幕間 その34 ドリアード
遥か昔、ある静かな山奥に一本の若い木が芽吹いた。その木の根元で、ドリアードと呼ばれる一人の小さな命が生まれた。生まれたばかりのドリアードは、まだ歩けもしない幼子だったが、その足元の木こそが彼女の一生を共にする運命の神木となるのだった。
ドリアードは生を受けると同時に、山に木を植える。それは単なる儀式ではなく、命そのものの循環を象徴していた。その木は彼ら自身の命を宿す存在となり、ドリアードが十歳を迎える頃、木は立派に成長し、その梢から一本の枝を切り取ることが許される。その枝は『母枝』と呼ばれ、ドリアードにとってかけがえのないもう一つの命となる。
母枝はただの木の枝ではない。ドリアードの力の源であり、彼らの命そのものでもあった。それを肌身離さず持つことで、ドリアードは自らの母木から一時的に離れ、森の外に足を運ぶことができる。中にはその母枝を媒介にし、木霊を呼び出すことのできる者もいる。木霊は森の精霊であり、ドリアードにとってよき仲間でもあった。
しかし、森から長く離れることは彼らの命にとって危険だった。もし母枝を失えば、ドリアードの命は徐々に尽きていく。そして何よりも恐ろしいのは、母木が枯れることだ。それはドリアードにとって、死を意味する。逆に、ドリアードが命を終える時、母木もまた枯れていく。この不思議な絆こそ、彼らが山と森と共に生きる由縁である。
エルフが森を住処とし、その恩恵を種の繁栄に役立てているのに対し、ドリアードは森を作り、守る民だった。エルフたちは必要とあらば森の形を変え、火を用いることも厭わなかったが、ドリアードにとってそれはあり得ないことだった。彼らは決して木を伐らず、火を扱うこともない。その生態そのものが森と共にあり、森を守るための存在だった。
彼らの外見はまた一際目を引くものだった。卵形の葉が二枚重なったような尖った耳と、鮮やかに彩られた髪。それぞれの髪色は彼らの誇りであり、色の数が多いほど美しいとされる。そのため、単色の髪を持つ他の種族に対しては、時に冷ややかな目を向けることもあった。土着信仰が根付いた彼らは、森を聖域とし、依り代として深く敬った。そのため、森から出ることを極端に嫌うものも少なくない。




