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勇者様は裏切らナイ  作者: 世葉
第二幕 夕闇の勇者と篝火の古竜
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第70話 勇者様、助けられる

 オレンの失踪を最初に知ったのはヒナだった。

 あれからほどなくして、ヒナはオレンとの約束通り、みかんを貰いに家に訪れた。しかし、その日のオレンの家は異様な雰囲気に包まれていた。中に入るとそこには、動揺の色を隠しきれないミーヤと、彼女に寄り添う村の人たちの姿があった。何度も訪れた彼の家にあった温かさは消え去り、言葉にならない緊迫感が辺りを満たしていた。

 狼狽えるミーヤの姿は、ヒナを困惑させた。とても話せる状態ではないミーヤを前に、ヒナは何を言ってあげればよいのか、どうしてあげればよいのか分からなかった。だが、自分のできることは理屈を超えて直感した。未だ、オレンは何故いなくなったか、何処へ行ったのか何も分からない状況であったにもかかわらず、それでもヒナは誰よりも早く世界樹へと向かった。その決断にためらいはなく、そして誰に告げることもなく行動に移していた。

 しかし、その動きに気付いた障壁の監視塔からブラッドたちに連絡が入り、ヒナが障壁を超える寸前のところで駆けつけた。


「ヒナ! 止まれ!」

 ブラッドの大声は確かにヒナの耳に届いているはずだった。しかし、それでも彼女は止まらなかった。ただ、足の動きはぎこちなくなり、確実にその歩調は乱れた。

 追いついたブラッドたちが見たのは、今まで見たこともない、今にも泣きだしてしまいそうなヒナの顔だった。その子供のような表情に、誰もがいたたまれなくなった。少しの沈黙の後、唇をきつく噛みしめたヒナを、そっとルーナは抱き寄せた。

「あの子の事は私たちにも、責任があるわ。

でもね、今の状態で魔界に入って、また同じことが起こったらどうするの?」

「あの子が、そんなことを望んでると思う?」

「必ず、あの子を連れて帰るから…。ね、私たちを信じて、もう少しだけ待ちなさい。」

 その言葉を黙って聞いていたヒナは、ルーナの優しい胸の中に、顔をうずめた。


 二人を見守るブラッドと陸奥は、ひとまず安堵した。だがその一方で、大盾として取るべき行動に悩んだ。

 オレンの捜索に協力したいのは山々だが、再びルピアと相まみえることを考えると、今の状況では、戦う準備があまりにも不足している。その葛藤は考えを鈍らせ、心を軋ませる。だがそれでも、二度も舐めた敗北の味は未だ鮮烈に残り、その苦さは勇者の重責としてのしかかる。それらは複雑に混ざり合い、今まで表に出ることのなかった不安の影を、じわじわと広げていった。

 この一件は、大盾に与えられた猶予を削るだけでなく、各々の心に小さなほころびを生んでいた。


 数日後、陸奥はついに故郷である東国へ向かう決心を固めた。だがその決断は、覚悟というより、他に選択肢がなく行動するよりほかにないという消極的な選択だった。心の奥底では、出来れば避けたい道だという未練が残っている。苦悶とため息が交錯する中、彼は己の足に重さを感じながらも、東方へと旅立った。


 一方、ルーナはミストルティンを扱いきれずに悩んでいた。手元にあるその魔弓は、本当に意志があるように振舞った。ミストルティンを構えると、弓が持つ張力を超えた反発力を手の中に感じる。弦を引き絞ることさえできず、矢を飛ばすなど到底できなかった。

 その原因は、ミストルティンとの同調が上手くいかないことにあった。本来、魔法の六属性精霊エレメントとの同調においては、エルフは全種族の中でも随一の親和性を誇る。にもかかわらず、エルフのルーナが何度となく試みても、解決の糸口すら掴むことはできなかった。

 そこでルーナは、西国にあるエルフの国へ行く決断をする。

 過去の歴史の中には、魔弓の使い手として名を馳せたエルフたちがいた。彼らを知る者、あるいは本人から話を聞くことができれば、ミストルティンと同調する手掛かりが得られるかもしれない。その知識を手に入れるには、エルフの国に頼る以外にない。一度は捨てた故郷に舞い戻るなど、ルーナにとっても避けたかったことだが、背に腹は代えられなかった。

 そして、丁度弓の訓練に付き合っていた天秤のハックナインと、ヒナを連れて西国へと向かった。


 陸奥とルーナが正反対の方向へ進む中、ブラッドはまた別の道を歩む運命に導かれた。

 ルーナがハックナインを連れて行ったなりゆきで、彼はカラダリンの要請に応じ、ちょうど入れ替わる形で、失踪したオレンを探すための世界樹の調査に加わった。

 この話は、ブラッドにとっても渡りに船だった。もしヒナがこの件を知れば、何を置いても同行すると言い出しかねない。そして、今の彼女がかの地でどのような行動を取るか予測できず、それは非常に危険だった。

 今回の調査は、身柄の確認を唯一の目的とし、それ以外の事を絶対に行わない事が厳守されている。理由は単純だった。もしオレンの身柄が魔法契約で移されたのだとすれば、契約内容を理解せずに不用意に手を出せば、取り返しのつかない事態を招く恐れがあるからだ。

 身柄の確認が済んだ上で、交渉、そして最終的に救出という手順を時間をかけて踏む必要がある。交渉次第ではどう転ぶか全く予測できない間、迂闊な行動は絶対に避けねばならない。その点で、ブラッドは適任だった。そして、その我慢が今のヒナにできるとはブラッドには到底思えなかった。

 ハックナインの件も含めて、カラダリンがどこまで考えてこの要請をしてきたのか、ブラッドには知る由もないが、大盾が今の状態であったからこそ、ブラッドはこの話を快く受け入れた。


 それぞれに分かれた道は、やがてまた交わる。短き旅路は、それぞれに新たな実りを授ける。その実の味は、またそれぞれに異なり、そして、食べてみなければ分からない。

 ーーーー

 

 ーミカビ村ー

 ミーヤは、ようやく日常を取り戻しつつあった。兄がいなくなった喪失感はまだ胸の奥底で燻っていたが、それでも彼女の心には微かな変化が生まれていた。リシャや村の人々が寄り添い、彼女を支え続けてくれた。その温もりに応えるように、彼女は顔を上げて歩み出した。

 ミーヤの記憶に、兄と最後に交わした会話が蘇る。


”ミーヤも好きに生きていいからな。”


 その時は何気ない一言だった言葉が、今となっては鋭く胸に突き刺さる。兄が自分にその言葉を残した理由を考えるたび、心に痛みが走る。この言葉は、ミーヤを苦しませた。

 ミーヤは、自分がどう生きたいのか、何になりたいのか、明確な目標など持っていなかった。クレメンタインへの強い憧れも、友達と始めたカカマジ放送も、それは将来の夢に繋がるものではない。ただ、自分がそうしたいから始めただけの事だった。

 兄の言葉は、それを決めねばならないと言っている。

 自分自身への問いかけは、兄がいなくなって静かになった夜に、焚き火の火花が弾ける数だけ続いた。だが、それでもすぐには答えを決められなかった。

 だから、ミーヤは今の自分にできることをしようと心に決めた。帰らぬ兄をただ待ち続け、立ち止まることをやめた。目標も、夢もまだ見つからない。それでも、好きなことを続ける一歩を、また歩み始めた。兄の言葉に、ミーヤは助けられた。


 ようやくミーヤの日常の歯車が再び回り始めた。ちょうどその矢先、コハクフクロウから連絡が舞い込んだ。

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