクワクしながらページをめくっていった。

 

 (美晴のノートは、文字がキレイで分かりやすいだけじゃないんだよ。小さいイラストとかもいてあって、読んでて楽しい気持ちになれるんだ。なんていうか、勉強を楽しくするためのノート作りをしてるって感じでさ……)


 なかった。


 (あれ……? え……ええっ!? あれっ!?)

 

 その社会科のノートには、文字が書いてあるページが一つもなかった。

 しかし、新品しんぴんというわけでもない。ノートをよく見ると、文字が書いてあったであろうページには、ハサミで切り取られたあとがあった。

 

 (おかしいな。国語や理科のノートには、そんなことしてなかったのに)

 

 意味不明な形跡けいせき動揺どうようしながらも、『美晴』は授業の開始に合わせて、ポーチ型ペンケースからシャーペンを取り出そうとした。

 

 「……?」

 

 不自然に、ペンケースがゴワゴワしている。

 開いて中をのぞいてみると、そこにはぐしゃぐしゃに丸めた紙屑かみくずが、あふれそうなくらいに詰め込まれていた。

 『美晴』は、その屑山くずやまから一つを手にとり、静かにそれを開いた。


 「……!」


 *


 2時間目が終わると、『美晴』は相手をにらころすような目つきで、今朝のポニーテール女の前に立っていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