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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第十三章:風太と美晴と菊水安樹
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風太にとって最悪の敵


 *


 そして、その日の放課後。

 

 「うーん。100ノート……100ノート……」

 

 月野内小学校が誇る、巨大図書室。風太はその2階、「世界せかい各地かくち伝承でんしょうエリア」に来ていた。

 背丈せたけより遥かに高い本棚が立ち並び、分厚い書物が隙間なく詰め込まれているさまは、まさに本のジャングルと言ったところだ。

 

 「分かってはいたけど、簡単には見つけられないな」


 牡丹ボタンさんからの「もしかしたら、誰かが拾って、図書室に置いたのかもしれない」という助言により、本日の風太は、図書室での100ノート探しに取り組んでいる。


 「何かの拍子ひょうしにペンダントがハズれる、なんてこともあるだろうし……あまりのんびり探すわけにもいかないな」


 体育や遊びに夢中になってる時に、偶然ハズれてしまう可能性もある。男子同士でふざけあってる中で、イタズラっ子に奪い取られる可能性もある。どうしても装飾そうしょくひんをハズさないといけない場面も来るだろうし、破壊を目論もくろんでる悪魔もいる。

 やはり、ペンダントがどうにかなる前に、100ノートのけんを終わらせてしまいたい。


 「今日からは、ノート探しで忙しくなるだろうな。のんきに遊んでるヒマはない……か。男には戻れたし腕も治ったけど、みんなと一緒にドッジやサッカーができるのは、まだまだ先の話……」

 

 自分の現状を言葉に出し、少し気持ちが沈んだ風太。

 その肩を、安樹はポンと叩いた。


 「そう悲観ひかんてきになるなよ。キミは、確実に前に進んでるんだ。自信を持って、ポジティブにいこう」

 「安樹……」

 「フフッ、お疲れ様」


 しばらく用事でどこかに行っていた安樹が、今やっと図書室に戻ってきた。

 何かを包んだふくろを胸に抱いて、にこにこと風太に笑いかけている。


 「どこに行ってたんだ、安樹? その袋には何が入ってるんだ?」

 「まあまあ、あせらないで。キミにも見せてあげるからさ」

 「見せる……?」

 「ほら、じゃーんっ!」


 そう言うと、安樹はガサゴソと袋の中の物を取り出し、風太の前でバサッと広げた。


 「うわっ、服っ!? 体操服かっ!?」

 

 襟元えりもと袖口そでぐちが青い、男子の体操服だ。

 続いて、安樹は袋の中から国語辞典と黒いコンパスを取り出した。


 「これと、これと……。名札もあるよ。これで全部かな」

 「これって、もしかして……!」

 「そう。キミがなくしていたものさ。二瀬ふたせ風太フウタなりきりセット」

 「ん? なりきりセット?」

 「あ、いや、こっちの話。気にしないで。それより、どう? 風太」

 「おお……うおおおおぉっ!! 嬉しい! ありがとう安樹っ!」


 数日前より続いていた紛失ふんしつ事件じけんは、これにて無事ぶじ解決かいけつ

 風太は感激し、喜びに打ち震えた。


 「いや、ボクにお礼を言わなくてもいいけどね。ボクは何も苦労してないし」

 「ありがとう、安樹っ! 本当にありがとうありがとうっ! お前が見つけてくれたのか!? どこにあったんだ!? なぁ! おい! ありがとう!」

 「うわぁ、よろこびのあつがすごいな。嬉しい気持ちは分かるけど、一旦落ち着いてよ。キミの体操服を見つけたのは、ボクじゃない。ボクは、保健室で受け取ったこの袋を、ここに持ってきただけさ」

 「ん……? じゃあ、一体誰がおれの体操服を見つけてくれたんだ? お礼くらい言わせろ! そいつの名前を教えろよ、なぁ! 知ってるんだろ、安樹っ!」

 「えっ? えっと、その人の名前は……」

 「名前は?」


 今朝けさ、安樹は「戸木田ときた美晴ミハル」から、袋を受け取った。なので、ここで安樹が言うべき名前は、「戸木田美晴」なのだが、当然それを言えば、話がとてもややこしいことになってしまう。


