第67話 勇者様、配慮される
それから、ページは一息つく間もなく、そのままカラダリンを前に話を始めた。
「さて、では先日のご依頼についてお話ししましょうか。」
「ええ。よろしくお願いします。」 カラダリンは仕切り直すように、ページに笑顔で応える。
「ご依頼頂いたこのみかんの調査ですが、世界樹の実と並行した研究ができたおかげで多くの事が分かりました。」
ページは、先ほどは見せなかった屈託のない笑顔で話を進める。
「このみかんは、魔子を宿した植物であり、魔法植物に分類されます。ご存じかとと思いますが、本来、魔法植物とはごく稀に発見されるものです。」
「例えば、先日発見された『植物金属ハーペリア』などは、強い魔子を宿す魔法植物の中でも、その性質の特殊性から一種の神器と言っても差し支えない価値があります。」
「また、一部の魔法植物は、食べることでその植物に宿る魔子が体内に取り込まれ、魔法効果を得られるものもあります。こうした種類の魔法植物は、万病の霊薬として珍重されています。」
「その中にあって、このみかんは世界樹の実が持つ生命力がもたらした奇跡と言えるでしょう。
魔法植物の安定的な栽培に成功した事例など、これまで聞いたことがありませんからね。」
ページの笑顔は苦笑いが混じる。
「そして、それがこれまで明るみにならなかった原因は、この味です。大半の者は、このみかんをどうしようもなく不味いと感じる。それが市場の流通を妨げ、世に広まらなかった…。」
ページは笑顔を保ちながら、好奇心を抑えるように少し間を開けて、続けた。
「…、でもそれは、不幸中の幸いだったかもしれません。
魔法植物は必ずしも人に良い効果をもたらすとは限りませんから。未知の魔法植物であるならなおの事、それはとても危険な行為です。」
「もし、このみかんに強力な効果があったら、大惨事を引き起こしていたかもしれませんね。」
ページから笑顔が消えた。
「では実際に、このみかんを摂取することでどんな影響があるか、なんですが…。」
少し間を開け、勿体付けるような物言いをするページ。
「実は…、まだよく分かっていません!」 (てへぺろ) ページは最大限子供っぽさを利用する。
「「…………。」」
カラダリンとアンシアの反応の薄さにかかわらず、ページは構うことなく話を進める。
「いやー、世界樹の実についてはですね、強力な魔子を持つ果物、ということ以外まだ何も言えないんですよ。
肝心の死者蘇生の術法の解明には、残念ながら至っていません。」
「…、でしょうね。こんなに早くそこまで解き明かしていたら、流石に驚いてしまいますよ。」
カラダリンは、眉一つ動かさずそう返した。
「…、と言ってもですね。世界樹の実が持つ魔子に比べたら、みかんの魔子は弱く、そしてその関係性と、経緯を踏まえても、人体に悪影響を及ぼすとは考えにくいでしょう。」
「それに、オレンさんの話にあった、生命力を強化する力がある、というのは的を得ているのかもしれません。ただそれは、この一つで強い力を得るようなものではなく、定期的に摂取することで効果として現れる程度のもの。
ひとまず、そのように推測しているのですが、まだはっきりと断定ができる段階ではありません。」
ページは残念そうに肩をすくめて、話を続ける。
「それを証明する意味でも、実際に定期的に摂取し続けた彼女に、ぜひ協力をお願いしたいところだったのですが…。」
「さすがにあの状態のミーヤさんに、今こんなことをお願いするのは、少々酷な気がしまして…。」
ページは言葉を濁す。その濁りはページの躊躇を表すが、カラダリンはそれがとても珍しい事だと理解している。
「そうですね…。彼女にはまた、追って話す機会を設けましょう。」
「それではこうしましょうか。
それまで、フクロウの皆さんには引き続き研究に専念して頂いて、世界樹の探索は我々に任せて頂けますか。」
カラダリンはページの躊躇に同意し、そして妥当な提案をする。
「そうですね。そのようにして頂けると助かります。
オレンさんの行方が断定できていない今、ミーヤさんの身の安全はまだ保証されていませんし、
そのあたりも含めて、こちらは我々が引き受けましょう。」
ページの言葉の中にカラダリンは疑問を抱いた。それはとても珍しい事だった。
「…、何か不審な点でも?」
「いやー、あくまで可能性の話ですよ。まだ、人の業ではない、と断定はできないというだけです。」
ページは笑顔を見せて話を進める。
「あくまで仮定の話をしましょうか。
