風太にとって最悪の敵
*
そして、その日の放課後。
「うーん。100ノート……100ノート……」
月野内小学校が誇る、巨大図書室。風太はその2階、「世界各地の伝承エリア」に来ていた。
背丈より遥かに高い本棚が立ち並び、分厚い書物が隙間なく詰め込まれている様は、まさに本のジャングルと言ったところだ。
「分かってはいたけど、簡単には見つけられないな」
牡丹さんからの「もしかしたら、誰かが拾って、図書室に置いたのかもしれない」という助言により、本日の風太は、図書室での100ノート探しに取り組んでいる。
「何かの拍子にペンダントがハズれる、なんてこともあるだろうし……あまりのんびり探すわけにもいかないな」
体育や遊びに夢中になってる時に、偶然ハズれてしまう可能性もある。男子同士でふざけあってる中で、イタズラっ子に奪い取られる可能性もある。どうしても装飾品をハズさないといけない場面も来るだろうし、破壊を目論んでる悪魔もいる。
やはり、ペンダントがどうにかなる前に、100ノートの件を終わらせてしまいたい。
「今日からは、ノート探しで忙しくなるだろうな。のんきに遊んでるヒマはない……か。男には戻れたし腕も治ったけど、みんなと一緒にドッジやサッカーができるのは、まだまだ先の話……」
自分の現状を言葉に出し、少し気持ちが沈んだ風太。
その肩を、安樹はポンと叩いた。
「そう悲観的になるなよ。キミは、確実に前に進んでるんだ。自信を持って、ポジティブにいこう」
「安樹……」
「フフッ、お疲れ様」
しばらく用事でどこかに行っていた安樹が、今やっと図書室に戻ってきた。
何かを包んだ袋を胸に抱いて、にこにこと風太に笑いかけている。
「どこに行ってたんだ、安樹? その袋には何が入ってるんだ?」
「まあまあ、焦らないで。キミにも見せてあげるからさ」
「見せる……?」
「ほら、じゃーんっ!」
そう言うと、安樹はガサゴソと袋の中の物を取り出し、風太の前でバサッと広げた。
「うわっ、服っ!? 体操服かっ!?」
襟元と袖口が青い、男子の体操服だ。
続いて、安樹は袋の中から国語辞典と黒いコンパスを取り出した。
「これと、これと……。名札もあるよ。これで全部かな」
「これって、もしかして……!」
「そう。キミがなくしていたものさ。二瀬風太なりきりセット」
「ん? なりきりセット?」
「あ、いや、こっちの話。気にしないで。それより、どう? 風太」
「おお……うおおおおぉっ!! 嬉しい! ありがとう安樹っ!」
数日前より続いていた紛失事件は、これにて無事解決。
風太は感激し、喜びに打ち震えた。
「いや、ボクにお礼を言わなくてもいいけどね。ボクは何も苦労してないし」
「ありがとう、安樹っ! 本当にありがとうありがとうっ! お前が見つけてくれたのか!? どこにあったんだ!? なぁ! おい! ありがとう!」
「うわぁ、喜びの圧がすごいな。嬉しい気持ちは分かるけど、一旦落ち着いてよ。キミの体操服を見つけたのは、ボクじゃない。ボクは、保健室で受け取ったこの袋を、ここに持ってきただけさ」
「ん……? じゃあ、一体誰がおれの体操服を見つけてくれたんだ? お礼くらい言わせろ! そいつの名前を教えろよ、なぁ! 知ってるんだろ、安樹っ!」
「えっ? えっと、その人の名前は……」
「名前は?」
今朝、安樹は「戸木田美晴」から、袋を受け取った。なので、ここで安樹が言うべき名前は、「戸木田美晴」なのだが、当然それを言えば、話がとてもややこしいことになってしまう。
「お、教えられないっ! ヒミツなんだっ! 正体不明の、謎の人物っ!」
「なっ!? なんだよ、それ……! カッコよすぎるだろ……!!」
「へ?」
「困ってる人を助けて、名前も言わずに去っていく……。まさにヒーローだな! そいつは!」