 「お、教えられないっ! ヒミツなんだっ! 正体しょうたい不明ふめいの、謎の人物っ!」

 「なっ!? なんだよ、それ……! カッコよすぎるだろ……!!」

 「へ?」

 「困ってる人を助けて、名前も言わずに去っていく……。まさにヒーローだな! そいつは!」

 「そ、そうなの? うん、じゃあそういうことにしておこう」

 「カッコいいなぁ……! 今度、その親切しんせつな人に会ったらさ、『ありがとう! おれ、お前みたいなやつは大好きだ!』って、伝えておいてくれよ! 安樹!」

 「う、うん。分かった。アハハ」

 

 もし、「風太がキミのこと大好きだって言ってたよ」と、美晴に伝言を届けたら、さらに話がこじれてしまうだろう。安樹は一瞬だけ迷ったが、美晴にはその伝言を届けないことにした。


 「まあ……なんにせよ、体操服が返ってきて良かったね」

 「本当だよ安樹っ! しかも、この体操服さぁ……。んっ、んむぅ……」

 「えっ!? ちょ、ちょっと待って! 何やってるの、風太っ!」

 

 風太は突然、手に持っている「自分の」体操服に、顔面を埋め始めた。


 「くんくん……ぷはぁ……。この体操服、すごく良い香りがするんだ」

 「か、香りっ!? まさか、ニオイをいでるのっ!?」

 「え? うん。ふんわりしてて、心が安らぐ不思議な香りが……。ああぁ……くんくん……」

 「やめなよそれっ! 変態へんたいだよっ!?」

 「いや、変態へんたいじゃないだろっ!? 自分の服のニオイぐらい、気になるだろうがっ!」

 「だって、その香りは……!」


 「美晴の香りなんだよっ!」「風太は今、女の子のあせなどのニオイを嗅いで、トリップしてるんだよっ!」「れっきとした変態行為なんだよっ!」……と言おうとしたが、安樹は寸前すんぜんで思いとどまった。


 「そ、それは……その……! あせのニオイとか……!」

 「汗ぇ? 汗じゃないよ。花だよ」

 「花ぁ? お花の香りってこと? 何を言ってるの?」

 「お前こそ何を言ってるんだ。ほら、一度嗅いでみろ」

 「えぇ……。男子のキミの体操服を、ボクが嗅ぐの……?」

 「嫌そうな顔するなよっ! クサくないっ! ほら、早く」

 「う、うん……」


 安樹は、風太の体操服に顔を近づけると、理科の実験の時みたいに手でパタパタとあおいで、そのニオイを鼻へと運んだ。


 「くんくん……。あっ、これは……洗剤せんざいの香り……」

 「だろ? 拾ってくれた親切な人が、ついでに家で洗ってくれたのかな。お前、何か知らないのか?」

 「い、いやぁ、よく分からないなぁ。親切な人がいたもんだ。ハハハ」

 「それにしても、洗濯せんたく上手じょうずだよな。おれの母さんも、こんな風に洗濯してくれればいいのに」

 「うん。そ、そうだね……」


 間違いなく、洗濯をしたのは美晴だ。とても良い香りがする理由は、おそらく、体操服に自分のニオイなどが残らないように、洗剤を余分に入れて洗濯したからだろう。

 さすがの美晴でも、着た服を洗わずに返すわけがないか、と安樹は安堵あんどした。

 

 「ところで、キミの方はどうなんだい? ずっとここで、ノート探しをしてるみたいだけど」

 「いやあ、全然ダメだ。収穫しゅうかくはゼロ。今日はもう帰ろうかと思ってたぐらい」

 「あらら、それは残念だね。図書室の閉室時間も近いし、今日はこのあたりで切り上げようか」

 「えっ? もうすぐカギ閉まっちゃうのか、この部屋。じゃあ、帰るか……」

 「あ! そうだ。カギと言えばさぁ……」


 ふと、安樹は10分ほど前の出来事を思い出した。

 それは、とある1本のカギについてのお話。


 「さっきね、廊下ろうかを歩いてたら、女の子と軽く肩がぶつかっちゃったんだ。ボクも相手も『ごめんね』って言って、ケンカにはならなかったんだけど……」

 「けど?」

 「その時に、相手の女の子がポトッと落とし物をしていったみたいでさ。ボク、すぐに拾ってあげたんだけど、向こうはそれに気付かずに行っちゃったんだ」

 「落とし物か。相手は困ってるハズだ。早く渡してやらないとな」

 「そうなんだけどさ。その落とし物っていうのが……これでね」

 「ん?」


 安樹のポケットからは、まず1本の細いカギが出てきた。銀色に光ってはいるが、材質はプラスチック製で、簡単に折れそうなカギだ。

 そして、次に出てきたのは……手錠てじょうだった。もちろん本物ではなく、パーティグッズとして流通している、オモチャの手錠だ。オモチャではあるが、なみの小学生程度の力では、破壊できそうにない。


