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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 蔵入ミキサ
第一章:風太と美晴の入れ替わり
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少年と少女


 『戸木田ときた美晴ミハルをこの世界から消してください』

 

 その一文を、少女は真っ白なページに書いた。

 

 「うぅっ……ううぅっ……」


 『100ノート』。

 それは、願いを書けば100日後に叶えてくれるという、素敵な魔法のノート。見た目は古い洋書のようだが、中身は白紙のページしかなく、表紙にはしっかり「ONE HUNDRED NOTE」と書かれている。


 「ぐすんっ……」


 少女の名前は、戸木田ときた美晴ミハル

 美晴は泣きながら文字を書き、その後静かにペンを置いた。


 「はぁ……はぁ……」


 100ノートに書いた願いに、間違いはない。

 美晴は、美晴自身に消えてほしいと思っていた。そうすれば楽になれるし、周りにいるみんなも幸せになれるはずだ、と。そう思ってしまうほどに、今は精神が衰弱していた。

 ただ、それでも「死」や「殺」という言葉を使うことはできなかった。美晴は情けないくらいに臆病おくびょうで、誰かに「死」を与える勇気はなく、自分に「死」を与える勇気さえも持ち合わせていなかったのだ。

 そして、自分が死ぬことで、お母さんを悲しませてしまうことも分かっていた。


 「お母……さん……」


 瞳からは涙があふれ、ほっぺたを伝う。美晴が着ている白いブラウスに、涙の雫がポタポタと落ちる。

 そのブラウスは、お母さんからの誕生日プレゼントだ。美晴が可愛くなれるような服を、お母さんはいつも選んで用意してくれていた。


 「ごめんなさい……。お母さんっ……」

 

 お母さんには、死んだ娘を見せたくない。だから美晴は、「この世界から消してください」と願った。痛みも苦しみもなく、最初からいなかったかのようにこの世界から消えることが、美晴の理想だった。

  

 「さようなら……」


 本当に願いが叶うのかは、まだ分からない。もしかすると、七夕の短冊や夜空の流れ星と同じで、おまじない程度に過ぎないものなのかもしれない。

 それでも美晴は願い続けた。100ノートを胸に抱き、心の中で強く、強く……。

 

 *


 まだ少し寒い風が吹く、4月の終わりごろ。

 昼休みを迎えた月野内小学校では、小学生たちが自由な時間を過ごしていた。活発な子どもたちは校庭でドッジボールや鬼ごっこなどの運動をして汗を流し、大人しい子どもたちは図書室で読書をしたり、校庭のすみにあるウサギ小屋でウサギとのふれあいを楽しんだりしている。

 

 どちらかといえば活発な男子である風太フウタは、同じクラスの友達がやっているドッジボールに参加することにした。

 

 「健也ケンヤ、おれも入れてくれ」

 

 健也。風太のクラスのリーダー的存在であり、風太の親友だ。

 さわやかな短髪に、小6とは思えないキリッとした瞳。「イケメン」というよりは「ハンサム」な顔立ち。そんなルックスに加え、バツグンの運動神経もあり、健也は男子からも女子からも人気が高かった。きっと彼の将来は、本日の日射しよりも明るい。

 

 「風太、待ってたぞ。人数が少ない相手チームに入ってくれ」

 

 遅れてやって来た風太を、健也は自分とは違うチームへと割り振った。風太はそれに従い、同じチームのメンバーを確認した。

 

 「よし。おれは雪乃ユキノと同じチームだな」


 雪乃。ミディアムショートの髪をヘアピンで留めた、活発なタイプの女子だ。クラスの女子のなかでも小さい方だが、いつも元気いっぱいで性格も明るい。

 住んでいる家が近所にあり、年齢も同じなので、風太と雪乃は昔からよく遊んでいる。

 

