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勇者様は裏切らナイ  作者: 世葉
第一幕 約束の指輪
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第58話 魔術(トリック)

 本来、魔子回路は戦闘向きの技術ではない。その設計思想は、術者の属性相性に関係なく魔法を画一的に使うための技術である。 装置内部の魔石は属性を強制し、魔法の威力は回路の設定に制限される。魔法自体の発動には術者の魔素を必要とするため、術者の魔法力が底上げされることはない。

 魔子回路とは、いわば術者が持つ魔法の個性を利便性に置き換える装置、つまり魔法の一般化を目的とした生活技術なのである。

 それを踏まえれば、魔子回路を戦闘に活用することを考えるよりも、自分の得意な魔法を磨き、実戦経験を積むという一般的な訓練を重ね魔法力を高めた方が、はるかに有用性が高いことは明白である。

 しかし世の中には、その不合理にあえて挑もうとする酔狂な変わり者たちがいる。


ページ「機体の損傷軽微、支障なし。Yユニット再起動チェック。」

タンゴール「Yユニット再起動シーケンス開始。エネルギー出力監視します。」

ページ「システム、オールグリーン。続いて、変形プロトコル確認。」

タンゴール「変形プロトコル異常なし。いつでも!」

ページ「Yユニット再起動完了と同時に、ワイ・バーン竜人型へ変形。カウントダウン開始!」


 ページはその恵まれた才能と、与えられた環境から際限のない好奇心を発揮する。それを支えるタンゴールもまた、偏屈で知られるドワーフの鉱山師連中から異端者扱いされるほど、独創的センスを持った型破りな職人である。

 その二人が作り上げた魂の結晶とも言うべきワイ・バーンは今、真の姿をみせる。

ページ、タンゴール「「立てっ! ワイ・バーン!!」」


 静かに湖上に浮かんでいたワイ・バーンに火が入り、湖面は再び荒立つ。

 Yユニットから供給される魔素が機体の可動軸に集中し、その形態を機械的に組み替え始めた。徐々に機体は起き上がり、四つのメインノズルは手足を形成する。上部はそのまま長い首を持つ胴体となり、主翼は胴から生える大きな翼となった。

 変形が完了したワイ・バーンは、湖の岸辺に力強い一歩を踏みしめると、そのまま巨体を揺らしルピアとノエルたちの戦いに割って入った。


 ページとタンゴールは、複座の操縦席から息を合わせて、複雑な操作を分担し、同時に二人分の魔素を供給することで、ワイ・バーンを自在に操っている。

 本来ゴーレムとは、コアに条件づけられた動作に沿ってオートで行動するものだが、ワイ・バーンは魔子回路を組み合わせて動作をパターン化し、それをマニュアルで組み替えることで操作する。それは、数え切れない魔法の組み合わせから、状況に合わせた最適解を選ぶ難解な作業なのだが、二人は戦いの中であっても、苦もなくむしろ楽し気にやってのけている。


 ワイ・バーンは大きく腕を振り上げルピアに打ち下ろした。その衝撃は地面を揺らし、周囲の草花を巻き上げる。しかし、ルピアはとっくにそこにはいない。正確に言えば、腕を振り上げた時点で既にその姿を捉えられていない。いくら二人がワイ・バーンを巧みに操っていても、本質的に巨体のゴーレムである事は揺るがしようもない。

 もし、ワイ・バーンの相手が巨人やドラゴンであったなら、その力を存分に発揮できただろう。小さく素早いルピアとの相性は最悪で、ワイ・バーンの動きは遅すぎた。ページたちはそれでも構わず何度も攻撃を繰り返すが、そんな攻撃が当たるはずもなかった。

「トロイナ…。」

 ルピアの口からそんな言葉が漏れ出すほど、変化のない鈍い動きが繰り返される。その見切るまでもない愚鈍な攻撃は隙だらけで、ルピアはいくらでも反撃を入れられたが、その分厚い装甲をいくら傷つけた所で意味があるようには思えなかった。

 となれば当然、操縦している者を直接狙う、という考えに帰結するのだが、そこに至るより早く、別方向からの攻撃がルピアを襲った。


 ワイ・バーンの打ち下ろされた腕の陰から、投げナイフがルピアを狙い連続で飛んでくる。しかし、ルーナの至近距離の弓矢すら躱わしたルピアには、ナイフなど何本あっても問題にならない。だがそれも、何十、何百となると事情も変わる。

 突如として五月雨のように降り注ぐナイフをそれでもルピアは避けきってみせるが、その大がかりなトリックの意味を考える思考は削られる。

 避け続けるルピアの動きを、ナイフの嵐は巧みに誘導する。その狙われた回避先に足を踏み入れた瞬間を捉え、ナイフの雨に紛れたノエルが湾曲したククリナイフで切りつけた。

 しかしそれすらも、ルピアは寸前のところで、大盾との戦いでみせた液体のような柔軟さと、しなやかな空中での体捌きで見事に躱してのけた。


 ノエルは、ルピアの尋常ならざる身体能力を目の当たりにして、不敵にほほ笑み思わず声に出した。

「おやおや、器用な犬ころだ。…でもね、アタシも器用さには自信があってね。」

「予言しよう、次の攻撃は避けられない。」

 そう言うと、ノエルは次の攻撃に備え、手に持ったククリナイフを見せつけるように手放した。その矛盾した奇異な行動はルピアをむしろ警戒させるが、直後、さらに不思議なものをルピアは目にすることになった。