 「おいおい、警察かよ。こんなもの持ち歩いてる女なんて、本当にいるのか?」

 「早く届けてあげたいんだけど、風太は知らない? 警察官みたいに、正義感せいぎかんあふれる女の子。髪型はたしかポニテで……」

 「あははっ。少なくとも6年生には、そんなやついないハズ……」

 

 へらへらと笑いながら、風太は自分の記憶をあさった。「冗談だろ?」と思いながら、遠い記憶の中へ。

 どこかで見たことがある。いつだったか聞いたことがある。銀色の手錠と、カギ……。


 「あっ」


 風太の口から、その一言が漏れた。

 すると、すぐに顔からはみが消えた。


 「まさか、『彷徨さまよ人魚にんぎょ』……!?」

 

 それは自身も体験した、恐ろしい『刑』の名前。


 「え? 何?」

 「その手錠、『彷徨い人魚』で使うつもりなんだ……!!」

 「人魚? 何の話?」

 「『刑』だ……! 間違いないっ! 蘇夜花ソヨカのやつ、美晴に『刑』を……! くそっ、なんで今なんだよ! どうしてこんな時にっ!」

 「な、何を言ってるんだい? 急にそんな慌てて」

 「もうどこかで『刑』が始まってるかもしれない……! 『彷徨い人魚』なら、場所は多分トイレだ……! 校舎に3つと、体育館に1つ、プールに1つ……。美晴がいるとすれば、このうちのどれか……」

 「みっ、美晴ぅ!? キミ、美晴とはもう絶交ぜっこうしたんじゃないの? あの子のことは忘れるって言ってたじゃないか! 何をそんな、今さらっ……!」

 「おれは校舎、お前は体育館とプールのトイレを頼むっ! とにかく見てきてくれっ! 理由は後で話すからっ! おれは行くっ!」

 「えっ!? ちょ、ちょっと風太、どこ行くのっ!? 体育館とプールって、どういうことっ!? 説明してよ、風太っ! 風太ぁーーーーっ!!」

 

 何もかもそこに置いて、風太は先に行ってしまった。

 図書室に残された少女は、去って行く少年の背中を見ながら、ひとりぽつりとつぶやいた。


 「ウソつき……」


 *


 風太も過去に『刑』を受けた人間である。蘇夜花の動きが分かるようになってきたからか、その“み”は不幸にも的中していた。

 しかし、後手ごて。少しばかり遅い。月野内小学校のプール、そこに併設へいせつされた女子トイレの一番奥の個室で、それはもう始まっていた。


 「お、おれは……男の子だっ……! お前たち……なんか……こ、怖くない……ぞっ……!」


 という、女の子の声。威勢いせいのいい言葉とは裏腹に、声は震えてしまっており、威圧感などは全くない。

 今にも泣き出しそうな、弱々しくて情けない美晴の声である。


 「ふふっ、かーわいいっ♡ 両手後ろで縛られても、それだけのセリフが吐けるなんて、以前とはくらものにならないほどの成長だよ。美晴ちゃん」


 という、これも女の子の声。ただし、こちらは人を嘲笑あざわらうかのような不快ふかいさをまとっている。

 声の主は小箱蘇夜花。美晴をしいたげることに喜びを見出みいだした女である。


 「はぁ、はぁ……。け、ケンカなら……やってやる……ぞ……! わたしの……お、おれのっ……パンチで……お前たち……なんか……一撃だっ……! だから……手を……ほどいてっ……!」

 「はいはい、あばれないでねー。『彷徨い人魚』がどういうものかは、すでに分かってるでしょ? ほら、前回の辛い記憶を思い出して」

 「ぜ……前回……?」

 「ふふっ、そろそろ始めようか。今回の『刑』の執行人しっこうにんはわたし、蘇夜花だよ。よろしくね」


 『彷徨い人魚』。強制的に失禁しっきんさせ、上手く歩けなくなった状態で宝探しをさせる、という『刑』。前回これを受けたのは、美晴の身体に入っていた風太なので、美晴はその内容を知らない。

