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勇者様は裏切らナイ  作者: 世葉
第一幕 約束の指輪
77/106

第57話 勇者様は、裏切らない

 最高の獲物を前にして、ルピアはすこぶる機嫌がよかった。右腕に流れる血と傷の痛みすら忘れてしまうほどに高揚していた。そもそも、最初にこいつらと戦うことになった理由は何だったか、そんな事がどうでもよくなってしまうほどの充足感に満たされていた。


 野生の獣が狩りをするのは日々の糧を得る為だが、人はその限りではない。トロフィーハンティングと呼ばれる遊興狩猟は、原始の目的から外れ、より手強い獲物を求め、仕留めた勲章を誇る。しかしそれは本当に人に限ったことなのだろうか、獣の本能にその快感が刻まれている可能性は否定できない。


 その最高の瞬間を前にして、感覚が鋭敏になっていたルピアはこの戦場の誰よりも早く、それに気づいた。

 それは、音だった。これまで感じたことのない異様な音だった。ルピアが察知したのは、太古の六竜ほどの巨大なドラゴンが、力強い羽ばたきをした時に起きるような空気の揺れだった。獣人であるルピアでしか感じ取れないであろう違和感の発生源に、獲物を前にしながら目を向ける。その遥か彼方で空に輝く物体を捉えたとき、ルピアは直観的に最悪の事態を考えた。

 ルピアはたったそれだけの少ない情報から、太古の六竜の一角、光竜アールアーンの襲撃を予見し、野生の本能が赴くままに低い姿勢で身構えた。しかし、それはすぐに間違いだと悟る。遅れて視覚に飛び込んできた光の輝きは、光竜にしては鈍く、次第に明らかになるその姿は似ても似つかないものだった。では何なのか、ルピアの疑念は深まるが、ドラゴンを超える速度で迫る銀灰色の巨大な人工物の正体を、ルピアは知る由もなかった。


 大盾の三人は眼前のルピアの意識が他に向けられているのを感じ取り、異変に気づいた。ワイ・バーンは、まだそこにあると分からなければ、人の感覚で発見するのは難しい遥か上空を飛翔している。ルピアの視線を追い三人が見上げると、まるでそれが合図であったかのようにワイ・バーンは急降下を始めた。それは、猛禽類が獲物を捕らえるように、トップスピードを維持したまま目標地点までの軌道を正確に描いて、静かにその距離を縮めていった。


 その姿が鮮明になるにつれ、その圧倒的な存在感に気圧される。それはルピアだけではなく、この戦場の時を止めた。それはほんの一呼吸するほどの時間でしかなかったが、たったそれだけの時間で、発する音と風が感じ取れるほどにまでワイ・バーンは迫る。ただ、それはもう一呼吸するほどの時間で、その異常な速度のまま地上に衝突する危険を予感させた。


「「「「ーーーーッッ!!」」」」

 先ほどまで死闘を演じた敵も味方も同じことを考え、危機に備え各々が回避行動を取る。素早く距離を取ったルピアに対し、ブラッドたちは殆ど動くことができず、その場で防御姿勢をとった。


 しかし、その心配は杞憂に終わる。ワイ・バーンは地上に近づくと機首を上げ、主翼の揚力を増加させると同時に、メインノズルを下向きに回転させて最大出力で逆噴射をした。爆風と爆音を周囲にまき散らしながら、ワイ・バーンは空中でドリフトするように機体を滑らせる。

 逆噴射によって湖面を吹き飛ばすような強烈な水しぶきが上がり、激しく波立たせた。発生した水の霧が周囲を包み込みながら、激しい振動と共に機体は着水した。


 停止したワイ・バーンは湖上にその姿を浮かべる。虹がかかる機体に跳ね返る波は次第に弱くなり、やがて穏やかに広がる波紋へと変わった。その数瞬前の轟音から一変し、湖は何事もなかったように静寂を取り戻す。その余韻は、空に舞い上がった水滴の一滴一滴が重力に引かれ、湖面に弾ける音が聞き取れるほどの世界を作り出した。


 戦場の止まった時間が動き出す。

 ルピアはその巨大な飛行物体に驚いたが、何が起こったのかを理解すると、怒りがふつふつと湧いてくる。甘美なる勝利の瞬間を直前に控えながら、最高の獲物を仕留める最高の瞬間を邪魔されたことに対して殺意を滲ませる。


 ブラッドたちは、それが何なのかは知っていた。しかし、ワイ・バーンを今ここで我々の為に動かすとは思ってもみなかった。いやそもそも、ワイ・バーンが完成していることも、ここまでの性能を持っていることなども知らなかった。勇者であっても魔法科学という分野の知識は一般人と大差ない彼らは、常識の範疇を軽々超えるものを目の当たりにして、ひょっとしたらルピア以上に驚いていたのかもしれない。


 そして、ようやく何が起こったのかを理解すると、ルーナはじわりと込み上げるものを感じながら、一言溢す。

「あの子の仕業?」

 ルーナの横でその声を感じ取り陸奥も囁く。

「あなたも、そう思いますか?」

 声を発することにすら痛みが走るブラッドは、短く呟いた。

「…、だろうな。だが、なぜ?」


 そのブラッドたちの疑問に、オレンは答えていた。それは、オレンだからこそ解けた問題だったーーー


 ーあの時、馬車の中でオレンはー

”…、実は、それはもう心配していません。”

”それはなぜ?”