 ノエルの手放した刃は、地に落ちると音もなく崩れ去った。原形すら残さず砂と帰るその違和感は、地面に刺さっているはずの無数のナイフが跡形もなく消えている事に気付かせる。思えば、最初に見た鉤爪もどこかへ消えて失せていた。


 ノエルは武器をその瞬間に魔法錬成する。詠唱もなく瞬時に行われる錬金術は、魔術トリックの様に本当に無から有を生み出しているようにすらみえるだろう。しかしその正体は、身の回りの物を合成する簡単な火と土の属性魔法の力に過ぎない。ただその方法で作られる武器は所詮、付け焼刃に過ぎず、その強度は期待できない。

 しかし、ノエルはそれで良いと思っている。たった一度きりの使い捨ての武器を、状況に合わせて暗器のように生み出す。なによりそのスタイルが、彼女の奔放な気質に合っていた。

 数百の投げナイフのトリックにも、その気質は反映される。それだけの数をノエルが全て錬成などするわけもなく、その中身は殺傷力を持つナイフ、手抜きのなまくら、さらには実体すらない幻影魔法などを織り交ぜたものだ。

 ルピアがもし、ナイフを躱さず受け止めていたら、そのトリックに簡単に気付いただろう。ただ、ルピアがそうしないと予想したからこそ、ノエルはこの手を選んでいる。


 ノエルの装備は他の勇者と比べても軽装で、濃い琥珀色の肌に装飾品を散りばめたその姿は、手が進むほどに次の手を惑わし、決して先を読ませない。そして、次の手に移った時にはもう、その真偽を確かめる証拠は消え失せている。

 だから、誰も気づかない。このトリックのタネは、真偽を確かめさせない点でなく、真偽すら疑わせない点にあることを。


 警戒するルピアをワイ・バーンの執拗な一撃が襲う。しかし、ルピアの注意は愚鈍な攻撃にではなく、ノエルに注がれる。そうあるように誘うノエルは、ワイ・バーンの巨体に姿を隠しつつ、次の手を伺う。

 激しく交差する戦意とは裏腹に、互いの警戒心は均衡し戦況の停滞を生んでいた。

 しかし、コハクフクロウはまだ一枚の手札を残している。


 その冷めた鉄火場に再び火を入れるべく、ペールグランは呪文を唱えた。

「光と火の精霊よ。光を連ね、炎を落とす槍となれ。」

 ペールグランは、ワイ・バーンの更に頭上に浮かび、上空から炎に包まれた光の槍を放つ。流星のごとく一直線に放たれる光焔の魔槍は、ルピアに当たろうが外れようが関係なく、地面に衝突すると炸裂し、周囲を吹き飛ばした。

 炎槍の集中砲火は容赦なく、まさに鉄火場を紅蓮の炎に包み込む。その中にあっても活動を続けるワイ・バーンとの波状攻撃は、ルピアの逃げ場所を徐々に潰していった。


 しかし、ペールグランたちの面を制圧する範囲攻撃がルピアを追い詰めるほどに、ルピアの闘争本能は掻き立てられる。ヒナや、大盾の三人との戦いにどちらも勝利したルピアだが、終わった戦いの余韻は、ルピア自身も気付かない矛盾した感情を呼び起こしていた。目の前の獲物が同等の力を持つこと、まだ狩りが終わらぬことを噛み締め、ルピアから愉悦が漏れる。

 より強敵を、より高い勲章を求める欲求を、獣の本能にその快感が刻まれている可能性は否定できない。


 闘争本能を解き放ち迷いが消えたルピアは、ペールグランの範囲攻撃に捕らわれるより早く、術者を仕留めにかかる。繰り返されるワイ・バーンの攻撃を利用し、その体を駆け上がり、ペールグランまで一足飛びで跳躍し襲い掛かった。

 しかし、ノエルがその場面を待っていたように、二人の間に立ち塞がる。

 ノエルは左手に籠手を、右手に丸みを持った円形の盾を構える。そして、籠手でペールグランの放つ魔法の炎槍を掴み取り、強襲するルピアに突き立てた。

 互いの影が重なる刹那、ルピアはその魔槍の刺突を空中で躱し、ノエルは突くと同時に盾で防御する。

 ルピアが僅かに遅れてその防御姿勢の意味を理解した瞬間に、光焔の魔槍は起爆した。


 避けようのない爆風に巻き込まれ地に落ちていくルピアを追って、籠手も盾も砕け散らせながらノエルは降り立つ。

「ほらね?」 と煽る、そのたった一言の為だけに。


 その屈辱は、ルピアに我を忘れさせた。憤怒によって視野は狭まり痛みも忘れ、なりふり構わず最短距離でノエルに突進した。対してノエルは何の備えもなく、無防備のままで待ち構える。

 仕掛けを終えた魔術の真偽にもはや意味はなく、そして、結末に予言が導かれるように、ルピアの頭上にワイ・バーンの巨腕が振り下ろされた。

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