 「あれ? 風太くんも、わたしとおんなじチーム?」

 「おう。今入ったんだ」

 「やったぁ! こっちチーム、絶対勝ちだよっ! 風太くんと翔真ショウマくんがいるしっ」

 「でも、相手チームには健也がいるぜ。あいつの投げる球は速いから、顔面に当たらないように気を付けろよ」

 「大丈夫だよ。風太くんが守ってくれるもんっ!」

 「えっ!?」

 「ボールから、わたしを守ってくれるんでしょ?」

 「あ、ああ! うん……」

 

 風太は動揺し、一瞬だけ固まってしまった。

 純粋な雪乃の、直球ストレートな言葉。健也が投げる球以上に速い直球な言葉を、雪乃は唐突に投げてきた。そこねた風太は、ドッジボールのルールでいうと、完全にアウト。

 

 (いやいや! 「守る」って、特別な意味の言葉じゃないだろ! 何を意識してるんだよ、おれは……!)

 

 風太は何故かドキドキしてしまい、それ以上の返事をしなかった。

 小さな雪乃は、照れくさそうに顔をそむける風太を見て、ニコニコと笑っていた。


 *


 キンコーン。

 昼休み終了のチャイムが鳴り響くと、全校生徒は急いで教室へと戻っていった。これの次に鳴るチャイムが5時間目開始の合図で、それまでに席に着いていないと、先生に怒られてしまうからだ。

 

 「間に合うかな……?」

 

 校庭でのドッジボールは、無事に終わった。

 風太は今、6年1組の教室から離れた場所にある男子トイレ内にいて、少しだけ焦っていた。

 

 小学生というのは、男子トイレでウンチをする人の名誉を毀損きそんする性質があるので、個室での排泄はいせつはなかなかスリリングな行為となっている。カッコつけの風太は、教室から離れた場所にあるトイレをわざわざ選んだので、こうして焦るハメになってしまったのだ。

 

 トイレから出た風太は、自分のクラスを目指して走り出した。図書室の前の廊下ろうかを通って、渡り廊下を渡り、5年生の教室の横を抜ければ、風太のクラスである6年1組へと帰ることができる。

 まだ間に合う。道順と残り時間を意識しながら、風太は図書室の前を通りすぎようとした。

 しかし、その時。

 

 「うおっ、何だっ!?」


 突然、図書室の扉がガラガラと開き、誰かがフッと出てきた。


 (マズいっ! ぶつかるっ!!)


 風太の身体は完全に勢いに乗っているため、ブレーキをかけることができない。風太は、相手がこちらに気付いて止まってくれることを願った。


 「「あっ!?」」

 

 がつん!

 願いは届かず、風太は図書室から出て来た人物と、全力で、思い切り、ぶつかってしまった。


 「うっ……!」

 

 目の前の景色が乱れ、全力疾走が停まる。

 打ち所が良かったのか、幸運にも風太側にダメージはほとんどなかった。しかし……問題なのは、風太がフルパワーでタックルをぶちかましてしまった、相手の方。


 (うわっ! 女子だ!!)


 その女子の第一印象は、「学校の怪談」。

 まるで幽霊みたいな、不気味に長い黒髪。服装は、女子トイレの三番目の個室に出るおばけみたいな、ブラウスと吊りスカート。おばけを足し算したようなルックスの女子だが、霊体だからスケスケでぶつからない、なんてことはなかったので、残念ながらおばけではないようだ。

 その女子は、「きゃっ」と小さな悲鳴をあげ、床にべたんと倒れ込んだ。そして、彼女が図書室で借りたのであろう分厚ぶあつい本が、宙を舞った後、バサッと地に落ちた。

 

 「あっ、ヤバい……! ご、ごめんっ!」

 

 第一声は、風太の「ごめん」。今の事故は明らかに、スピードを出しすぎた風太が悪い。

 風太は、心の底からの「ごめん」を、その子に渡した。本当は「大丈夫かい? ケガはない?」ぐらい言えたら、気遣きづかいもできてカッコいいのだろうが、風太はそれを口に出すのをためらってしまった。


 (初めて見る顔だ……)

 