「そ、そうなの? うん、じゃあそういうことにしておこう」
「カッコいいなぁ……! 今度、その親切な人に会ったらさ、『ありがとう! おれ、お前みたいなやつは大好きだ!』って、伝えておいてくれよ! 安樹!」
「う、うん。分かった。アハハ」
もし、「風太がキミのこと大好きだって言ってたよ」と、美晴に伝言を届けたら、さらに話が拗れてしまうだろう。安樹は一瞬だけ迷ったが、美晴にはその伝言を届けないことにした。
「まあ……なんにせよ、体操服が返ってきて良かったね」
「本当だよ安樹っ! しかも、この体操服さぁ……。んっ、んむぅ……」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って! 何やってるの、風太っ!」
風太は突然、手に持っている「自分の」体操服に、顔面を埋め始めた。
「くんくん……ぷはぁ……。この体操服、すごく良い香りがするんだ」
「か、香りっ!? まさか、ニオイを嗅いでるのっ!?」
「え? うん。ふんわりしてて、心が安らぐ不思議な香りが……。ああぁ……くんくん……」
「やめなよそれっ! 変態だよっ!?」
「いや、変態じゃないだろっ!? 自分の服のニオイぐらい、気になるだろうがっ!」
「だって、その香りは……!」
「美晴の香りなんだよっ!」「風太は今、女の子の汗などのニオイを嗅いで、トリップしてるんだよっ!」「れっきとした変態行為なんだよっ!」……と言おうとしたが、安樹は寸前で思いとどまった。
「そ、それは……その……! 汗のニオイとか……!」
「汗ぇ? 汗じゃないよ。花だよ」
「花ぁ? お花の香りってこと? 何を言ってるの?」
「お前こそ何を言ってるんだ。ほら、一度嗅いでみろ」
「えぇ……。男子のキミの体操服を、ボクが嗅ぐの……?」
「嫌そうな顔するなよっ! クサくないっ! ほら、早く」
「う、うん……」
安樹は、風太の体操服に顔を近づけると、理科の実験の時みたいに手でパタパタと扇いで、そのニオイを鼻へと運んだ。
「くんくん……。あっ、これは……洗剤の香り……」
「だろ? 拾ってくれた親切な人が、ついでに家で洗ってくれたのかな。お前、何か知らないのか?」
「い、いやぁ、よく分からないなぁ。親切な人がいたもんだ。ハハハ」
「それにしても、洗濯上手だよな。おれの母さんも、こんな風に洗濯してくれればいいのに」
「うん。そ、そうだね……」
間違いなく、洗濯をしたのは美晴だ。とても良い香りがする理由は、おそらく、体操服に自分のニオイなどが残らないように、洗剤を余分に入れて洗濯したからだろう。
さすがの美晴でも、着た服を洗わずに返すわけがないか、と安樹は安堵した。
「ところで、キミの方はどうなんだい? ずっとここで、ノート探しをしてるみたいだけど」
「いやあ、全然ダメだ。収穫はゼロ。今日はもう帰ろうかと思ってたぐらい」
「あらら、それは残念だね。図書室の閉室時間も近いし、今日はこのあたりで切り上げようか」
「えっ? もうすぐカギ閉まっちゃうのか、この部屋。じゃあ、帰るか……」
「あ! そうだ。カギと言えばさぁ……」
ふと、安樹は10分ほど前の出来事を思い出した。
それは、とある1本のカギについてのお話。
「さっきね、廊下を歩いてたら、女の子と軽く肩がぶつかっちゃったんだ。ボクも相手も『ごめんね』って言って、ケンカにはならなかったんだけど……」
「けど?」
「その時に、相手の女の子がポトッと落とし物をしていったみたいでさ。ボク、すぐに拾ってあげたんだけど、向こうはそれに気付かずに行っちゃったんだ」
「落とし物か。相手は困ってるハズだ。早く渡してやらないとな」
「そうなんだけどさ。その落とし物っていうのが……これでね」
「ん?」
