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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第十四章:風太6歳 美晴4歳
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あい・あむ・ぷりんせす


 4歳の美晴と仲良くなるには、まず彼女の恐怖心を取り除く必要があった。

 精神の同居人となった風太は、自分が怪しい存在ではないことを、精一杯アピールした。


 「おばけ……?」

 (お化けじゃないっ!)

 「ひぅっ!?」

 (あっ……! いきなり大声だして、ごめん)

 「じゅういっさいの、おとこのこの、ふうたくん……?」

 (そう。その通りだ。美晴はかしこいな)

 「えっ? わたし、かしこい?」

 (ああ! かしこくて、優しくて……えっと、真面目で、いつも一生懸命! 7年後の世界でも、美晴はそういう子だよ)

 「ほんと……?」

 (ほんとさ! おれは美晴の友達だからな。美晴のことは、よーく知ってるんだ)

 「そうなんだぁ。えへへ」

 (ふぅ……)


 褒め言葉や肯定する言葉を、とにかくたくさん並べた。他人に言ったことのないお世辞(せじ)の言葉も、なんとか頭から絞り出した。

 すると、美晴の方もだんだん警戒を解いてゆき、姿すら見えない風太に対しても、心を開くようになっていった。


 *


 4歳としての日々。一日の大半は、保育園で過ごすことが多いらしい。

 園児というと、キャッキャッと喚きながら元気に走り回るようなイメージがあるが、4歳の美晴は全くそのイメージには当てはまらず、他の園児たちの()から外れて、一人静かに絵本を読んでいるような女の子だった。

 

 「……」

 (今日もまた、美晴は読書に夢中か。毎日毎日、よく飽きないな)

 「……」

 (この絵本、そんなに面白いか? なんていう絵本なんだ?)

 「しらゆきひめ」

 (白雪姫? へぇ、あの毒リンゴの?)

 「うん。ふうたくん、しってるの?」

 (そりゃあ、有名な童話だしな)

 「じゃあ、しんでれらはしってる? かぐやひめは?」

 (それも有名だから知ってるよ。あまり詳しくはないけどさ)

 「おひめさま、すき?」

 (えっ!?)

 「ふうたくんは、おひめさまって、かわいいとおもう?」

 (なんだよいきなり……。お姫様が可愛いかって?)

 「うんっ! わたし、おひめさまになりたいの!」

 (ぶっ!!? み、美晴が、おお、お、お姫様ぁ!?)

 「おひめさまになりたいから、いっぱいえほんをよんでるの」

 (なるほど……。読書オタクの裏に、そんな理由があったとは……)

 

 思いがけず、美晴の趣味のルーツを知った。

 メルヘンなお姫様願望……しかし、風太の頭の中では、いつもの幽霊みたいなビジュアルの印象が強く、『美晴』と『お姫様』は、全く重ならなかった。そして風太は、「11歳の美晴がお姫様じゃなくて幽霊みたいになってる、と知ったら、4歳の美晴はきっと悲しむだろうな」と思った。


 「しょうがくせいのわたしは、おひめさまになってる?」

 (えっ!? うーん、まぁ、その……。おひ、おひめ……うーん)

 「なってない?」

 (いや、その、なってる……と思う。多分、なってるんじゃないかな。なってるハズ。なってるなってる)

 「ほんとっ!? やったぁ♪」


 また、美晴にウソをついた。11歳の美晴は、どこからどう見ても「お姫様」というタイプの女子ではない。4歳の美晴を悲しませたくなくて、風太は自分に言い聞かせるようにそう言ってしまった。


 「それでは、さくら組のみなさーん。集合してくださーい。お遊戯(ゆうぎ)の時間でーす」

 

 遠くで、先生が園児たちに呼びかけている。さくら組とは、4歳の美晴が所属しているクラスである。

 しかし美晴は、どうやらその声を聞いていないようだった。


 「えへへ。わたし、おひめさま……」

 (ほ、ほら、先生が呼んでるぞ。早く行けよ)

 「すてきな、どれす……。きれいな、ほうせき……」

 (ボーッとしてないで、早く行けってば!)