 拘束こうそくされた美晴が個室に押し込まれ、それを蘇夜花がいじくり回し、蘇夜花の後ろでは五十鈴イスズなどの女子数人が笑いながら見ている、という状況は、前回の『彷徨い人魚』と同じ。変更点は、美晴の足の拘束がないこと(蘇夜花が手錠をなくしてしまったため)と、今回の宝物についてである。


 「今回の宝物は、これっ!」

 「あっ……! わたしの……家のカギっ……」

 「人魚になったら、探しに行ってね。じゃあ、このお宝を隠してきてもらうのは……五十鈴ちゃん! 君に任命しよう!」


 蘇夜花は美晴の家のカギをポイッと放り投げ、五十鈴は表情一つ変えずにそれをキャッチした。


 「……」

 

 五十鈴は、受け取った物をじっと見つめた後、蘇夜花の顔を見て、美晴の顔を見て、そのまま一言もしゃべらずに、女子トイレから出ていった。何か言いたげな様子だったが、その心中しんちゅうは誰にも分からない。


 「か……返してっ……。お願い……」

 「お宝の心配より、自分の心配をしたら? もう『刑』は始まっているんだよ? ほら、大人しくこっちに来なさいってば」

 「きゃっ……!? 髪を……引っ張らないでっ……。や、やめろよっ……! わたしは……お、おれは……男の子……なんだぞっ……! 強いんだぞ……!」

 「あはは。男子になりきるにしても、下手クソだね。もうちょっと演技の練習しなきゃ。でも、そういうバカみたいな虚勢きょせいっちゃうところがかわいいよ、美晴ちゃん」

 「ち、違う……。わたし……本当に……男の子……だったもんっ……。あの人の……身体の……中に……いたもんっ……。うぅっ、ぐすんっ……」

 

 耐えきれず、美晴はメソメソと女々しく泣き始めた。仮にも『風太』として過ごしていた時間もあったのに、それを「下手クソ」だと一蹴いっしゅうされてしまったことが、何よりも美晴の心に深く刺さったのだ。

 蘇夜花は構わず、美晴の腕を掴んで引き寄せた。そして、背後で見ていた真実香マミカなどの子分こぶんたちを呼び、全員で美晴を取り囲んだ。


 「さて、覚悟はいいかな? 美晴ちゃん」

 「いやっ……。来ない……で……」

 「本当の男の子っていうのはね、例えば……服を脱がされたとしても、あまり恥ずかしがったりしないんだよ。はだかを見られるくらい、平気なの」

 「うぅっ……ま、まさか……」

 「その通り。ブラウスとスカートなんて、女の子の服装でしょ? 早く脱がなきゃね。男の子になれないよ?」

 「やだっ……。やめて……!」

 「ううん、やめなーい。はい、みんなで脱がすよー」

 「きゃああぁっ……!!」


 いくつもの手が、美晴の衣服をろうとせまった。


 *


 女子トイレの外。美晴がほそのどから必死にしぼり出した悲鳴は、そこにいても聞こえていた。


 「今の声は……?」

 「さぁね。何かしら」


 風太に指示され、とりあえずプールの女子トイレの様子を見に来ていた安樹アンジュ

 蘇夜花に指示され、美晴の家のカギを隠しに行こうとした五十鈴イスズ

 二人は、プールの女子トイレの扉の前で鉢合はちあわせ、対面たいめんしていた。


 「あのさぁ……ボク、トイレに行きたいんだけど」

 「男子トイレは向こうよ」

 「ボクは女っ!」


 安樹はキャスケット帽を取り、女子であることを五十鈴にアピールした。


 「あら、それはごめんなさい」

 「まぁ、いいよ。とにかく女子トイレに入らせてくれないか」

 「悪いわね。今はダメなの。他の場所のトイレを使って」

 「どうして? 故障中ってわけじゃないでしょ?」

 「何も聞かないで。答えたくないから」

 

 門番のように立ち、何者も寄せ付けようとしない。五十鈴はツンとした態度で、初対面の安樹に応じた。

 しかし、何かワケがあると感じた安樹は、自力でなぞを解き明かそうと喰い下がった。

 

