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勇者様は裏切らナイ  作者: 世葉
第二幕 夕闇の勇者と篝火の古竜
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幕間 その24 東の帝国ユーラ

 タワーによって南北に分断されたアルオン大陸。その人の住まう南部の中央には、最大の国家であるアプルス王国が広がる。その王国は、勇者教団と、初代勇者エパの末裔を名乗る王家が統治を担ってきた。

 かつて、この王国で生まれながらも、勇者となることを拒み、国をも捨てた男がいた。その男は、ただ一人で東方へと旅立ち、やがて国々を統べ、王国に匹敵する帝国を築き上げた。その男こそが、東の帝国ユーラの初代皇帝、ノワール。帝国に残る伝承では、彼一人の力で王国を亡ぼす事すらできたと謳われる男である。

 帝国の建国以前、東方の国々は発展よりも自由を重んじ、規律を嫌う風土が強く根付いていた。そのため、秩序を重視する王国とは本質的に相容れず、たびたび衝突を繰り返していた。その後、統一を果たしたノワールであっても、これらの国々に強固な君主統制を敷くことはなく、小国の独立自治を認め、実質的には帝国とは名ばかりの連邦国家として機能していた。

 時は流れ、現在の帝国は先代から続く統治体制のもと、表立って王国や教団と敵対することはなくなった。現皇帝リースリングは文武に秀で、内外にその才を認められた君主である。名君と称えられる一方で、その皇帝にあるまじき穏やかすぎる姿勢を嘆き『安心王』と揶揄する声もある。彼が野心を抑え、慎重な統治を続ける理由は、いくつかある。

 まず、魔王の存在がある。魔王が統べる魔族は王国も帝国も関係なく、歴史の中で幾度となく争乱を引き起こしてきた。さらに、帝国の東には火竜が巣食う火山地帯が広がっている。太古の六竜として知られる火竜は、火山が及ぼす天災のごとく、帝国の人々に甚大な被害を与えてきた。こうした状況が続く中、人間同士で争うことはひたすらに不毛と悟り、内政の安定を最優先としてきたのである。

 しかし、皮肉にも最も決定的な理由は、勇者クレメンタインの存在である。彼女が持つ常軌を逸した力は、神話の体現と言っても過言ではない。誰もが彼女に勝てるとは考えず、考えること自体が愚かしいとされるほど、絶対的な力を持つ勇者の登場は、帝国の軍事的野望を封じた。

 帝国の結束は、外敵からの防衛という一点で完結している。その象徴として、最も強き者が皇帝の座に就くことで、帝国の安定は保たれている。

 こうした背景から、帝国と勇者教団の対立は今や形式的なものに留まり、勇者が帝国内で行動を制限されることはない。それはすなわち、勇者の側もまた、帝国と敵対する意思を持たないことを示している。かつて王国を揺るがしかねなかった東の脅威は、今や沈黙し、均衡の時代を迎えていた。

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