 「おおきなおしろにすんでて、かぼちゃのばしゃで……」

 (おい、聞いてるのか!? 現実に帰ってこい! 美晴姫っ!)

 「ふぇっ!?」


 風太は半ばヤケクソ気味に、夢見ている少女を「美晴姫(みはるひめ)」と呼んだ。

 その言葉が引っ掛かり、美晴はピクンと反応を示すと、自分の胸をじっと見つめた。


 「ふうたくん。いま、なんていったの?」

 (だから、先生のところに行けって……)

 「ちがう! わたしのこと、なんていったの!?」

 (えっ? 美晴姫って呼んだことか?)

 「みはるひめ……! みはるひめ、みはるひめ……」

 (何だ? 突然、どうしたんだ?)

 「うぅーーー……!!」


 (うな)り声をあげながら、美晴はその場にしゃがみ込んでしまった。小さな心臓はトクトクと早く鳴り、顔は真っ赤になっている。

 精神の同居人である風太も、動悸(どうき)を共有しているため、心臓がだんだん苦しくなっていった。


 (はあ、はあ……。な、何がどうなってるんだ……?)

 「はぁ……はぁ……」

 (泣いてるっ!? だ、大丈夫か……?)

 「ないて……ない……! ちょっと、びっくりした、だけ……」

 (びっくり? 驚いたのか? どうして?)

 「だって、ふうたくん、『みはるひめ』って、いうからっ」

 (えっ? どういう意味?)

 「わたし、みはるひめって、すっごくいいかも、って、おもったの……! だから、どきどきしちゃったの……!」

 (つ、つまり……?)

 「わたしのこと、みはるひめって、よんで……ほしい……」

 (えぇっ!!?)


 喜びの感情が、急激に極まってしまったらしい。小さな身体であるがゆえ、ショックへの耐性がついていなかったのである。

 変なお願い事をされ、その日から11歳の風太と4歳の美晴の関係は、ほんの少しだけ変わった。


 *


 保育園。おりがみの時間。


 「よいしょ、よいしょ」

 (ん? 何を折ってるんだ? 美晴)

 「みはるひめって、いってくれたら、おしえてあげる」

 (う……。今は別にいいだろ。面倒くさいな)

 「ふうたくん、きらいなたべもの、なに?」

 (へっ? (にお)いがキツいから、キウイは苦手だけど……)

 「じゃあ、きうい、いっぱいたべよーっと。においもかいじゃうよ。わたし、きういすきだもん」

 (なっ!? や、やめろっ!!)

 「いやなら、わたしのこと、みはるひめってよんで」

 (この野郎、園児のくせに小学生のおれを(おど)す気かよ……!)

 「きうい、たべる!!」

 (わわ、分かった! 分かったよ! 勘弁してください、美晴姫様っ!)

 「うふふ。じゃあ、たべない」

 

 保育園。絵本の時間。


 「このどれす、かわいい。きてみたい……」

 (美晴……じゃなかった、美晴姫は、本当に絵本が好きなんだな)

 「うん! おひめさまになりたいから! ふうたくんは、おとこのこだから、おうじさまになりたい? ふうたおうじさまって、よんでほしい?」

 (ぶっ! ふ、風太王子様っ!? それはちょっと恥ずかしいからやめてくれ)

 「おうじさま、いやなの? じゃあ、なにがいい?」

 (そうだなぁ。物語の世界なら、やっぱり王国の騎士かな)

 「きし?」

 ((よろい)を着て、剣と盾で戦う戦士だよ。こっちの方がカッコいい)

 「うーん、かっこいいかなぁ? わたしは、おうじさまのほうが、かっこいいとおもう」

 (武器や鎧のカッコよさは、女子には分からないだろうな)


