第59話 生存本能
ルピアは、戦士の子として生まれた。代々屈強な戦士を輩出してきた家に生まれ、ルピアの父は、獣人の国で伝説的な名声を誇る戦士だった。その血を引き継ぐ多くの子供たちは皆、それぞれに優れた能力を持っていたが、父はルピアを後継者とすることに一切の迷いを持たなかった。それ程までにルピアは、生来の突出した魔子の大きさと、獣人特有の強靭な肉体によって驚異的な戦闘力を授かっていた。
単純な力比べで兄弟の中に敵う者はおらず、一度戦場に出れば、傷つきながらも倒れることなく戦い続ける驚異的な回復力と持久力をみせ、その姿はまるで戦場を駆け抜ける猛獣のようだった。ルピアの野性的な戦い方に無駄な動きは一切なく、ただその爪を振るうだけで数多の敵を圧倒した。
これまで、ルピアにとって闘争とは一方的な狩りだった。しかしそれは、思いがけない出会いによって覆った。水竜の遺跡での勇者たちとの戦いは、これまで体験した事のない対等な命のやり取りとなった。その戦いで追い詰められたルピアは、自分でも理解していなかった感覚に目覚めた。
ルピアの強さを裏付ける肉体的能力や魔子の大きさは、一面を現しているに過ぎない。ルピアが持つ唯一無二の特異性とは、戦闘における天賦のセンスにこそある。それは、窮地に陥った時にこそ真価を発揮する、極めて原始的な生存本能なのかもしれない。
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コハクフクロウの四人の連携攻撃は、メティスの大盾とはまた違った形で完成されていた。その硬軟織り交ぜた戦略は、ルピアを翻弄し、最後に振り下ろされたワイ・バーンの腕は、見事にルピアを捉えることに成功した。それは、ブラッドたち三人が命懸けで成し遂げたかった瞬間でもあった。
ルピアは生命の危機に直面しその本能が覚醒する。その瞬間まで湧いていた怒りの感情は集中力に昇華され、刹那の時を洞察する能力に集約される。
ルピアに迫るワイ・バーンの巨腕の攻撃は、ヒナとの戦いで受けた巨岩の落下攻撃を思い出させる。あの時は右腕を引き換えにした全身全霊の一撃によって打開できたが、今はその右腕は酷く傷ついている。ならば左腕で、とも過ったが、それではこの攻撃を凌げたとしても、その後の攻撃手段を失うことになる。
目の前の四人の勇者と、更に控える者たちがいる状況で、ルピアは最善最速の危機回避を導き出さねばならなかった。
ルピアは自分が置かれた状況の全てが見えていたわけではない。しかし、研ぎ澄まされた野生の五感は、通常では感じ取ることのない微細な情報を伝達する。崩壊して土に還るノエルの籠手と盾、ペールグランの魔槍によってめくれ上がった地面、通常のゴーレムよりも軽く薄いワイ・バーンの装甲、そういった少しでも有利となるような情報を鋭い嗅覚がかき集めた。
そして、集約された情報を高速処理する思考の行き着いた先の決断を、ルピアは本能に委ねた。瞬きする間もない時間の中で下したその決断は、攻撃でも、回避でもなく、ワイ・バーンが打ち下ろす腕を正面からそのまま受けることだった。
ルピアは衝撃に備え、体を硬直させ身構える。ワイ・バーンの巨腕を打ち下ろすだけの攻撃は、単純なだけに純粋な破壊力がある。
インパクトの瞬間、稲妻に打たれたような激痛と恐怖が全身を走った。
これまで敵の攻撃に対して体の柔軟性を生かして回避を続けてきたルピアには、その痛みの伝播は新鮮ですらあった。自分の身に降りかかる痛みの流れを感じ取れるほど天性の感性は冴え、常人の時間間隔を超越し、その先へと至る。
ルピアは受けた衝撃を己の身体に流し、その力を利用してルピアは右手で地面を割る一撃を放った。
身体が受けた衝撃と、同時に走る痛みを制御し打ち返すという余りにも不条理な行為は、奇跡的な条件が揃ってようやくほんの少し開く扉をすり抜けられるルピアにしか出来ないことだった。
ルピアは自分自身を通して受けた衝撃を、柔らかな地面に分散吸収させた。ただ全てを分散できる訳もなく、攻撃を受けた全身は悲鳴を上げ、特に負傷していた右腕は完全に砕けた。ただそれでも、未だ左腕に爪を残す手負いの狼は、その攻撃に耐えきった。
ルピアにとって、ワイ・バーンは全く未知の敵だった。当然、ここに至るまでの開発経緯などルピアは知る由もない。
もし、ワイ・バーンの攻撃に何かしらのギミックや武器が仕込まれていたら、ルピアは詰んでいた。それだけならば、単に運に恵まれていただけとも言える。しかしそれだけでなく、ワイ・バーンには、新開発であるが故の調整不足があり、魔法ではなく魔子回路を使用した構造は完全ではない欠点がある。
偶然とも、必然とも言える多くの因果が絡まり合って、今この時に合わせたように全てがルピアの味方をし、最小限の犠牲で生還を果たした。
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一方、カラダリンたちは少し離れた場所で、戦況を見守っていた。
アンシアは傷の深いブラッドの治療に専念し、ハックナインは他の二人の介抱をしていた。陸奥もルーナも軽傷ではあったが、ルピアと対峙した消耗はひどく戦闘の継続は不可能だった。
カラダリンは状況を見定め、フクロウとルピアの戦いを眺めていたが、何かを確信したようにハックナインに耳打ちした。
「ここは任せます。」
それを、ハックナインはここにいないもう一人の為の行動の示唆と理解し、返事をする。
「任せてくださいよ、旦那。」
それを聞いて、カラダリンはこの場から離れ姿を消した。
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さらに同じ時、オレンは世界樹の根元に辿り着いていた。