”それはー

 自分にとって、この数日の間に起きたことは、まるで夢の様でした。

 それはとても刺激的で、幸運なことで、でも災難もあって…、俺にとってそれは本当に……。

 そこで出会った勇者様たちは、誰もが凄くて、俺の憧れで…、

 俺なんかが思いもよらない深い考えを持って行動してるんだって、わかります。

 でもそうだとしても、勇者様は俺を信じてくれた。だから、俺も信じます。

 勇者様を信じて真正面からぶつかれば…、勇者様は、裏切らない。”


 ーーーその時、ワイ・バーンから勇者たちが降り立った。


  戦闘用の装備に身を包んだ勇者たちが湖畔の美しい花の絨毯に立ち並ぶ。その姿は、伝説の中の英雄たちそのものだった。その背後にあるワイ・バーンの異質さは超越性を強調し、自然風景と一体化した神秘的な構図は、まさに神話の一場面を描いた絵画のようだった。


 魔界の探索を目的に作られたワイ・バーンの飛行は、その滅茶苦茶な着陸方法を含め、常人では到底耐えられない負荷がかかる。逆説的に、それに耐えうる事は強い力を持つ勇者の証を示す。ワイ・バーンから降り立った勇者たちの戦闘装束を纏ったその姿は、その勇者の力を一切加減することなく、死力を尽くす決意を示していた。

 勇者たちの装いは一様ではなく、異なる色彩がそれぞれのオーラとして漂い、彼らの個々の力を象徴していた。まるで何も恐れていないかのように落ち着き払った姿勢が、戦場においてすら余裕を感じさせる。一方で、その瞳の奥には、魔王に対峙するかのような覚悟を秘めた鋭い光が垣間見える。

 その何とも捉えどころのない空気は、敵から向けられる殺気に対しての返礼だった。それは金色のルピアには挑発として映った。戦いの邪魔をされ燻ぶっていた殺意は一瞬で燃え上がり、七人の勇者を前にしても、一切の躊躇なく襲い掛かった。


 そのルピアの感情的な特攻に対して、自ら前に出て応戦したのはノエルだった。

 ルピアの爪を、ノエルは手甲型の鉤爪で受け止めた。右腕を負傷しているとはいえ、ルピアの速く鋭い攻撃をノエルは完全に防いでみせる。この最初の接触で敵の姿を見定めたノエルは、ルピアに対して言い放つ。

「気に入らないね。アンタがその指輪を持ってちゃダメ、だろ?」

 その声は、激しい言葉ではなかったが、強い殺気が込められていた。その殺気はルピアの殺気ごと飲み込んで、ルピアの体毛を逆立てる。その強張りは、目の前の敵が怒りに任せて力づくで倒せる相手ではないと悟らせた。

 冷静さを取り戻したルピアは、立て直しを考え一歩下がった。

 その瞬間、その心理を捉えたペールグランの魔法が邪魔をした。

「風と光の精霊よ。風を巻いて閃光と化せ。光を束ねて旋風と化せ。」

 ルピアを強烈な光が襲う。それは激しくうねり光の竜巻となって周囲を包んだ。眩い閃光に覆われたルピアは、視界はおろか竜巻の外の世界の情報の一切を遮断された。

 その魔法は、ほんの僅かの間ただそれだけの効果しかないものだったが、何をされたのか、何が起こっているのか状況が掴めないルピアの心理を巧みに操り、完全に動きを止めさせた。

 その瞬間を見極め、流れるような動きでノエルはルピアの背後に回り、竜巻の外から一撃を放つ。それは完全に虚を突いた不意打ちだったにもかかわらず、ルピアは反射神経のみでその攻撃を躱し、そしてそこから逃れてみせた。


 その攻防の間に、カラダリンたち塩の天秤の三人は、メティスの大盾と合流を果たす。

「姉さん、大丈夫っスか?」

 ハックナインの緊張感の無い声は、この場にはそぐわなかったが、今この時に限ってはルーナを癒した。

「私は大丈夫。それよりブラッドをお願い、早く。」

 即死を免れたとはいえ、ブラッドの傷はいつ倒れてもおかしくないほど深いものだった。六人は治療とその支援の為、戦いをコハクフクロウに任せ戦場から離れた。


 ルピアと、二人の睨み合いは続く。その一方で、ページとタンゴールは未だワイ・バーンの操縦席から降りて来ていない。

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