安樹のポケットからは、まず1本の細いカギが出てきた。銀色に光ってはいるが、材質はプラスチック製で、簡単に折れそうなカギだ。
そして、次に出てきたのは……手錠だった。もちろん本物ではなく、パーティグッズとして流通している、オモチャの手錠だ。オモチャではあるが、並の小学生程度の力では、破壊できそうにない。
「おいおい、警察かよ。こんなもの持ち歩いてる女なんて、本当にいるのか?」
「早く届けてあげたいんだけど、風太は知らない? 警察官みたいに、正義感溢れる女の子。髪型はたしかポニテで……」
「あははっ。少なくとも6年生には、そんなやついないハズ……」
へらへらと笑いながら、風太は自分の記憶を漁った。「冗談だろ?」と思いながら、遠い記憶の中へ。
どこかで見たことがある。いつだったか聞いたことがある。銀色の手錠と、カギ……。
「あっ」
風太の口から、その一言が漏れた。
すると、すぐに顔からは笑みが消えた。
「まさか、『彷徨い人魚』……!?」
それは自身も体験した、恐ろしい『刑』の名前。
「え? 何?」
「その手錠、『彷徨い人魚』で使うつもりなんだ……!!」
「人魚? 何の話?」
「『刑』だ……! 間違いないっ! 蘇夜花のやつ、美晴に『刑』を……! くそっ、なんで今なんだよ! どうしてこんな時にっ!」
「な、何を言ってるんだい? 急にそんな慌てて」
「もうどこかで『刑』が始まってるかもしれない……! 『彷徨い人魚』なら、場所は多分トイレだ……! 校舎に3つと、体育館に1つ、プールに1つ……。美晴がいるとすれば、このうちのどれか……」
「みっ、美晴ぅ!? キミ、美晴とはもう絶交したんじゃないの? あの子のことは忘れるって言ってたじゃないか! 何をそんな、今さらっ……!」
「おれは校舎、お前は体育館とプールのトイレを頼むっ! とにかく見てきてくれっ! 理由は後で話すからっ! おれは行くっ!」
「えっ!? ちょ、ちょっと風太、どこ行くのっ!? 体育館とプールって、どういうことっ!? 説明してよ、風太っ! 風太ぁーーーーっ!!」
何もかもそこに置いて、風太は先に行ってしまった。
図書室に残された少女は、去って行く少年の背中を見ながら、独りぽつりとつぶやいた。
「ウソつき……」
*
風太も過去に『刑』を受けた人間である。蘇夜花の動きが分かるようになってきたからか、その“読み”は不幸にも的中していた。
しかし、後手。少しばかり遅い。月野内小学校のプール、そこに併設された女子トイレの一番奥の個室で、それはもう始まっていた。
「お、おれは……男の子だっ……! お前たち……なんか……こ、怖くない……ぞっ……!」
という、女の子の声。威勢のいい言葉とは裏腹に、声は震えてしまっており、威圧感などは全くない。
今にも泣き出しそうな、弱々しくて情けない美晴の声である。
「ふふっ、かーわいいっ♡ 両手後ろで縛られても、それだけのセリフが吐けるなんて、以前とは比べ物にならないほどの成長だよ。美晴ちゃん」
という、これも女の子の声。ただし、こちらは人を嘲笑うかのような不快さを纏っている。
声の主は小箱蘇夜花。美晴を虐げることに喜びを見出した女である。
「はぁ、はぁ……。け、ケンカなら……やってやる……ぞ……! わたしの……お、おれのっ……パンチで……お前たち……なんか……一撃だっ……! だから……手を……ほどいてっ……!」
「はいはい、暴れないでねー。『彷徨い人魚』がどういうものかは、すでに分かってるでしょ? ほら、前回の辛い記憶を思い出して」
「ぜ……前回……?」
「ふふっ、そろそろ始めようか。今回の『刑』の執行人はわたし、蘇夜花だよ。よろしくね」
『彷徨い人魚』。強制的に失禁させ、上手く歩けなくなった状態で宝探しをさせる、という『刑』。前回これを受けたのは、美晴の身体に入っていた風太なので、美晴はその内容を知らない。
