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勇者様は裏切らナイ  作者: 世葉
第二幕 夕闇の勇者と篝火の古竜
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第75話 勇者様、相談する

 ドワーフの店主はおもむろに看板を降ろし、陸奥を店の奥へと招いた。

 店の奥は、鍛冶の作業場になっていた。息を吸うと、赤黒い炉の熱気がムッと押し寄せてくる。炉の隣には金床が並び、真っ赤に焼けた鉄が打ち延ばされている。ハンマーが振り下ろされる音が響き、火花が弾けていた。

 陸奥が入って来た事にも気づかず、二人のドワーフが寡黙に作業を続けていた。ごつごつした手には厚い革手袋がはめられ、汗に濡れた額は光を反射している。片方が鋼を炉に戻し、もう片方が火加減を調整しながら、鉄を叩き込む。息を合わせた動きは、長年の経験と職人の誇りを感じさせた。

 重々しい金属音が規則正しく響く中、店主は作業台を兼ねた大ぶりな木製のテーブルへと陸奥を促した。そして、自身もその椅子に腰を下ろすと静かに口を開いた。

「…、ワシら三人はな、若いころから鍛冶仕事を生業にしてきたんじゃ。

昔は他のドワーフ連中と一緒に、鉱山の穴蔵で暮らしておったよ。」

 そう身の上を語り始めながら、店主は添えてある湯気の立つ鉄瓶をおもむろに取り上げ、自分とそして陸奥へ茶を差し出した。鉄火の中に深みのある香りが立ちのぼる。

「…。そんな生活をしておるとな、滅多に他の種族と会うこともないんじゃが…。稀にワシらの坑道に迷い込んだり、何かから逃げてきたりする者がおるんじゃ。」

「あれは、火竜が酷く暴れ狂った日じゃったな。穴蔵の中におっても伝わってきた咆哮は今でも覚えておるよ。」

 それは店主には恐ろしい出来事であるはずなのに、どこか笑みがみえた。

「ワシらもそんな時は、坑道でジッとしとるんじゃがな。その日はあんまりにも坑道が震えよるんで、崩落を恐れて仲間と出口の方に向かったんじゃ。」

「その途中でな、お前さんみたいな身なりをしたお侍の一行に出会っての…。」

 そこまで語った店主は、笑みを濃くした。店主は茶をゆっくりと一飲みする。それを見て、陸奥も差し出された茶に口をつけた。


「…。その一行は、旅の途中で火竜の厄災に巻き込まれたと言っておった。偶然、ワシらの坑道を見つけ、命からがら逃げ込んできたんじゃ。それで、ワシらも外に出るのはもっと危険と悟り、一緒にいったん元の場所に戻ったのじゃ。」

「ただな、彼らの中にはけが人もおっての。生憎、ワシらドワーフは治療魔法が苦手じゃし、あちらさんにも得意な者はおらなんだ。だからしばらくの間、ワシらのところで面倒を見ることにしたんじゃ。」

 老いたドワーフのまなざしは柔らかく、深い温かみに満ちていた。それだけで、それが大切な思い出であることが伝わってくる。

「…、それまで異種族と生活を共にすることなんぞなかったワシらにとって、短い間じゃったが、何とも奇妙な日々じゃったよ。習慣も違えば、食うものも違うもん同士じゃったが、おかしな共通点もあってな。」

「彼らはワシらの鍛えた鉄や細工に目を輝かせ、ワシらもまた、彼らの持つ刀の魅力に惹かれての。互いに興味を持ち、技を教え合ったもんじゃて。」

 目を細め、遠い日の光景を思い浮かべるように言葉を紡ぐ。

「…。それからしばらくして、火竜も去り、けが人の傷も癒えて、別れの時が訪れた。

その時にな、一人の侍さんが最後の挨拶にと、ワシらに面白いものを見せてくれたんじゃ。」

「その御仁は、丁度ワシら三人がそれぞれ仕上げたばかりの兜を三つ、積み木の様に積み重ねての。

何を始めるのかとワシらが見守っていると、こう静かに刀を構えて…、次の瞬間、一閃が煌めいて…。」

 店主の言葉にこれまでにない熱がこもる。

「見事に、三つの兜を一刀のもとに両断してみせたのじゃよ。ホッホッホッ!」

 店主は眼を見開いて、この日一番笑った。朗々と響く振動で、頭の兜のつなぎ目が割れそうになるほどに。


 陸奥にとって、それは不思議な話だった。自らが鍛え上げた兜を割られ、しかもそれを心の底から楽しげに語るドワーフの姿が、奇妙ですらあった。鍛冶職人にとって恥や敗北を意味することなのに、それを誇るように笑っていた。まるで負けることすらも一興とするかのように。