 「そうか。分かった。じゃあ質問を変えよう」

 「質問をするなって言ってるでしょ」

 「キミの後ろにある扉の向こうに……戸木田美晴がいる?」

 「……!」

 

 的中てきちゅう。五十鈴はほんの一瞬だけ、目を丸くした。

 しかし、すぐにまた目をするどとがらせ、安樹をギロリとにらみつけた。


 「いるんだね? そこに、戸木田美晴が」

 「あなたは美晴の何? 友達?」

 「えっ? 友達……ではないよね? ライバル? いや、まだ知り合いってところかな」

 「友達ではないのね」

 「そうだよ。ボクは美晴の知り合いだ」

 「あっそ。じゃあ、これをあなたに渡しておくわ」

 「渡すって……わぁっ! ちょっと!? なにこれっ!」


 五十鈴は唐突とうとつに、持っていたカギを安樹めがけて放り投げた。

 安樹はそれを2度ほどお手玉てだましながらも、なんとかキャッチすることに成功した。


 「ただのカギよ。美晴の机の中にでも入れておいて」

 「そんなもの投げるなよ。あぶなっかしいなぁ。……っていうか、美晴のカギを、どうしてキミが持ってるの?」

 「質問しないで」

 「はぁー……。じゃあ、そこをどいてくれないか。このカギは、本人に直接渡すからさ」

 「面倒臭いわね。あなたって」

 「メンドーなのはこっちだよ。いつもいつも、美晴がー、美晴がー、ってさ。美晴のことについては、もう終わったんじゃないの? ねぇ? キミこそ美晴の何なんだ? これ以上、何があるって言うんだ? ボクはどうしてここにいるんだ? ……あー、もう全然分かんないんだよっ! 誰か教えてよっ!」

 「え? あなた、美晴のことをどこまで知ってるの? あの子がクラスでいつもどんな風に過ごしてるか、とか……」

 「クラスぅ? 知らないよ、そんなの。美晴とはあんまりしゃべったことないもん。ボク、ちょっと嫌われてるみたいだしさ」

 「ふぅん……。そういうことね」


 五十鈴は少し考えた後、ポケットから自分のスマートフォンを取り出した。

 スッとスワイプして画面に表示したのは、「視聴にはパスワードが必要です」という注意書きがえられた、一本の動画だ。


 「OK。じゃあ、わたしが教えてあげるわ。あの子の全てを」

 「全て?」

 「ええ。その代わり、2つ約束して? 1つは、『もう二度と戸木田美晴には関わらない』」

 「……2つ目は?」

 「『今から見る映像の内容を、他の誰にも言わない』」


 五十鈴が画面の中央を指でタップすると、動画が再生された。


 *


 「……」


 その後、風太と安樹は合流した。

 他に誰もいない、放課後の6年1組の教室。ここで二人は、それぞれの情報を交換をすることにした。自分がチェックしてきた場所に、美晴がいたか、いなかったか。


 「おれが見た限りだと、校舎のトイレにはいないな」

 「……」

 「と言っても、女子トイレの中まで入って調べたわけじゃないけどさ。『刑』をやってるような気配けはいはなかった」

 「……」

 「そっちはどうだった? 安樹。体育館とプールの女子トイレを、見てきてくれたんだろ?」

 「……」

 「その様子だと、そっちにも美晴はいなかったか。いや、それならいいんだ。事情も説明せずに、探しに行かせて悪かったな。今度また、『刑』についてはしっかり話して……」

 「いや、もういいよ風太。全部見た」

 「えっ……?」


 カチャリ。

 安樹は教室のカギを閉め、風太と二人きりの空間を作った。これで、外からは誰も入って来られない。


 「美晴なら、プールの女子トイレにいるよ」

 「えぇっ!? 本当かよ、安樹っ!?」

 「うん。『彷徨い人魚』をやってる。今ごろ、蘇夜花って子に、お漏らしさせられてるんじゃないかな」

 「だ、だったら、早く行かないとっ! こんなところで、のんびり話してる場合じゃないだろっ!」

 「行かせない……!!」

 「安樹……? お前、何を言って……」

 

 風太と対峙たいじするかのように、安樹は立った。そして、これまで誰にも見せたことがないような殺気さっきを放った。

 目の前の、風太に向けて。

 

 「美晴のところへ行くなら、ここでボクを殺してね。風太」

 

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