 保育園。掃除の時間。


 「さっさ。さっさ。ほうきで、さっさ」

 (偉いな。真面目に掃除するなんて)

 「えへへ。ちゃんとおそうじしてたら、まほうつかいのおばあさんが、おしろにつれてってくれるの」

 (ああ、シンデレラか)

 「すてきなどれすと、かぼちゃのばしゃと、がらすのくつと……」

 (相変わらず、メルヘンが詰まった頭だな。美晴姫は)

 「ねぇ、ふうたくん。がらすってなぁに? ほうせき?」

 (えっ!? 知らなかったのか!? ほら、窓についてる透明な壁みたいなヤツだよ)

 「えーーっ!? がらすって、きたないねっ!!」

 (確かに、保育園の窓ガラスはかなり汚れてるな……)

 「まどのがらすも、きれいにしよっと! ごしごし」


 *


 そんな日々が続いた、ある日の午後。

 日本列島に台風が接近しているらしく、その日は保育園の送迎バスに乗って早めの帰宅をすることになった。4歳の美晴姫はと言うと、自宅で待つ母親に会えるのが楽しみなようで、むしろいつもより元気にメルヘン全開だった。


 「ママっ! ただいまっ!」

 「おかえり、美晴。今日もお疲れ様。おやつを用意してあるから、手を洗っていらっしゃい」

 「はーいっ!」

 

 7年後の世界とは違い、美晴の母親は専業主婦。つまり、美晴の両親が離婚をする前の世界である。

 風太はそれを踏まえ、美晴に質問した。


 (なあ、美晴)

 「ちがうもん」

 (み、美晴姫っ!)

 「なぁに? ふうたくん」

 (お母さんのこと、どう思ってる? その……好きか?)

 「うん! だいすきっ! やさしいし、きれいだし、おかしかってくれるし。ときどきおこるけど、それでもだいすきっ!」

 (そっか。いや、それならいいんだ。おれも、美晴のお母さんはとても優しい人だと思う)

 「えへへ。ママがほめられると、わたしもうれしい」

 (それでさ……お父さんのこと、聞いてもいいか?)

 「えっ?」

 (お父さんのことは、どう思ってる?)

 「……」


 空気が変わった。


 「わかんない」

 (分からない?)

 「うん。だって、あんまりおうちにかえってこないし……」

 (……)

 「かえってきたときは、いつもおさけのんでて、ママをけったりするの」

 (蹴るっ!? ぼ、暴力かよっ!?)

 「ほかにも、なぐったりとか……ママのこと、いじめるの。『おまえのせいだ!』、とかいって」

 (ひどいな。やっぱり、アイツはろくでもないおっさんだったか)

 「わたしもこわくて、あんまりすきじゃないけど、ママは『パパをゆるしてあげてね』って、わたしにいうの。『さいきんおしごとで、つかれてるみたいだから』って」

 (なるほど。美晴のお母さんは、まだお父さんのことを信じてるってわけだな)

 「だから、パパのことはよくわかんないの。ほんとにこわいパパなのか、ほんとはやさしいパパなのか」

 (そうか……)


 風太がいた7年後の世界では、すでに夫婦は離婚している。なんとなく結末が見えているからこそ、あえて風太は口をつぐんだ。今、美晴に言うべきことじゃない、という判断だ。

 美晴は手洗いとうがいを終え、おやつが待つリビングへと(おもむ)いた。するとそこには、おやつのクッキーと、飲み物が入ったコップと、プレゼント用に包装された大きな箱が置いてあった。

 

 「ママ。このはこ、なぁに?」

 「開けていいわよ。美晴へのプレゼントだから」

 「わたしの? なにかな、なにかな……」

 

 ビリビリと包装紙を破くと、その全貌(ぜんぼう)が明らかになった。


 「『ぷ……り……ん……せ……す……、ど……れ……す』……。こ、これ! どれす!? おひめさまのっ!? わ、わたしにっ!!?」

 「ええ。美晴、ずっと欲しがってたから」

 