もし、この件に勇者教団が動いていたとすると、それがクレメンタインの命を受けたものであるなら、彼を隠す意味が分かりませんね。彼女ならば、一切やましいことなどせず、彼を教団の庇護下に置き、全て白日の下に晒して事を為せばよいのですから。」
「彼女の力ならば、世界樹に再び彼を連れて行き、また実を手に入れるということも容易いことでしょう。」
「ではそうでなく、教団の暗部の仕業なのだとすると…、オレンさんだけがいなくなりミーヤさんは無事、なんてありえないですよね。」
本来であれば、とても憚られるような禁句を口にしていながら、ページの言葉に躊躇はない。こんなふうに、ページがカラダリンを前にして、言葉を選ばず話すのは珍しい事ではなかった。
「では、残る可能性は何かと考えると、もし本当に、これが人の業なのだとしたらー、
僕はあなたが一番怪しいと考えます。」
そしてそのまま躊躇なく、とても自然に、とても危険な言葉を滑らせた。
「…、でしょうね。私もそう思います。」
その言葉を受けてなお、カラダリンは、眉一つ動かさずそう返した。
しかし、その隣のアンシアの空気は肌を刺すほどに凍り付いた。
そうこれは、あくまで可能性の話。お互いの関係や、これまでの経緯を考えればあり得ないこと。だがしかし、それも互いに知らないカードがたった一枚でもあれば、賭けの全てがひっくり返る可能性を秘めている。そして手札に鬼札を持っていないと、互いに証明することなどできはしない。
ページの言葉はその可能性を探るブラフでしかない。そしてそれは最初から、カラダリンに向けられていない。そしてカラダリンがページの無礼を許したのもまた、それを理解しているからだった。
そうこれは、あくまで可能性の話。アンシアがみせた反応は、その可能性を埋め、証明するのに十分だった。
ーーーー
「私は、余計なことをしてしまったでしょうか…。」
魔導院での話し合いを終えた帰り道、揺られる馬車の中で、アンシアはカラダリンに吐露する。その言葉をすくい上げるように、カラダリンはやさしく話す。
「そんなことはありませんよ。
前ばかりを見ていれば、転んだ時に大きな怪我をしますから、彼女に言った事は何も悪い事ではありません。」
「あなたは私の至らないところを、よく支えてくれています。」
カラダリンのその言葉に包まれて、自己嫌悪するアンシアは堰き止めていた言葉を溢した。
「…私は、彼がこうなってよかった、とすら思っています。」
「私には…、どうしても死者が蘇る、ということが信じられません。
たとえ、実際にこの目で見た現実であったとしても…。」
アンシアが打ち明ける秘めた思いを、カラダリンは静かに受け止める。
「死者が蘇る魔法、人々はそれを奇跡というでしょう。
でも、私には…、とても受け入れ難いことです。」
「…なら、私たちが目にしたものは一体何だったのでしょう。」
アンシアは、嫌悪する核心をゆっくりと紡ぐ。
「…私たちがみたものは…、
死者の復活を生者の生贄によって行う魔法契約の触媒として世界樹の実を使用する術式。
…奇跡の正体を、私はそう考えています。」
アンシアは、躊躇いながらも話を続ける。
「ですが…、奇跡を起こしたのは、本当に、世界樹の実の力だったのでしょうか?」
「果たしてそんなことが本当に、彼の犠牲だけで成しえたのでしょうか?
だとするなら彼は、どれほどのものを背負ったのでしょう…。」
「もし…、この奇跡の、術式の中心にあるものが、本当は彼だったのだとしたら…。
どれほどの犠牲を背負ってもなお、あり続けられるような特別な存在なのだとしたら…。
人々は彼をどう扱うでしょうか?」
「彼の取り巻く環境は一変し、自由は制限され、これまでの生活は破壊される。
それは、彼を不幸にしかしないと思います。」
アンシアが抱く杞憂は、考えうる可能性の一つに過ぎないが、治療魔法師として深い知識を有するが故のものだった。そしてそれはそのまま、考えうる最悪の結末を予測させる。
「私には…、こんなことは、人知を超えたとても恐ろしいことのようにしか思えません…。」
「そして、真実がなんであろうと、もしこの奇跡が再現されることになれば、その争奪戦は人と魔のどちらの世界も巻き込んだ争いへと発展するでしょう。」
「勇者教団がクレメンタインに、と考えるように、魔王の死すら無かった事にできるのですから…。」
死者を蘇らせる奇跡の力に恐怖を感じるアンシアを、カラダリンは静かに受け止めていた。