 その考え方は、今の陸奥には受け入れがたいものだった。しかし、同時に自らへの問いも生んでいた。並の兜ならばいざ知らず、ドワーフが鍛えた兜を三つ重ね、それを一刀両断するなど、果たして自分にその技量があるか疑問を抱いた。

 しかし、その陸奥の胸の奥の閊えを、次の店主の一言が全て吹き飛ばした。

「その御仁の名は、シュウセイという。お客人も相当な使い手とお見受けするが、この名、ご存じかの?」

 その名は陸奥の時間を止めた。

 秋星ー。

 まさか、こんな場所でその名を聞くとは思いもしなかった。それは、忘れたくとも忘れられぬ名。影のようにまとわりつき、影に刺されたような衝撃だった。それは、陸奥に剣を教えた師の名、だが、その名はまた、陸奥が故郷を捨てる理由となった名でもあった。

 問いの答えを返さない陸奥をみて、店主は静かに口を開いた。

「…。それ以来、ワシらはなんとかして、刀を真似して作れんもんかと試行錯誤を重ねておるんじゃ。最初は、元の仕事の合間に始めたことだったんじゃがな。刀に使うフジの鉄を手に入れるために穴蔵から出てきて、ここに店まで構えて、いつの間にか本業と入れ替わってしもうた。」

「じゃがの…。」 これまで笑顔で語っていた店主の表情が曇る。

「未だ、あの刀の美しさを再現するには至っておらんのじゃよ…。」

 その老人たちの結末は、ゆっくりと陸奥の時間を戻した。しかし、返す言葉はみつからなかった。

 陸奥も侍として、刀の基本的な製法や技法は知っている。だが、その核心に触れる部分は刀工の秘伝であり、外部の者には決して明かされることはない。流派ごとに細かく分かれたその技術は、長い年月のうちに相伝が絶え、失われたものもある。 彼らの技量と時間は、陸奥が知る程度の知識を、とうに通り過ぎていることを容易に悟らせた。

 

 店主は深く息を吐き、視線を炉の二人に送ると、物語のあとがきを綴る。

「…。それでもじゃ、分かったこともある。

ワシらドワーフは、良いものを作るために、まず良い鉱石を探し、良い材料を揃え、時には魔法金属すらも用いて、最高の一品を仕上げる。そうして生まれる技を尽くした武具は、どれも誇れるものじゃ。」

「じゃがの…、美しい刀というものは、フジの鉄しか使っておらん。たった一振りたりとも、ほんの僅かの魔素さえ帯びることはないのじゃよ。」

 店主の視線は再び陸奥へ向けられる。

「なのに…、じゃ。その切れ味は、ワシらが作ったものを超えていきよる。」

 そして、老人の口元に、再び笑みが戻ってくる。

「まったく、不思議なもんじゃ。ホッホッホッ。」

 その笑いは、自嘲でもなければ、卑屈でもない心から湧き出るものだった。未だ諦めず、未知に挑む力強さがこもっていた。

 その笑い方は、今の陸奥には受け入れがたいものだった。しかし、同時に自らへの問いも生んでいた。そもそも、得るものを求めて過ごした時間ではない。なのに、むしろ、捨てたはずのものが手元に戻る。そのどうにもならない宿命を暗示するかのような巡り合わせに、陸奥はただ苦い痛みを噛み締めた。


 俯く陸奥を前に、店主はふぅっと息をつき、茶を手に取る。

「…。ほんとうに、世の中とは面白いもんじゃ。」

 そう言って、ゆっくりと茶をすする。

「結局のところ、何を捨て、何を拾うかは自分で決められるものではないのかもしれんの。」

 湯気が静かに立ち昇り、微かに香る。

「あの穴蔵から出て来なければ、この茶の味を知ることもなかったじゃろう。

なにより、今日、お客人に会うこともなかったの。」

 同じく過去に縛られる生き方をしているはずなのに、目の前の老人には迷いがない。あまりに違う心の形は、陸奥の弱さを浮き彫りにする。

 陸奥は静かに茶を飲み干すと、そっと湯飲みを置いた。そして、何も言わず立ち上がり、一礼する。店主もまた何も言わず、ただ穏やかに微笑んでいた。


 そして背を向け、互いに名を名乗ることもなく、故郷の香りが残る鍛冶屋を後にした。

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