 一度もしゃべったことがない女子。

 同じクラスの生徒ではなさそうだが、どこのクラスかまでは分からない。もしかすると、5年生かもしれない。

 

 倒れた女子は、うつむいたまま長い前髪で両目を隠し、左手で自分の右肩を押さえていた。そこはまさしく、風太が激突してしまった箇所かしょだ。

 

 「だっ、大丈夫か……?」

 「……」

 

 返事はない。ただこっちを見ているだけ。何も会話がないまま、風太はじっと見つめられていた。

 「もしかして、泣いちゃうんじゃないか?」「いや、めちゃくちゃ怒ってるのかな……」と、そんな不安が風太の頭をよぎった時、謎の女子はゆっくりと口を開いた。

 

 「は……ぃ……」

 

 すごく小さい声。意識を集中していないと聞き逃してしまいそうになる、小さくて高い声。今にも消えそうなロウソクみたいに、少し震えた不安定な声。

 しかし今、その声で確実に「はい」と、この女子は言った。風太としては、とりあえず一安心だった。


 (ああ、よかった……!)

 

 倒れている女の子に、手を差し伸べる……なんて、カッコよすぎることが風太にできるわけないので、自力で立ち上がってもらう。その間に、風太はその女子が落とした本を拾い、そっと手渡した。

 

 (これは……外国の本か? すごいの読んでるな)


 表紙に書かれているタイトルは、「おね ふんどれど のて」。なんとなく、その文字がローマ字ではなく英語だということは風太にも分かったが、解読にはいたらなかった。

 

 「じゃ、じゃあ……!」

 「……ぁ」

 「おれ、もう行くからっ! ぶつかってしまって、本当にごめんっ!!」

 

 お互いの無事が確認できて良かったものの、もう時間がない。風太は念のため、もう一度頭を下げてから、また6年1組の教室へと向かって全力でけ出した。


 *

 

 キンコーン。

 なんとか開始に間に合った5時間目の授業が、今終了した。6時間目の授業は体育で、6年生の全クラス合同で体力測定をやるそうだ。

 

 「ねぇ、風太くん。グラウンドに行く時って、図書室の近くを通るよねっ?」

 

 水色の体操服袋を持った雪乃が、着替えの準備をしている風太に、質問をした。

 

 「通る……かな?」

 「じゃあさっ、ついでにこの本、返してきてくれない?」

 

 どっさり。

 雪乃の机の上には、5冊の児童書が積まれていた。雪乃は見かけによらず読書家……というわけではなく、返すのを忘れてこんなに溜め込んだのだ。

 

 「やだよ。それは自分で返しに行け」

 「ええー!? わたし、女子だよ!?」

 「知ってるよ」

 「かよわいから、重くて持てないの。それに、女子は男子と違って、体育の着替えにも時間かかるのっ!」

 「なんだよそれ……」

 

 風太としては、雪乃なんかにつかいパシりにされるのは、なんとなく嫌だった。

 それに雪乃は、重い物が持てないタイプの女子ではない。「かよわい女子」というのは、さっき風太がぶつかったやつのことを言うのだ。

 風太は遠い目をしながら、さっきの女子のことを思い出していた。

 

 「ねぇ、風太くん! 聞いてるのっ!?」

 

 聞いてない。

 

 「だから、この通りっ! おーねーがーいー!」

 

 雪乃はぎゅっと目をつぶって、両手のひらを合わせ、風太に懇願こんがんした。風太は肩をすくめ、少し考えたあと、雪乃に一つ提案をした。

 

 「よし、じゃあこうしよう。おれにじゃんけんで勝ったら、行ってきてやる」

 

 *


 「雪乃って、絶対最初はパー出すよな。自覚はないみたいだけどさ」

 

 体操服に着替え終わった健也が、風太にそう言った。一緒にグラウンドに行こうと、風太の着替え終わりを待っているらしい。

 

 「……そうかもな」

 