拘束された美晴が個室に押し込まれ、それを蘇夜花が弄くり回し、蘇夜花の後ろでは五十鈴などの女子数人が笑いながら見ている、という状況は、前回の『彷徨い人魚』と同じ。変更点は、美晴の足の拘束がないこと(蘇夜花が手錠をなくしてしまったため)と、今回の宝物についてである。
「今回の宝物は、これっ!」
「あっ……! わたしの……家のカギっ……」
「人魚になったら、探しに行ってね。じゃあ、このお宝を隠してきてもらうのは……五十鈴ちゃん! 君に任命しよう!」
蘇夜花は美晴の家のカギをポイッと放り投げ、五十鈴は表情一つ変えずにそれをキャッチした。
「……」
五十鈴は、受け取った物をじっと見つめた後、蘇夜花の顔を見て、美晴の顔を見て、そのまま一言もしゃべらずに、女子トイレから出ていった。何か言いたげな様子だったが、その心中は誰にも分からない。
「か……返してっ……。お願い……」
「お宝の心配より、自分の心配をしたら? もう『刑』は始まっているんだよ? ほら、大人しくこっちに来なさいってば」
「きゃっ……!? 髪を……引っ張らないでっ……。や、やめろよっ……! わたしは……お、おれは……男の子……なんだぞっ……! 強いんだぞ……!」
「あはは。男子になりきるにしても、下手クソだね。もうちょっと演技の練習しなきゃ。でも、そういうバカみたいな虚勢張っちゃうところがかわいいよ、美晴ちゃん」
「ち、違う……。わたし……本当に……男の子……だったもんっ……。あの人の……身体の……中に……いたもんっ……。うぅっ、ぐすんっ……」
耐えきれず、美晴はメソメソと女々しく泣き始めた。仮にも『風太』として過ごしていた時間もあったのに、それを「下手クソ」だと一蹴されてしまったことが、何よりも美晴の心に深く刺さったのだ。
蘇夜花は構わず、美晴の腕を掴んで引き寄せた。そして、背後で見ていた真実香などの子分たちを呼び、全員で美晴を取り囲んだ。
「さて、覚悟はいいかな? 美晴ちゃん」
「嫌っ……。来ない……で……」
「本当の男の子っていうのはね、例えば……服を脱がされたとしても、あまり恥ずかしがったりしないんだよ。裸を見られるくらい、平気なの」
「うぅっ……ま、まさか……」
「その通り。ブラウスとスカートなんて、女の子の服装でしょ? 早く脱がなきゃね。男の子になれないよ?」
「やだっ……。やめて……!」
「ううん、やめなーい。はい、みんなで脱がすよー」
「きゃああぁっ……!!」
いくつもの手が、美晴の衣服を剥ぎ取ろうと迫った。
*
女子トイレの外。美晴が細い喉から必死に絞り出した悲鳴は、そこにいても聞こえていた。
「今の声は……?」
「さぁね。何かしら」
風太に指示され、とりあえずプールの女子トイレの様子を見に来ていた安樹。
蘇夜花に指示され、美晴の家のカギを隠しに行こうとした五十鈴。
二人は、プールの女子トイレの扉の前で鉢合わせ、対面していた。
「あのさぁ……ボク、トイレに行きたいんだけど」
「男子トイレは向こうよ」
「ボクは女っ!」
安樹はキャスケット帽を取り、女子であることを五十鈴にアピールした。
「あら、それはごめんなさい」
「まぁ、いいよ。とにかく女子トイレに入らせてくれないか」
「悪いわね。今はダメなの。他の場所のトイレを使って」
「どうして? 故障中ってわけじゃないでしょ?」
「何も聞かないで。答えたくないから」
門番のように立ち、何者も寄せ付けようとしない。五十鈴はツンとした態度で、初対面の安樹に応じた。
しかし、何かワケがあると感じた安樹は、自力で謎を解き明かそうと喰い下がった。
「そうか。分かった。じゃあ質問を変えよう」
「質問をするなって言ってるでしょ」
「キミの後ろにある扉の向こうに……戸木田美晴がいる?」