 童話の中のプリンセスが着るような、鮮やかなピンク色のドレス。ティアラやブローチ、キュートなリボンなどもセットでついている。本来は、ハロウィンの仮装のための衣装(それほど高価なものではない)らしいが、それは美晴の願望を充分に満たすものだった。


 「わあ……わああー……! かわいいっ! ママ、きてもいい!?」

 「もちろんよ。一人で着替えられる?」

 「うんっ! がんばるっ! おひめさまのふく、ひとりできられるようにっ!」

 「うふふ。ちゃんと着られたら、ママにも見せてね」

 「はーいっ! おきがえしてくるから、ちょっとまってて!!」

 

 美晴は、お姫様ドレスセットを腕に抱えると、自分の部屋へとダッシュで向かった。心中で、風太は「そんなに慌てて走ったら転ぶぞ」と警告したが、美晴は転ばなかった。


 *


 「わああぁー……! すごい……!」


 着付けが無事に終わり、姿見の前に立って、くるりと一回転。それが終わると、今度はスカートをつまみ上げ、ふわっと広げた。軽くて動きやすく、サイズもぴったりだ。


 「すてきなどれす……! わたし、えほんのおひめさまみたい……! えへへ……」

 

 胸のブローチに、頭のティアラ。どれもがきらびやかで、本物の宝石かと見紛(みまご)うほどの輝きを放っていた。美晴は鏡の中の自分にいろいろなポーズをとらせ、そのたびに見惚れた感想を述べた。


 「ふうたくん! ふうたくんは、どう? わたしのどれす……」


 美晴は、胸のブローチに向かって話しかけた。視界を共有しているので、今この姿も見てくれているはずだ。

 そして、風太は……。


 (すごい……な……)


 それ以上の言葉を失っていた。

 かつて、一度だけ、ドレスを着た美晴を見たことがある。それが今、目の前の幼き美晴とつながり、あの衝撃は偶然なんかじゃなかったと風太は確信し、再び心を奪われていた。


 「どうかなぁ?」

 (う、ウソだろ……)

 「うそ?」

 (美晴って、やっぱり……。本当は、こ、こんなに……?)

 「どうしたの? わたし、かわいい?」

 (いや、その……。服装が変わるだけで、こんなに印象が違うっていうか……。あれ? 女子って、みんなそういうもんなのかな……?)

 「むぅー! よくわかんないー!」

 (なんだ!? き、緊張してるのか……!? ヤバい、なんか、鼓動が……!)


 美晴ごとき。4歳の美晴なんかを目の前にして、風太は何故か緊張してしまっていた。

 知らない女の子がいきなり出てきた、という感想。どこかの不気味な幽霊とは程遠(ほどとお)い、小さくて可愛い女の子。


 「もしかして、あんまりにあってない……?」

 (似合ってる!! 似合いすぎてて、びっくりしてるんだっ!!)

 「ほんと?」

 (おれが聞きたいよ! お前、本当に美晴だよな? な、何があった……? この数分の間にっ!)

 「おひめさまにみえる?」

 (あ、ああ……。これは本当に、み、美晴姫って感じの雰囲気……)

 「よかったぁ。ふうたくんも、わたしのこと、かわいいっておもってるんだ……」


 ()しくも、ここで「美晴」と「お姫様」が、重なってしまった。だから正直に、「美晴ちゃん、お姫様みたいですっごく可愛いよ」とでも言えばいいのに、男のプライド(と、風太が思い込んでいるもの)が邪魔をして、そんな褒め言葉さえも口に出せなかった。


 「ふふっ」

 

 お姫様は姿見に一歩近づき、目をつぶって少し考えた後、鏡に映っているドレスアップされた自分に向けて、静かに言った。


 「わたし、ふうたくんのこと、すきになっちゃったかも」

 

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