 今、6年1組の教室には、風太と健也の二人しかいない。他の男子はもうみんなグラウンドに向かっていて、女子は更衣室で着替えをしている。

 カーテンが閉まった少し暗い教室で、風太と健也は、雪乃の机の上を見ていた。

 

 「で、カッコいい風太くんは、どうするつもりなんだ? これを」

 「図書室まで運ぶしかないだろ。健也も手伝ってくれよ」

 「それはダメだ」

 「なんでダメなんだよ」

 「お前が雪乃の前でカッコつけたんだから、本を運ぶのはお前の仕事。男としてカッコつけたなら、最後までしっかりカッコつけろよ」

 「……」

 

 確かに健也の言ってることは正しい……と、風太は納得した。健也のこういうサッパリしたところが、風太は好きだった。

 

 「ほら、雪乃は『風太くん』をたよってるんだろ? 雪乃のことが好きなら、お前が頑張がんばれよ」

 「ああ。おれが頑張らないとな……って、はあぁ!?」

 「おい、大声出すなよ。誰かに聞かれるぞ。お前が雪乃のこと好きだって」

 「お、おれは別にっ、雪乃のことはなんとも思ってないっ!!」

 「そうか? でも雪乃は、風太のことが好きだぞ。絶対」

 「ばっ、バカなこと言うなっ!! おれと雪乃は、ただ近所に住んでるだけでっ! だから……あ、あいつは、そういうのじゃないんだよっ!」

 「まあ、いいけどさ。でも、この先もずっと、このままでいられるとは限らないからな。そろそろハッキリした方がいいぞ。風太」

 「は、はぁ??」

 

 健也はヘンなことを言った。

 そして、ヘンなことを言われたせいで、風太の頭の中は、雪乃のことでいっぱいになった。バカみたいにほうけた寝顔、ほっぺたをふくらませて怒った顔、太陽のように明るい笑顔……。

 

 (違う違うっ!! 雪乃は、そういうのとは違うっ!!)

 

 あわてて、首を横に振る。

 健也ごときにイジられるのは、なんだか悔しいので、風太は反撃をしてみることにした。

 

 「そ、そういう健也はどうなんだよ。す、好きな女子、とか……!」

 「んー? おれは、お前やクラスのみんなと、サッカーとか野球してる方が楽しいから、そういう恋愛的なものは、まだよく分からないなぁ」

 「なっ!? ず、ずるいぞっ!」

 

 飄々《ひょうひょう》とした態度で、健也にはひらりとかわされてしまった。

 仕方がないので、健也に反撃することはあきらめ、風太は自分が「硬派こうはな男子」であると思い込むことにした。

 

 (おれだって、恋愛なんかよりも、サッカーや野球の方が楽しいと思ってるさ)


 さらに硬派に。もっと硬派な思考に。

 

 (恋愛なんて、女子が好きなものだし、ダサいだけだろ。サッカーでシュートを決めた時の喜びを、野球でヒットを打った時の気持ちよさを、恋愛なんかが超えられるわけないんだ)

 

 そして、自分に言い聞かせる。

 

 (雪乃とは幼なじみで、友達だ。それ以上でも以下でもないっ!)

 

 むっとしている風太の顔を見て、健也はへらへらと笑った。

 

 「じゃあ、その本持って、そろそろ行こうぜ。雪乃の幼なじみくん」

 「うるさいなっ!」


 風太は体操服に着替え終わり、雪乃の机の上にあった本を、しっかりと抱え込んだ。

 教室の外では、健也が待ってくれている。あまり待たせるわけにはいかない。

 

 (よし、準備はできた。待っててくれよ。今から歩いて、そっちへ……)

 

 しかしどうしてか、足がふらつく。

 

 (あれ? 急に……眠たくなって……きた……。頭がぼーっとして……意識が……)

 

 視界も、どんどん暗くなっていく。

 

 (あっ……)

 

 ドサッ。

 

 「風太……? おい、風太っ!! 大丈夫かっ!?」

 

 目の前の光景に、健也は動揺どうようした。

 風太は教室の床に倒れ、完全に意識を失っていた。

 

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