「……!」
的中。五十鈴はほんの一瞬だけ、目を丸くした。
しかし、すぐにまた目を鋭く尖らせ、安樹をギロリとにらみつけた。
「いるんだね? そこに、戸木田美晴が」
「あなたは美晴の何? 友達?」
「えっ? 友達……ではないよね? ライバル? いや、まだ知り合いってところかな」
「友達ではないのね」
「そうだよ。ボクは美晴の知り合いだ」
「あっそ。じゃあ、これをあなたに渡しておくわ」
「渡すって……わぁっ! ちょっと!? なにこれっ!」
五十鈴は唐突に、持っていたカギを安樹めがけて放り投げた。
安樹はそれを2度ほどお手玉しながらも、なんとかキャッチすることに成功した。
「ただのカギよ。美晴の机の中にでも入れておいて」
「そんなもの投げるなよ。危なっかしいなぁ。……っていうか、美晴のカギを、どうしてキミが持ってるの?」
「質問しないで」
「はぁー……。じゃあ、そこをどいてくれないか。このカギは、本人に直接渡すからさ」
「面倒臭いわね。あなたって」
「メンドーなのはこっちだよ。いつもいつも、美晴がー、美晴がー、ってさ。美晴のことについては、もう終わったんじゃないの? ねぇ? キミこそ美晴の何なんだ? これ以上、何があるって言うんだ? ボクはどうしてここにいるんだ? ……あー、もう全然分かんないんだよっ! 誰か教えてよっ!」
「え? あなた、美晴のことをどこまで知ってるの? あの子がクラスでいつもどんな風に過ごしてるか、とか……」
「クラスぅ? 知らないよ、そんなの。美晴とはあんまりしゃべったことないもん。ボク、ちょっと嫌われてるみたいだしさ」
「ふぅん……。そういうことね」
五十鈴は少し考えた後、ポケットから自分のスマートフォンを取り出した。
スッとスワイプして画面に表示したのは、「視聴にはパスワードが必要です」という注意書きが添えられた、一本の動画だ。
「OK。じゃあ、わたしが教えてあげるわ。あの子の全てを」
「全て?」
「ええ。その代わり、2つ約束して? 1つは、『もう二度と戸木田美晴には関わらない』」
「……2つ目は?」
「『今から見る映像の内容を、他の誰にも言わない』」
五十鈴が画面の中央を指でタップすると、動画が再生された。
*
「……」
その後、風太と安樹は合流した。
他に誰もいない、放課後の6年1組の教室。ここで二人は、それぞれの情報を交換をすることにした。自分がチェックしてきた場所に、美晴がいたか、いなかったか。
「おれが見た限りだと、校舎のトイレにはいないな」
「……」
「と言っても、女子トイレの中まで入って調べたわけじゃないけどさ。『刑』をやってるような気配はなかった」
「……」
「そっちはどうだった? 安樹。体育館とプールの女子トイレを、見てきてくれたんだろ?」
「……」
「その様子だと、そっちにも美晴はいなかったか。いや、それならいいんだ。事情も説明せずに、探しに行かせて悪かったな。今度また、『刑』についてはしっかり話して……」
「いや、もういいよ風太。全部見た」
「えっ……?」
カチャリ。
安樹は教室のカギを閉め、風太と二人きりの空間を作った。これで、外からは誰も入って来られない。
「美晴なら、プールの女子トイレにいるよ」
「えぇっ!? 本当かよ、安樹っ!?」
「うん。『彷徨い人魚』をやってる。今ごろ、蘇夜花って子に、お漏らしさせられてるんじゃないかな」
「だ、だったら、早く行かないとっ! こんなところで、のんびり話してる場合じゃないだろっ!」
「行かせない……!!」
「安樹……? お前、何を言って……」
風太と対峙するかのように、安樹は立った。そして、これまで誰にも見せたことがないような殺気を放った。
目の前の、風太に向けて。
「美晴のところへ行くなら、ここでボクを殺してね。風太」




